第6話 パンデミックかな?

 櫻井さんがいきなり教室に来たのでビックリしました。いきなり登場したもんだから心臓がちょっとビクビクしてます。私は手ぐしで髪を整えながら呼吸を落ちつける。


「ふぅ……」


 まぁ兄のあの姿を見るのは高校で知り合えば初めてなのでしょう。


 驚くのも無理はないと思います。普通じゃありえませんから、


 ――記憶障害なんて。


 ささ心臓も落ち着きましたところで昼食に戻りましょう。




「なんか、美咲――」





 私が食事に戻ろうとすると、目の前の昴ちゃんがニヤニヤしていました。


「楽しそうだね♪」

「な、なっ何を言ってるのだ!?」


 何を動揺したのかわかりませんが、体が熱くなったです!




◆ ◆ ◆ ◆




 今日は櫻井という男によく話しかけられた。


 どこか懐かしい雰囲気もあったが――


 暴力衝動ぼうりょくしょうどうおそわわれる時もあり幾度となく自分を卑下ひげした。櫻井を見ているとよもや袋詰めにしてタコ殴りにしたい暴力的欲求に駆られてしまう。


「暴力はいけない……暴力は」


 櫻井を見ているとドブような気配のせいで自分を見失いそうになる。


 もはやこんな考えは常人の発想ではないし、


 私は立派な人間にならなければならないのだ!


「強ちゃん、一緒に帰ろう♪」


 彼女の為にも――


 玉藻がぴょこっと飛び跳ねて私の前に現れた。


 可憐かれんだ……。


「行こうか、玉藻。美咲を迎えに行ってあげないと」

「いこう~」


 鞄を手に持ち席から立つとふと疑問が頭をよぎる。


 私は自席を立ち上がったが止まって鼻頭に手を当てて考え込んだ。



『ねぇ……君はマカダミアの涼宮強ちゃんですか?』



 そういえば櫻井という男は何か私を誰だと言っていたような?


 情報を整理すると――


 私も彼に違和感があり、彼も私に違和感がある。


「強ちゃん、どうしたの?」


 心配そうに顔を覗き込んでくる、幼馴染。


「イヤ、どうも櫻井という男が気になって……」


 あの休み以来接触がなかった。そもそもヤツはなぜあんな訳の分からない質問を私に投げかけて来たのかも意味が分からない。おまけに強ちゃんなどと呼んでくるのだ。


 普通の関係ではないのか?


「強ちゃんの親友でしょう?」

「親……友?」


 親しき友……知らない人間なのにか、どういうことだ?


「うん、確か……以前はの友達って」


 私が首をかしげると玉藻も同じように首を傾げる。


「カナダ……」


 の友達? アイツ、外人だったのか?


 しかし、私はカナダには一度たりとも行ったこともないのだが……。


 パスポートがない私の中で謎が謎呼ぶ櫻井さん。ふと視線を向ける。


 ——ちょっと、


 気が付いたら走っていた。


 ——待ってくれ!


 慌てて私は教室から出ようとするその男の肩をつかんだ。


「どうした、強?」


 その男がこちらを振り向く。私も自然と動いていたので答えに手間取る。


「いや……一緒に帰らないか、櫻井くん? 私たちは親友なんだろ」

「えっ?」


 少し驚いたような素振りを見せ――


「帰ろうぜ。一日だけの男!!」


 彼は親指を立てグッドのポーズをとって、イイ笑顔で私にこう言った。


 やはり謎をひもくカギはコイツ自身にありそうだ。


 何故だか彼の記憶だけがハッキリしない。


 クラスメートの顔と名前は一致しているが、この男の記憶だけはまるで薄暗い深海の底で宝箱にくさりをつけ、しまわれているような感覚におそわれている。


 どうやら私の中で彼だけが人物のようだ。


 私は彼と行動を共にして謎を解くことにする。


 美咲の教室に向かうまでの廊下を鼻歌まじりに歩くその男。


 どこかヘタクソである。風が吹き抜けているだけでピーフーとなっている。


 無理して口笛を吹いている。


 アホなのか?


「失礼する。美咲、帰ろう」


 美咲の教室についた際に、私は一礼をして入室する。





「ぎゃぁあああああああああああああ!!」



 ——なんだッ!?


 一年の教室が突如ザワついた。ひとり体を震わして発狂する者。数名がその男の元に駆け寄っていく。「あぁああああああああ」と錯乱して頭を両腕で抱えうずくまっている男の元へ。


 ――これは何か異常事態発生かッ!?


 私もその男の元に走っていった。


 上級生として下級生の面倒を見るのは当然のこと!


「大丈夫か!? どうしたんだ、君!!」

「ウギャァアアアアアアアアアアアアアア!!」


 まるで死神でも見たように目をこれでもかと開いておびえる男の子。


 他の数名も『恐怖』というのを体現しているような素振りを見せている。

 

 顔が小刻みに信じられなくらい早く揺れている。


 まるで世界が崩壊する脅威に震えているように見受けられる。


 だが、その全員に何か言いしれないものを感じる。


 この子達とは夏休みに遊んだ記憶がある。


 補修を受けた後に一緒に仲良く遊んだはずなのだが……はて?


