第11話 お前がいないと俺の調子が狂うから、早く治せよ

「お前を送り届ける任務を美咲ちゃんからもらってるからな」

「お兄さん超カッコいいっす!! れました!!」


 校門を出ようとするところに櫻井と赤髪ちびっ子ポニーテールが付いてきていた。


 このアホな二人は何を言ってるの? まぁ無視しよう。


「家までついてくぞ!」

「私もお供させてください!」


 俺が無視して歩くと自然と二人は後を付いてきた。


 下校の道を三人で歩くが、


「あの師匠の飛び蹴りは凄まじかったです!」


 赤髪は俺の横でオロチとの戦いについて


「おまけにあの反転してからの居合のような蹴り技も!」


 ――俺は……足技とか使ってないのだが……。


 見当違いの考察をベラベラしゃべりなぜか興奮して鼻息を荒くしてる。


 横で櫻井は下手くそな鼻歌歌ってるし、やかましいことをこの上ない帰り道。


 嫌な気分である――巻くか。


「消えやがった!?」

「師匠、いずこに!?」


 しばらく歩いたところで俺は姿を眩ませる。全速力で移動して木の上に隠れたのだ。木から二人がどこかへと消えるのを待つように眺める。


 ――しばらくほっとけば……帰るだろう。


 赤髪は迷子になった幼い妹が兄を探す様に『お兄さんぁああん』と兄妹でもないのに叫んでいる。俺はおまえのお兄さんではないし。というか、誰だよ?


 それにアッチのアイツは何をやっている?


 もう一方の櫻井は、なぜかうまい棒を道端のど真ん中に一本置いてしゃがみ込みんでいる。チッチッチッチと何か舌を鳴らしている。


 なぜに、うまい棒を?


「強ちゃん、ほらご飯だよ。出ておいで何もしないから。怖くないから~」


 十円の駄菓子で俺をおびき寄せるという殺意を覚えるような行為を平然とやっている、ピエロ。おまけに地面に置いて俺は野良猫かなんかか。


「脅えてないで出ておいで~」


 アイツ、いずれぶっ殺してヤル――。


 櫻井に関しては冥土に即刻送ってやろうかと思ったが、


 家に帰る前によるところがあり時間も惜しかった。


 だからこそのいずれである。


 それに、これから行く場所はセキュリティも非常に厳しいので、アホな二人を連れてくとテロを起こす可能性も視野にいれねばならんから、ほっとくしかない。






 二人を置き去りするように移動した俺は朝見た豪華な門の前に立ち、


 インターホンを鳴らした。


『どちら様でしょうか?』

「涼宮っす。約束通りプリント届けにきました」

『どうぞ、中におあがり下さい』

「どうも」


 門が自動で開閉していき、俺はそこから20メートルぐらい庭を歩く。


「相変わらずの豪華さだな……」


 色とりどりの季節の花。敷地の真ん中には噴水。


 相変わらず豪勢極まりない。中世を感じさせるような絢爛さだ。


 これが我々の税金の使い道である。


 俺の消費税もどこかの花に変わっているのかと思うとちょっと切ない。


 しばらく歩くと洋館に着いた。三メートルほどの高い玄関。


 どれもこれもが日本の家屋ではない。スケールが違いすぎる。


 これが日本国トップの豪邸である。

 

 ――あれは……。


 開けると視界に飛び込んで映るのは赤い絨毯と風に吹かれれば飛ばされそうな白髪の執事服の老人。出迎るように時さんがゆっくりこちらに近づいてくるのが見えた。


「時さん、お久しぶりっす」

「お久しぶりです、強様。大きくなられましたね」


 お互いに久々の再会に挨拶を交わす。玉藻が異世界に行ってからは俺がココを訪れる機会もなかったから。俺はにこやかに笑って時さんの言葉に返す。


「おかげさまで♪」

「本日はお越しくださりありがとうございます。どうぞ好きにおあがり下さい」

「お邪魔しまっす」


 お互い笑顔で挨拶をかわし終わり、俺は赤い絨毯の敷かれた階段を上がっていく。玉藻の部屋の位置は知っている。二階の角部屋かどべや。幾度となく来たことがあるので、途方もなく広い豪邸の中を俺は迷いなくその部屋までたどり着いた。


「生きてるか~?」


 扉を開けると優しい肌色の物が目に入り込む。


「ふえぇ……」


 こちらに変な声で挨拶する。俺も思わず「ほえぇ」と返したくなるのを抑える。視界に白とピンクが混ざったような布。それが柔らかそうな大きな風船を包み込んでデコレーションしているが、若干はみ出している。


「――っ!」


 俺が見たのは上半身裸同然の玉藻の姿だった。


 柔らかそうな肌。瑞々しい肉体。肉付きのいい体。


 青がかった黒髪が胸の頭頂部を隠す様におろされている。成長した玉藻。


 それは少女ではなく、もはや女性というにふさわしい。


 その綺麗な目をパチクリしてコッチを向いている。


 俺はただ茫然と見ている。


 玉藻の頬が赤く染まると同じように俺の顔も赤く染まっていく。


「きゃっ!!」

「ごめんッ!」


 悲鳴に俺は慌てて扉を閉めてしゃがみ込んだ。


 一気に体を熱が襲った。つばが喉を上がってくるような不快感。


「す、すまんこって。悪気はないんだぎゃ!」

「ご、ごめんなすって、強ちゃん! 汗かいたから着替えちゅて!!」


 扉越しに会話するが慣れないことに滑舌が廻らない。


 不可抗力だとは分かっていても羞恥心が勝ってしまう。見てはいけないものを見てしまった後悔と懺悔の気持ちが湧いてくる。なのに、雑念を浮かび上がらせる映像が目に焼き付いて脳内に保存されて思い出される。


 スベスベな柔肌に目に優しいピンクのホック。


 ――下着姿の玉藻の映像が脳から離れないッ!


