第17話 プールではしゃぐ愚かなピエロ達

 日曜を迎えると見事に雲ひとつない快晴。日差しを遮ることもなく夏真っ盛り。もわっとした熱気が駒沢を包む中で俺の考えもがらりと変わった。


 ――くそ暑いなか水に戻るのは……意外といいかもしれない。


「ふふーん♪」


 ――ふふーんだって、かわいい♪


 家で身支度を楽しそうにする美咲ちゃん。この光景だけでも価値はある。さらに俺の分の身支度までやってくれている。さすが世界一の家政婦。俺の機嫌もうなぎ登りもいいところで天まで突き抜けそうである。


「今日行くところって新規オープンなんだね。楽しみだね♪」

 

 ――美咲ちゃんが俺に会話を振ってくれた! うれしい!!


「そうだね。お兄ちゃんも美咲ちゃんとプールとか久々で楽しみだな♪」


 笑顔に笑顔で返すと謎の訝し気な視線が返ってくる。


「お兄ちゃんとプール行くと」


 ――何かもの言いたげな妹様。


「いつも水がなくなって大変だったのは覚えてる……」

「大丈夫だよ魔法監視員がいるから。すぐに水魔法で入れてくれるし」

「……………」

「……………」


 ――うーむ。


 沈黙で見つめ合う兄妹。アイコンタクトである。美咲ちゃんの半開きのは兄を見据えて離さない。俺も美咲ちゃんの意思を汲み取り目を離さない。


「…………」

「…………」


 ――わかるよ。わかる。


 ――長年ちっちゃい時から一緒に過ごしきたんだ……


 俺も真剣に見返している。無言ので語る妹。言葉もなく何もないが見つめ合うことで通じ合える。言葉にしなきゃ伝わらないなんて相手を良く分かっていない証拠である。


 言葉など不要!


 ――もう言葉なんて無くても会話できるよね。


 ――まばたきしない、そのまなこは――!!


「…………」

「…………」


 ――恥ずかしくて口に出せないけど


「…………」

「…………!!」


 ――お兄ちゃん大好きってことだね!!


 言葉にもボディランゲージにも頼らない二人だけのコミュニケーション。妹のさらなる兄妹愛を確認でき兄は満足でございます。その後、美咲ちゃんが無言で支度を終えると


「おはよう!」


 いつものように彼奴キャツが待ち構えている。


 うちの玄関を開けると彼奴がいる。


 黄色のワンピースに白いつばがデカい帽子をかぶり


「今日も暑いね♪ 天気も快晴で!」


 わる目立ちする、巨乳張り込み刑事デカ


 目立ちすぎの上に


 おっぱいで存在感だしすぎて張り込みの意味がもはやない。


「絶好のプール日和びよりだね!!」


 ――チケットよく見てないのか。アホか。


 敬礼をしながら満面の笑みでアホなことを言っとる。夏の暑さとの相乗効果が高い無邪気はオレを相変わらず挑発してくる。困ったおっぱいだ、まったく。


 ――屋内プールに天候は関係ないんだよ。


 ――やれやれ、しょうがない


 玉藻はいつも通り勘違い平常運転。


 ――ツッコんでやるか。


「屋内プールだ。どア――」

「ですね! おねいちゃん今日は絶交のプール日和♪」


 どアホウと言いかけた言葉はかき消され、


「…………っ」


 玉藻の敬礼にうちの美咲ちゃんも満面の笑みで敬礼を返す。


「だよね、美咲ちゃん!! 今日は絶交のプール日和!!」


 そして、俺もかわいい美咲ちゃんに満面の笑みで敬礼を返した。幼馴染による見事なダイアゴナルランが炸裂。絶妙なポジショニングでの連携は過ごした時間の重みで決まる。故に移動を開始した俺たちは


 いつもどおりの1-2のフォーメーションで、


 プールバックを揺らしながら都営プールに歩いて向う。


 当然1が俺だ。2人は固まっている。


 先に行けばオフサイドトラップが発動するに違いない。


「強ちゃん、櫻井君はどこで合流するの?」


 ――突如フォーメーションのトップからバックパスが舞い込んだ!


