6.デットエンドの波に乗り遅れるな!!
第16話 夏になぜ退化する?
夏の暑さが定着して半袖になった。衣替えも終わり、教室の雰囲気も変わり始めた。贅沢にもクーラーが効き始めた教室で
「お前らにしょうもない伝達事項がある」
いつものようにむさ苦しい中年の担任が黒板の前に立っている。見ているだけでむさ苦しい山田のオロチ。その中年が面倒くさそうに大きなため息をつきながら、前に立っているだけでむさい。
「最近こまったことに不幸の手紙らしきものが大量に出回っているそうだ……しょうもない、このご時世に対してやり方が古い」
本当にしょうもない内容だった。しかし、ちょっとおもしろそうだなと思う。
「もし自分の家に手紙が届いたとしても無視しておくように」
いつもなら俺は朝礼などほっといて窓の外を見ているのだが、あまりに学校と関係のないネタに興味をそそられる。さらに言えば特殊なキーワードにワクワクしてしまう。
「こんなことするやつがすでに不幸だ。かわいそうな奴だ」
――オロチのいうことは概ね99%正解だと思う。
「ソイツは永遠の不幸の中にいる、かわいそうなアホだ」
――もはや100パーセントですな。
「徹底して無視しろー、不幸に触ると不幸がうつるからな」
なんとも的確な犯人像へのプロファイリング。幸せな奴が不幸な手紙など出すわけもない。可哀そうなくらい頭が狂ってないとそんな行動はできないだろう。
正解だ、正解と首を縦に振っていたら教室で異変が起きた。
「せんせいッ!!」
正しくは大きな異音。
椅子が倒れるガタンという音が静まり返る教室に響き渡る。
何が起きたかと皆が視線を注目する。
「もし手紙を返さなくて……ッ」
俺には理由がわかるが
「不幸になっちゃったら!!」
他の生徒達はポカ~ンとしていた。なにかというと、
「どうするんですか!?」
「大丈夫だ、手紙が届く前からお前は不幸だ。うつる心配もない」
――オロチ先生の言い分がまともだ!
「オレが不幸とかいま関係ないじゃないですか!」
――えっ、ないの?
席をふっとばす勢いで立ちあがり、
「それよりも手紙が届いた人が不幸になったらどうするんですか!!」
――なるわけねぇだろ。馬鹿か。
一人のピエロが、櫻井という男が、
「教職者として真っ当な対応や責任が取れるんですか!?」
「責任もなにもねえ。むしろ不幸になることもない」
――めずらしくオロチがまともだ。
新種の演説芸を始めたのだった。
「安易に無視なんてよくないと思います!」
「……」
櫻井の熱のこもった言葉にオロチ先生の眼が何か変わりました。さっきまでとは打って変わって言葉を返すのも面倒くさいという感じです。それでも櫻井はめげなかった。
「作り手だって相当な苦労を乗り越えて、それをポストに投函したはずです!!」
「…………」
――たしかに手間はあるだろうな、けど暇人なんだろうと思うぞ。
「作成者が不幸かどうか確認しようもないじゃないですかっ!!」
「…………」
――いいや、そいつは永遠の不幸の中にいる。間違いない。周知の事実である。
「わかった、わかった」
「わかってくれましたか! 先生!!」
「櫻井の話はよーくわかった。続きはあとでな……」
櫻井の熱い演説を止めるためにオロチが櫻井の方に向かって歩き出す。
「あとでちょっと」
もう何が起きてるかを理解しているようで早い。
呆れた顔を浮かべている。
「職員室に来いよ」
「……先生?」
首を傾げるピエロ。面倒ごと増やしやがってと怒った様子のオロチ。
「少しだけ時間をもらう、いいや寄越せ」
――さすがだ、櫻井。
俺は新しい芸を披露した櫻井を微笑みで見つめる。
「どういう意味です……か?」
――自爆演説芸など政治家以外で使えるのはお前だけ。
ブーメランとかそういうものの
――大和魂。おそらくピエロキャラではお前が初めてだ。
「意味などいいから後で来い……っ」
――泣きはしないが……面白すぎて腹がよじれる!
オロチが櫻井の肩に触れた瞬間に
「お前が……っ」
「お前が犯人だな……てっっ」
櫻井の表情が曇りを見せ始める。
「これから長い説教してやるって!」
オロチ先生の名推理である。
「あんまりじゃないっすか!! 冤罪です!!」
――永遠に不幸な作成者など
「そうやって……みんな……みんな!」
――ひとりしかいないからな。
「俺を
――ダメだ死ぬ! 笑ってしまう!!
