第24話 織姫に選ばれなかった彦星は何を思うのだろうか
俺たち三人にはこの花火大会をみる秘密の場所がある。
子供の頃に三人で見つけた誰も来ない特別なスポット。見つけた時は秘密基地のようで三人で燥いでいた。そこは誰も住んでいないもぬけの殻のような鉄筋コンクリートマンションの屋上。
所有者が誰かもわからない、誰も住んでいないビル。
俺達しか知らない廃墟マンション。
いつもそこから見ていた、
三人で花火を――
暗くなり星が空に
生暖かいコンクリートの上に虹色のビニールシートを敷き、俺たちは距離を開けて座る。花火が打ちあがる予定の空を見つめて顔を、視線を合わせないように、何かから逃げるように、星が弱く輝く空を見ていた。
「……今年は一緒に見れたね」
その静寂をやぶるように玉藻が声を発した。
「あん?」
俺が玉藻を見ると空を見上げながら少し微笑んでいた。
玉藻の笑顔が俺を苦しめる。無邪気ってのはホント嫌いだ。
「なんか、最近……強ちゃん冷たいね……」
玉藻の問いに俺はぶっきらぼうに皮肉を返す。
「別に……冷たくないだろう。冷たかったら死んでる」
それが功を奏してか、やっと俺の心情を察してくれたのか、
「そうだよね……」
玉藻の声のトーンが変わった話す内容も――。
「一年もあってなければ……変わっちゃうよね」
「……そうだな」
その通りだ。一年も会わなきゃ人なんて変わっちまうだろう。お前は異世界という貴重な一年間を過ごしてきたんだ。俺達はずっと一緒じゃない。
それまではずっとだったけど、もうずっとじゃない。
たった一年と二ヵ月――
それをたったと言っていいのかもわからない。子供だからわからない。人生に小学校、中学校、高校、大学、就職と漠然とした大きな節目がある。同じ時を生きていても環境が変わると変わってしまうものがある。
それと似たようなものなのかもしれない。
「俺もお前もちょっと大人になったってことだろう……」
一緒に高校生になれなかっただけで俺達は変わってしまっているのだから。
「そうだね……」
玉藻が俺に同意するように寂しそうに少しだけ頷いた。
どこかで俺も玉藻も子供の時からずっと同じ関係でいられると淡い幻想を抱いていたんだと思う。小さい時から一緒にいたから変わることなんてないと、無垢で純粋に信じていられたのだと思う。
過ごした期間は一緒だとしても、同じ一年だとしても、
俺の一年と玉藻の一年じゃ夜空に輝く織姫と彦星ぐらい差があるんだ。
子供の時、社会科見学で行ったプラネタリウムで聞いたことがある。
織姫と彦星の距離について十六光年、百五十二兆キロメートル。
途方もない数字だった。一生かけて近づけるかもわからない程、遠く長い離れた距離。子供の俺は天の川ってどんだけ早い川が流れてるんだと疑問に思ったのを覚えている。一日で百五十二兆キロメートルという途方もない距離と合わなかった一年という時間を埋めさせてくれる、奇跡の川。
地球上にはそんな奇跡の川なんて存在しない。
時を埋めるものなんてものは存在しない。
彦星は――
不安にならなかったのだろうか。
織姫と会えない1年という長い間。相手が何をしていたかも分からないのに織姫は変わらないと思えたのだろうか。会えない時間は何も生みださず、二人の間に何かを
彦星と……
俺は違うか。
相手は運命の相手と一緒に過ごしていたのだから。
織姫に選ばれなかった彦星は――何を思うのだろう。
現実と異世界で過ごすってのは大きく違ってしまうんだと思う。奇跡的に神に選ばれて出会った二人。そして世界という驚愕な単位の規模でお互いの命運を握って旅をするんだ。
見たことも無い景色を、夢のような世界を、勇者として二人は救うんだ。
そんな奇跡的な物語があったとして、その二人にヒロインの幼馴染という存在は必要なのか。そんな二人の間に俺が入る隙間なんて1ミリもあるわけがないんだ。
「強ちゃんがどんな一年を過ごしてたのか、私は全然知らないや……」
寂しそうに笑いながら玉藻は、俺に引きつった笑みを向けた。
「強ちゃんが何を思って何をしてどんなふうに成長したのかも。全部知ってると思いこんで……私が一番知ってるって思い込んで……変わらないと思って……」
玉藻は俺と変わらない関係を望んでいる。
けど、俺は違う。
「俺だって、お前がどんな異世界ライフを過ごしてきたか知らねぇし、どんな世界を救ってきたのかも知らねぇよ……」
お互いの想いを俺たちは何も知らない。本当の想いがなんなのかを隠して言葉に出来ないもどかしさしかない。お互いにとって相手がなんなのかということをはき違えている。
「それに人は変わるんだよ……時間が経てば。人間ってそんなもんだろう……俺とお前だけが変わらないなんてことはないんだ。それは仕方ねぇことだろう」
過ぎ去った過去はどうしようもないのだと二人で上っ面で言葉を並べ立てて、
「そう……だよね」
変わってしまったことを受け入れて、
「そう……だ」
俺達は寂しそうに受け入れて弱弱しい星の輝きを見る。それは運命で、神の審判で、変えられないものだったのだと。俺達二人でどうにかできるものではないんだと。受け入れるしかないのだと。
俺が異世界にいけないのも、
玉藻が異世界に行ってしまったことも――
「怒らせってばっかで……ごめんね」
「別に……怒ってねぇよ」
テヘヘと笑う玉藻に俺は真面目に返した。怒ってるわけではない。ただモヤモヤしてイライラして俺は苦しいんだ。どうしようもねぇから飲み込んで、どうしようもねぇのを我慢して、どうしようもねぇから諦めるしかないんだ。