 知っているのだ、私は。彼らと一緒に『鬼ごっこ』をした記憶がある。夏休みの学校であんなに仲良くさわやかに笑い合って遊んだのに、ひと夏の間にその友達たちがこんなことになるなんて。


 そんなことを私は断じて許せないッ!

 

「大丈夫か、君たち! 今すぐに私が保健室へ連れて行こうか!?」

「大丈夫です、お手間をおかけしません、頼みます! ほっといてください!! 二度と妹さんに近づきませんから!!」 


 なぜ……そこで。


「妹?」


 とりあえず、今はそれどころではない。


「……ほっとけと言われても、こんなに身を震わせて目に色を失くしている!」


 こんな状態で錯乱しているのも無理はない。


「瞳孔の収縮も激しい、君は普通の状態じゃない!!」

「お願いですから……お願いしますから」


 両手をめいいっぱい振って声を震わせながら必死に拒絶の反応を見せる。


「見逃してください……真っ暗な掃除用具箱に連れて行かないでください……」


 何を言っている……?


 涙目で懇願している。見逃すというのは。何かがおかしい。


 時は一刻を争うのになぜ病院を嫌がるんだ。


 病院を嫌がる理由が彼には……あるのか。


 コレは、まさか――!?


 彼に私はある疑いを感じた。


 ――そうか……若者でも手を出すことはある……心の弱みにつけこまれたんだ


 おまけに夏休みが終わったばかりという状況。


 ——いったい何処どこのどいつが彼にこんなヒドイことを……


 ひと夏で彼は落とし込まれたのだ。


 ——すると、これは幻覚症状の一種か!?


 結論は簡単に導き出せた。楽しくん遊んでいた友の変わり果てた姿と世の中の腐った部分に触れて悔しさで唇を噛みしめる。だがいま私にできることはそんなことではない。


「君、ソレはダメだ!」


 私は真剣さを伝えるために彼の両肩を掴み顔を近づける。


「も……う……勘弁しちくれぇッ!」


 泣きそうな顔で目を瞑ってクシャクシャに顔を歪ませている。


 これだけでわかる。


 この反応はやはり間違いない――



 

 ドラッグだッ!




 今後の未来についての重要性を説くことが私に唯一できることだろう。いま地獄を耐えればこれからの輝かしい未来があると。意志が強く固まり説得に力が思わず入ってしまう。


 ここが彼の未来の分岐点になるッ!


「早く出頭するべきだ、自ら自首するんだ! もし一人で行く決断が出来ないなら、私が無理やり引っ張ってでも一緒に警察まで行くから!!」


 あんなに夏休みに仲良く遊んでいたのにッ!


「このままほっとけば二度と抜けれなくなって、君の人生がダメになってしまう!!」


 説得しながら強く彼の肩を揺さぶってしまった。こんな状況を許せるわけがなかった。楽しく遊んだ後輩の変わり果てた姿など見たくも無かった。心なしかどこかやつれている気がする。


「限界だぁ――あぁ――」


 彼は泡を吹いて気絶。


「早く治療しないと!」「精神汚染がヤバいぞ!」「堀田ほったくん、しっかりして!」「誰か精神系に強い僧侶はいないですかッ!?」「掘田の……心音が聞こえない!?」「心臓マッサージだぁああ!」


 ――死んだ……のか?


 白目を向き痙攣している彼のもとに回復魔法を使うもの達が駆け寄り囲む。死んでいなかったようだ。教室は騒然そうぜんとしている。事態が分からず後ろを向いて見ると、クラスメートの美咲も首を曲げ疑問を感じている様だった。


 ——オーバードーズ……。


 私たちは立ち尽くしていたが、


「ほっとこうぜ。これ以上トラウマを植え付けたら死ぬぞ、アイツら」


 櫻井という男が言い放った。何を言っている、櫻井さん?



「「「……トラウマ?」」」」



 私たち三人は朝と同様、櫻井の発言に首を並べて傾げて疑問符を出した。


 だか、それは突然だった。


「あぁあああああぁああああああああ!!」


 なんだ割れるように頭が痛い!!