「テメェに言われる筋合いはねぇッッ!!」
櫻井の抵抗はすごい。もはや、これは火曜サスペンスで言えば崖のところに差し掛かっているにも関わらず犯人は絶対に認めないので終わりが見えなくない状態。現実はそうだよね、自供などするわけがない。
醜くも足掻くのだよ、人は。
「やっぱり今すぐ来やがれ! 櫻井ッッ!」
「なんでッッ!?」
オロチの怒号のあとに首根っこ持たれ連れていかれる櫻井。さすがに自供を待つより実力行使ですな。力こそこの世の全てよ。教室はざわざわしているがそれよりもデカい声でかき消されている。
「ジタバタするなッ!!」
「証拠は!? 証拠!?」
ずっと何かを叫んでいる。
「そんなもの必要もねぇッッ!!」
「この鬼畜教師がッッ!?」
最期に全員不幸になっちまえええええ!!って、断末魔が聞こえた。
朝からフルスロットなピエロ、それが櫻井。
――最高だぜ、櫻井!
オロチとピエロの退室により、
爽やかで楽し気な朝のホームルームは終わった。
「どうしたんだろうね……櫻井君?」
何故か心配そうに巨乳が俺のところに駆けつけてきた。
「アイツはできるやつだ……ただオロチも恐ろしく強い。死んだかもしれん」
「えっ、死ぬの!?」
俺は一度だけガチンコ対決をオロチとした。しかし決着はつかなかった。恐ろしく手こずったのは覚えている。オロチはこの学校の中で恐ろしく強い。そんじょそこらの奴とはレベルが段違い過ぎる。
――まぁ、アイツが元から強いことは知ってはいたが……
――櫻井レベルだと危険かもしれんな……。
「オロチに絵具でも塗られたのか?」
その予感はすぐに形となって俺の前に現れる。
「けっ、しこたま殴られ蹴られただけだ……いって」
俺の心配をよそに2時間目と3時間目の休み時間にピエロらしく色鮮やかに顔面を腫らした櫻井が帰ってきた。赤、青、黄色、紫。
チュリーップが顔面に咲いてやがる。
――ついに
日々成長を見せてきやがる。一日たりとも成長を見せない日はない。
それが”日進月歩”という異名をとれるピエロ櫻井。
俺の元にボコボコペットピエロが帰ってきたのだが、
「無事に生きてて何よりだ……」
「もう少しであっち(天国)にいけたのに」
隠語がスゴイ。アッチとか近所に行く感覚で
天国を指す奴は櫻井ぐらいである。
「オロチでもお前を殺すのは無理だったか」
優しく肩を叩いて出迎える。
「お前つよすぎる……すげぇぜ」
それにしても櫻井のスゴイ所は精神が
「俺にはあの程度の拷問じゃきかねぇ」
崩壊しそうでしないところにある。
「殺したきゃ息の根とめやがれってんだよ、へっ」
これだけやられていつも通りに会話できるとか普通じゃない。凄まじい生命力と精神力。バイタリティーってもののレベルが普通とは違いすぎる。デスゲームでこいつを相手にしたやつはさぞや不幸だろう。
「それにしても許せねぇ……っ。なんで俺だけ不幸な目に」
――自業自得では……黙っておこう。
殺しても死なないゾンビピエロ。
「いつか俺が王になって!」
ソレが櫻井。
「そこらじゅうの
すぐに嫉妬に気が狂る。もはや精神が崩壊しているのがデフォルトすぎてなにが正常化おれの判断が狂ってるだけかもしれない。そこらのやつらとは訳が違うのが櫻井の本質。
「
これが櫻井。これぞ櫻井である。
「がんばれ……櫻井」
櫻井が拳を握り締め強く誓いの言葉を述べたことに応援するフリをしたが、
――すまない、櫻井。
俺は拒絶する。お前の役職は決まってるピエロだ。王様ではない。
――俺が全力で阻止してやる。
それは向かない。
――その時は覚悟しろ、櫻井ッッ。
「二人とも今度の日曜日は空いてる?」
――また……いいところで邪魔を。
ピエロとの楽しい会話にいつものように空気を読まずに割り込んでくる巨乳。顔面の腫れている櫻井を見ても何も動じていない。視線を向けると手になんかのチケットを握っている。
――なんのチケットだ?
