第23話 こんな時間、俺にはいらないんだよ
「みんな……どこに?」
気が付くと見事に兄と玉藻ちゃんと離されていました。
横並びで歩く二人を見守っていたら、人混みに小さい体が流され手を伸ばしても遠ざかっていき、一人人混みの多い路地に立ち尽くす。二人だけの世界が展開され……存在が忘れられ置き去りにされたです。
人混みを二人でずんずんと歩いていく姿に出遅れ、
人の波に飲まれ流され、見事にはぐれました。
ちょっと悲しい……
昔から三人一緒が当たり前だったのに……
「それにしても――」
私はため息をついた。
私にはお兄ちゃんの気持ちがわかりません。毎年花火大会の時はいつもウキウキして楽しそうだったのに。この日だけはやる気のない兄がいつもキラキラ目を輝かせていたのに。
今年は――
なんか苦しそうな雰囲気を出す兄が少し心配です。
一年離れたことが兄を変えてしまったのか。
私は悲しい気持ちになった。立ち止まりぼやっと下をみる。
答えがどこかに落ちてないかと。『最低なクズ』が原因な気もします。
美咲の勘は当たります。
—―全部、あの変態のせいか……
考えにふけって一人立ち止まっていると肩にぽんと手を置かれ、
「ねぇ、もしかして迷子?」
もしかして、ナンパ!?
女子高校生になったのだからそういうこともあるだろうかと、後ろを振り向くと
「――ガッ!!」
ナンパより最悪なものが目に入りました。
目に飛び込んだショッキング映像に思わず顎が下に落ちて上がらない。
「櫻井、お兄ちゃんならココにいるよ♪」
この世で一番醜悪で醜く、最低最悪な人物が私の前に立っていたから!
「なっ!? 何故ここにいるですか!?」
な、な、ななな!? 30メートルルールが破られてる!?
「いや……後ろ歩いてたら、」
ルールブレイカーされとるぅ!!
「止まってたから追いついちゃった♥」
追いついちゃったじゃねぇよぉおおおお!!
「ファックですうううううう!!」
夜間ピエロが醸し出す笑顔の恐怖は半端ない。笑った顔が不気味すぎます。
誰か早くこの狂人ピエロを逮捕してください!
美咲の勘は当たりますぅうううううううううう!!
◆ ◆ ◆ ◆
俺達は人混みをかき分け歩いていた。
次第に無口になっていた。頭に浮かぶ数字。
90%――
統計的に明かされている物的証拠。誰もにとってそれが当たり前に当たる。
普通の定義。
「待ってよ、強ちゃん!」
それに漏れるのは異常であること。
「強ちゃん、歩くの早いよ!」
それが二度の『沈黙』を導き出した方程式。
玉藻の下駄の音が激しく鳴り俺に付きまとう。
「あれ食べたいよ、強ちゃん♪」
俺の服の袖を引っ張ってこちらに笑顔を向けるのに俺は顔を歪める。玉藻の無邪気さが俺の憂鬱度を上げていきイラつきを覚えさせる。
「お前のうちの方が財力があるだろうから、お前が買えよ!!」
俺は遠ざけるように声のボリュームを上げた。それでも玉藻には届かない。
「じゃあ、あっちの綿菓子だったら?」
まるで気にしないように、はしゃぎ指をさす向きだけを変えてくる。
「玉藻……お前はいつも根本的問題から目をそらす!」
なんでわかんねぇんだよ……バカ。
何で普通のことが、当たり前のことがわかんねぇんだよ。
バカだから何してもいいのかよ……。
「ソースせんべいがあるよ♪」
どうして、いつもコイツこうなんだ!! おかしいだろう!!
「人の話も聞かねぇええええええええ!!」
俺の思考を
祭りにテンションマックスでフルスロットだった。
◆ ◆ ◆ ◆
美咲はいま走ってます、全力で!!
誰か助けてください。周りの人に涙目で救いを求めるが走っているせいか景色と一緒に流れていく。言葉を出せればよかったのですが、あまりの恐怖で言葉がうまくでません!!
後ろから変態が――
恐怖の変態が追ってくるデスゥウウウウウウウウ!!
「着いてこないでください!!」
走りながら、後ろを振り向き精いっぱい
思いを込めた言葉は人の心を動かし、奇跡を起こすと!
