第53話 とんだペテン師だよ……キミは
「全員、その場から動かないでくれ!」
藤代万理華の指示に理解は出来ないが誰もが動きを止めて彼女を見た。いま櫻井と藤代だけは何かを知っている。そういうように彼らの会話を捉えたからだ。
「この教室は呪いを受けている」
藤代万理華は動かない者たちへの説明を続ける。
「おまけに大分タチの悪い部類のね」
呪術ギルド長の言葉に誰もが隣の人間と眼を見合わせるようにして状況を確認する。お互いに何か変わったところがあるわけではない。その眼に映るのはいつもの風景に他ならない。
「おい……藤代」
穴の裏側から藤代を呼ぶ声がする。藤代万理華は後ろを向きその人物に目を向けた。そして、軽く微笑んで安心してくださいと伝える。
「佐藤先生、こちらに入らないほうがいいです。この教室に入れば呪術によって感情を操作される可能性があります」
「感情って、どういうことだ……藤代?」
佐藤は呪術に詳しいわけではない。だがソレが意味するものどういうレベルなのかは分かる。マカダミアという特別な場所において発揮されるその力が在り来たりなはずもない。
だからこそ、藤代万理華は強たちの教室を見渡し答える。
「私よりレベルが高い者の犯行です」
その言葉だけで佐藤には伝わった。現在、マカダミアに於いて呪術を専門としトップにいるのは間違いなく色素の薄い白髪の少女に他ならない。その彼女が優劣をつけたということだけで想像がつく。おまけに淀みも無く断言している姿にことの大きさが伝わる。
それは生徒たちにも同じことだった。
「なんか俺ら……呪いを受けてるのかよ」「感情って……どういうこと?」「なにを操られているってこと?」「この中に犯人がいるっていうのかよッ!」
ざわざわと強たちのクラスが騒がしくなる。それは呪いの効果によるものだ。不安が大きくなり誰もが呪いという言葉に嫌悪を抱く。辺りにいる人物が犯人ではないかと視線が行き交う。
「落ち着け、落ち着け」
その中で冷静に動いたのは櫻井だった。両手を下げる様なジェスチャーをして周りの不安を鎮めにかかる。この呪術の効果がどういったものかを説明すればいいのだ。
「学年一位の俺様がこの呪術を解説してやる」
存在の知識力を分からせるように櫻井は声を上げた。表情を取り繕いながらも感情を殺している男は冷静に判断をしていた。一人だけ状況を見ていた。
——まずは感情を揺さぶらせないこと。落ち着かせることだ。
話を聞かせるふりをして周りの不安を紛らわす。パニックになる寸前で止めなければどうなるのか櫻井は知っている。不安は伝播する。伝染病のように広がり誰もが人を疑いだす。
——デスゲームでこれ系は幾度となく味わった。
だからこそ、全員がパニックになる前に櫻井は阻止した。ここで説明をするべきは藤代万理華であるということも理解している。呪術という専門分野についての知識を問われれば負けることも分かっている。
——ここで、いま動けるのは俺しかいない。
それでも櫻井が動かざる得なかった。不安の種をまいてしまったのは不意にも藤代万理華の発言が元だからだ。それは彼女の言葉を拾われたに過ぎないことだとしても、彼女本人の口から出たことで効果を発揮してしまった。
——藤代が説明を入れるのは弁解してるような形になっちまって、誤解を生む可能性が高い。
藤代が頼り無いと思っているわけではない。自分より格上だと彼女が言ってしまった。その呪術の効果がどういうものなのかということを濁す可能性も捨てきれないと思われる懸念もある。
だからこそ櫻井はこの場を収める為に敢えて前に出たのだ。
「この呪術式はクォノメリト方式術式。展開はノマニエルセント文字が使用されている。教室の至る所に呪文が彫られている。それがこの教室を呪術の箱へと変化させた」
堂々とした櫻井の説明に誰もが耳を傾けた。難しい単語の羅列に脳が追いついていない。何か教室に文字が彫りこまれているということだけはハッキリ伝わっている。
——いくらなんでもだ……
だが、動揺が走る。
——デタラメが過ぎるんじゃないかな……櫻井くん!?
