第9話 デットエンドVS山田のオロチ
「血が滾りますね、センパイ! 体がこう熱くなるっていうか!」
隣にはきゃぴきゃぴしたアホがいる。
「やっぱ男の決闘っていうのはいいですよね!!」
貧相な胸の前で両手を使ってシャドーボクシングするポニーテールは目を輝かせていた。機敏に動いちゃいるがこれから始まる戦いと比べたらシャドーでフンコロガシしているレベルだ。
俺が目を移すとグラウンドの中央では強が上着を脱ぎタンクトップ姿で肩を回して体を温めている。
試合前にストレッチとはアイツもいつになくやる気になっている、めずらしい。
アイツから好んでバトルを仕掛けるのは
アイツが戦う理由は、いつも――
『傷つけられた』だから。
まぁ大分強引なこじ付けが多いのだが全ての戦いは敵側からの先制攻撃によるものとアイツはしている。いつでもそうだ。何か理由をつけてから力を振るうのが習慣になってる。
じゃないと自分の正当性が保てないと脅えてる節がある。
まぁ小さい頃に色々あったからしょうがないことではある。
曇り空とグラウンドの砂を巻き上げる風が決闘の雰囲気を
「オロチ、今度は本気出せよ」
嘲笑うように強がオロチに向かって意気揚々と喋り始めた。
「俺が勝ったら学園対抗戦の話はチャラだ」
「その条件は構わん。これはテストだ」
オロチもそれに好きにしろと言わんばかりだった。
「本気を出すかどうかはお前次第だ」
オロチが安い挑発を見せる。
それが妄言でないことは立ち姿を見ているだけで分かる。いくつの死線をくぐり抜ければあんなオーラが出せるのかもわかりゃしねぇ。存在自体で格が違うことが分かる。
「俺様相手に面白れぇこと言うじゃねぇか」
それにノリ気な親友。
俺は頭の情報を整理しながら、色々な思考をめぐらせる。
――気にかかることがある。
『今度は』というのはこれより前に強とオロチは戦ってるのか……プールでそういえば……それらしいことを。
戦闘ランクでいえば二人ともトリプルSランクだろう。マカダミアの平均は多少のおまけも込みでBが精々だ。
それでも地球では上位に当たる。
それをあの二人はゆうに超えてる。
お互いステータス的には引けをとらない気がするが、
ブラックユーモラス元
戦闘技術でいえば、オロチが格段に上なのは間違いないが……
どちらにせよ、
学園対抗戦を考えればこのマカダミアキャッツで飛びぬけている強を選ばない方がおかしい。
これは、その為のテストだ――
涼宮強という異端児を学園対抗戦へと出場させて問題ないかということの。
「全員、白線より後側に下がれッ!」
突然、オロチが大声で叫んだことに観客たちがざわつく。
「なんだ……?」「白線ってどれだよ?」「そこにあるのが白線じゃない?」「あぁ……下に書いてある」
身長が美咲ちゃんと変わらない木下昴は不思議そうなツラで俺を見上げた。
こうなることは分かっていた、あの二人が戦うのだ。
もし白線の内側に居ようものなら死んでしまう。
「あの~……」
「……ん」
俺より前のヤツが俺を見るが
お遊び半分で花見火気分で見に来ているのは知っている。
俺はコイツラと違って仕事だ。
木下昴が眉を顰めて俺を見ているが気にすることじゃない。
俺は別に良いやつを演じるつもりない。悪逆非道で結構なこった。
全員が白線より内側に下がり、
「飲み物やお菓子、おつまみはいかがっすか~♪」
そんな中に商人のようなひょうきんな声が響く。
「安いよ、安いよ♪」
どさくさ紛れに田中が飲み物や食事を販売している……。
こいつも戦闘タイプ。竜騎士であり、戦闘ランクでいえば学年上位にあたる。そして、家が呉服屋を営むボンボン。女子も数人連れているが本命はまだ決まってない模様。
商人の血統が騒いでるのか商売を巧みにこなしている。
以外と才覚も多い奴だ。
見てくれはあれだが……。
田中に気を取られていると、
強がその場で軽く何度か飛び跳ね、開戦の合図を出した。
「いくぞッ!!」
掛け声とともにオロチへ殴りかかっていく。
まずは距離を縮める踏み込みと同時に打ち下ろしの右を顔面に対して放ったが、オロチは片腕でそれをいなすように方向を変え、空振りへと変える。オロチに
目を見張る反応の速さ。
アッパーカットの軌道を斜めにずらしたような
叩いただけであまりダメージを与えられていないが、
おそらく、いつでも打てるぞという挑発だ。
オロチは強の本気を見ようとしている。
「どうした、本気出させてくれるんだろう、俺様?」
相手を苛立たせるようなバカにした顔で攻撃してこいと右手でこまねくオロチ。
――アレをされちゃ、強ちゃん怒っちゃうよ……。
「にゃあろうぉおおおおお!!」
――ほらな……。
案の定、安い挑発にのった強が飛び込む。スピードがバカみたいに速い。土煙が上がりきる前に同時に打ち下ろすような蹴りを放った。当たれば威力はデカそうだ。全力を込めた感がある。
しかしだ。
アカン――。
大ぶりで右足の蹴りを放ってるがモーションがデカすぎる。
テレフォンキック。
見るからにどうやって蹴るのかを事前に察知されてる。オロチの片目が完全に強の挙動を捉えている。それじゃあ躱されちまう。怒りで動きが大きくなりすぎだ、強ちゃん。
オロチは予想通りいとも簡単にあっさり避け、
「
顎を跳ね上げた姿に俺は思わず声を漏らす。強がダメージを受けた姿に「おぉー」と観客が歓声を漏らす。衝撃音がなっただけで当たったことは分かる。それでも今のただの反撃じゃなかった。
今の攻撃を正確に捉えられているヤツはいるのか。
今のは恐ろしく早ぇぞ……
何人のやつが今の三連打に気付けた……。
「今何したんだ、山田先生?」「能力じゃねぇか?」「いや左のアッパーだと思う」「回し蹴りじゃねぇの、顔が動いたし?」
周りの反応に俺は呆れるほかない。
顔面側部へのフック、わき腹へのボディ、
最後のアッパーにつられて強の顎が跳ね上がっていただけだ。
いや――俺、意外に見えてるヤツはいないレベルか……。
あれを捉えられる動体視力など持ち合わせているものが戦闘ランクBなわけがない。しかも、オロチは右腕のみで三連打を強に放った。左右での三連打と利き腕だけの三連打じゃ訳が違う。
拳を定位置に戻すだけでもロスになるっていうのに……。
左も使ったらもっと早く攻撃できるってことだ。
強のアホみたいな攻撃とは違い、ボクシングスタイルのような動きから無駄のない拳の連打。無駄が無い上に動きにスキがない。大振りではなく確実に相手の急所をピンポイントで叩く正確な攻撃。
「マジかよ……強ですら手玉に取るのかよ……」
オロチの戦闘技術が高いとは思っていたが、
俺の予想より遥かにたけぇぞ……。
ガサツな風貌からは予想も出来ない繊細な動き。強ほどのスピードで動く相手に急所へ打つのがどれほど大変か。ソレにあれでもまだオロチは手加減しているという事実。それに俺は眉を顰める。
これはテストだ。強の本気をはかるための。
わざと手を抜いて怒らしてやがる。
その証拠に軽快なステップを踏んでその場で待機している。
追撃をかけていない。
強が動き出すの
眼前で強は口から血を垂れ流し、
「クソっ……」
悔しそうな言葉が漏れていた。何をされたかは強自身もわかっているはず。
それにオロチは依然余裕のままだ。それが心底悔しいといった感じを受ける。
「オロチ――ッ」
目が鋭くなり怒りが溜まっているのが如実に伝わる。怒りを形に変える様に、口の血をふき取り強は気持ちを切り替え構えを取り直す。右腕を前方に構え、左腕を胸にひきつけ、半身に構える。
重心を下にずらし初動の速さを確保する。
「調子に乗ってられんのも今の内だッ!」
構えとしちゃなってはいるが、
なっては、いるんだが――
強本来の戦闘スタイルからかけ離れ過ぎている。
――強、オマエ右利きだろう……
――それはサウスポーの構えだッ!
