第8話 メインカードに匹敵する好カード
「お……おみゅずを」
昼休みの終わりに帰ってきた櫻井はボロ雑巾の様だった。制服がところどころやぶけ、まるで市中引き回しの刑に処されたような状態で木の棒を突いていた。
「ほら、飲め」
痛々しい姿に俺はペットボトルの水を分け与える。それをチューチュー吸うように櫻井は飲んでいた。これじゃあ、まるで難民だ。いくらサウンドバック相手とはいえヒドイことをしやがる。
体罰教師め。お前をボコボコにしてやるッ!
俺の中で怒りの感情が芽生え、
ボロ
オロチとの初戦は今年の二月だった。
『涼宮、オマエ……なんか悪さをしているな?』
『してねぇよ』
言いがかりをつけられ、俺はアイツに校舎裏へと呼び出されたのだ。
『嘘をつくのも大概にしろ』
『嘘は母親に禁じられてる』
俺が初めてソイツを認識した。
気だるそうな顔にボサボサの黒髪。ギザギザの生え際を見えせている。スーツを着ているがどこか普通の担任が出すオーラとは違っていた。ワイシャツの第二ボタンまで全開の男。
一年の時は担任教師ではなかった。
おまけに特に科目で担当してるものもなかったので、
違う学年の教師だったのだろう。
ただ、向かい会えばわかる。肌にビリビリと伝わる。
片方の目に眼帯をして隻眼でこちらをみつめているソイツは立ち振る舞いからして強者を匂わせていた。しかし、感覚などに頼らなくてもソイツが強者なのは昔から知っている。
家でコイツの写真を見たことがあったからだ。
黒い戦闘服に身を纏っていたブラックユーモラスの一員。
『教育的指導してやる』
『逆に教育者指導してやるよ、クソヤロウ』
『いい度胸だ――』
そこから戦闘に発展し一時間ほど闘い俺も相当疲労した。体罰に対して言葉が通じないので俺は拳で反逆の意思を幾千と伝えたが、ソイツには伝わらなかった。お互いの拳で血で血を洗っただけだった。
いつも戦えば数分で終わってのに。
初めてだった……
激しい戦闘のすえ俺の制服はズボンが冬なのに涼しい夏仕様。短パンの様にボロボロになり、オロチのスーツも片側の乳首が見えるぐらいはだけていた。マラソンでもしたかのように俺の呼吸が収まらなかった。
『ハァハァ……どうした息上がってじゃねぇか……』
体中が悲鳴を上げて軋んでいたが負けるわけにはいかなかった。
どことなくこの眼帯の男が、
『ぬかせ、降参するな今の内だぞ……クソガキ』
俺の大っ嫌いなゴミ親父と似ているから。
『ハァハァ、やるじぇねぇか……オロチの分際で』
『今すぐ更生してやる……』
そこを
『二人とも待つにゃん!』
ネコに止められた。
ネコは「疑わしきは罰せずだにゃん」と言い残して、俺とオロチの決着を濁して有耶無耶にした。結局この日は勝敗は見えぬまま不完全燃焼で終わってしまった。
決着がつかないことにもイラついたが、
俺をもっともイラつかせたのはオロチが全力を見せてない疑惑があったからだ。
長丁場の戦いで一度足りともそれを見ることはなかった。
オロチは、けして使おうとはしなかった――
足技を。
放課後、俺は玉藻用のプリントを鞄にしまい美咲ちゃんの教室へと向かう。
美咲ちゃんの教室へ行くと窓から外を見ている大勢の生徒達がいた。
「今日って……あれだろ」「もう噂になってるからな」「やっぱりホントだったんだ……」「山田先生が外にいるってことはそうだろ」
どうやら窓の外にはオロチが立って俺を待ち構えているらしい。
「美咲ちゃん、今日は先に帰ってくれ」
あちらさんもやる気満々か。
「お兄ちゃんちょっとヤボ用があるから」
「お兄ちゃん……」
心配そうな目で見つめられる俺の肩口の横から、
「大丈夫だよ。美咲ちゃん♪」
ひょうきんなピエロが顔をのぞかせた。
「櫻井さん?」
「おわっ!?」
コイツ、いつのまについてきた!?
ピエロは笑顔でウィンクをして俺の妹に色目を使う。それが若干俺をイラつかせる。オロチ戦の前にコイツでウォーミングアップするのもありだな……ミスターサンドバッグだし。
「お兄ちゃん……」
櫻井をスパーリングパートナーにしようか悩んでいる俺へ美咲ちゃんが透明なビニールをそっと手に乗せた。
「これ調理実習でつくったやつだから、玉藻おねいちゃんにちゃんと届けてね!」
玉藻へのお土産ってことか。美咲ちゃんの手料理ならアイツも喜ぶだろう。プリントも預かってることだし、ちゃっちゃと行きますか。
俺はそれを鞄に入れ、お使いを言い渡されたことを
「わかった」
胸に刻む。
妹との約束を守るのが兄の役目。
美咲ちゃんと櫻井が一緒にいるのが心配だが……
美咲ちゃんの顔から心配の色が消えている。
ピエロの手腕に
まぁ調教は終わってるし大丈夫だろうと俺は手を上げて、
「うんじゃあ、行ってくるわ!」
美咲ちゃんの教室をあとにして校庭へと向かった。
◆ ◆ ◆ ◆
俺は美咲ちゃんと並んで立ち強を見送った。
「お兄ちゃん……」
見えなくなると同時に小さな嘆息が聞こえる。横目で見ると目を伏せ胸のあたりでワイシャツを強く握りしめ心配の色を露わにしている。小さい少女が心配そうにする姿は絵になる。
それに、無理もないそりゃ不安か。
兄が担任教師と殴り合うっていうのは。
「美咲ちゃん大丈夫だよ」
彼女の心配を払うように俺は笑顔を作った。
「これは学園対抗戦へのテストだ」
「兄は大丈夫でしょう……か?」
不安げに聞き返してくる彼女に俺は優しく答えを返す。
「オロチも強いけど、強も十分強い」
結局これは殺し合いでもなければ戦闘という訳でもない。
「それにあくまでテストだから」
オロチに蹴られながらも目的は心読術で掴んでいる。
オロチは学園対抗戦に向けて強の実力をはかろうとしている。
だからこそ、オロチが本気を出す訳がないことは知っている。
「オロチも手加減するさ」
「そう……ですよね」
俺は彼女の頭を優しく
「うっん……?」
彼女は俺に身を任せ上目遣いで俺を見ている。
撫でられなれているのか、頭を手の動きとわずかに合わせている。
表情がすこしづつ和らいでいくのが見て取れる。
その姿が可愛らしくて思わず俺もほっこりしてしまう。触れてる先から心配がなくなっているのがわかっているのがより拍車をかけている。
「あらあら……」
――ん?
その後方で赤髪のポニーテールが目を輝かせて俺達二人を見つめているが、
コイツは確か……
美咲ちゃんの異世界での相棒。戦闘能力はCってところだな。
仕事に支障なしっと!
木下を無視して、俺は美咲ちゃんをこれ以上心配させないために提案をすることにした。
「兄妹の戦闘なんて見るもんじゃないから、美咲ちゃんは買い物にいって夕食の準備でもして家で待ってればいいよ」
俺が右手をグーにして
「強は俺が責任もって連れて帰るから、安心して」
軽く胸を叩く。
「この件は櫻井先輩に任せなさい!」
「わかりました……あとはお願いします……」
俺の言葉に乗って彼女は笑顔で答えた。
「先輩♪」
俺も出世したものだ。
頭を平気で撫でさせてくれるぐらいな存在まで昇格。おまけにどうやら短期間で『最低なクズ』から『
それに先輩とはいい響きだ。
訳あって中学に通っていない俺には呼ばれることがなかった呼び名。
どうもムズ痒い感覚がする。
俺の提案に従い彼女が荷物を持って教室をあとにする姿を見送っていたら、
脇腹に謎の感触を感じた。
それを見やると、
「うちの美咲どうです、可愛いでしょ?」
口の横に手を当てている木下昴が俺に接触してきたようだった。
「このこのっ」
軽く
JKが好きそうな話題だがコレ系の話は俺的にめんどくさい。
こいつの興味を引きそうな情報はっと……
「そろそろバトルが始まるから外に出ようか?」
「ご一緒させていただきます!」
俺は木下昴に提案を投げかけ、彼女は目を輝かせて提案にのる。
先程の話題は忘れたと言わんばかりだ。バトルバカはちょろい。
これが世の鉄則だ。
「すごいですね!」
木下昴を引き連れ校庭に出ると多くの野次馬が集まっていた。
「あぁ……まぁこうなるわな」
ギルドの奴らも活動を止めて集まっている。ほぼ一年と二年が校庭全体に円を描くように全員集合していると言っても過言ではない。この対戦について昼休みには学校中に噂が流れ回っていた、人から人へと。
まぁ無理もない。
涼宮強という男の異常さがあるからこそ皆が変な期待をする。
そして、その相手が誰かと言うことが皆の興味を引いている。
デットエンド対山田のオロチ。
こいつはメインカードに匹敵する好カード。
年末に開かれる学園対抗戦よりこっちの方が断然見ごたえがある。
『最強の凶悪生徒』VS『最強の体罰教師』
面白すぎるだろう!
若干オレもワクワクしちまってる。二人がどんな戦闘を繰り広げるのか。
ただ周りの雰囲気に飲まれている自分を一旦落ち着ける。
これは仕事の一環でもある。
強の実力を探るのにもちょうどいい。
楽しみなのもあるが仕事を忘れたわけではない。監視対象として強の本気のデータも貰いたいというのが本音だ。この前の鬼との戦闘では一方的過ぎて情報にならなかったから。鬼が弱かったわけではないが、あれは単なる虐殺でしかなかった。
出来るだけいい位置から見たいと思い俺は人混みをかき分けて前列へと進んでいく。不意に何か違う場所に迷い込んだような感覚に襲われ足を止める。
「これは――」
目を下にやると大体のことの検討が付いた。
――そういうことか。
あの二人が衝突するんだ。何か対策は講じてると考えるべきだな。
それにアイツとあの人は知り合いだし。
「急に立ち止まってどうしたんですか?」
「いや、ここより外で見ようか」
俺は安全地帯を確保するためにグラウンドに描かれた白い線の
僅か白線の後ろ側を確保して待つ。
《つづく》
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