 今度は打って変わって私が急激な頭痛に襲われた。


「どうしたの……強ちゃん?」


 櫻井さんが不思議そうに悶絶する私を見ている。


「痛い……頭が……痛いッ……」


 だが、私は頭を抱え苦痛を訴える。


「お兄ちゃん、もう時間切れなの!?」「強ちゃん、大丈夫!!」「くぅ……あぁあ……」「強?」


 意識が遠のいていく。


 玉藻の声が遠ざかっていくように感じる。


 薄暗いところに精神が引っ張られていく。


 まるで底なしの海を沈んでいくように。


【櫻井……】


 薄暗い其処に見える箱、私の深海の箱が少し扉を開けた。


【櫻井――】


 鎖がほどかれ徐々に箱が開いてくような感覚。


 一体、何を忘れていたんだ、私は。


 ——なんだ……黒いこの本は……


 箱の中から脳内ブラックリストと書かれた本が出てきた。ページが変わっていく本の内容には不思議なことに美咲のクラスメートの身体的特徴が書いてあった。


 鼻にほくろがあるとか、耳たぶが大仏のようだとか。


【櫻井はじめ】


 櫻井という単語が頭で鐘のように鳴り響いている。そして徐々に意識が深淵の中で答えへと近づいていく。その本が何かを探しているように勢いを増して捲られていく。



「お~い、強ちゃん?」



 …………



 …………………



 ……………………………………



「どうしたん、頭イタイん?」




 櫻井=強姦魔ごうかんま!?


 犯罪者だったのかこの男!?


 私は立ち上がりふざけた顔する櫻井をにらみつけた。


 全てお前のせいだったのか!?


「貴様を成敗せいばいするッ!!」

「へぇい?」


 櫻井の肩を掴んで体を引き付ける。その間に右拳は引いてタメを作る。溜めた力をヤツの腹に突き刺す。おどけた道化どうけにボディーブローを一撃かます。


「オグゴっ――!」


 衝撃で犯罪者の体がクの字に曲がり浮き上がる。櫻井の眼球が半分ほど前に飛出た。自慢じゃないが私の力は異常なほどに強い。食らえば一溜りもないことは想像がつく。


「オボガタっ……!」


 そして、ヤツは膝をつきうずくまり悶絶している。


 そんな彼を前に私は真実を告げる。


「お前は犯罪者だったんだな。正義な私は悪いやつを許さない。彼はきっと君におびえていたのだろう!」

「そ、そんな……馬鹿な……都合のいいように記憶を書き換えやがってぇ……」


 弱弱しい声で何を言ってるんだ!?


「何を言っている、極悪人!」

「目を覚ませ……バカ――」


 櫻井の反撃が繰り出された。


「あっ……ツゥ――」


 彼が倒れ込みながらも私に手を伸ばし掌をかざすと頭痛が増す。あまりの痛さに私も櫻井同様地べたに座り込む。強い私でさえ倒れる程の精神攻撃の使い手。


 これが櫻井の能力なのか……


 クソッ――


 頭が内側から爆発するように痛い。


 この私ですら耐えられない……とんでもない威力だ。


「くぅ……」


 玉藻……ダメだ。


「櫻井君、大丈夫……だいじょう――」


 そいつは危険だ、騙されるな――


 玉藻が急いで櫻井という男に歩み寄るのが見える。


 だがあまりの激しい頭痛で私は身動きがとれない。


 止めることも叶わない。脳みそが焼ききれそうだ。


 脳が直にスプーンでかき混ぜられたように電流が走る。


 ――たまも……にげ……ろ……


 あまりの苦痛にまぶたが閉じていき、


 私の意識は深海の底に落ちていく――











 ここはどこだ?


 俺が目を開けるとなぜか学校にいた。記憶がはっきりしない。


 眠りから覚めたような感覚で思わず右左と状況を確認する。


 知っている景色。


「救急車、救急車!」「意識がないぞ!」「心臓止まってるよぉお!」


 美咲ちゃんの教室か……なんか騒がしいな?


 教室の端の方に人が集まっていて、


「おぅっ……く!」


 なぜかピエロが一年校舎の廊下で倒れてうずくまっている。


 めっちゃお腹痛そう。


「くぅあ……」

「どうしたん、櫻井?」


 うめき声を上げるピエロに俺は立ったまま心配を投げかけた。


 普通の姿勢のまま。


「お、オマエ……」


 死にそうな櫻井がこれでもかと憎しみを込めた顔でうずくまりながら俺に片手を伸ばしてきたので、


「おわっ、アブねぇっ!」


 汚いものを避けるようにそれを回避する。迂闊うかつに触られると無を維持するのが大変なので、まずは触らせないことが肝心だ。


「覚えとけよ……エセ紳士……」


 そんな俺の前で櫻井の眼が静かに閉じていった。


 なんだよ、エセ紳士って?


「櫻井君、だいじょうぶぅ!?」「さくらいさんーー!!」「帰ってこい、堀田ぁああああああ!!」「保険の先生を呼んできたぞ!」


 普通じゃない騒ぎっぷりである。櫻井に駆け寄る女子二名。


 そして教室の隅では人工呼吸と心臓マッサージ。回復魔法まで使われてる始末。


 何かとてつもないことが起こっているに違いない。


「これは……」


 だって玉藻が必死に櫻井に回復魔法をかけていて、


 美咲ちゃんも涙目で櫻井に駆け寄っている。


 教室の一部では死にかけのやつに複数人で回復行為が行われている。






「パンデミックかな?」




 なんかコワイわ?



≪つづく≫

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