本来右利きであれば右拳は体に引きつけて引いて左手を出すのが正解だ。おまけに利き手と同じほうの足を引くことによって攻撃力を上げているのに、あれでは逆も逆だ。
「うッらぁあああああ!」
構えなど気にせず攻撃に転ずるバカ。身を捻り遠距離で強が思いっきり
左拳を打ち出す。
オロチは絶妙なタイミングで横に避け、
白線の上――
何もないところで衝撃が音となってグラウンドに響く。
衝撃を結界が殺しきれていない。完全封殺するにしても設置型の結界では限度がある。白線ギリギリに位置している俺の体にビリビリと衝撃が打ち付ける。俺の髪が揺れている。
馬鹿力で空気を無理やり圧縮した不可視の一撃。
おまけにアレで遠距離攻撃というのが信じがたい威力。
白線は最強の結界の証。
あの人も大変だ。普通に仕事があるのにここまで出張するなんて。オロチが無理やり呼び出したのだろう。あの体罰教師ホントやりたい放題。
しかし、アイツの身勝手さに呆れるが理解はできる。
こうでもしなきゃ二人が周りを気にせず戦えることなどない。
呆れている俺の前で戦闘は一方的に激しくなっていく。
「オラ、ウラ、オラオラ、死に晒せぇええええ!」
強は続けて空気を使う攻撃を連続で打ち出し始めた。
横一線の斬撃に近いもの、丸い空気を圧縮したもの。足や腕をフルに使い気持ちのいいくらい振り回す。全身を使って暴れまわっている。空気による見えない打撃・斬撃の連撃。休む間など与えない。避けれるものなら避け続けてみろと言わんばかりだ。
一撃が一撃が恐ろしい威力。触れればどうなるか分からない。
結界がなければ夏の魔物のように俺いがい全員死んどるぞ。
強の乱舞に併せて結界に何度も強い衝撃が走り、爆音を響かせた。結界が悲鳴を上げるように揺さぶられている。生徒たちの中にはあまりのでかい音に耳を抑え塞ぎ込む者もいた。
合計で二十発以上の空砲が放たれたが、
「どうした――」
それらは
「創作ダンスはもう
全てオロチに身軽に
強の大ぶりな動作から事前に察知して動いてるのだろうけど、とても出来る芸当じゃない。社交ダンスでも踊るように緩やかに最小限の動きで躱していやがった。戦闘技術が遥か高い領域にある。
わかっていて実践するだけの度胸もあっぱれだが、
見えない攻撃を予測して躱す。
それを強のスピードに合わせてというのがたまげるという他ない。
「ウルセェエエエッ!」
――相当頭にきてるな、ありゃ。
強が吠えたあと、唇を強く噛みしめて拳を強く握りしめていた。
攻撃が空ぶる屈辱、オロチの度重なる挑発。
フラストレーションが溜まっていくのが目に見えてわかる。
強へ感情移入するように俺も同様に手を強く握りしめてしまっていた。
「はぁー……」
しかし、俺は深いため息をして拳を開いた。
――気持ちは分かるが、それじゃダメなんだ、強。
「どんな強い攻撃もあたらなけりゃ意味がない、」
――怒りにまかせて攻撃するばかりじゃダメだ。お前の場合は特にだ。
「どんな便利な攻撃もあたらなけりゃ意味がない、」
――いくらお前に
「これが闘いの基本だ」
≪つづく≫
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