第55話 ハッピーレアシスター
「おーい、どこかあったか?」「いや、ないなー」「意外と細かい隅とかにあるんじゃない?」「掃除用具箱の中とか怪しくない?」「それあるー♪」
あるわけねぇんだよ……超マズイわ、この展開……。
俺は藤代の肩を揉みながらも不味いことを悟る。教室中を手分けして探しているが見つかる訳もないという事実。藤代もどこか困ったように刻印の痕をちょんちょん触って解除しているフリをしている。
「黒板とかどかしてみるか?」「いいと思うぞ」「田中さん、そちらにありました?」「いいや、ないでふね」「さすが呪術の手練れ!」「黒猫、手練れっていうか、この見つからなさは呪術使いってのは相当陰湿なやつだな」「涼宮シャンでもそう思うってのは相当な相手ですね」「なんか言ったか、白猫?」「二キル言いすぎだよ」「ぷいっ!」
実に楽しそうだ。みんな宝探し感覚で楽しそうだが時間の問題だ。数時間は見つけられない。おまけにその発端が俺である。ヘイトマックスまで溜めたピエロのテヘペロとか、殺されることに違いない。
——俺の命がヤバイ……強の言う通り超陰湿だよ。
藤代の思考を読んだことにより俺は粗方のことは分かった。見ちゃいけないというか見る順番がカギだったのだ。俺が狂って突進した時にいくつか見えたのはたまたま。本来は見る順番なるものがあるらしい。
——呪術とかマジで陰湿……俺も呪術に近いけども、俺よりも陰湿ッ!!
書かれた順番を追うようにしなければ全てを発見など出来ない罠。順番通りであれば見えるらしいのだが一つでも順番を間違えると見つけられないらしい。視覚情報から削除される刻印。そこにあるのに見えなくなる仕掛け。
——書いた順番を知らなきゃいけないとか……無理だろ。
その仕掛けに奇跡を起こしたのが俺である。
「あぁ……んッ!」
とんでもないことに狂ったフリの時に見えたのは奇跡的偶然。
「ちょっと……つよ……」
あり得ない程の奇跡。普通では起こりえない。これが俺の能力。
「さくニャイッ! ダメッ!」
とんでもなく不幸な俺だから可能になった奇跡。たまたまだったんだ。俺がいくつも見えたしまったのが。信じられないことにあの気が狂った演技をしながら俺はピンポイントで順番通りに刻印を見て行ったという不幸の奇跡ッ!
「ア……グっ……くぅん!」
「ちょっと、さっきから何やってんるんですか……」
俺は考え込みながらも手を動かしていた。その手は藤代の肩に触れているはず。そして考え込む誰かに呼びかける声。教室中を捜索したとしても今日中に終わることができるのか。果たして俺の失態を上手く隠すことは出来るのだろうか。
「先輩ッ!」「なにッ!?」「あ、あん!」
ビックリした俺が呼んだ少女に顔を向けるとお怒りの様子。下から小動物が吠える様にむぅーんと唸っている。ちっちゃい手を握って拳を作っている。
まずいバレてしまったのか……俺の失態が!?
「いつまでその手はセクハラしてるんですかッ!」
「セクハラ……?」
「さくら……いくぅん!」
「へっ?」
藤代の絶頂と吐息が激しくなっていることに気づく。俺の手に柔らかい二つの感触。モミほぐれた肩が柔らかくなったと錯覚していた。いつから俺の手はこれを握っていた。いつからこれを肩だと錯覚していた。
これって――
おっぱいやんけ!!
「変態行為に勤しんでないで呪術の解除に専念してください!」
「ちがっ!」
ハァハァと俺の膝にもたれ掛っている藤代を他所に俺は美咲ちゃんから叱責を受ける。彼女のいうことはもっともだった。この緊急事態に俺はひたすら藤代のおっぱいを揉み続けていたのだから。
わぁー、俺って超変態!
違うと言いたいが事実がそうだった。この状況は変態の所業。ポルノ女優アルビノの火照った頬と熱い吐息。嫉妬で怒った焼きもちを焼く少女。
これを後輩に見られるのは先輩きついっす!
「他の刻印を探せばいいんですよね!」
「そうです! そうです……そう」
俺は強く言葉を返したあとで段々と弱くなった。見つかるはずもないのだ。おまけに美咲ちゃんが怒ったことによりこっちに視線が集中しだしている。あっちに刻印があったのかとか天使様が見つけたに違いないとか。
不味いことに……注目を集めちゃった!
「これと同じものですよね!」
怒った彼女は教室の中をカツカツと歩き始めた。探し始めたというには迷いなく真っすぐと教室の中を歩いていく。どういうことだと俺は眉を顰める。それを他所に彼女は一つの机を裏返して置いて見せた。
「ここにまず一個です!」
美咲ちゃんはそう言って辺りを見渡している。一個という言葉に俺は疑問を持たざる得ない。彼女はしっかり見たのだ。俺たちと同じ刻印を。
それでも迷いも無く見つけたと言わんばかりに歩き出す。
「あとここにもう一個です!」
——なんだ……何が?
この土壇場で嘘をつくような子ではないことは知っている。まさか呪術にかかっていないということだろうか。僅かな期待と動揺が入り混じる。藤代が絶頂から戻ってきたのかワイシャツを直しながら「何を適当なことを」とバカにするように彼女の動向を見ていた。
「さらにここに一つ!」
さすが天使様と言いながらも確認しに行ってる者たちは首を傾げている。刻印が見えないらしい。それでも俺は僅かに感じる。彼女が指し示す場所に違和感を。
「ここにもうひとつ!」
的確に何か違う場所を指している。俺が分かる気配。彼女が嘘をついていないと信じてるからこそ分かる。人前で自信満々に彼女は行動するタイプではない。
「ラストです!」
彼女の迷いない足に望みを託す。見えないと言っている生徒の胸倉を強が掴んで「わけないよな、見えるだろ?」と脅している。そのせいもあってか教室は彼女の動向を見守るだけ。
「この……!」
黒板に備え付けてるチョーク入れ。銀色の引き出し。
「中ですッ!」
彼女はそれを外して片手に持ち上げて見せた。
「こりゃ……すげぇや」
「何を言ってるんだい、櫻井くん?」
信じてない藤代には分からないのかもしれない。彼女が手にしているチョーク入れは確かに普通のものではない。俺には分かる。体でその違和感を察知できた。
——紛れもなく近くにあるものと一緒の呪力だ。
その物体から滲み出る呪力の気配。
最初に見た刻印と数分たがわぬ気配。涼宮美咲がどういう理屈かそれら全てを見つけ出したのだ。《復元》という特殊能力にまつわるものかもしれない。レアスキルが見せる恩恵に俺は口角を緩める他ない。
俺の不幸を帳消しにするハッピーレアシスターの存在に。
《つづく》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます