第50話 最強の暴力教師 VS 最狂の女
オロチがのけ反る体勢から見える顔。完全に殺意に染まった笑み。両手に握られたナイフが狙う線が見える。クロスするように自分の首元を狙ってくる。それは愛という名の剥き出しの殺意であり狂気。
腹をすかした猛獣が涎を垂らすが如く幸福に染まっている表情。
——ミスった……な
前にいる女を本能タイプであると分類した。戦いの基本からは外れた変則的であることも考慮していた。それを警戒していながらも虚を突かれたことに男は憤りを感じていた。警戒というものが役立っていない。
——随分と……鈍ったもんだ
戦闘から離れていた時間。一線級である実力がありながらも目の前の小娘程度のヤツに後れを取る不覚。予想外であろうと警戒が働かないことに苛立ちが募る。想定外のことなど当たり前の戦場で生きてきたはずなのに。
——イラつくぜ……ったく
その苛立ちが体を駆け巡る。歯を食いしばって仰向けに倒れていく体を根を張ったように支えるのは男の脚。強靭な脚力を持って体勢がこれ以上崩れることを阻止する意思が湧いた。目の前に飛び掛かってくる小娘へ怒りの熱を伝えるように大地にドパンと悲鳴を上げさせた。
——ガキを調子乗らせてどうするッ!
オロチは倒れかけの体勢から無理やり回し蹴りの体勢に移行する。上体を逆に反った体勢で大地を掴んだ足の踵を浮かせて回転させる。回転しながらも足の指で無理やり倒れそうになる体を起こし右足に力を乗せていく。倒れ込みそうな反動するも吸収するように回転へと混ぜ、常軌を逸した体勢からでもそれは威力を損なうことなく放たれる。
「カァッ——!」
少女の腹に刺さる男の武器。少女の体が曲がる。内臓から空気が漏れ、マスクが外れ唾液が宙を舞う。めり込むように腹部へ突き刺さり自分の体を押しのけ弾き飛ばす。とったと思っていたが故にそれを無防備に受けてしまった。
——き……っ……ッツ!
倒れかけの状態からの攻撃にしても威力が普通の奴とは次元が違う。オロチの足元からはコンクリートが焼け焦げた煙が立ち込めている。無理やりな体勢でありながらもそれだけの回転を生む脚力。
——ちょっと……
吹き飛ぶ体を整え無理やりに上体を下へと向ける。地面に向けて二本のナイフを突き立て衝撃を殺しにかかる。激しく散る火花が少女の前を照らす。それでも受けた攻撃の衝撃が彼女のそれを許さなかった。必死に膝を着こうとするが体が浮いてしまう。
瞬く間に眼帯をした男との距離は開いていく、遠のいていく。
――待ってッ!
少女はその男を逃しくない。それは獲物と決めた男だ。遠ざかることを嫌がるように身体能力で衝撃をねじ伏せにかかる。ナイフで地面を削り、膝を何回もバウンドさせながら勢いが弱まったところで両足を補助にかけた。
全身をつかい、少女はオロチの一撃を耐えきって見せた。
「ゲホッ……ガッホ、ゲホッゲホ!」
咽返る呼吸。止まってなお衝撃が体の芯に残って少女を痛めつける。血の混じった唾液が少女の口から飛び出た。一撃の重さ、一瞬での攻撃、自分の予想を上回る攻撃。ダメージの痕を吐き出しながらも少女の口元が歪む。
「テメェ……腹に何か仕込んでやがるのか?」
オロチの問いかけすら聞こえない。少女の体が小刻みに震えはじめている。ダメージによるものというより心情に近い。出会ったことも無い強敵。遥かにいまの自分を超えているかもしれない存在。
「なんだ……そのツラは」
——眼帯……そうか。
少女の嬉しそうな顔にオロチは眉を顰める。ダメージとは何か違うもの。痛覚を拒絶するのではなく別の何かに変換している様な節すら感じる表情。少女は目の前の眼帯に向けて愛おしくてたまらないと狂気の笑みを送っている。
「おじさん、涼宮晴夫とどっちが強いの?」
「あん……ハルオ?」
先程のやりとりで力の差が測れたこともこともあるが懐かしき旧友の名が出たことにオロチの意識が僅かにブレる。眉がピクリと反応を示した姿にミミはツインテール傾けニヤっと不気味に嗤って返すだけだった。
——なんで……晴夫がいま出てくる?
得体の知れない奇妙な女を前に旧知の友の名。その繋がりなど予想をしていない。オロチは晴夫がどこで何をしているのかすら知らない。何の目的があるのかすら知っていない。
「まぁ、テメェから話を聞くのは後だ」
それでもシンプルな答えを出す。話などいまこの場で聞く必要もない。これから捕まえてしまえば機会などいくらでもある。それにこの状態の女と話したところで意味不明になることは先刻のやりとりで理解している。
「そうだね……まずはちゃんとお互いを見せ合って知り合わなきゃね」
少女はダメージから回復し立ち上がってオロチを下からなめまわす様に見た。これは上等な獲物だ。この世にそう数はいないトリプルSランクの男。この男になら自分が全力をぶつけられる。
「ミミをちゃんと見ててね。ミミの全てを余すことなく見せてあげるから」
会話にならねぇとオロチはため息をつく。それでも視線をミミから外すことはなかった。それが狂気だと理解していても何か仕掛けてくることは目に見えていた。
その中でミミは右手を横に伸ばし呼びかける。
「おいで――」
少女は全力を隠すつもりはなかった。それは彼女だからこそ許されたもの。
だが、その寸前で謎の男がどこからともなく現れ彼女を右腕を掴んで止めた。
「ミミ様、お迎えに上がりました」
その男は魔族であり吸血鬼。黒い外套をはためかせてオロチの顔を一瞥する。
《つづく》
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