第10話 お返しだ、あいこでショット!

 ――コイツ……マジでムカツクゥ……!


 俺は目の前にいる戦闘中なのに余裕の表情を浮かべる隻眼にイラつきをマックスにさせていた。頭の血管がブチギレそうだ。何度も攻撃を繰り返したが当たらねぇし、


「クッ――!」

「どうした?」


 おまけに小突こつくような攻撃を何度もされてるしッ!


 怒りに任せて拳を振るうが、


 ――また!?


 空を切る。怒りに火をくべるように相手は撃っては距離を取り、


 撃っては距離を取り、永遠に続くの如くヒットアンドアウェイ。


「こにゃくそぉおおがー」


 ――これほどイラつく戦法があるだろうかッ!?


 殺意を視線に込めて距離をとったオロチを睨みつける。


 次こそは必ず当ててやる……すげぇ一発を。


 三途の川に意識がトリップするような一撃を!


 拳に力を込めて溜め込む。そしてヤツを殴りに行くために足に力を入れる。


「今度は」


 俺が殺しの意志を固めて動き出そうとした瞬間だった――


「コッチからいくぞ、涼宮!」


 やつがパターンを変えてきた。


 オロチがダッシュして俺に殴りかかりにくる。


「なぁッ!?」


 今まで攻撃を躱されてから反撃をされていたのが続いていただけに虚をつかれた。反応が遅れた。しかし視界にはハッキリやつを視認出来ている。


 ――教師が生徒に対して走って殴りにくるなんて、


 慌てて足に込めた移動用の体重を戻す。拳を引いて受け構える体勢を作り出す。


 ――アタマ、オカシイだろうッ!? 体罰とかそんなレベル超えてんぞぉおおお!! 


 いきなりの反撃に慌てて腰を落として遅れて身構えた。スピードをつけて威力が増した一撃が来るのを警戒する。オロチが体の右側を不自然に引くような動作に入ったのが見える。


 ――右が来るッ!


 俺は先を予測し右をガードしようとした――


「な――ッゥ!?」


 次の瞬間、衝撃に襲われた。身構えた体重と違う位置から攻撃。頭部を殴られ体ごと持ってかれそうになるのを歯を食いしばって耐える。顔が衝撃で流されながらもオロチの姿を視認する。


 ――右で完全に打つ動作だっただろうが……


「——フェイントだ」


 ――イラつく声の中年だッ!?


 怒りが俺に火をつけた。衝撃で流れる態勢を無理やり戻し、


 ――イチイチと……


 ムカツク顔面向けて左に力を込めて返す。


「うるっせぇェエエエエエエエエエ!!」


 顔面を狙った一撃はまたもや回避された。オロチの顔の横に拳が突き抜けていく。左を振りぬいてる俺の視界に線が映る。俺の出した腕を掻い潜るように迷いなく頭部を目指してくる線。


 棒に蛇が絡みつくように俺の方へとその矛先を向けて向かってくる。


 ――やべっ、


「ナァガッ――――ッ!」


 左に併せる様に右の一撃が顔面に撃ち込まれた。


 耐えるにも耐えきれずに衝撃を殺しきれず足が浮く、


 ――カウンターを……


 前に出る力を逆に利用され俺は衝撃に流され地面に叩きつけられ、


 ――モロに……ッ


 何度もバウンドしながら、地面を擦って、


 ――喰らっちまった!


 白線近くまで衝撃で吹っ飛ばされた。





 ダメージで頭がくらくらする。視界で地面が揺れやがる。


「山田先生のほうが強いのか」「まぁオロチ先生だからな」


 外野の耳障りな声が聞こえてきやがる。


「いくらデットエンドでも無理だったか」「まぁ教師より強いってこともないのか」「これで少しはおとなしくなるかな」


 俺を馬鹿にするよな声が聞こえる。ふつふつと苛立ちが募る。


「どうした? 終わりか?」


 不快な中年の声が俺に耳に入ってきやがる。


 ――コイツは俺をイラつかせる天才だな……。


 ――ダメだ、怒りがたまりすぎて脳の血管がブチギレそうだァッ!


 俺が悔しさをバネに両手を地面について立ち上がろうとしたとき、


「アレは――」


 ふと視界の端っこに映る黒い固まり。四角く取っ手がついてる物。






「俺の鞄……」


『これ調理実習でつくったやつだから、玉藻おねいちゃんにちゃんと届けてね!』





 中には妹から渡されたクッキーが入っている。


 美咲ちゃんにお使い頼まれてたんだっけか。


 そういえば、ヤバイな時間。俺には時間がなかったんだった。


 俺は時計を見るともうすぐ四時五十分を過ぎるところ。


 下校時間はとっくに過ぎている。


 果たすべき約束がある。行かなければいけない所がある。


 そんなことが俺の怒りを奪っていった。

 