「あいつは現地集合だ」


 ――しかし、涼宮選手冷静にコレをさばく。


「えっ……さく」


 先程までウキウキな感じだった美咲ちゃんが、


「……えっ? さく? ん」


 足取りを重くして立ち止まり下を向き暗い表情を浮かべた。


「いま確かに……さくらって」


 片目をイヤそうに歪めている。何かとてつもなく考え込んでいる。何かが引っかかっている様な雰囲気だ。喉の奥に魚の骨が刺さったようなもどかしさを押し出している。


「どうしたんだ、美咲ちゃん?」

「さくら――い?」


 ――どうした? 櫻井を知ってるはずもないのに。


「お兄ちゃんの親友だ。櫻井は」

「……っっ!?」


 ――美咲ちゃんの顔がさらに険しくなった、ハハ~ン、


 俺は美咲ちゃんの表情で全てを察した。リビングから今に至るまで美咲ちゃんの考えることはまるっとお見通しである。俺って出来るお兄ちゃんだから、しょうがない!


 ――さては初対面で緊張してるんだな!


 美咲ちゃんもお兄ちゃんに似て何気に人見知りだから緊張しているに違いな。しかも高校の先輩となれば何かと気を遣うこともあるだろう。あんな不幸に気を使う必要は皆無だが。

 

 むしろ、合わせるには好ましくないかもしれなんが。


 ――まだちょっと年齢制限的に早いかもだけど、


 ――ピエロに会わしてあげるよ!



 後に兄である俺は知る。


 美咲ちゃんは、この時――


 あの失望絶望日記の作者ですか。近寄りたくないです。本気で嫌です。拒否したい。生理的に受け付けなさそうです。ごめんこうむりたい。精神病棟になぜ閉じ込めておかない。


 と考えていたそうだ。




「でっか……っ!?」


 新しくできた都営プールを前に俺たちは立ち止まった。


 おわーっと見上げるほどでかいドーム状の都営プール。


 思ったより遥かにデカい。駒沢という都市に不釣り合いなスケール。


「すごい大きいね、おねいちゃん!!」

「なんか気合い入れて作ったってお父さんが言ってたよ♪」


 ――どんだけ税金が投入されたのか……。


 ――それとも東京ドームが駒沢に引っ越してきたのだろうか?


「人がいっぱい! やっぱり新規オープンだからかな♪」

「そうだね。美咲ちゃんと強ちゃんとはぐれない様にしないと♪」


 ――駒沢は確かに多くの権力者が住んでいるので、それだけの納税権力パワーが働いてもおかしくはないが……


「おっす、強! すげぇ人で迷いそうだぜ」


 ――人が考えてるところに誰だッ!?


 集合場所で考え込むを俺の思考をさえぎるようにアロハシャツの浮かれたやつが現れた。ただ普通の奴だったらぶっとばしているのだが、見知った顔で手を出す気にもならない。


「おっす」

「櫻井君、おはよう!」


 ピエロらしからぬ格好。アロハシャツを一丁前に着こなしている。


 サングラスを胸元にかけているところもなにかイヤらしい。


 意外とコイツは流行りに流されやすいのかいつも服が凝っている。


 そして、妹に視線を移し


「どうも櫻井です」


 爽やかスマイルで挨拶をする櫻井。


 ――コイツはホントに残念なやつだ……。


 普通にして悲壮感を失くしてればそこそこイケメンだ。俺には及ばないが、まぁイケメンの部類である。誠に残念な存在だ。不幸であるが故に汚物の気配が消えない。そこがピエロっぽいところでいいのだが。


「どうも、美咲です!」


 美咲ちゃんが慌てて礼儀正しくお辞儀をするが、


「兄がいつもお世話になっておりま……っ? おるまッ!?」


 途中で止まり――





「郵便ポストにいた人!?」




 顔を素早く櫻井に戻した。


 見てはいけないものを見たような反応。入学式の櫻井を見つけたオレと似ている、さすが兄妹。やっぱりこういうところで血のつながりが出てしまう。意思は言葉なしで通じるし反応も一緒だし、人見知りだし、一心同体。


「郵便ポスト?」

「あっ……なんで」

「ん??」


 首を傾げる櫻井を前に感激で「あっ……あっ」と零して口が壊れた様に開いたまま。それにしても美咲ちゃんは頭がいい。よく覚えてた。あんな一瞬で人の顔を覚えてるなんて、そこは兄に似ずとんでもない特殊能力である。


 ――ソイツは寿司屋平八からの帰り道でみたピエロだよ。


「美咲ちゃん、その通りだ」


 ――なまピエロに会えて、


 ――驚いて感動しているんだね!


「あのピエロだよ!」


 俺は微笑んで出来た美咲ちゃんに正解と告げる。

 

「美咲にはまだ早いはずだよ、お兄ちゃんっっ!!」

「確かにそうはいったけど……おわっ」

「どうしてなの! 早すぎるよ!! いま会わせないでしょ!!」


 俺のアロハシャツの襟を力強く握って、


「私はこの櫻井がいるなんて聞いてないッ!! まったくもって聞いてない!!」

「おう……おう、ぉぉう」

「なんでなの! なんで! なんで! そういう一番重要なことをッッ!!」

「いや……っ、おう、ぉう」


 揺らし何かを訴える美咲ちゃんの表情が何とも言えない。


「なんでこの櫻井なのよッ!?」


 ――この櫻井とは他にも櫻井亜種サクライアシュがいるのだろうか。


 亜種も不幸であって欲しいと思うのは俺だけでないはず。


 あとやっぱりピエロなのだろう。


「??」「??」


 俺たち兄妹のやり取りに櫻井と玉藻も訳がわからずきょとんとしていた。


 そんなこんながあり、ナニやってるかも分からないまま時間が過ぎるのもよくないと美咲ちゃんを玉藻がなだめドーム型都営プールの中になんとか入れた。よほどピエロの刺激が強すぎるらしい。


 美咲ちゃんは純粋だからしょうがないけど。


「本当に強の妹か、あの子?」


 海パンを吐きながらもピエロは問いかけてくる。


「正真正銘どこから」


 男女別々に着替えている、もちろん俺はピエロと一緒だ。


「どう見ても俺の妹だろう」


 着替え終え海パンのひもを結んでいたら、


「なんか違うぞ、オマエと」

「…………」


 更衣室で櫻井が意味不明な質問を投げかけてくる。愚問にも近い。


「どこに目をつけてる?」

「ここだが」


 ――俺と美咲ちゃんが兄妹じゃないとかマジでありえない。


「眼球をオロチにつぶされたのか? 義眼か、その眼は」

「先日はやられかけたぜ……そうなっててもおかしくなかった」


 ――ピエロメイクで眼球が腫れていたから、少し心配だ……。


「生徒に顔面キックとか容赦ねえよ、アイツ。人が倒れてるところに連続でサッカーボールキックとか信じられん。血も涙もねぇよ。殺人鬼だ、オロチは」


 ――教師が生徒にサッカーボールキックとか


「さらにトドメのコメカミにトゥキックの殺人コンボはマジで意識持ってかれたわ」


 ――教育委員会はナニをしているのだろう?


 止まらない愚痴のマシンガン。


「威力ぱねぇしよ~、アイツが教師として体罰OKなのは本当にどうかと思う」


 早々に止めなくては。


「俺じゃなかったら死んでるぞ、即死だよ、即死」

「オロチ無駄につえぇからな。俺も決着ついてないし」

「なっ!?」


 この櫻井は意外と頑丈なピエロである。


「お前と……同レベルだったのか……っっ」

「ん?」





◆ ◆ ◆ ◆




「…………」

「どうしたの? 美咲ちゃん?」


 女子更衣室とは私にとっての地獄。


 美咲は更衣室という世界で世の不条理に押しつぶされかけていました。


 眼前の玉藻ちゃんのナイスボディに圧倒され、


 不条理の塊をコンプレックスに押し付けられているような気分。


 ――なんなんですかこのムチムチボインは、


「どうして育ち方が違うんですか……っ」


 ――スカスカストーンの違いは!


「お家が違うからね、それで合ってる?」


 ――血統問題!!


 首を捻る玉藻ちゃんの前で私は羨ましそうに自分の胸を揉んだ。ただし揉んでも感触はさほどない。寄せて集めても目の前の相手には届かない。


「いいものを食べる必要があるんですね……」


 スーパーフライ級と超ヘビィ級の違いです。階級による威力が違う。


「栄養素が必要なんですね……」

「栄養?」


 美咲は納得しました。


 ――もっともっと料理のお勉強を頑張って栄養を取り入れなければ。きっと成長するはずです!! 諦めた人間の成長はそこで止まる!!


 総理大臣の孫であるおねいちゃんの食べてるモノと一般庶民の私では違う。そうだ、栄養だ。栄養を偏らせる必要があるんだ。きっと胸を育てるなんとかという栄養素があるに違いない。


「お料理がんばるぞ!」

「美咲ちゃんのお料理は十分おいしいよ♪」


 ――頑張れ私、ムチムチボインだ!!


「それじゃあ着替え終わったし、強ちゃんと櫻井くんに合流しようか」

「そうですね!」


 通路を歩きながらおっぱいへの新たな希望を胸に抱きつつも、


「はぁ……櫻井か」

「どうしたの、美咲ちゃん?」

「いえ……なんでもないです」


 私は自己嫌悪におちいっていた。


 ――だって、あの櫻井という人……


 ――なんとなく嫌な感じがします。


 玉藻ちゃんの後ろで暗い表情を浮かべる、私。


 ――いや、なんとなくじゃない。


 ――絶対あの人な気がする。いや、アイツで間違いない。


 学校の朝礼で不幸の手紙の話を聞いていたせいもある。その時に思い浮かんだ狂気の人物。それが今まさに目の前に具現化して喋りかけてくるピエロ。


 ――郵便ポストで血眼で何かやってたし。もう嫌な印象しかない。


 ――見た目で人を嫌いになることはなかったけど……本能的に受け付けない。


 ――中身を見てないのに判断するなんて……美咲は酷い子です。


 


◆ ◆ ◆ ◆



「まぶし……っ」


 砂浜に立ち、ピエロと俺は開閉式ドームの天井から見える太陽を見上げる。


 ドーム型の都営プールには砂浜と海が広がっていた。大規模にもほどがある。波が引いたり押し寄せたり。人工とはいえここまで作れるものなのか……魔法建築協会が手を貸したのかもしれないが。


 ここは駒沢じゃなくて完全にリゾート地。


 ハワイアンリゾート並みだぜ。


 ウォータスライダーでは待ちの行列ができ、


 子供たちが元気にきゃっきゃと走り回っている。


 そこらかしこに埋め尽くさんと水着の人が歩いている。


「この光景をどう思うよ、強ちゃん?」


 楽しそうな笑い声がたくさんの空間。


「どう思うって?」

「なんかキラキラしちゃってまぶしくねぇか?」


 お日様も眩しいし人もまぶしい。なにか溢れんばかりの幸せや楽しいオーラ満載の空間。そんなところに不釣り合いな俺たち二人がいる。櫻井の言う通り目を焼かれかねないものがある。


「俺はこういう空間好きじゃないんだ……」


 ――なぜ来た、オマエ? むしろお前が行こうって言ってた気がする。


「聞けよ、強」


 俺の想いとは裏腹に海パン一丁のピエロが


「オレがこの空間に対して言いたいことはだな」


 ご高説を語り始めたので傾聴けいちょうする。


反吐へどが出そうになるってことだ」


 ――反吐ですか。


「あっちもこっちも幸せそうで、さらにはイチャついてるアホカップルばかりが目に付く。ほぼ半裸で猥褻行為を人に見せたがる羞恥心の欠片もないゴミ共がミツバチの大群のようにそこらかしこを埋め尽くしている。頭ハッピーイエローモンキーな奴らがキャキャっとしている」

「…………」


 確かに櫻井氏の言う通りである。


「あの未熟なハッピー猿人類どもの内心をさらけ出せば」


 夏のプールということもあり大量に増殖しているカップル共が


「お互いとんでもないことを考えてやがるのに気づいてないんだ、アイツら……」


 きゃっきゃしている。目障りでしょうがないことこの上ない。それにしてもワードチョイスがキッレキレ。頭ハッピーイエロモンキーなんて初めて聞いたわ。パンチ効いてるな。


「男の眼を見てみろ。野獣の眼だ。女どもは近い相手の視線すら見えてないし、男達がこの先のエロいことばかり考えてることも知らずに恋した顔で微笑んで……バカか? テメェのオッパイに話しかけれて、女が微笑んでるのも見てないヤツらにナニ笑ってんだ? 底抜けにバカかっつうんだ」


 どんなエロイ内心なのか気になるところだが櫻井がいうなら間違いないだろ。噓発見器でもあるし触れちまえばバレてしまう。だって、コヤツは人の心を触れて読めるのだから。


「女は心で恋をするかもしれないがな、男は違う」


 なんてクソみたいな能力を授かるのか、人間がクソだからなのか。しかし男がエロイという所も否定できない。漢とはそういう生き物だとビッグダディが言っている。オレはそういうやつだと。





「男は股間で恋すんだよッッ!」





 ――初耳です。パンチ効いてます。ビックダディ!?


「ほら見ろアイツ……アイツだ」


 櫻井が指さす方を見る。カップルだが、男がきょろきょろとしている。


「彼女じゃなくて他の女の水着に鼻の下のばしてるじゃねぇか!! だから、俺はお互い分かり合ってもいない愛し合いなんて偽装ぎそう欺瞞ぎまんで醜悪な産物さんぶつだって、言ってんのによー」


 ――やめろ、笑い死にそうだ……っっ。


 俺は必死に太陽を見るフリをしつづけたが、


 ――ちょっとここまでパンチ効いた内容は腹筋にキツイ!


 櫻井の言葉に体がぷるぷる震える。


「俺が触れて本心を暴けば全てわかるんだ。どいつが何を思ってるか?」


 だがヤツは俺を離してくれない。


「簡単だよ、かんたん。イージーだ」


 追い打ちをかけるようにミュージカル役者さながら、


「教えてあげるよ、強くん。オレがなにをやっていたか。俺は不幸の手紙で彼奴等きゃつらの本心を教えてやったんだ。一人一人の情報を調べ上げてな。その相手にオマエの恋仲が何を想ってるかを詳細に分かりやすくまとめて丹精込めて手紙にしてあげたのに」


 両手を組み軽やかに歩きだし、


「誰もだ、誰もかれも、みんな、誰も」


 視界の端に得意げなピエロが爽やかスマイルを見せてくる。


「信じないんだ……キョウ、お前いがい」


 ――俺が信じてるみたいになってるけど!? 手紙来てねぇぞッ!


「本当のソイツはお前だけを愛してないって何度も手紙を書いてやったのに……っっ」


 ――マジで何やってるんですか、櫻井氏!!


