第40話 一方……隣のクラスでは
強たちの隣の教室も同じく最終レポートによる自習。唯一違う所といえば担任の佐藤先生が椅子に座って片隅で学生たちの動向を見守るくらいである。
「櫻井君は私の愛のメッセージを見てくれたかなー♪」
その中で藤代万理華はさっき撮った動画が愛する変態の元に届いているか胸を弾ませてウキウキしていた。それがどれほど櫻井を追い詰めることになるかも知らずに呑気なものである。
「マッスル分からん、ハハ!」
同じく最低カップルの片割れは脳筋であるために腕組みをして人より小さく見える椅子にどんと構えていた。レポートについてはてんで進んでいる様子はない。後にマッスルレポートなる摩訶不思議なものを作り上げる漢である。
「聖哉、今日はご機嫌ね。なにかいいことでもあった?」
「別になにもないさ……なにも」
スカシタ顔でスーパースターはヒロインの質問を受け流す。
——超、ごきげんだぜぇえええ!
しかし実は内心ウキウキである。櫻井の地獄から抜け出せるまたとないチャンスが来たのだ。この男のスキャンダルを握っている男の末路。おまけにそれが自分の手を汚さず済むのであればこの上ない。
隣のクラスも隣のクラスで濃ゆいキャラなのがマカダミアである。
自習中は各自が席を立って自由に動き回れる。それを利用するように角刈りマッチョの元へと白髪の少女は席を移動していく。
「アルフォンス、何をそんなに悩んでいるんだい?」
「にっちもさっちもお手上げマッスルだ、万理華!」
「まぁ、アルフォンスはこういう分野は得意じゃないからね」
「マッスル力技が通じん!」
脳筋がさも誇らしげにお手上げを告げるなか、教室の面々はレポートに真剣に取り組んでいる者もいれば、もう課題を終えて雑談をするものも。残された学園生活を惜しむようにお互いの進路を確認したり、出かける予定を話したりしている。
その中、一人の少女は黙々とペンをリズミカルに鳴らして何かを悩んでいた。
「これじゃ……配置が足りない……相手はアイツなんだから」
その少女に向けて藤代万理華は不思議そうに問いかける。
「そんなに悩んでどうしたの、
呼びかけられペンを止めて少女はため息をついて藤代万理華を見やる。その姿に質問した藤代は首を捻って疑問を浮かべる。その少女がレポートに取り組んでいるようには思えない。彼女ならば別段それほどレポートで頭を悩ませることも無いことは知っている。
その少女は超がつくほど真面目なのだから。
「悩んでることはレポートってわけじゃなさそうだね、忍の場合は」
「万理華は……レポートはいいの?」
「私はもう終わってる。得意分野を書くだけだからね」
「呪術について?」
「そう!」
二人の会話を聞いてたアルフォンスが何かを閃いたように声を上げた。
「そうか、そういうことか! マッスルわかったぜ!」
マッスルレポートが誕生する瞬間である。得意分野などマッスルしかない男のペンが走り出す。それを横目に見て一旦微笑んだ藤代は少しして相手に顔を戻した。
「私でよければ何か困っているなら力になるよ」
「ありがとう、万理華。けど、これは私がやらなくちゃ意味がないから」
「忍がやるべきことか……」
藤代は碧眼を閉じて僅かに考える。前にいる友達が何を悩んでいるのか。自分で解決しなきゃいけなくて、自分を頼れないことは何か。そうして思いついた答えを口にする。
「風紀委員会のことかい?」
「まぁ、当たらずとも遠からず」
「委員長だからね、忍は。やることが多くて大変だ」
「そういう万理華もギルド長でしょ。小規模ギルドとはいえやることは多いでしょ」
「好きなことだからそんなに疲れないさ」
藤崎忍は藤代の笑顔に微笑みながらため息で貴方はそういう人だったわねと反応を示す。藤崎忍は悩んでいた。風紀委員長であることではない。櫻井が用意した舞台で自分がどうするべきなのかを。
だからこそ、その舞台となる情報を藤代万理華に問いかける。
「万理華のところはギルド祭に参加するの?」
「もちろんだとも! あの櫻井君が用意したんだから!」
「櫻井君……ねぇ……」
櫻井という単語にお互い違う反応を示す。藤代は愛おしむように笑顔を浮かべ藤崎は苦い表情を浮かべた。その表情のまま藤代万理華は問いかける。