 ――中年を早くぶっ飛ばしてアイツのところに行かなきゃ。


 立ち上がった俺は、


「ふんッ!」


 自分の顔を両手でパンと叩いて鼓舞する。周りが不思議そうに俺を見ていた。


 頬がジンジンするが何か頭から怒りが消えた。一旦落ち着かせるんだ。


 俺は冷静さを失いすぎていた。


 早く一発殴りたいという焦りに集中力が削がれていた。怒りで集中している様な錯覚に陥ってたけどコレは違う。もっと遊ぶときは違ったはずだ。遊ぶ時の集中ってのはこうじゃなかったはずだ。


 ――落ち着け……。


 目を閉じて深呼吸する。体の筋肉の硬直を解いていく。


 ――もっと力を抜け……。


 深呼吸して、体の力を抜いていく、自然に任せるように腕を下げる。


 脱力するのではなくニュートラルな状態へと持っていく――自然体へと。


「続けていくぞ、涼宮」


 ――声に惑わされるな……。


 中年の声に心を惑わされないように俺は意識を集中。中年が動き出す。


 ――動きに騙されるな……。


 動きを凝視する。神経を研ぎ澄まし視界をクリアに保つ。


 ――アイツにだけ集中だ。


 深い水の底へと落ちるように神経を削っていく。体が無意識に反応して力を入れない様に脱力する。視界に映るモノをそのままに脳で受け止める。遠くでピエロがにやけたツラで俺を見ているのが分かる。


 ――集中、集中、集中……


 眼帯をした男の攻撃に全神経を注ぐ。


 ――余分な情報はそぎ落とせ。感情を一時的に消せ。心を失くせ。


 自分が景色の一部になる感覚だ。どこまでもこの集中に落ちていい。


 ――呼吸だけでいい。視界だけを保て。


 ——深く集中だ……どこまでも深く、深く、深く

 

 オロチだけを捉えるように視界の隅の情報を削っていく。


 ――視界から景色を消せ、ヤツの体だけを捉えろ。


 走ってくる姿。両方の拳が握られている。


 ――どちらが来るかだけを判断しろ。やつの拳をとらえた瞬間が勝負の時だ。


 オロチの体が僅かに揺れている。体重移動を小刻みにしてる。


 恐らく動きを読ませないために。右でも左でも打てる状態。


 両方の拳は握られている。


 ――右腕に力が入ってるのがわかる。


 ——違う……わざとだ。


 フェイントを警戒する。中年の攻撃を最後まで目で追い、左の打ち下ろしの攻撃が来るのが見える。ハッキリと見えた。


 ――ここだ……!


 俺の顔の斜め上から打ち下ろす様にして拳が迫ってきている。


 ——これ以上ないくらいに見えてるッ!!


 オロチの動きに合わせて俺は顔を動かす。


「クッ!」


 骨と骨がぶつかる鈍い音が辺りに響く――




 ――これでいいんだ……。




 殴られた箇所が赤く熱くなる。それは綺麗に俺の顔面を捉えた。口の中が切れて血が頬を伝う。それでもいい。俺は自ら拳へと向かっていき確実にヤツの拳を俺の頬に当てたのだ。躱すのではなく受けきった。


 無理に避ける必要はない。


 むしろ受けに徹した。勝機を得るために。


「やっと、捕まえたぜ――」


 俺はダメージを受けながらも嗤う。


「オロチ!」


 俺は首を横にずらしながら衝撃に耐え、そいつの左腕を左手で掴んでいた。


「ナッ――!?」


 驚くオロチに自然と笑みがこぼれてしまう。


 こうなりゃ簡単に避けられないだろう。射程圏内だ。


 一発やられたからやり返す。


「あいこで――」


 俺は右拳を引いてタメを作る。


 俺は掴んだ腕を引っ張ると同時に渾身の攻撃をしかける。



「ショォオオオオオオオオオオット!!」



 ――スゲエ、いい感触!

 

 やつの胃袋をとらえた感触。俺の右腕の渾身の一撃がヤツの土手っ腹へと決まった。左腕で引きつけ右の一撃をぶち込む俺の得意パターン。


 ――これで終わりだッ!


 そして突き飛ばす様に腕の力を全開で込めていく。脚に力を込めた大地を掴む。


 ――ぶっ飛べ、糞野郎ォオオオ!!


 クリーンヒットした感触、俺は掴んだ左腕を離す。


「ざまぁ」


 やつが飛ばされる無様な姿をにやついて眺めていた。


 渾身の一撃が決まった。これは悶絶必死間違いなしだろう。


 何せオレの全力パンチなのだから。手加減など一切していない。


 が――


「えっ」


 吹き飛ばされるヤツの眼と俺の眼が合った。鋭い眼つき。片目の右目だけだが殺意を込めている視線。ヤツの怒りが直に感じ取れると同時にわかる。


「えっ!? 嘘だろう、オイ!!」


 ――攻撃が効いてねぇっていうのかッ!?


 驚くことに中年は数メートル先でしなやかな身のこなしを見せる。吹っ飛ばされ浮いている体を反転させ宙返り。そして、あれだけの一撃の衝撃が何処かに消えた様に、勢いを増して地に足を付け、


 ――うな、アホな! 俺は全力で殴ったぞ!?


