第48話 日本の教育事情はどうなってんだァアアアアッ!?
貧乳少女と掃除用具箱は向き合い固まる。どかすと決めたはいいが下に何があるのやら美咲はドキドキしている。都合が悪いものがあるに違いないという少女の予想はまさしく当たっていた。
——問題はどうやって……
その下にあるモノが分からない以上警戒する。火星から来た人型のゴキブリだったりするかもしれない。それか高校生の出来立てホヤホヤの死体かもしれない。数々の迷走が美咲の中に渦巻く。
——どかすかですね。
掃除用具箱の下に何かがいることは先刻の悲鳴で承知している。小さい体で上げるとなれば下のモノに触れる可能性もある。能力で復元して元の位置に戻すのが得策なのか。
——手でやるか……復元か……
誰かの死体であれば困る。生きている人間に復元をするのも困る。美咲の能力は人間にとっては有害になりかねない可能性を秘めている。美咲は自分の能力を理解しているが故に人間相手には能力を使えないに等しい。
——しょうがない……嫌だけども……嫌だけどもッ!
彼女は掃除用具箱の下に手を潜り込ませた。掃除用具箱を立たせるために膝を曲げ腰の力を使い上へと力を入れる。
「ふににににぅ!」
例え掃除用具箱であろうと彼女の身体能力は見たまま。だからこそ力いっぱい美咲は踏ん張る。その漏れ出る声に誰もがほっこり癒されている。小さい天使が頑張っているのだから、頑張れと応援したくなる。
「うにににににぃい!」
だが心での応援などで頑張れるわけも無く彼女は顔を真っ赤にする。意外と重い掃除用具箱。下にあるモノに注意を払う余力などもなく彼女は渾身である。若干がに股気味に頑張る天使。
「ふぬぬぬぬん!」
「……見えてます」
「へっ……?」
掃除用具箱の下から声が聞こえたことに美咲は目線を下に落とす。股を開いている直下にある顔。見知った顔である。彼女は掃除用具箱を押さえながら人前で天使がしてはいけない絶望の顔を相手に向けた。
その相手は顔を横に背け、若干頬を赤らめ苦々しくも言葉を吐く。
「パンツが……」
ガニ股が不幸にも招いた事故。櫻井は上を見上げる状態で確かに見たのだ。
天使のブラならぬ……天使のパンツ。
「キャアアアアアアアアアアアアア!」
悲鳴と共に振り下ろされる断罪の壁。まさか掃除用具箱の下から意中の相手がパンツを覗きに来るとはラッキースケベどころの騒ぎではない。体勢を維持できるわけも無く掃除用具箱は人力で元の位置に復元されていく。
「アブッ!」
櫻井の頭部を潰す様に打ち付けられる掃除用具箱。確かどこかの警官が言っていった。瓦割の要領は下に多少の隙間をあけて打ち付けることにより威力を増していると――グラップラー情報である。櫻井の横を向いた体制は正にその縮図であった。
「な、なんんで、先輩ぃがぁああああお!?」
必死に両手でスカートを押さえて赤面する美咲。予想外のハプニングに一番ダメージを受けたのは櫻井ではなく美咲である。まさか掃除用具箱の下から変態が現れるなど想像だにしていなかった。おまけにパンツを覗かれるなど。
今日という日に勝負下着なわけもない、清純可憐な乙女である。
「はっはっはっ!」
動揺する美咲の傍で鳴り響く女性の高らかな笑い声。何が起きたと美咲はスカートを押さえながらも素早くその相手を見る。その女は掃除用具箱を前にスタスタと歩いていく。
「まったく見上げた変態だ、ここまでとはね。さすが私の見込んだ変態だよ」
その掃除用具箱の下に潜むピエロへ向けて楽しそうに歩いてく。それは強のクラスの者ではない。穴の開いた隣の教室から我が物顔で登場して楽しそうにしている。
「ついに人間だけで飽き足らずに掃除用具箱とペッティングする次元までいっていたとは」
そして、動かぬ掃除用具箱を前に彼女は色素の抜けた白い髪を揺らしてにこやかに笑った。
「櫻井くん」
その瞬間に掃除用具箱が飛び起きた様に跳ねた。下に眠っていたものはその変態の愚行を待ち構えていたように顔面を鷲掴みに持ち上げる。
「アイタタタ!」
「テメェ……藤代。よくもやってくれたな……」
「この鬼畜リョナやろう!」
教室に舞い降りた変態。変態バーサス変態。その構図もすぐにを終わりを迎えることとなる。足が浮いてジタバタしていた藤代万理華の体を下に降ろし、アイアンクローを外した櫻井は真剣な表情だった。
「悪ふざけはここまでだ」
「櫻井くん……気づいていたのか」
櫻井の真剣な表情から藤代は読み取り口角を上げてにやりと笑う。ここに来たのは違う目的であるとバレたかと。櫻井の能力が何か知っている彼女であるからこそ容易に想像がつく。