「空いてるけど。どうしたの、鈴木さん?」
「まぁ空いてなくもない」
俺たち二人が返答すると玉藻はチケットをチラ見してから恥ずかしそうに
俺たちの前に見せびらかしてきた。
「お父さんから新しくできる公営プールの無料券もらったんだけど、配って歩いたけどあまっちゃってよかったら、どうかなって……」
――エリート官僚共の職権乱用ならぬプール券乱用か。
「プールか……あまり興味はないな」
「え……」
「??」
――プールとかどうでもいい、それに
俺はプールとか言われてウェーイとはならない。そんなものはとうの昔に卒業している。人より精神年齢が高すぎる俺にはあんなものちっぽけであり、本気で泳ぐなら太平洋でも横断してくる勢いである。
さらに言えば、コイツといると
――先日のこともあるから玉藻の誘いにそもそもノリ気でない。
俺はまたイライラしてしまうに違いない。
なんとなくこの間の件から俺たちはどことなく距離を置いてる。
けど、ソレが適正距離なんだと俺は思う。それなのになぜか、
「……キョウちゃん」
俺から誘いを断られて、玉藻が寂しそうな声を出した。
――そんな目で見られてもだ……
不機嫌な俺と困った玉藻。
どこか俺らの間の空気が張り詰めた。
「プールいいじゃん!」
櫻井がそれを感じ取ってなのか、
「キョウせっかくだし行こうぜ!」
玉藻の味方をするように
「久々に俺と一緒に遊ぼうぜ!! つれねぇぜ!! な!」
俺に陽キャムーブでからんできた。それに玉藻はちょっと嬉しそうな顔を浮かべる。どいつこいつも玉藻に甘い。しかし櫻井から誘われてもあまりノリ気にならない。
「微妙だな……あんま楽しい思い出ないし」
――なにより暑い中で外出すんのも面倒くさい。
――布団とランデブーするので俺の予定はいっぱいだ。さらにプールってこじんまりしてて遊びにくいし。プールとか俺のビッグなスケールに合ってない。
――櫻井程度ならちょうどいいのだろうけど。
「なんだよ……強?」
――プール……ピエロって、泳げるんだっけ?
俺がピエロとプールの関係を真剣に考え込んでると
「そうだ!!」
玉藻がいい案を思いついたとばかりに手を叩き、提案を投げかけてきた。
「チケットいっぱいあるから、美咲ちゃんも誘っていこうよ!」
――美咲ちゃんが行くのであればだな……。
「そうだな。美咲ちゃんが行きたいなら、俺も行くかも」
まぁ妹が出掛けるなら兄も同伴しなきゃいけない。当然の務めである。プールとかケダモノだらけだろうし。全員殺処分しなあかんな。あんなカワイイ美咲ちゃんを一人でプールにいかせるとかありえない。
――公営プールで豚汁でも作るか。
「ホントーー!」
華が咲いたように小さく飛び跳ね喜ぶ玉藻。
プール如きで何がそんなに嬉しいのか、わかりゃしない。
――ガキかこいつは……
「美咲ちゃん? って、誰よ?」
「そういえば櫻井に会わしたことはなかったな。俺の自慢の妹だ」
よーく考えたら美咲ちゃんが異世界から帰ってきて、櫻井と一緒に下校してないから会わせたことがなかったようだ。まぁ紹介するにしても相手がピエロだし。おまけに美咲ちゃんがいるなら櫻井とかどうでもいいし。
「……………」
「なぜ……黙っている?」
そう思いながら櫻井を見ると、
何か難しい顔をしている。
「まぁ期待はしてない」
「あん!?」
――美咲ちゃんに対して期待とか言ってんじゃねぇ!
――こいつは
――俺があっち(天国)に送ってやるよ!!
――美咲ちゃんは世界一かわいいに決まってんだろ!!
――俺と比べるなんておこがましいんだよッ!!
「やめろよ……強。無言の圧力とも殺気とも取れるモノをめちゃくちゃ感じる」
そこから俺は授業中に真剣にプールでのピエロ天国送付計画を頭の中で構想していた。豚汁ならぬピエロ汁を作るにはどうやって殺すべきなのか。美咲ちゃんを愚弄した罪は重い。
するとあっという間に学校が終わってしまった。
三人で下校中にこの間のことは何もなかったように
「プールですか。私、行きたいです♪」
玉藻は美咲ちゃんとはしゃいでいた。
忘れてはいけない――どいつもこいつも玉藻に甘い。
そして俺に冷たい。
俺には美咲ちゃんが全然話しかけてくれない!
「よかった! 当日はお家に迎えに行くね!」
「はい! 楽しみに待ってます!」
美咲ちゃんは玉藻からのプールの誘いに声を跳ね上げ喜びを見せた。
「楽しみですね」
「うん、楽しみだね!」
ただ、美咲ちゃんが嬉しそうなのは兄としても嬉しい。
にんまり微笑む俺は二人の後ろを歩きながらプールのことを考える。
プールとか体育の授業以外ほとんどやってないな。俺は学校から運動が禁止されていてお風呂みたいに浸かってただけだし、そもそも本気で泳いだこともないしな。
人間は地上で生活してこその生き物だ。
なぜ地上から水に戻る?
「退化することになんの意味があるの?」
「なにいってるの、お兄ちゃん? 黙ってて」
≪つづく≫
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