第43話 その意味を言うまでもない

 金髪の貴族は視線を奪うように歩き出す。その堂々とした姿は凛々しく奏でる靴の音が軽快に教室へと鳴り響く。ミカクロスフォードはツインテールの片方を弾きその男の前に立つ。


「何を馬鹿なことを言っていますの?」


 涼宮強と対峙する彼女に恐怖といった畏怖の感情は感じられなかった。其処に毅然と相対して立つ姿と真っすぐと見つめてくる瞳はデットエンドという恐怖の象徴を霞ませる。


「ミカ……!」


 ミキフォリオの顔に喜びが浮かぶ。これは形勢を覆す空気。その証拠に涼宮強の顔が僅かに歪んでいる。自分を恐れない存在を前に無意味な威嚇をするように睨みつけている。


「俺が間違ってんのかよ……」

「間違ってるわよ!」


 強の声に強く返す貴族の姿にクラスメイト達は希望を抱く。大人びた彼女だからこそその男の間違いを正せるはずだと。自分たちは間違っていないのだと。期待を込めた眼差しが送られる。


 その中でミカクロスフォードはイヤそうな顔でため息をついてから涼宮強をキッと睨みつけた。これは涼宮強が間違えたことに彼女が腹を立てているからに他ならない。

 

 それがミカクロスフォードは許せないのだ。


 その男の愚行を。


「何が俺一人よ!」

「はぁ……?」


 その言葉の意味が分からない涼宮強はきょとんとした顔を返す。確かにさっき『俺は一人だッ! 大人数でかかって来いよ!』と大勢の前で啖呵を切った。その言葉の上げ足を取るように彼女は呆れたと言わんばかりに怒りをぶつける。


「アタシが数に入ってないじゃないの!」

「へっ……?」


 それに虚を突かれたのは涼宮強だけではなかった。誰もがミカクロスフォードの発言を受け止めきれない。それでも彼女はそんな視線を感じることもせずにただ一人に怒りをぶつけている。


「な、何言ってんの、ミカ! どっちが悪い奴かは明白でしょ!」


 誰よりも早く彼女の行動を問いただす様にミキフォリオが声をかける。そんな選択は間違っているのだと問いただす様に。それを一瞥して何も間違いはないと彼女はまっすぐに僧侶の方へと向き直った。


「えぇ、明白ですわ。誰が悪いのかは一目瞭然よ」

「そうでしょ! 櫻井は悪いに決まってる!」


 裁判の結果がそうだ。彼を救おうとするものはいなかった。


「確かにサークライは悪いことをしているみたいね」


 それでも彼女はそれを踏まえた上でだからといわんばかりに毅然とした態度を貫く。その横で強は不思議そうな顔でミカクロスフォードを見つめていた。何を考えているのかと先程までの威嚇そっちのけでただ傍観する。


「だったら!」

「それとこれは別よ」

「どれとどれよ!」


 僧侶と貴族は言い合う。ミカクロスフォードらしくない。誰もが彼女を立派だと正統であり高潔な者だと思っているからこそ、彼女の心中をはかりかねている。ここでこの選択を選ぶことをするはずがないと。


 彼女の判断は正しさの元にあったはずなのにと――。


「私が味方をするのは涼宮の方よ」

「なに言ってんの、ミカ?」


 破顔してミカクロスフォードを見つめるミキフォリオと出された本人の強。それだけの視線を受けても金髪貴族は揺らがない。それは確固たる信念にも似たプライド。自分を曲げることを許さない。


「言ってることが分からないのはミキさんがバカだからでしょ」

「なッ!」


 貴族は呆れたと言わんばかりに肩をすくめる。だが彼女の言葉を誰一人理解できていない、涼宮強でさえも。その中で彼女は鼻で笑って足を強く踏みしめる。その瞬間に彼女の姿勢が正され、顔つきが変わる。


 それは彼女の王国で多くの国民を導いた歴史に名を残した偉大なる大魔導士の顔であり、


「涼宮がやっていることを理解出来ないほど落ちぶれているのですか、貴方たちは! 恥を知りなさい!」


 演説である。彼女の性格を表す様に高貴であり高潔な強気の声が大衆を黙らせ釘付けにする。その凛とした姿に間違いを感じることが出来るわけもない。


「涼宮が取った行動に何の間違いがあるという!?」


 問いかける内容は叱る様な声色に乗せ信念なきものを叩き伏せる。そして、その叱咤は身近にいた男にも強烈に打ち付けられた。


「貴方もシャンと胸を張りなさい!」 

「イッテ!」


 臀部を平手で強く叩きつけ涼宮強の背筋を伸ばさせる。突然の行動に強も思わず言われるがままに迫力に従い姿勢を正してしまう。それほどに彼女の行動は人を引き付ける魔力に近かった。


「何一つ間違えてなどいないのだから!」


 それは涼宮強の迷いを突くように放たれる叱責。正しいことをしているのだから胸を張れと彼女はいう。その正しいことをしているなら私はクラスメイト達を相手にしようとも味方であると。


 ——ホルホル……


 それが強列に涼宮強の心に響く。一人だと思っていた理解されない自分。間違っていると思っていた選択。その思い込んでいた全てを否定するように、全てを擁護するに彼女は強い瞳で自分を鼓舞してくる。


 誰もが悔しそうに顔を歪める。強いものに強いものがつく理不尽な状況に歯がゆさを感じてそれを羨むように嫉妬の視線を送る。それを彼女は小ばかにするように拾い上げ、見下した視線を送る。


「あまりに歪すぎてアナタ方には理解できないのかもしれませんわね……」


 それを理解するのはミカクロスフォードとて時間がかかった。歪んだ男たちだ。間違いだらけの男たちだ。この男達に正しさや倫理などあるわけもない。それでも彼女は知っている。そんな二人にある確かなものを。


「これだけの敵を前にしても一歩も引かない姿に何も感じませんの?」


 その視線を受けているからこそ彼女は強の正しさを理解する。形は不器用であったとしてもソレを彼女は肯定する。感銘を受けたのはつい一月のことだ。


「友の為に戦う男の姿に」


 ギルドの調査の時に聞いた言葉。それは櫻井の口から出まかせに近かったがこの二人にあるものをミカクロスフォードは嘘だとは思わない。こんな状況でも戦える繋がりに彼女は正しさを見出した。


「私も共に戦いますわ! 友の為に!」


 それがこの状況で涼宮強にとってどれだけ心強い味方なのかは言うまでもない。理解されることを諦めてきた男に味方した貴族は自分を友と呼んだことのその意味を言うまでもない。


「ホルホル……」



《つづく》

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