触れたからこそ藤代の考えが分かっている。
「お前へのお仕置きはあとだ」
「先にこれをどうにかしないとね」
周りは二人の出す空気にきょとんとする。お互い当たりは付いてると視線で確認するコンビ。その雰囲気は自分たちが想像していたものとは違った。信頼感を持ちあっている関係に見える。
「お前の力が必要だ、藤代」
「どーんとまかせて私の胸に飛び込んでくれ」
自分の胸を櫻井にほれほれと見せつける様に突き出す藤代を前に櫻井はふっと笑って返す。この教室に仕掛けられた罠を解除するには助力が必要だった。
その手札が揃ったのだから勝ち誇って櫻井はいう。
「ホント見下げた変態だ」
変態を見上げるのはお前ぐらいだと。
時同じくして、競馬新聞を片手に肩を叩く眼帯の男。学校の外へ出て塀の周りをぐるりと回って目的のモノに辿り着く。
「あれ……どうなってんだろ。ちゃんと皆愛しあってるかなー?」
ぴょんぴょんと塀の外側で小刻みに跳ねるパーカーを着た若者。紫色のパーカーでフードを被り派手なハート型のサングラスをかけてマスクまでしている。そのフードの隙間から僅かにぴょんぴょんと跳ねる金髪ツインテール。
「こんな時間に変なことしているのはお前か?」
「ん?」
フードの少女は眼帯の男と向き合い首を傾げる。どう見ても教師に見えない風貌。清潔感は無くどちらかというワイルドな風貌に近い。パーマがかかった髪。冬だというのに胸元が第二ボタン開けている隙間から見えている。
「なんの話ですか?」
少女は可愛く首を反対に傾げ問いかける。
「学校へ向けてる気持ちワリィ殺気がだだ漏れてんだよ……」
それに嘆息をつき、丸めた競馬新聞を相手に向けて教師は問う。
「集中して競馬の予想出来ねぇだろうがッ!」
少女は教師の問いに困ったようにアヒル口を尖らせる。ここに来た目的を知られたくはない。短絡的に思考し大事にしないためにも彼女は笑顔を取り繕う。
「殺気なんてやだなー! 私の何処にそんなものがあるんですかー?」
ギャルのようにふざけて笑顔で誤魔化しを図る。それにチッと舌打ちをしてから向けていた競馬新聞でイラつきを軽減するように自分の右肩を叩いきながら男は話を続ける。
「平日のこの時間に何をしている? オマエ、学校はどうした?」
「学校は家庭の事情で行ってませーん!」
どこまでもふざけた女の態度に眼帯の男の殺気が高まる。ニコニコとして取り繕うとも消せない狂気に感情が高ぶらざる得ない。ここまで我慢しているのも校長との減棒の約束があるからである。
「名前と住所を教えろ……」
僅かに怒りを抑える様にしてぼやく姿に少女はニコッと笑って返す。そしてハッと何かを気づいたように両手で口を覆った。
「もしかして……これって」
そして、彼女は答えを告げる。
「新手のナンパですかー!」
きゃっきゃとしているパーカーギャルのふざけた言葉に眼帯の教師はさらにイライラを募らせる。睨むように少女へ鋭い眼光を向けて威嚇を仕掛ける。。
「最近のガキは人の話を聞きやしねぇな……」
それを受けて少女は身震いを覚える。これは自分に向けられている殺意。
「ミミのことを」
それは少女にとっての喜びに近かった。憎悪というモノは彼女にとって愛情に近い。だからこそ自分に見合う相手なのか見定める為に彼女はゆっくりと近づいていく、嗤いながら。
「ナンパするのなら……相応しいか――」
一気に距離を詰めるように飛び跳ねて旋回する華奢な体。しなやかな動きが加速をもたらす。静から動への急激な変化。彼女の手にはもうすでにナイフが握られていた。それを裏拳でもかます様に喉元へと襲う。
「テストしまぁああスゥウウ!」
これで終わった。それは突然の攻撃。突如として撃ち込まれた一撃。構えすらとる間もなく剥き出しの殺意を披露する少女を前に避けられるわけもない。手品のように現れるナイフ。おまけにそれが眼帯をしている死角を狙って振るわれたのだ。
これで終わったはず――。
「ったく……最近のガキはどうなってんだ?」
普通の奴ならこれで終わっていたはず――。
「人の話も聞かねぇ、キレると何するかわからねぇッ!」
相手がおかしかった。不意い打ちなどで倒せるほどやわな相手ではなかった。そのナイフを握った腕は脚で挟まれ身動きが封じられている。それを前にミミはアハっと笑顔を浮かべる。
「日本の教育事情はどうなってんだァアアアアッ!?」
日本の教育を嘆くようにオロチという教師が怒りを露わに吠える。
《つづく》
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