第42話 誰かとのつながりを失うこと、誰かに突き放されること。 誰かに嫌われること
それは強がどこまで考えてのことか、本人も本能的に動いた結果に過ぎない。呼吸が少し荒くなる。心臓が激しく内側で鳴りやまない。手は握ったまま張り付いたように開かない。
緊張と興奮状態が混ざり合い強の動きを奪っていた。
——これは間違い。俺はまた間違えてるのか……
体に浴びせられるように注ぐ視線が如実に物語る。怒りの色が呪術により増幅され言葉は出さずとも表情が言っている。その視線が強を緊張させ釘付けにする。
——なんで……ビビってんだ……?
睨み返す様に眼光を保つが頭がゴチャゴチャとしている。自分の状態が意思とは違う。本当であれば今すぐ暴れて終わりにしたい。それでもソレを止めているものが何かを強は理解していない。
——動けよ……ぶっとばせよッ!
その根底にある恐怖の正体を自分で分かっていなかった。頭で考えた単純な動作を拒否するように意思の葛藤で腕が震える。焦りと緊張で汗が滲み出てくる。嫌悪感を感じ体が思うように動かない。
視界に映る情報に整理が追いつかない。自分を見ている視線に紛れている。
——玉藻……
泣きそうな顔でこちらを見てくる幼馴染。その表情が何を考えているのか分からない。ただそんな顔を向けられていることで気持ちが沈むように体が重くなった。強にとってつい最近まで玉藻は力を知られたくない存在。その瞳が宿す不安が伝播するように強の表情は何かに詰まった。
——わかんねぇ……わかんねぇ、わかんねぇ、わかんねぇッ!
混乱する思考。もどかしく悔しさがこみ上げる。自分が何を間違えているのかも分からない。この場に出てきたことが間違いではないと思いたい本心と周りの状況に不安を感じる心。いくつも間違えてきたことしかない。
何か正しいことをしてきたのか、何を為してきたか。
そんな確固たるものが強の中で欠落している。何年も自分を異常と捉えて普通から外れてきたのだからわかるはずもない。自分という存在を強自身が認められていない結果だ。
——田中、ホルホル……小泉
田中達が自分を見つめる不思議な目線が何を伝えているのか。ソレを強なりに必死に考えるが答えが出るはずもなかった。自分が何をやっているのか何をしているのか、何と戦っているのか。その根本を理解出来ていないから。
——そんな顔で俺を見んなよ……
間違えたと思っているが故にそれが自分に向けられた失望に近いものに思えた。他のヤツらの視線がやっぱりお前は何も変わっていないと語るから、その色に思考が染められていく。
——逃げたい……逃げ出したい……。
弱気になった心は憶病な答えを出す。人と向き合うことを避けてきたツケだとは気づかない。子供の時に失った自信。輪の中心にいたはずの自分が阻害される痛み。幼き頃に受けたが故にそれ以来避けてきた。
——でも……
僅かに後ろを振り返ろうとして止めた。何の為にここへ来たのか。
——ダメだ……
その行為で強は本心を呼び起こす。何の為に出てきたのか。何をしたかったのか。何を為すべきなのか。自分の後ろにソレはある。
——ここで逃げるわけにはいかない……例え俺のこの選択が間違いだとしても。
重かった体にすぅと酸素を送り込む。普通からすればこの行動は間違いだと認めて受け入れる様に。僅かに手の緊張が解けていく。間違ったとしても何をしたいのかを思い出す様に。
——嫌われることなんて慣れてるだろ……お前は……涼宮強。
自分に言い聞かせる。この恐怖は嫌われることへの恐怖。そんなものは昔はなかったはず。それが当たり前だったから。けど変わってきたと自分で自覚した。学園対抗戦で変わったはずだ。
『勝てば変わるんだろう? 俺もお前らも』
あの時に得たものは枷になっている。嫌われるだけの存在だった自分が受け入れて貰えた経験。そして、笑い合って過ごせた日々がある。それが強を怯えさせる結果になっていた。
誰かとのつながりを失うこと、誰かに突き放されること。
誰かに嫌われること。
そんなものを当たり前に受け入れてきたことが間違いなのに、それが涼宮強にとっての普通だった。強が突き放すよりも多く突き放されてきた。誰もが存在を認めなかった。お前は間違っているとお前は異常だと日々扱われることに慣れていたのが普通ではないのに、強は受け入れてしまって期待を捨てる。
ため息をつきたくなるのを心で押し殺す。
——仕方ねぇ、仕方ねぇ。俺はそういうモノだからな。
諦めを何度も繰り返す堕落。誰かに認められたのがたまたまだったと。
——嫌いたきゃ嫌えばいい。誰も彼もに好かれる必要なんてねぇ。
諦めてきたが故の堕落。周りの視線で作られた自分。歪むことで耐えることができた。悔しさを紛らわすことが出来た。それがいつもの強。
——おまけにこんなやり方をしてくる奴らに好かれる必要もねぇだろ。
屁理屈で捻じ曲げて自己を正当化する。脆い心をさらす隙間すらない程に歪んで歪んで自分にもわからないように本心を隠していく。
誰もが認めない強なりの自己防衛。
——いつも通り間違えてるだけ。それだけだ。
諦めに緊張が解かれていく。それでいいと思ってしまえば楽だから。そういうものなんだと自分を理解すれば楽だから。人から理解されない存在であると認めてしまえば楽だから。
——ただムカツクから、それでいいだろ。
「なんだよッ、文句あるならかかって来いよ!」
——悪役上等だッ!