「真実から目をそむけ、自分に都合のいい解釈だけを取り入れる」


 ピエロは奴らを見下す様に遠い目をしたキメ顔を作り、



「強ちゃん、ああいう輩を何て言うか知ってるか?」


 ――なんて……いうのだろう?


 無駄に溜めてくる間を待つ。その間も櫻井の冷めたような顔は崩れない。





「何も知らずにはしゃぐだ……アイツらは」





 吐き捨てるようにいった。かわいそうにと。


 肩が震える。腹筋がピクピクする。


「くッ――ブッ!!」


 ――新しい種類の不幸の手紙の開発……このマッドサイエンティストピエロめ……


 ――その遠い目をした、キメ顔やめろぉおおおお!!


「くしょっ、ぷ」


 凛々りりしい顔と言葉を放つピエロの芸に体の震えが止まらない。


「お前もそう思うだろう、強」


 ――さらに、


 ――ピエロはお前だああああああああ!!


「きょ―――――う、ちゃ――――ん♪」


 ピエロのご高説が俺を笑い殺しかけていたときに


 ――誰かが俺の名前を呼んでいる?


 気の抜けた声が聞こえた来た。どことなく聞き覚えがあるような声がオレを遠くから呼んでいる。ピエロタイムに水を差すような輩と言ったらヤツしかいない。



「強――ちゃ――――――ん♪」



 ――なぬッ?!


 目を向けた時に俺は硬直した。


「きょーちゃ~ん!」


 全解放された淫らに健康的な太もも。白いビキニで隠されていない柔らかそうで瑞々しい肉体。大きく手を振りながら、隠されずにバインバイン音が鳴ってるように軽快にリズムよくチグハグに揺れる二つの脂肪の塊。


 そんな破廉恥満載が映画でよく見るワンシーンのように、


「おまっ――たせ!!」


 満面の笑顔でこっちに近づいてくる。


 ――上下に揺れるな止まれ、走るな、アホ!! 催眠が発動するだろうが!! 


 しかも立体的に3Dでこちらに向かってきたのだ。


「強ちゃーん♪」


 ――クソッ、ガッデム!! 幸福の敬礼が発動してしまう……


 ――玉藻の言う通り破廉恥だったかもしれないグラビアは!!


 ――リアルグラビには規制が必要だ!!


 玉藻がエロ本といった時に俺は普通だと答えた。しかし、それを覆された気分だ。土俵際まで行ったところを見事に投げ飛ばされたような衝撃。実際に目の前にしてしまうと自分がいかに弱いかがわかる。


「きょうちゃん? どうしたの?」


 ――つよい……つよすぎる


 やはり二次元と三次元の間にはただならぬ壁があることを己が身で思い知る。質感やクォリティがダンチだ。グラビアなど流し見できる。


「……っっ」

「おなか痛いの?」


 ――ある意味イタイ。


 それなのに、こっちは自然と前かがみに頭を下げてしまう。謝りたいわけでもごちそうさまでしたと言いたい訳でもないのに、強制的に体が自然とピサの斜塔のように傾いていく!


 幸福の敬礼をする俺の横にいた櫻井は太陽を見上げながら――


「……はぁ」


 ため息をついた。


 俺は何をやってるんだろう。なぜここへきたんだろう。日の当たる場所は俺には似合わない。大罪人の俺にはと考えていたらしい。


 さすがピエロ。無駄に中二病である。


「じー………」


 美咲ちゃんはじっと櫻井を観察していた。


 後で聞いたが、この人はなぜ兄の友達なのか探る必要がある、兄の為に。


 一年間で変わってしまったのはコイツのせいでは?


 と考えていたらしい。さすが兄想いの妹。


「きょうちゃん、あそぼ!」

「待て! ストップ!!」


 楽し気な玉藻と動揺し硬直する俺。


 そして、遠い空を眺めるピエロ。さらにピエロを見つめる妹。


 それぞれがプールの波がただようように、


 思い思いを巡らせていた、駒沢の夏。



≪つづく≫

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