呪術に詳しい彼女だからこそ分かる。そんなものは存在などしないでっち上げも良い所だ。クォノメリト方式術式、ノマニエルセント文字などというものはこの世に存在しない。
それでも櫻井はいけしゃあしゃあと言葉を繋げる。
「それのせいで、この教室にいるやつらの感情が増幅されている」
それが当たり前であるように見せかける。
「この特定の、俺たちの、教室だけでだ」
何一つ嘘など見抜けない。聞いてるものはそういうことかとまた隣の人間を見やる。櫻井が言いたいことは理解出来ずとも中身が伝わっている。それは櫻井が必要な情報にだけは嘘を入れていないからだ。
「感情の増幅っていうのはだな」
まったく嘘をつくことに動じない櫻井。藤代はそれよりも堂々と説明する姿に拍手を送りたくなる。この男がどこまで考えているのか恐ろしささえ感じる。信じ込ませるための嘘と伝えるべき情報を切り分けている。
——とんだペテン師だよ……キミは。
だからこそ信頼して櫻井にまかせることにした。
「いまみたいに藤代が大したことを言っても無いのに不安が広がる、大したことでもないのに怒りが広がる。嫌だなという感情がいくらか強い攻撃衝動にすり替わる」
櫻井は自分が分析した結果を織り交ぜていく。そして、藤代の先程の発言を皆に冷静に考え直す様に諭す。
「いつもは理性で押し込めるものがきかなくなるように仕向けられている」
櫻井の真剣な表情と説明に皆が聞き入った。いつもふざけている姿が多いぶんソレが功を奏している。ただ冷静に言葉をツラツラと並べ立てる学年一位の姿。そこで櫻井は冷たい視線を一つ交える。
「だからこそ、一旦落ち着かなきゃいけない。感情を動かせば呪術の波に飲まれかねないからな」
誰もが緊張感を持つように。櫻井には感情の波が感じられる。デスゲームで幾度見て来た焦りの動き。だからこそ挑発という手段を良く用いる。それを逆に応用して誰もが不安や興奮に囚われないように釘を刺した。
「ここからは藤代、専門家のお前が説明を頼む」
入れ替わるようにバトンタッチをする。完璧なお膳立てだった。誰もが藤代万理華の話を聞く状態を作り、不安な状態を完全になくした。此処から先は藤代の指示に従うことで呪いの解除に向かうという共通認識を櫻井という男は作り出したのだ。
——まったく……キミってやつは。
藤代は理解している。現在櫻井が果たしたことの役割の大きさを。
「みんな悪いが櫻井君の言う通りなんだ。感情を出来るだけ抑えてくれ」
だからこそ櫻井の嘘にも乗る。方式や文字の仕組みなどどうでもいいことだ。今この場でやるべきことは呪術の解除だ。その為には全員が余計な動きをすることを避けさせる必要があるのだ。
「これから櫻井君と私でこの教室に仕掛けられた呪術の解除に移る」
呪術ギルド長がそういうならと誰もが一度頷いてみせた。涼宮強だけは何かわからんといった感じで首を捻る。この異常事態でも強は通常運転に近かった。感情の増幅と聞いても何かようわからん。それでも、教室が二人にまかせようという空気なので横目で動く櫻井と藤代を見ていた。
「櫻井君、どこらへんが怪しいと考える?」
「さっき一部は見つけた」
皆に罵倒されて気が狂ったフリをして見つけたいくつかの箇所がある。刻印された謎の文字が浮かび上がっていた場所がある。それを櫻井は藤代にこっちだと案内する。出来るだけ近くで彼女に見せようとその柱の近くへと誘導した。
そして、
「藤代、この場所だ」
その場所を指さして藤代万理華に見せた。
「ダァアアアアアアアアアアアアア!」
その瞬間に藤代の悲鳴が上がったのだった。
《つづく》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます