3.デットエンドVS山田のオロチ!!

第7話 お前のきたねぇ吐く息を食らって、頭がおかしくなりそうだ

 秋は良い。


 気候が穏やかで眠気を誘う。クーラーをつけなくていい生活が始まり、いつものように布団にくるまり抱かれ、天にも昇るような気持ちで俺は目を閉じている。


 体が心地よくて意識がどこかに溶けていく。


 ――昇天しちまいそうだ……。


「わが生涯に一片のくい……なしゃ」

「お兄ちゃん、朝だよ!」


 いつも通り美咲ちゃんが俺を起こしに来てくれた。


 嬉しすぎて、幸せで


 もう一度眠くなった。


 さてこの幸せに包まれたままもう一度眠るか!


「起きなさぁあいいいいいい!!」


 フライパンをお玉で叩きつける妹の演奏を聞いて、


 俺の眠りはさまたげられた。


 今日の朝食はフレンチトースト。卵と牛乳浸したパンという大地の恵みをこんがり焼きあげた至高の一品。重くもなく軽くもない、ホテルへの採用率が激高な朝食のホテル王。


 うまい。


 布団と戯れ美味しい朝食を頂く、これが唯一の楽しみだ。


 しかし、楽しい時間とはどうしてあっという間に終わってしまうのだろう。


 ここからは苦痛で何一つ変わらない日々で、


 早送りのような日常が始まりだすのだと思った矢先だった。


「あれ?」


 俺が玄関を開けると違和感があった。すぐに目に入るものがなかったからだ。


 目の前に広がる障害物の無い景色。


 美咲ちゃんと目を合わして謎を確認する。


「玉藻は?」

「どうしたんだろう?」


 いつも下界にでると一秒で視界に入ってくるやつがいないというのは、どうも違和感が強い。おまけにおはようオッパイがないのもどこかもの寂しい。


 あの女はいつもながら天然に俺を振り回しやがる。


 どこかに隠れているのかと顔を左右に振るがどこにも物陰一つない。


 気配もないし、呼吸音も美咲ちゃんのしかない。

 

 本当にどうした……アイツ?


 妹を遅刻させると俺の将来に響きかねないので、美咲ちゃんにある提案をすることにした。


「俺が玉藻んち行って様子見てくるから、美咲ちゃんは先に学校に行ってて」

「うん、わかった……お願いね」


 心配そうにする妹の頭を撫でバカ巨乳の住む豪邸へ俺は歩き始める。歩いてわずか数分で鈴木家に到着するといやらしい豪華な門がいつも通り俺を出迎えた。


 ポチっとなとインタホーンを一回押す。


『どちら様でしょうか?』


 インターホン越しにじいさまの声が聞こえる。


「あぁ、涼宮っす。玉藻いますか?」


 玉藻の専属執事長の時正宗ときまさまむね。通称ときさん。


 暗殺武術の使い手らしいがその技を見たことはない。


 風にあおられれば飛んでいきそうなじいさまだ。


『本日、玉藻様は風邪をひかれましてお休みになられております。ご確認の為、わざわざお越し頂きありがとうございます。強様』


 風邪かよ……。


「さいですか……放課後プリント届けにくるっす」

『ありがとうございます。学校までお時間があまりないようなので、車をお出ししますね』

「走っていくんで大丈夫っす」

『左様ですか。お気遣いありがとうございます』

「うんじゃあ、時さん。また」

『ハイ、強様。それではまた』


 俺は時さんのことは結構好きである。なんかニコニコしてて暗殺武術の使い手のじいやとか少しカッコいいし。


 俺は久々の時さんとの会話にテンションを上げてストレッチに取り掛かる。


「ちょっくら、早歩きするか!」


 車に乗るよりも俺の場合はちょっと本気出した方が早い。学校まで時速70キロぐらいで早歩きすればいいだけだから。ちょっと健康的ウォーキングの動きを取り入れながら歩いてると周りがスゴイ目で俺を見ている。


 朝からクネクネ時速70キロ歩行すると目立つらしい。






「結局、美咲ちゃんには追いつけなかったか……」


 学校には無事間に合った。途中で美咲ちゃんに追いつけるかと思ったがすれ違いになってしまったようだ。どこか寄り道でもしていたのだろうか。同じ道を辿るのに合わないというのは腑に落ちない。


 まさか……主人公と密会していたりしないよな……。


「まぁ、見つけ次第殺せばいいだけか……」


 家に帰ってから美咲ちゃんに真相を聞いたらデューク更家のような気持ち悪い歩き方してくる知人がいたので物陰に隠れて身を隠していようだ。とんでもない変態がいたものである。


 おそらく、櫻井当たりな気がする。


 困った知人がいるものだなーと俺は思った。


「ホームルームを始めるぞー」


 殺害計画の再確認を終えて、


 机にいつものように突っ伏して秋の陽気に身を預ける。退屈な朝のホームルームを欠伸しながら何事もなくやり過ごそうとしたのだが、どうにも、


 何か、嫌にオロチの視線が痛いのを感じる。


 俺を盗み見るように綺麗なで見つめてくる。


 小動物を見るようなでる目……


 中年のキラキラした視線が気持ちワリィ。


 朝から不快指数が高めの俺の置き去りにするように日常が始まった。


「ねぇ……話しかけてみる?」「やめた方がいいって」「なんか雰囲気変わった?」


 ヒソヒソと話し声がする。高校生デビューならぬ二学期デビューでも誰かしたのだろうか。あちらこちらから変な視線を感じるのは俺だけど……どうもクラスの奴らがチラチラと俺を見てくる。


 ——なんだ……?


 俺が見返すとどいつこいつも視線を逸らすのはいつものことだが、


「むしろ普段に戻ってるような感じだよね……」「昨日は荷物持ってくれたよ?」


 どうにも好奇な目線。


 何があったかのか知らんが俺に注目が集まってる気がする。

 

 朝から変なことばかり起きてやがる……今日は厄日か?


「おっす……強ちゃん?」


 一時限目が始まる前に櫻井が防御姿勢を取りながら、


 ――元から変な奴がきた?


 俺の元にビクビクして近寄ってきた。


 ——いつも以上に変だが。


 まるで機動隊が犯人に襲る襲る近づいてくる感じだ。


「どうした、櫻井。そんなに脅えて?」

「お前三日前と昨日……俺に何したか覚えてないのか?」


 ——三日前と昨日ってなんだよ。一昨日おとといはどこ行ったんだよ?


 一と三の間の二が気になるが、


 しかし、俺は一応櫻井の事を思い浮かべてみる。


「お前と昨日……櫻井がなんか廊下でうずくまってたな」


 昨日は美咲ちゃんの教室の前で櫻井が悶絶していた。


「三日前は玉藻と勉強をしていて徹夜して……よくおぼえてねぇや」


 三日前とか何食ったのかも覚えていない。人間の記憶はなんて曖昧なんだろう。むしろ三食きちんと覚えてたら気持ち悪いとすら感じてしまうかもしれないのは、気のせいだろうか。


 食い意地が張りすぎなんじゃないって思う。


 それに美咲ちゃんの料理とか何食っても超絶うまいから品がどうとかそういうことではない。食事というものでしかないのだ。人生の楽しみでしかないのだ。


 美咲ちゃんの手料理に生きる喜びを感じる俺を前に、


 櫻井はほっと息を漏らし安心した表情になった。


「鈴木さん休みなのな。強、なんでか知ってるか?」

「風邪だってよ」

「風邪じゃしょうがないな。季節の変わり目だし体調崩しやすいからなー」

「関係ねぇよ。風邪ってのは、季節の変わり目とかじゃなくて引きたいと思ったら引くんだよ」


 風邪ってそんなもんだと思う。あー今日なんか休みたい。体だるいって思ったら風邪。病院行くとだいたい風邪ですねって言われるし。万能な診察に使われる万病。


 それが風邪。


 俺ぐらい頭がいいと体温計を布団でコスコスするのである。


 するとあら不思議。摩擦で高熱が出るのである。


 原始人が火を起こす原理。


 水銀の体温計でやると加減次第で破裂するから、必ず機械でやるんだよ!


 それに床に落ちたガラスの破片と水銀っていうのが厄介で処分の仕方わかんなくて怖い。あれスライムみたいでちょっと面白いんだけど、一度分裂すると合体できないんだよね。


 くっつかない! くっつかない!


 って、焦ったのは懐かしい日の記憶。


 銀色の謎の液体にちょいと子供心に恐怖を覚える切ない思い出のひとつ。


 結局水銀をどうしたんだっけ、俺?


「それ仮病じゃないのか?」

「仮病でも、やまいやまいだろ」


 仮でも、病は病。仮決定でも、ほぼ決定。仮説でも説いちゃってるし。仮の意味って保身でしかないから。使い勝手よく着けて逃げ道作ってるだけだから。


 あっ、自分決定は出してないんでみたいな使い方だろう。


「鈴木さんは仮病する子じゃない。強ちゃんと違って」


 また世界がアイツの都合いいように味方している。


「俺こそホントの体調不良だというのに、何を言ってるんだピエロ?」

「ピエロアイには全てお見通しだからな!」


 なんだよ、ピエロアイって……


 キャッツアイ的なものか。怪盗まで始めたのかピエロ?


 まぁピエロであるならいい。それよりも玉藻だ。


「それにしても、あれだけ温かそうな湯たんぽが二つもあって、風邪ひくか普通?」


 何のための乳袋なんだよ。こういう寒い時の為だろうが。


軟弱なんじゃくな巨乳め……」


 まったく自己管理がなってないやつだと吐き捨てる俺を前に、


「帰ってきたんだな……俺の友よッ」


 櫻井が口に手をあて涙ぐんでいる。


 帰ってきたって、どこにだよ?


「何をいってんだ、お前は? さっきから? 記憶障害かあ??」


 櫻井が体をのけ反るようにして


「それは――」


 空気を大きく吸い込んだ、




「お前だぁあああああああああ!!」




 声が起こす風に俺の髪は少しなびいた。


 どうでもいい漫才が終わり俺は窓際で空を眺める。朝から余計な気を使わなくていいというのもあるにはあるのだが……押しかけ巨乳がいないと……


 俺の日常スケジューリングが段違いに暇になる。


 そのせいか……


 どうもアイツがいないと調子が狂う。


 そのあとも可笑しなことは続いた。


「これなんだが、コホン。これを解けるやついるか?」


 授業中、問題を黒板に書くとオロチは俺をチラチラ見ながら声を出した。


 いるだろう。当たり前だ。どこかにはいる。


 誰か手をあげろよ。答えは1か2だと思う。それで間違いないはず。


 俺は教室の他のやつらに早く答えろと威圧の目を贈る。なぜか櫻井が俺の視線に気づき親指を立て返してきた。俺の威圧に負けて一人が弱弱しく手を上げる。


「分かるヤツ……?」


 するとオロチが悲しい目で俺をみつめている。


 ――アイツどうした……? 頭の病気か??


 俺は二分の一で分かるけども答えねぇぞ。


 一番の問題は昼休みに発生することになる。 


 昼休みと同時に櫻井と机をくっつけふたりで食事を広げる。


 お届けする新しいピエロ情報としては櫻井の昼食は菓子パン率が激高である。


「あぁ、早く世界が滅びねぇかな。どう思うよ、強ちゃん?」

「賛同する」


 また涙ぐんでいるピエロ。


「くぅうう……だよな、だよな」


 なんだ泣き芸にシフトでもしたのか?