俺が何かをすると碌なことにならないのは分かっているからと――
「私が悪いんだよ……強ちゃんのことわかってあげられないから。わかってあげられなくてごめんね……」
泣きそうな顔で俺を見る玉藻に気にするなというように伝える。
「お互い……違う人間なんだから全部分かるわけねぇだろう。そんなこと出来るのは人じゃなくて神様とかしかいねぇよ」
悲し気な表情を浮かべる玉藻と俺は見つめあう。
静かな屋上で言葉が宙を舞いお互いの心に響てないような感じだった。伝えたいことの上辺だけを取り繕って、本当に伝えたいものはどこかにしまい込んで、心のどこかで自分に言い聞かせる言葉を選んで、誤魔化して偽って納得して大人になっていく。
『言の葉』とはよく言ったもんだ。
葉っぱのように弱弱しく想いが吹く風に舞いかき消されていく。手を伸ばせば触れられそうな距離にいるのに、言葉が、心が、ひらひらとすれ違っていく。
もどかしくて苦しくて、でも動けなくて。
過ごした時間の違いが二人を遠ざけて、困らせて、悲しませて。
埋めようのない離れていた時間が引き裂いていく――
空を見つめて下唇を噛みしめている玉藻を俺は横目で見ていた。
そして目を伏せて別れを告げる。
視線を合わせても、お前が何を考えてるかがわかんない……
俺は気に食わないんだ。玉藻、
お前のやってることが気に食わない――
『90%』だ。
それは異世界から帰ってきたヒーローとヒロインが結婚する確率。全てを飲み込みそうなくらい大きい数字。けど、お互い命がけで冒険して世界を救ってきたんだ。結ばれない方がちゃんちゃら
それなのになんでお前は……
手越がいるのに俺と一緒にいるんだよ……よくねぇだろう。
そんなのバカでも気付けよ。
俺は――そんなお前を見たくないんだよ。
お前の
お前の横にいるべき主人公がいるんだ。選ばれた男がいるんだ。
だから、俺じゃない……。
届くはずもない別れの言葉に、別れの想いに、諦めた俺は玉藻から目を逸らし上を見上げる。それからお互い沈黙のまま座り込み、沈黙から逃げる様に夜空の星を眺めた。
ただ少し離れた距離を保って遠くを見つめて。
二人で同じものを違うことを考えて見ていた。
見上げた空は――
終わりを告げるように無駄に雲がひとつもなく星がやけに綺麗に輝いていた。
重たい空気をぶち壊すように階段を駆け足で登ってくる音が聞こえる。
「ハァハァ、最悪な出来事がありました!」
少女の声。息切れをした妹が屋上に現れた。
「大丈夫、美咲ちゃん?」
兄として何があったのかと心配で思わず訪ねる。
「大丈夫じゃないです!! アイツの頭がッ!!」
美咲ちゃんがこんなに怒るなんてめずらしい。
ピエロすごいぜ。あいつ人の心を動かすテクニックは一流だな。さすが櫻井。
俺と櫻井が共感していることは三つある。
一つは、このどうしようもない世界を憎んでる、
二つ目は、一人ぼっちだったこと、
最後に――ヒロインがいない、俺達には。
その三つだ。
腹の底に響くような大きな音を立てて今年の花火が打ちあがり始めた。咲いてはすぐに消えていく花。俺たちは花火の光に照らされながら、飲み物を飲み、ジャンクフードを流し込んでいく。
何か振り切るように俺は花火を見てひたすら食事を繰り返した。
俺と玉藻はあれ以降会話はなかった。
途中やたらメッセージ性の強い花火が連発され、それに会場はざわついていた。その中で一つだけ俺の心を
【早く気付け!】
その花火に俺は納得した。
【アイツとソイツは運命の相手ではない!!】
――そう、俺と玉藻もそうだ。
◆ ◆ ◆ ◆
俺は花火を打ち上げ終わり夜風がそよぐ草むらに寝転ぶ。
近くを流れる多摩川を癒しのBGMに緑の布団に寝転ぶ。
「気もちぃい~」
仕事をやり切った後の気持ちよさは格別だ。
みんな不幸になっちまえっていうのは本心じゃねぇけど、大抵のヤツには痛い目を見て欲しい。俺は遊び半分仕事半分でやっている。楽しまなきゃ損だと最近想えるようになった。強のおかげで。
だから、不幸の手紙も遊び半分仕事半分。
わかる人にはわかるだろう。
草むらを踏みしだく音がする。しっかり分かってくれる人は花火に書いたメッセージを受け取って、ここに来てくれたみたいだ。寝そべっている俺のところに銀髪の長い髪を揺らした優し気な長身の浴衣男が現れる。
俺は仕事をこなしたことに安心して寝そべりながら一言を告げる。
「ひと仕事終えました……世界よ滅びよ」
「僕的に滅びたら困るんだけど……」
困ったような顔をする優男を前に草むらから上体を起こす。
「じゃあ、変えることにします」
俺の
「いや、世界を変えるより早く
すぐに仕事の話に
「
俺は百枚はあるだろう紙束をその男に手渡す。
「ありがとう。で、異常は?」
「今のところそれほど大きいものはないっすよ。俺の方はピエロを演じるのも結構
俺が爽やかスマイルを送ると相手も爽やかに返してくる。
「それはよかった。今後も継続して監視を頼むよ。あと伝達のやり方はもう少し、考えて欲しいかな~」
「監視の件はうっす。伝達の件は」
半分遊びの部分に対しての当然の言葉に苦笑いで答えを返す。
「主義に反するので、お断りしまっす!」
俺は無職じゃない――ピエロだ。
≪つづく≫
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