第49話 おじさん……超ヤバイ

 男を試す様にして放たれた少女の狂気の一撃は脚で塞がれた。首を狙った一撃へ絡みつく脚。器用にも太腿ふともも脹脛ふくらはぎで腕を挟まれナイフが届くことを阻んでいる。


 ——やば……抜けない……


 引き抜こうと試みるがガッチリ挟まれた腕が動くことがなかった。対する男は力んでる素振りもなくフラミンゴのように片足で立っている。不自然な体制でも体幹がブレることもなく平然としている。


 突如として変化は起こる――。


「——ッ!」


 ミミの体は引き抜こうとした方向とは逆に倒れ込む。脚で挟まれた状態で引きづられる。オロチの方へと体が持っていかれる。眼帯の男を見上げると静かな殺気を込めた目線が自分を射抜いてくる。少女は思わず苦笑いのように笑みを男へ返す。


「俺は相手が女だろうと」


 脚で相手を引きづり込み自分の逆脚へ相手を誘導。僅かな捻りだけでいい。柔軟な体から放たれる鞭のような脚は相手を逃がさない。少女の瞳に飛び込む暴力教師の足。


「容赦しねぇ」


 飛び跳ねる様にして振り上げ逆脚は相手の頭部を破壊するように蹴り上げる。ナイフとハート形のふざけたサングラスが宙を舞った。少女の顔に蹴りが放たれ華奢な体は縦に回転する。吹き飛びながら回転の速度を上げていく。


「フゥ……」

 

 オロチはため息をついた。少女は激しい回転で地面に這いつくばるようにして着地した体勢を整える。クモのような態勢で荒くなる呼吸を落ち着かせている。


 あと少しでやられていたかもしれない。


 —―なに……今のヤバイでしょ。どういう反応してんの? 死角から殺しにいったのにどういう神経してんの? それにナニ……今の足技?


 僅かに判断の遅れがあれば確実にやられていた。自分が手を出した人物がどれほどの力量かを図りかねていた。


「アッハ!」


 ミミの嗤った姿にオロチの顔が歪む。虎が伏せるような体勢で鼻血を出してこちらを興奮した瞳で見ている。それだけで少女が異常だと感づいてしまう。


 戦闘経験からこの手のタイプは扱いにくいことも知っている。


「鼻血でてんぞ、小娘」


 呆れながらも少女の反応を探る。言われて気づいたのか少女は自分の鼻下に手を当てて着いた体液を見てギラついた瞳を浮かべた。それは怒りでなく、極度の興奮状態に近かった。


「ミミ、興奮して……鼻血出ちゃった……」


 少女の反応にチッとオロチの舌打ちが返された。それが妄言でないことも分かっている。だからこそ追い打ちをかけずにオロチも探りを入れている。


 ——興奮ときたか……当たった感触がなかったからな。


 彼女の顔面を狙って足を振り上げたが衝撃はなかった。あの吹き飛ぶような回転も回避。それもあの引き込まれた体勢からの反応は眼を見張るものがある。


「おじさん……超ヤバイ」

「おじさんじゃねぇ、あとヤベェのはテメェだ」


 興奮気味に話す少女に中年は呆れた様に言葉を返す。お互いに実力を探りながらも普通ではないことは分かっている。片鱗だけで異常だということは分かる。かたや元ブラックユーモラスNo.2、かたや関西カシューナッツの受験で教師陣含め殺害している。


「ミミともっと愛し合おうよ、おじさん!」


 全力で駆け出す少女を前にオロチは僅かに右足を引く。


「おじさんじゃねぇって言ってんだろ。あとテメェみてぇなイカレタ小便くせぇガキに興味もねぇ」


 戦うしかない。この女がまともに会話など出来ないことは重々わかっていた。突然の殺意を込めた攻撃。自分の足技を見ても引かない狂気。何より常軌を逸した目。


 ——本能タイプだな……コイツは。


 先程の戦闘からもいま見ている走り方からでも分かった。


 ミミは本能で戦うと。


 戦闘タイプを大きく二つに分ければ本能タイプと技術タイプに分類される。技術タイプは長年積み上げた鍛錬を主軸とした武道を用いることが多い。そのタイプの思考はまだ論理的であり戦闘に於いて先の読み合いになることが多い。櫻井はじめがこの分類に当たる。


 ——厄介そうだ……。


 それに比べて本能タイプには根幹となるモノがない。それは自然体に近く自己流の極みである。自分に合った自分本来の戦い方を模索する。その思考は直感的なものが多く、その場その場で自分の身体を極限に使う。涼宮強がこの分類に当たる。


 ——ホンモノに近い奴。


 本能タイプは大体が紛い物である。単なる勘違い野郎で終わることが多い。自己流など大したレベルには到達など出来ないからだ。それでも稀に現れてしまう。本能だけで未知の領域に入って来てしまう才能を持ったやつが。


 オロチはだからこそ右足を引いた。この女は紛い物と呼んでいいレベルを超えて来ている。ただの能力者であればさほど警戒もしなかった。身のこなしが違う。不意打ちといえども自分に足を使わせるだけの力量を持っている。


 ——ちょっと気を入れるか。


 高校生ぐらいの風貌に躊躇いを生むことを避けた。足に力を込めて大地を掴む。その間に狂気を纏った女は嗤いながら両手を背中の方へと回した。女は楽しくてしょうがない。


 ——この人いいかも……

 

 自分の抑えられない狂気を受け止めてくれる相手を欲していた。それがいま目の前で構えをとって自分を待ち構えている。見るからに他の凡夫とは纏ってる気配が違う。体に感じるプレッシャーの質が違う。


 ——遠慮はいらない、愛し合うなら本気でぶつからなきゃッ!


 ミミは背中に回した右手を鋭く振り抜きナイフをオロチに飛ばす。どこからともなく彼女の手にはナイフが現れている。そして、ソレを追いかける様に左手ですぐさま二段目の凶器を飛ばす。


 ——飛び道具……?


 オロチは平凡な攻撃を眺める。自分の眼前に迫るナイフ。その後ろにもう一本女がナイフを投げていることも理解している。ただ相手が本能タイプであるからこそ厄介なのである。


 ——とりあえず、手で捌くか……


 一本目を右手の甲で弾き、その反動を利用して戻り二本目も叩きつけて落とす。確かに僅かな差での時間差攻撃ではあったがそこまで警戒するものでもない手ごたえ。


「私の愛を受け取ってッ!」


 女は懲りずに直進で近づきながらナイフを投げてくる。近距離での投擲。確かに速度は増すがオロチにとって反応できない速度ではない。三本、四本と先程と同じように叩き落し直進してくる女を迎撃する足を溜めて待ち構えていた。


 あと数歩で自分に届くだろうと、その時だった――。


「どこからッ!?」


 オロチが体勢を崩した。いきなり横からの攻撃を受けた。少女は前に進んできているにも関わらずあらぬ方向からの攻撃。ナイフが突如として湧いたように右側から出現し自分目掛けて飛んできた。のけ反るようにして上体がブレる。


「愛の力だよ」


 少女は両手に二本のナイフを握り体勢を崩したオロチを前に飛び掛かる。



《つづく》


 

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