「エセ紳士は死にやがった……ッ!」

「なんだよ……エセ紳士って……」


 たまに涙流してるピエロもいるが……櫻井には遠く及ばないだろう。コイツの場合はもう訳が分からないピエロだから。不幸で泣いてるのか、頭おかしくて泣いてるのか、狂って泣いてるのか、判別が不可能だ。


 それにしてもだ――


 俺は500ml牛乳をストロー越しに吸い込んだ。


 そしてストローをガリガリと噛んだ。


 どうにも今日という日がおかしくてイライラしていたのもある。


 あぁ、どうも今日は調子が狂う。どいつもこいつもなんかおかしい。


 それとアイツのせいだ――


 そんな俺のところに来客がわざとらしく咳をコホンとして現れた。


「涼宮、オマエに頼みたいことがあるんだが」


 オロチの言葉に教室がざわっとした。


「二学期の学園対抗戦がくえんたいこうせんについてなんだが……」


 よくない単語が入っている。


却下きゃっかする」


 俺は即答。オロチが驚いた表情をしている。何を驚いてやがる。学園対抗戦なんて七面倒な代物に出るわけねぇだろ。しかもアレって年越しでやるから邪魔くさいことこの上ない。


 ガキ使と紅白見るので俺の予定は埋まっている。


「な……昨日のお前はどこにいったんだ?」

「ここにいるだろう」


 どこのお前だ?


「どうした? 悪いものでも食べたのか?」

「お前のきたねぇ吐く息を食らって、頭がおかしくなりそうだ」


 俺が顔歪めて真実を返すと、オロチの表情が落胆らくたんから一点、激昂げきこうへと変わっていった。赤鬼と般若を混ぜたような顔になってやがる。


 これは体罰が発動するやもしれん……。


「お前の補修を免除する代わりに二学期は学園対抗戦に出てもらうぞ!!」

「なんだ、その無理やりな条件は!? イ、ヤ、だ!」

「先生、俺は!?」


 櫻井がなぜか挙手しアホな発言で横やりを入れる。俺もイラっとした勢いのままピエロに視線で怒りをぶつける。タフさは一流だが、お前の攻撃力はみたことがない。心を読んでも攻撃を打てなきゃ勝てん。


 ボコられて終わりだ。ピエロ!


「話の邪魔だし、お前は論外だ。櫻井!」


 オロチは俺と同意見の回答を告げる。その通りで論外だ。サンドバックは試合で使うものじゃない、ストレス解消に使うものだ。


 試合じゃなくて日用品だよ。


 この殴られピエロ!


「そうやって、いつも俺を世界から置いてけぼりにする……」


 オロチの回答を聞き狂う櫻井。


「大人は汚い。世界を変える力が欲しい!」


 確かにオロチは風貌が汚い。清潔感がない。


「俺に反物質を作る力があればすぐにでもやってやるのに!」


 ——反物質ってなに?


 簡単にダークサイドへと堕ちていく。


ドデカイ花火を上げてやる!!」


 いたずらで花火あげたのか?


「世界を焼きリンゴにしてやるよ!!」


 櫻井は悔しそうに左手で右腕を強く掴み、


「力が欲しいィいいいいいいいいい!!」


 唸るように叫んだ。


 確かにお前は無力だからな。


「世界を変える圧倒的な力がぁああああああああああ!!」」


 中二病まっさかりなところとかがソレだ。


「そうか……二子玉の件はお前か。ちょっと職員室来い」


 またとか。語るに落ちている。


 いつも通り櫻井が首根っこを掴まれて引きづられていく。アホなピエロだ。「うわぁああああん」という声が教室に混沌を告げていた。いつも通りの光景だが、ふと途中でオロチが足をとめて俺の方に振り向いた。


「涼宮……」


 視界の隅で櫻井は体罰免除かと思いほっと安堵あんどの表情を見せている。


「去年はお前のせいでうちの学校は最下位になったんだ。責任はキッチリ取ってもらう。異論があるなら、放課後校庭にいろ。そこでケリをつける!」

「上等だッ!」


 オロチの無意味な誘いに俺は中指を立てて返しのった。イラついてたのもある。今日は調子が出ず訳の分からないことばかり起こっていたから。


 今日こそ決着をつけてやるよ、オロチ!


「いぐぞ、櫻井!」

「不幸だぁあああああああああああ!」


 櫻井はまた引きずられ安心から憎しみの顔に変わっていく。「呪ってやるぅうううう!!」という叫び声と共にピエロは消えていく。櫻井はいつもどおり体罰室へドナドナされた。

 


≪つづく≫

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