「委員会もギルド祭に出るのかい?」
「巡回警備を頼まれたのよ、櫻井に」
「さすが櫻井君だ。手際がいい」
「まぁ仕事は早いわ……校長への申請書類まで終わってるんだから」
藤崎が嫌そうに答えるも藤代は気にせずに笑顔を浮かべている。藤崎にとっては櫻井の存在を思い出すのは重たい気がする。それは美川とのこともあるが、櫻井から渡された機会のことがあるから。
「じゃあ、その警備で悩んでたのか。確かに私じゃ力になれないね」
デットエンドとの対戦を前に彼女は頭を悩ましていた。
「まぁ、万理華の手伝ってくれようとした気持ちだけはありがたいけどね」
だが、心配してくれた藤代には話を濁した。
『いつまでも先生に頼ってんじゃねよ。テメェのことぐらいテメェでどうにかしろ』
捨て台詞のように吐かれた言葉が胸に残っているからだ。これは自分がやるべき問題であり誰かに委ねるものではないと思ったからだ。その藤崎の横から二人の話を聞いていた能天気な男が声をかけた。
「ギルド祭マッスル楽しみだよなー!」
二人は能天気な男を見やるとダメな奴と言わんばかりに鼻で笑う。それはけしてバカにしているわけではなく愛情が籠っているものだった。それを前にニコニコ笑うマッチョ。
「アルフォンス君はギルド祭のことよりレポート早くやったほうがいいと思うよ」
「忍の言う通りだ! マッスル集中だよ、アルフォンス!」
「マッスルキツイぜぇ……」
そんな風に誰もが雑談している。教室がいつもの授業より少しは騒がしさを増すのが普通。そんな中、佐藤が黒板の方を見て眉を顰めた。何か大きな声がしている気がする。
「また……山田先生のクラスか……」
元より騒がしいクラスなのもあって特に今日が特別というわけでもない。隣の教室から『櫻井』という単語が聞こえてくるのは珍しくもない。いつもオロチに体罰を受ける前にギャーギャー騒いでいるのだから。
「どうしたの、万理華?」
「いや……」
隣のクラスの方角、黒板のある方を向いて藤代万理華は怪訝な表情を浮かべた。別に櫻井という単語に反応したわけでもなく何か不思議な感覚を覚えたまま黒板をじっと見つめる。
だが、そんな二人を他所に隣の教室の騒がしさはドンドンと上がっていく。いくらなんでも五月蠅いの範疇を越えだしている。それにはさすがに佐藤も席を立ち上がざる得ない。
「これはいくらなんでもだな……注意してくるか」
佐藤は腰かけていた椅子から立ち上がり、教壇の前へと場所を移動した。
「ちょっと隣のクラスが騒がしいので注意してくる。皆は静かに自習しててくれ」
それは自分の生徒達への言伝。これから僅かばかり席を外すが羽目を隣の教室と同じように外さないでくれと言う注意も含んだものだった。
「待ってください!」
だが、一人の生徒がそれに席を立ちあがって異議を唱えた。
「先生、隣は隣。ウチはウチです!」
強く言う言葉に佐藤は眉を顰める。言ってることがおかしい。それでも佐藤の不思議そうな顔を無視して佐藤が立っている壇上へとその生徒は歩いてくる。そして教壇の前で佐藤を押しのけ、クラスメイト達に顔を向けた。
「みんな、自習だからって羽目を外さないで静かにしようぜ! 隣のクラスみたいに俺たちはなっちゃいけない。俺たちの方が出来るクラスだって証明する時だ!」
佐藤はその一人の生徒を不思議そうな顔で見上げる。何かを鼓舞しているがソレを今やる必要があるのかと。ここでクラスの団結を深める意味が分からない。
「学園対抗戦でも体育祭でも……俺たちは負けた。それでも俺たちがアイツ等より劣っているわけじゃないですよね! 先生!!」
いきなり詰め寄られて佐藤は困惑しながらも返す。
「そ……そうだな。大杉……」
確かに生徒のいうことはもっともだ。学園対抗戦も全部が隣のクラス。体育祭でも敗北をきしているが故に言ってることは間違ってはいない。しかし、本心ではない。この男の狙いは別にある。
——ここで佐藤先生に止められたのではマズい……
「なぁ、みんな! 俺たちはやれば出来る! いや、俺たちだからこそ出来る!」
——櫻井にトドメを刺すチャンスなど早々ないのだからッ!!
必死に声を張り上げる大杉。その声のせいで隣のクラスの騒ぎがかき消されている。むしろ一番ウルサイのは大杉聖哉である。しかし、誰もが困惑しながらも彼の演説を聞いた。
剣術ギルド長の真剣な表情に何か雰囲気で誤魔化されて動けずいた。
隣から櫻井が掃除用具箱へとタックルした音が響いた。誰もが何が起きたと不思議そうな顔をしたが大杉はそれすらも誤魔化そうと躍起になる。ここが大杉聖哉一番の勝負所と言わんばかりに。
「バカな連中と同レベルになるわけにはいかない! 騒がしい、アイツ等のことはほっておこう! 俺たちは俺たちらしく生きるべきだと思わないか!?」
誰もがぽかーと口を開いているが彼は負けなかった。一人だけ藤代万理華だけが黒板の奥から漏れ出る気配に違和感を覚えていた。
——呪術の気配……?
ここ最近の件で藤代は警戒を強めていたにも関わらず突如と感じだした気配に困惑していた。突如として強まっていく力に何が起きているのか理解が遅れている。さらに言えば大杉がそれをかき乱す様に邪魔しているのも原因の一端を担っていた。
しかし、大杉は必死だった。隣の教室から櫻井を断罪する声が響ていた。それをほくそ笑んで聞いていた。あの動画を元に形勢が逆転したに違いないと。ここで櫻井という諸悪の根源、目の上のたんこぶを始末したい一心である。
——いいさ、どんな目で見られよとも。この一時が俺の未来を決めるッ!
数々の弱みを握られているが故にこれは好機。チャンスを目前に逃がすわけにはいくまいと勢いで押し切る覚悟はある。これぐらいの修羅場は幾度となく経験したスーパースターである!
「さぁ、みんなレポートに集中するんだ! 自分のやるべきことを、成すべきことを成し遂げることに全力で取り組もうぜッ!」
—やけに隣が静かになったな……終わったのか?
大声で演技をしつつも大杉聖哉は冷静に状況を聞いていた。隣のクラスが一旦何か静まったようになっている。これは終わりなのかはわからない。しばらくは様子見が必要であるからこそ壇上で大杉は立ったままでいる。
その瞬間だった――。
「ウルゥッセェエエエエエエエエエエ!!」
突如として上がる大声と破裂音。弾け飛んで突き刺さる、
「おぶっ!」
黒板。邪な考えを持ったスーパースター大杉聖哉の脳天に瓦礫が直撃し、隣の教室が丸見えの状況。それは涼宮強というこの学園最凶である男の壁破壊の一撃。
「お前ら、いい加減にしろぉおおお!」
誰もが呆気に取られた。隣の教室から黒板が浮き出て大杉聖哉を吹き飛ばしていったのである。おまけに大杉の分からない演説とのハーモニーで度肝を抜かれた状態に拍車がかかる。
「櫻井をイジメてんじゃネェエエエエエエエエエエエ!」
誰もが隣クラスの謎の状況に眼を奪われていた。
《つづく》
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