強く出て吠えて周りを威嚇する。相手が動けない理由も分かって、相手が脅える理由も認めてそれでいつも通りだった。それで何かを失ったとしてもソレすらも認めてそうだったと時間を流していけばいい。
そんなものどれほどの価値もないと理解できず、本当に欲しいものを表に出せず。悲しい選択をすることが当たり前になってしまっている。それが涼宮強であり、自分だと受け入れてしまっているから。
「俺は一人だッ! 大人数でかかって来いよ!」
田中達に呆れられたとしてもしょうがない。自分はそんなものなのだから。自分と云う奴はそういうやつなのだから。涼宮強という人間がどういう状況なのかを理解してくれなくともしょうがないのだから。
——これでいいだろ……これで。
視線が如実に語る。お前はそういうやつだと。横暴で自分勝手で暴れて好き放題生きて、性格が歪んでると。到底理解できる存在ではないと。普通の中で異常な存在で異物でしかないのだと。
——やっぱり、アンタはそういうやつよね。
その滑稽な姿に隣のクラスの藤崎が鼻で笑った。彼女は思う。嫌われるべき存在で不吉な存在で恐れられる存在。ただそれだけの嫌われ者でしかないやつだと。
——強ちゃん……それは違う。違うよ……
玉藻は胸が苦しくて泣きそうになった。強がそんな悪い存在ではないと思っている彼女であるが故にその横暴は悲しかった。本当は優しくて本当は常時やる気もない。それが彼女の知っている涼宮強であったはずだから。誰からも嫌われる存在になって欲しくなかった。誰からも愛されて欲しかった。
「強……」
か細い声で呼んだが届かなかった。櫻井は歪んだ強を理解しているが故にこれがどういうことなのか分かっている。涼宮強がいつも通りに諦めてしまった。三学期に入って仲間と騒いだ日々が異常だったのだと受け入れてしまっていること。
それがどれだけ悲しいことなのか、櫻井だけは分かっている。
——お前が守りたいものは……ここにねぇんだよ。
どうして強がここに来てしまったのか。自分を守るためでもあるが、それだけではないと。強が本当に守りたいものは其処に無くて、守りたかったけど守れるはずもないもの。取り返せるものでもなくて、変えられるものでもない。
——無理なんだよ……こんなことやっても意味がねぇんだよ……強。
この行為の意味の無さは櫻井もよく知っている。過去は変えられない。あったことはなかったことには出来ない。ずっと残ってしまう。強が守りたくても無理なのだ。それの無意味さを嘆くしかない。
——俺を救ったところで昔のお前が……
悲しみで顔が歪む。自分で理解できていないのも櫻井にとって皮肉でしかない。強が動いた理由は櫻井を守るというより、その行為を見過ごせなかっただけだ。過去の自分を重ねてみただけの結果でしかない。
——救われるわけじゃねぇッ!
いつも爪弾きにされた自分。そんな自分の悔しさ。それを櫻井に重ねたが故に皆の行動を許せなかった。その痛みを苦しさを知らない者たちが許せなかった。そんなことで傷つけられることが許せなかった。
そんな想いを理解してくる者など櫻井の他にいるわけもない。
涼宮強という存在が正しく理解されることなど全てを諦めている彼を知らない者たちには到底不可能でしかないのだから。
そんな中で席を立ち手を二回叩いて、
「ハイハイ、終わりよ、終わり」
ミカクロスフォードが終わりを告げる。
《つづく》
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