 足がつくと同時に地面を踏み砕き俺に向かってくる。明らかにスピードを上げてきた。俺は咄嗟に脅威を感じて防御の姿勢を固める。空気がヒリついている。明らかにオロチの纏う気配が今までとは違う。


 ヤツの動きを一部も見逃してはいけないと集中を加速させる。


 見える動きは空中で回転を加えたもの。


 体を旋回させ捻りを極限まで高めている。右足での攻撃ということはわかる。足の開きから感じ取れる。だが柔らかすぎる。回転する背中に右足が完全に隠れている。どの角度から来るかが見えないし予想ができない。


 ――脚かッ!?


 ならと、俺は咄嗟に左半身に防御固める。


 引き絞られた体を放つようなムチの様な蹴り。急加速する攻撃に角度が目で追えない。脚が遅れて出てくるせいで出処でどころが体で隠れて見え辛い殺気を込めた一撃が、俺の右側を襲う。


「ぐッ――!」


 ガードお構いなしに撃ち込まれた。ガードごと吹き飛ばそうとするような重さ。


 ――オモテぇッ!


 今まで食らったことがない衝撃が右腕に走り三メートルほど足を地面に引きずらせながら体を流された。引きずられた地面はえぐれ、綺麗な二本線の列車道が作り上げた。


 ガードした右腕からは微かに煙みたいなのが立ち昇ってる。


 ――なんつう威力してんだ。腕がしびれる……


 腕が顔面にぶつかり吸収しきれなかった衝撃が頭部を揺らした。


 ガードしたのに唇が切れている。電流が走ったような足技。


 ――衝撃が全身を突き抜けるようにいってぇえ……


 腕がビリビリして一時的にマヒしている感覚。ガードの体勢から動けねぇ。


 だけど――

 

 俺はダメージとは裏腹に高揚を覚える。口元がわずかに上がる。


 ――やっとやりやがったな……。


 目的は達成できたからだ。ついにヤツの足技を使わないという、訳の分からないプライドを砕いた気がしたから。同じ土俵に立ったという気がした。思いっきり殴っても本気で反撃してくる。


 コイツなら俺が全力でやっても問題ないとわかった。


 だからこそ、俺は高揚せずにはいられない。


 ――ヤツが本気になったところをぶちのめすッ!


 俺は両の拳を打ち付け戦闘の再開を促す。


「よーし、オロチ! ここからが本番だッ!!」




 その瞬間――




「そこまでにゃんよ!!」




 猫が俺とオロチの間を割るように乱入してきた。俺は目を丸くした。


「ここまで見ればわかるにゃん」


 猫はトコトコとオロチの足元へと向かっていく。


「オロチ君も熱くなっちゃダメだって言ったにゃのに」

「スイマセン校長……面目めんぼくない」


 オロチがヘコヘコ頭を下げている。


 ――ちょっと……待てよ……イイ感じになってきたのに邪魔をするなネコ風情ふぜいが。


「戻るにゃんよ」

「わかりました」


 ――いま凄くいい感じになろうとしたのに。


 俺は打ち付けた両拳をどうすればいいのかわからない。


 ――やっと、ガチンコで対決が始まろうとしていた矢先だったのに……。


 俺が手でシッシッっと追い払う動作をネコに送るが戦闘は終わったといわんばかりオロチは気だるそうに明後日の方向に歩き出したいった。背広を取り、肩にかけてから口を動かしている。


 それから口内にあった血が混じったつばを校庭に吐き捨てた。


「涼宮、結果はだからお前の出場は確定だ」


 ――引き分けじゃなくて、逃げてるだろッ!


「異論があるなら退学処分だ。お前のせいでうちは去年最下位になったようなもんだからな」


 ――退学処分ってなんだよッ!?


「なっ、なんだそりゃ!?」


 オロチの脅迫きょうはくに声が漏れる。


 退学とか職権乱用しょっけんらんようもいいところだろう。去年負けたのは弱かったからだろう。それに俺は無能力だ。学園対抗戦など出る輩ではない。


 しかし、退学なんてなったら俺は嬉しいが、


 美咲ちゃんが怒りそうだし……退学はキツイかもしれない。


 ――オマケに今日は……。


 俺はふと時計に目をやる。


 ――タイムリミットか。


 よーく考えたらこれ以上の戦闘をすれば時間的に間に合わない。全力で俺が撃ち込んでもアイツは反撃してきたんだ。おまけにヤツにはというものがある。


 俺の親父と同じものをヤツが持っているとするなら、


 まだまだ時間がかかるのは目に見えてる。


 なら、これ以上続けるわけにはいかない。


 俺も上着と鞄を回収し、


「好きにしろ」


 捨て台詞を残しその場を後にした。


 学園対抗戦当日に俺は風邪をひくと心の中で予言しよう。


 風邪って引きたい時に引くものだから。ピンポイントで風邪を引いてやる。



《つづく》

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