「いい、いいよ、美咲ちゃん!」
言霊は無意味。奇跡は起こるもじゃなくて起こさなきゃいけないものだった。
「もっと、本音を俺にテルミーぶちまけてくれぇえええいいい!!」」
ダメだ、効かない! 息遣いが荒いピエロにはまったくの無効果!
それ以上に変態を喜ばしているかもしれないのがより怖い!
もっと強い言葉を、言葉を、想いを乗せて、
出来得る限り込めて、強烈な一撃を!!
この呪われてる運命を打ち砕く一撃を言葉に込めて放つ!!
「くたばってください!! 絶望ピエロ!!」
「そうだよ、お兄さんがピエロだよ♪」
まったくもって効かないし聞かない、おまけに認めてるしぃいいい!
奇跡は起こそうと思ってやると起こらない!
言葉も想いもは変態の前では無意味で無力!!
ヘルプミーーですぅううう!!
「――ん?」
走ってきた通行人とぶつかり何かピエロの動きが少し弱くなりました。止まってぶつかった通行人を目で追いかけてる。私から視線を外している敵はいまや隙だらけ。今なら逃げられそうです。
美咲、本気でいっきますぅううう!! ワンチャンあると思います!!
しかし、
「離してください!」
全力で逃げようと前を向いた瞬間、手を掴まれ勢いを止められました。
「そっち危ないから、いかない方がいいよ」
先程までとは打って変わって敵はちょっと顔つきが真面目モードに入ったフリをしてます。
「何を訳の分からないことを言ってるんですか! いいから離してくださいです!!」
そんな演技に騙されないです。コイツはピエロ。そして超危険人物!!
必死に手を振り払って、前を向いて走ろうとした瞬間、
「――しょうがない」
気が付くと逃げようとした方面に回り込まれました。
逃げるコマンドが通じない! 逃げたが、しかし回り込まれたぁあああ!!
息遣いを荒くして、目を血走らせたピエロは夜のとばりと街灯を浴びて、
変態的に私に語り掛けてきます。
「はぁはぁ、胸を大きくする方法って知ってる? お嬢ちゃん?」
もうアウトだよッ! 両手をニギニギしている!
美咲は、美咲は、
心の底からHENTAI《へんたい》が怖いデスゥウウウウウウウウ!!
そうして、美咲はピエロと逆側に必死に走りました。命からがら逃げました。
あの時は振り向いたら間違いなくやられると思いました。
アイツはヤバイ。ピエロヤバイ。
マジピエロ怖い。
頭のネジが一本外れているッ!!
◆ ◆ ◆ ◆
「あんな全力で走って大丈夫かな……」
俺は一人立ち尽くし逃げていく小さい娘を見送りながら、反省もちょっとした。
美咲ちゃんにやりすぎたかなーと。
「まぁいいか。離れっていったっし……あとで強に知られたら何されるかわかりゃしねぇな、これは」
俺は頭を搔きながら自分の未来を心配する。
そんな俺の横を走り抜けていく数人の他人。
人の流れとは真逆に、逆方向へと。
「まぁ、何かあってからじゃ遅いしな……しゃーなし」
こえぇぜ、まったく損な役回りだ。それでも、もしほっといて何か起きたときの方がリスクが高い。間違いなく俺の仕事に支障が出かねない。
あっちは騒がしくなってそうだからな。
「まぁ、なるようになるか」
気持ちを取り直し、俺は自分の腕時計に目を落とす。
「仕事の時間か……」
そろそろ仕事の時間でもある。
デッカイ花火を打ち上げに行かなきゃな――
俺は美咲ちゃんとは正反対の方向に体を向けて歩き出した。
◆ ◆ ◆ ◆
あたりがやけに駆け足で騒がしいのに俺は気付く。
「なんだ?」
あちらこちらで人の悲鳴がきゃーきゃーと上がっている。
「カニ
気が付くと少し離れたところにスーツを着た二足立ちしている蟹怪人がいた。どおりでさっきからちょっと騒がしいと思ったら……コイツのせいか。
周りのやつらは怪人の登場に逃げているようだ。
「強ちゃん、後ろに下がって!!」
「おわっ……」
玉藻が威勢よく前にでて呆けている俺を後ろに追いやった。俺の前に立つバカ巨乳。俺より
――玉藻、お前は俺を過小評価しすぎだ。
その背中に返ってくるはずもない問いを俺は心で問いかけた。
――俺はお前よりずっと強いんだ。
お前は俺が強いってことを知らない。お前はバカだから気づいていない。俺がどれだけ強いのかということに。その力がどれだけ異常なものかということを何一つ分かっていない。
お前とは小さい頃から一緒にいるのに。
俺は誰よりも強いのに――けど、玉藻にとって俺はきっと自分より弱い唯一の存在なんだろ。だから、弱いから、小さい時から
異世界に行ってない無能な俺だから、まだ
俺が無能力で何もない幼馴染だから――
お前はいままで傍にいてくれたんだよな。
悲鳴を上げて逃げ惑う人たちの中で俺たち二人だけが立ち止まっていた。
逃げ惑う人の中で時が止まっている俺と玉藻。正確な状況を表していた。
俺と玉藻の時は止まってたんだ、あの時から――
玉藻が異世界に行ってしまった、あの日から――
「きゃ――ぁッ!」
小さい子の悲鳴が聞こえた。走って逃げ
「あっ――!!」
判断に一切の迷いもなく全速力で幼児に向かって駆け出していく。
玉藻のどんどん遠くなっていく背中。
それは小さい時に俺がみた背中と一緒だった。
無鉄砲で勇気に溢れ、優しさに満ちた背中。
――……いつか、そう。離れてくんだよな。お前はいつもそうだ。
高校生になった俺は遠くない未来を見ていた。
――お前は弱い奴が好きなんだ。守るのが好きなんだ。だからだろ。こんなクズな俺のそばに今でも一緒にいるのは。学校で一緒にいるのも『デットエンド』という存在から俺を守るためなんだろ。
それだけが俺たちが一緒にいる理由。玉藻が俺の近くにいるのは俺を恐怖から守るため。それはどれほどの滑稽なことなのだろうか。
――『
それを分かっていながら受け入れている自分に反吐が出そうになる。
——もういいよ……お前が俺の傍にいる理由なんてものはねぇから。
玉藻が向かっていく後ろで俺は蟹に向かって静かに移動し、
――まかせろ、この蟹は強い俺がどうにかしとくからさ……
「なんだ蟹?」
「だぁぁ、めんどくせぇ……」
対面する。首をひねる蟹に対して、
「死亡遊戯だ……」
俺はテンションが下がったまま低く小さな声で、遊戯開始を告げる。
「叩いて
「何を蟹!?」
俺はグーを出した。相手はチョキ。俺の勝ちだ。
死亡遊戯のひとつ『叩いて、破いて、じゃんけんぽん』。
元は『叩いてかぶってじゃんけんぽん』。
勝者の俺は右腕を突き上げ、敗者の蟹の頭めがけて思いっきりチョップを撃ち込む。縦に振り下ろさる刀。振り下ろされた手刀で硬い見た目の甲羅が真っ二つに引き裂かれる。それは縦に縦に下へ下へとどこまでも巨大な力で進んでいく。プリンでも叩き割るように。
脳をぐちょぐちょにして、カニ味噌がそこらへんに飛び散った。
「………………」
俺の服にもカニ味噌がかかり俺は
俺の前に頭が引き裂かれた蟹が力なく倒れていく。弱すぎる。
――違うか……
どうしてこんなものを皆が恐れているのかもわからない。
――俺が強すぎるのか……
俺みたいなヤツには不釣り合いな力。どうして強いと嬉しいのかが分からない。どうして才能があると嬉しいのかがわからない。そんなものがあっても苦しいだけなのに。
力、なんてものに価値なんてないのに。
――俺は……何をやってんだ――
立ち尽くす俺の周りで人は終わったことに気付かずまだ走って逃げている。その中、膝をすりむいて泣いている幼児を「大丈夫だからね」と回復魔法をかけて優しく励ましている玉藻がいた。
――本当、優しいよお前は……
ゆっくり玉藻に向かって歩き出す。
その後、蟹の
この怪人騒動のせいで少し開始時間が遅れるようだった。
「強ちゃん、これ使っ――」
「どうでもいいよ」
カニ味噌まみれの俺を心配した玉藻がハンカチを差し出したが、手と手が触れ合い、パンと乾いた音がした。俺はそれを受け取ることを拒否した。
「俺に、もうかまうな」
玉藻の差し出した手を軽くはじいてしまった。触れることが怖くて切なくて、苦しい。ずっと下の向いていたからお互いがどんな表情をしているのかわからなかった。
「強ちゃん……」
玉藻の顔も見ず俺は静かに歩き出し目的の場所を目指す。
早く終われよ、
こんな時間、俺にはいらないんだよ――。
《つづく》
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