 俺は扉の前で胡坐あぐらをかいて座り込み、煩悩を振り払う為に般若心経っぽいものを唱え続けた。『般若、般若……般若』とずっと唱えた。というか、それしかわからん!!


 お経に集中していると、


「強ちゃん……」


 扉越しに恐る恐るした声が聞こえた。


「入っていいよ……」


 なぜか体温があがる。平常心を失っている扉の前で深呼吸をして、


「……おう」


 気にしてない素振りで男らしく部屋に入る。


 ピンクを基調としたファンシーな部屋がそこに広がる。わざとらしくバカが布団に潜り込んでいく。掛け布団を被るとそこから顔を半分だけ覗かせ指をちょこんとだして、相変わらずのあざとさを演出している。


 いつもの玉藻らしさにやっと平常心が帰ってきた。


 俺はベッド脇に用意された椅子に腰かけ、


「具合は大丈夫か?」


 病人モドキにしょうがなく定型文を投げつける。


「うん、明日には行けそうだよ」

「そうか」


 玉藻が元気そうなことに安心した俺へ玉藻が質問を投げかける。


「今日は学校どうだった?」


 俺は少し考える。色々あったちゃ、あったのだが……


 まぁ全部いう必要がないこと。学園対抗戦とかオロチとの勝負とか。


「別にいつも通りだ」

「そう♪」


 何も知らない玉藻は微笑んで俺を見ていた。


「お前に渡すもんがあるんだ」

「なに?」


 俺は鞄をあさり、


「これは今日のプリント」


 白いプリントを取り出してベッドの上にいる玉藻へと渡す。


 そして、もう一度鞄を漁る。


 これがお使いの分だ。


「あと美咲ちゃんからクッキーだ。美咲ちゃんが早く良くなってだってさ」

「わぁ~、クッキー♪」


 プリントと美咲ちゃんの手作りクッキーを手渡した。プリントは布団の上に置かれ玉藻は美咲ちゃんのクッキーを両手でうれしそうに掲げ輝きの目で見ている。


 俺は鞄にもう一度手を入れる。もう一つを取り出した。


 櫻井たちと別れたあとに手に入れたもの。


 俺は若干恥ずかしかったので顔をそっぽに向けながら


「これは……お前の好物だ。喜べ」


 それをビニール袋ごと差し出した。


「ありがとう!!」


 玉藻は俺から手渡された袋を受け取りながら俺を見つめてのが感じられる。


 俺は恥ずかしさからぼやくように解説を入れる。


「俺が調理実習で作ったプリンだ」

「強ちゃんらしいね……」


 ふふふ♪と笑っている玉藻の方向にゆっくり顔を戻す。


 バーコード入りのプリンとプラスチックのスプーンを取り出し、玉藻はプリンに向かって優しい微笑みを浮かべて見ていた。大事そうに握りながら。


「うんじゃあ、それ食ったら早く寝ろよ」

「了解です!」


 玉藻が俺の言葉に敬礼で返すの見て呆れた笑みを返す。


 これで用件はすべて済ましたので帰ろうと、


「玉藻、」


 俺は席を立ちドアノブに手をかけ立ち止まった。


「アレだ」


 俺はちょっと間違ったことを言っていた。玉藻に少し嘘をついてしまった。


「ん?」


 頭をかきながら背中を向けたまま玉藻に喋り続ける。


「さっきの学校がいつも通りと言ったのは……間違いだ」

「強ちゃん、学校で何かあったの?」


 色々あったがそもそも全てここに通じる。


 これのせいで俺は振り回されていた。だからしっかり伝えよう。


「お前がいないと」


 結局、今日一日のゴタゴタも自分らしさを失っていたからに過ぎない。


「俺の調子が狂うから……早く治せよ」


 俺の捨て台詞に元気に返すその声を聞き取り、


「うん♪」

「じゃあな」


 扉を閉めて部屋の外にでる。


 何か一日で色んなことが起きてちょっとだけ疲れた。オロチに蹴られた右腕も若干痺れているし、玉藻の下着姿も見てしまった。それでも、今日という日は終わる。


「ふぅ……帰るか」


 俺は、あの様子なら大丈夫かと安心して玉藻の家を出た。




◆ ◆ ◆ ◆




 隻眼の教員とネコは夕暮れ時の廊下歩きながら校長室へ向かっていた。


 ネコは垂れた尻尾を左右に振りながら並列に歩いてる教員に話しかける。


「どうだったにゃん、涼宮君は?」

「大体わかりました。あれは強くなってますよ。十分期待はできます……」


 生徒に殴られた腹をさすりオロチは答えを返す。


「それは良い知らせにゃん♪ けど、オロチ君やりすぎは禁物にゃん!」


 ネコはご機嫌に尻尾を高く跳ね上げる。


 隻眼の担任はスイマセンと軽く頭を下げ移動を続ける。


 そして、眼帯の男は小さく呟いた。


「ただ、アレは度を越してるところがあるな……やめさせるか……」


 校長室へと一人と一匹は姿を消し去っていく――


 外では清掃員によってグラウンドの整備作業が行われていた。



≪つづく≫

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