第52話 晴夫と……涼宮

 壊れた塀と佇む一人の教師。落とした競馬新聞をぶっきらぼうに拾い埃をはたきながらもどこか取り逃した悔しさから不快感が表れる。


「只者ですむわけもねぇか……」


 先程行った戦闘と見た目で分かる。ただの高校生ではない。あの年でいける高みにしては高すぎる。警戒を上げた自分に対しての裏をかく戦闘思考力。本能にまかせながらも高みに上がった戦闘力。死を肌で感じ取る危機回避能力。


 それになにより――。


「あれを野放しにしとくのは危険だろ」

 

 ミミが見せた狂気に他ならない。


 完全なる殺意を纏った一撃を放つ狂気。それもそれを惜しむことも無く愛と呼ぶ。狂った愛が作り上げた異端における異常者。それに傍らにいた吸血鬼の厄介この上ない能力。


 オロチは煙草を口にくわえて、携帯である場所へコールした。


『どうしたんですか、オロチさん!』

「ワリィがちょいと調べて対応して欲しい奴がいる」

『もしかして、マカダミアで何かありましたか!?』


 慌ててる電話口の声が内容に食いつくのに少し訝しみながらもオロチは会話を続ける。


「その通りだ。どうもアブねぇ女にターゲティングされている可能性がある。出してた殺気もあれは数をこなしてるやつのもんだった」

『まさか……』


 電話の相手はオロチの話に僅かに息を止めた。それが彼にとってはいま重要なことに繋がるからに他ならない。現状、その可能性を探ることをしていた。電話口の裏では数人が駆け回っているような足音がなり響いていた。

 

『涼宮君に何かあったんですか!?』


 それが元凶だということを危惧した声。ストレスが原因で魔物が発生すると知っている者。だからこそ彼は慌てて状況を確認する。それにオロチは冷静に返す。


「なんで……ここで涼宮の話が出てくる」


 さっきの件といい、今の件といい、関係する涼宮という性は一緒。それがオロチをさらに怪訝な表情へと変え問い詰める様に受話器に声を向けさせた。


「銀翔」


 電話口ではブラックユーモラスの隊員が駆け回っていた。警報が鳴り魔物の発生に備える様に館内放送が流れている。慌ただしい状況の中で銀翔衛はつばを飲み込む。


 この件に関してブラックユーモラスでは緘口令かんこうれいが敷かれていた。晴夫が居なくなった原因に関することも、第一級秘匿犯罪者になったことも、特異点という存在に関する全てがオロチに伝えないということになっていた。


『すみません、ちょうど今年のインターンの資料を見ていて!』


 慌てて話を逸らそうとするがオロチの懐疑的な違和感は消えない。そして銀翔が誤魔化そうとしている気配を見逃すほど腑抜けてもいない。おまけに魔物が発生している最中にインターンの資料を見ることなどあるわけがない。


「マカダミアの監視カメラの映像を後で送る。そこに映っている二人組の素性と暇があったら対応を頼む」

『わかりました……』


 それでもオロチは敢えてこれ以上の詮索はやめた。いま後ろで鳴っているサイレンは普通のものではないことを知っているから。これは大規模な魔物の発生を伝えるものだ。これ以上の時間をかけて詮索したところで口を割る奴でもないことはわかっている。


「頑張れよ」

『ハイ!』


 元気よく返事をして電話が切れて銀髪の男はほっと一息をつく。


 危ない所だったと。


「オロチさんだけには教えるわけにはいかないよな……」


 それは火神と話し合って決めたことでもある。晴夫の件に関してはオロチを介入させることはしないと。知ってしまえばオロチは必ず動いてしまう。山田オロチと涼宮晴夫の二人の関係性は常人で理解できるものではない。


 その長き付き合いを見て来たからこそ彼らは断固として口を割ることはない。


「銀翔さん、魔物の出現ポイントが確定しました!」


 杉崎莉緒すぎさきりおが大量の書類を抱えて銀翔の部屋に駆け込む。これから忙しくなると銀翔は気合を入れて杉崎から渡される資料に即座に眼を通していく。僅かに疲れた眼を擦り銀髪は席を立ちあがる。


「杉崎さん、豪鬼ごうきを第一会議室に呼んでくれ」

「わかりました!」


 杉崎が指示を聞きすぐ様に扉の外へと出ていく。彼女の足早な足取りから今が異常事態だということは如実にわかる。銀翔衛は黒い制服に着替え振り返る。窓の外に浮かぶ昼の月を眺める。


「今日は忙しくなりそうだな……」


 これは特異点が原因で起きたものに他ならない。





「晴夫と……涼宮」


 電話を切ったオロチは今日起きた一件の整理に移った。ミミと呼ばれる女が発した涼宮晴夫の発言。銀翔衛が心配した涼宮強の発言。謎の女の目的に何か関係することなのかと考えに老け込む。


 ——あの狂った女は晴夫と涼宮ガキに何かある……


「これは……」


 考え込む横から声がした。オロチはその場所に競馬新聞を片手に視線を送った。だがそこには誰もいなかった。僅かに警戒を強める。さっきの敵は空間跳躍能力を持っていた。いまこの場に戻ってきた可能性も捨てきれないからだ。


「どうなってる……」


 だが視線を送ったほうに誰もいなくとも声は聞こえる。透明になる能力かとオロチは眉を上げて左右に視線をちらつかせる。殺気らしきものやそれに近い気配は何もない。


「にゃん?」

「あん?」


 下を見てやっとわかった。そこに居たのは一匹の猫。それもただの猫ではない。マカダミアキャッツの校長である猫、にゃんこ校長に他ならない。塀が半壊している景色を驚きながら口にコンビニ袋に入った猫缶を咥えていた。


「色々ありましたよ、校長」

「……」


 猫はぼとっとキャット缶を落とした。これを見れば何があったのかわかる。これほどの破壊行為を出来る人間が誰かは限られている。おまけに猫缶を買いに出かけたのはつい先ほどだ。時間にして十分もかかっていない。


「減棒にゃんよ!」

「なんでだよッ!」

 

 にゃんこ校長の眼にはオロチが犯人にしか見えない。授業中にも関わらず外に抜け出して競馬新聞を片手にタバコを吸っている不良教師。こやつならやりかねない。


「体罰を禁止されてイライラしてやったにゃんか!」

「俺は櫻井の体罰をしないで不審者の対応にまわったんだァアアアア!」


 確かに壊したのはオロチに他ならない。それでも自習の監督をせずにいち早くミミの殺気に気づいて外にまわったことまで無下にされて堪るかとオロチは食いついた。のちに怒った校長へ説明するのにオロチは五時限目の終わりまでかかることになった。



《つづく》

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