第41話 救われないバカさだ
俺の前に立つ涼宮強という人物を見違えた。
——強……お前……なんで
一瞬だけ強も呪術の効果で感情が揺さぶられているのかとも考えたが違うと分かる。コイツはそういう感情で動いているのではない。確証はない。人の心などわかるはずもないから。
それでも俺を庇うように、守るように、立つ姿は違う。
「お前ら……ナァ……」
——緊張してるのか……
息を切らして立っている姿にいつもの強さがなかった。震えているのは怒りではなく多くの視線に強張っているように俺からは見える。どうしてそんなことを考えるに至ったのかは視覚もあるが感覚に近い。
俺からは強の表情が見えないがその先で鈴木さんが不安そうな顔で強を見ていること。そして田中達も俺と同じように何かいつもと違う視線で強を見つめている。そして、俺の眼から見える背中が『最強』の背中にも関わらずどこか不安になる様な弱さを持っていること。
——恐いのか……お前が……
知っているからこそ分かる。ここで震えるような男じゃなかったはずだ。こんなことをする前に殴る様な男だった。それに言葉を溜める奴じゃないし止めるやつでもなかった。
——得意の……いつもの屁理屈はどうした……
クラス中が俺たちに視線を集めている。壁に穴が空いて隣の教室の視線も俺たちに向いてることは容易に分かる。それが涼宮強を怯えさせているとは思えない。
——お前は何に怯えている……?
たぶん俺が、俺たちが、見ているものとは別の何か。此処に無いものでけど、それが強の眼には見えていて、それと戦うことが恐いのかもしれない。強にとって何かとても嫌な物が映し出されているに他ならない。
――目に見えない……?
俺がクラス中から嫌われていることなどどうでもいい。それよりも強のことを考えてしまう。監視という仕事でもあっても心配という気持ちに近いのだと思う。このストレスを与えてる状況は良くないと分かっていたとしても、それよりも強が何に怯えているのかが気掛かりでしょうがなかった。
「やめろよ……寄ってたかって……」
強が苦々しく出す言葉で俺は顔をはっと上げた。何かが分かった気がした。
——だから怖かったのか……お前は……。
涼宮強という男の心の声は雑音であり不協和音に近い。迷っている音や不安に思っている音、強がってる音、諦めたような音。色んな音がいっぺんに鳴る。
それが強という人物の本心。
それが何から来ているのか俺は知っている。強が子供の頃に受けた拒絶の痛みが残って治ったように見えても歪な状態だからだ。心の痛み……皮膚が切れて血管から血が噴き出したようになって、それでも時が経てば感じなくなる。時間が忘れさせてくれる。痛みも恨みも、悲しみでさえも……時間と共に風化する。
だけど、何かが残ってしまう。
心の傷は……血が塞がっても痛みが無くなった後でもカサブタのように蓋をしているだけに他ならない。何かの脆い衝撃でそれは皮膚とは違い簡単に剥がれ落ちる。綺麗に取れることなど、心の傷ではない、ありえない。
強が苦しそうに動かない、喋らない。
それでも誰もが動かずに反論をしない。その状況がきっと重なってしまっているだと思う。その強を見ている視線が思い起こさせるのだと思う。強を特別に扱っているから動かない。それでも強を見る視線には顕著に表れている。
【お前に何もしないのはお前の強さが異常だから】だと。
俺に向けられるはずの怒りが強に向いているが俺との違いは顕著だった。強の威嚇だけで誰もが動けなくなっていた。それでも同時に強自身も怯えてる。手が震えてるのはその証拠だった。
——変わろうとしたんだもんな……
鈴木さんが心配で泣きそうな顔で強を見ている。田中達も強が動かないことを不思議そうな顔でどうしたと見ている。いつもの強とは違う。そう感じざる得ない。その状況でやっと俺は分かった。
——やっと変われそうだったんだもんな……
学園対抗戦で強は変わろうとした。確実に変わってきた。少なからず俺や鈴木さん以外の者にも心を許す様になってきた。教室ではいつも田中達に囲まれていた。休み時間をいつもふざけて過ごしていた。
——なのに、なんで……お前は……
そのせいもあって教室の強を見る眼から脅えが消えつつあった。学園全体が強という存在を違うものとして捉え始めていた。危険な奴としてではなく変わりものとして。
——それを無駄にしてまで……
けど、いま強に向けられている視線は元に戻っている。分からないやつが怖い。異常なやつが恐い。特異な存在が怖いのだと。結局のところそういやつなのかと。呪術によって増幅された感情が牙をむいている。
——なんで、俺を助けようと……
こうなることは分かっていたはずなんだ。教室の中で完全に『悪』と『正義』が分かれていたことは分かっていただろう。誰もが『正義』を選ぶなんてことは考えなくても分かっていただろう。
「櫻井は悪いヤツなのかもしれない……それでもな」
——俺の為に……バカかッ!
強が意を決して口を開き始めたが勢いがない。自覚はないのだろう。今までの日々を手放すことになるということも。このまま俺を庇えば俺と一緒に嫌われ者になるだけということも。
――自覚がなくても……向けられている視線で分かっているはずだろッ!
「俺の友達だ」
バカな奴だと思わずにはいられない。本当は嫌われたくなんて無い癖に、本当は人気者でいることが好きなバカの癖に。それが歯がゆくてしょうがなかった。
「これ以上、俺の友達をイジメるっていうなら……容赦はしねぇ」
――どこまでお前は……不器用なんだよ、強。
本心で分からなくとも本能で分かっている癖に強がってバカみたいだ。みたいじゃない、バカだ。昔話で出てくる青鬼と赤鬼の話に似たような馬鹿げた話だ。嫌われものを救う為に自らが嫌われものになるなんていう――救われないバカさだ。
《つづく》
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