第15話 『ずっと』じゃねぇだろう

 玉藻がこうやって家に来たのは中学の卒業以来だ。


 それ以降のコイツは異世界でウハウハライフを過ごしていたのだから来るわけがないのだ。やはり異世界に行くとみんな自分勝手になって帰ってくるのかもしれない。


 傲慢になってくる。


 俺は他の奴とは違うなど、選ばれた者などと選民思想をのたまうので、


 無言のボディで地べたをのたうち回らせる。


 本心を言えば、ハラキリブレードで『ニンゲンヤメマスカ』と問いたい。


 世が世なら切腹なところをボディ一発なんだから、優しいなオレ。


 妙に変な自信を身に着けてきたり、


 やれやれとか言って調子こく輩の多いこと多いこと。


 異世界でなんでも思い通りにことが進みすぎたせいだろう。


 現実はそんなに甘くねぇからな!と


 俺のワンパンで目を覚まさせてやるよ。


「コップはと……これでいいか」


 厳しい現実を生き抜いている俺は常識のない客にも


「あった」


 礼節を尽くすべく、麦茶を冷蔵庫から取り出す。


「な……なにこれ!? きゃー…いやー! むむ!」


 ――なに一人で騒いでんだ? アイツ?


「なんで……こんなものが、ここに! 強ちゃんのおうちに!」


 ――俺の家にあるものは、普通だと思うんだが。俺の家にだし。


 騒いでる玉藻を横目にグラスに麦茶入れていく。


 ――まぁ、シカト案件ですな。


 玉藻はリビングで俺の漫画雑誌を手に取り開けたり閉じたり赤くなったり、


「いやー、なに!? えっ、えっ……ぇええ!!」


 何か一人で椅子をガタガタ言わせながら奇声を発し暴れ狂っている。


「大胆すぎる!!」


 ――相変わらずせわしない奴。


 玉藻はリアクションが結構激しい。オーバーリアクションってやつだ。


 アイツは俺と違ってリア充だから。


 リア充は決まってそうである。


 『やばいやばい』とか『べっ……まじべっ!』とか『まんじ』とか言葉でなくてリアクションだけでコミュニケーションをとる輩だから。


 日本語がおかしい。


 玉藻もなに言ってるか分からないこと多いし、元より陽キャ全開。


 俺と違ってアイツの周りには人が集まりやすいし。


 別に拗ねているわけではない! 妬んでいるわけでもない!!


 俺みたいな感受性豊かで言語能力が優れているものは孤立しやすい世界。そういうことだ、うん。IQが高すぎるが故に悟りを知らぬ凡夫どもとは相いれないという高尚な考えを元にだ。


 今はとりあえず玉藻を無視して


「うぅむ! うにぃぃぃ!? うにょ!?」


 麦茶をいれることだけに集中しよう。


「うぅむ! ほっ、ほうぅ!! はぅっ、だぁあ!!」


 ドタバタとしている玉藻が出す音と麦茶の注がれる音。


「みーん! みーん! みーん!!」「みーん! みーん! みーん!!」「みーん! みーん! みーん!!」「ダメ! ダメ! ダメ!!」「みーん! みーん! みーん!!」「みーん! みーん! みーん!!」「ぜったいだめ! ぜったい!! ぜったいぃー!」


 あとセミの鳴き声。


 ――うるせぇ、まじでうるせぇ!!


 雑音のオーケストラ。やかましいことこの上ない。


 俺の休日が台無し。平和で静かに暮らしたいだけなのに、お留守番しろだのセミはうるせぇだの、幼馴染は突撃となりの晩御飯だし。世界が滅びればいいと思います。


 それでも、高尚な俺は麦茶いれて招かざる客人をもてなす。


「ほらよ」


 ――出来た男だよ、おれ。


「強ちゃん、そこに座ってください!!」

「へ?」

「いいから、そこになおれ!!」

「なんだよ……なおれって」

「椅子に座って!!」

「……わぁったよ」


 麦茶を差し出す優しい俺に対して、


「強ちゃん! これ、これは!?」

 

 漫画雑誌を片手に暴れている失礼な客牛きゃくうし。必死に何かを訴えてくる。雑誌のとあるページを指さしペシペシと叩いている。俺は眼を細めて見てみる。


 ――これがなんだよ……??


 俺も注目して見てみたがどうみても普通のページだ。


 漫画雑誌であれば普通の事。何一つ問題などない。おまけに少年誌だから超健全だし。パンチラぐらいあるかもだが、そんなもんはただの絵だ。芸術なんてオールヌードやんけと言い返したい。


 しかし、そういったページでもなく普通のページ。


「きょ、キョ! 強、ちゃんッ!!」

「どうした?」


 ――何したいんだよ、こいつ?


「これは……ダメです!! こんなものはダメです!! ぜったいだめ!!」


 ――どこから、どうみても普通の漫画雑誌。


 ――勉強の妨げになるとかオカンかと問いたい。というか、そんなものを排除したところでオレが勉強するわけもないと知っておろうに。


「何がだよ? 何がだめなのか、さっぱりわからん」


 リア充の言葉にエリートボッチの俺は首を傾げる他ない。


「え……なんで! わかるでしょ!!」


 しかし、ヤツの勢いは止まらなかった。


「こんな……こんなものを!? 日常的に見てはいけません!!」


 顔を真っ赤にして漫画雑誌のページを開いたまま


「何これ? 水着着た大人のグラマラスな女の人が堂々と載ってるよ!! こんな破廉恥はれんちな」


 椅子から立ち上がってまで、


「エロ本みちゃだめだよ!!」


 説教をしてくる勢いだ。


「強ちゃんにはまだ早い!!」

「エロ本じゃねぇ漫画雑誌だッッ!!」


 ――どう見ても普通のものだ!!


「のっとるわボケ!! 普通じゃグラビアなぞ!!」


 ――小学生でも見てるわ!! 何が高校生男子にまだ早いじゃ!! もっとすごいの見てるわ。ただ、どこぞのアイドルが水着を着ているだけに過ぎない。撮影時に何かカメラマンとエロイことはあるかもしれないが、水着以上の事は写真に写させる訳も無いッ!


「普通じゃないよー!!」


 ――この巨乳のバカはいつもこうだ。


「あぁ、普通じゃねぇよ……っっ、お前の」


 ――時代に追いついてないのだ、感覚が……っっ。




「頭がぁ……ッッ!!」




 オレに真実を言われぶつくさと不満を漏らす頓珍娘とんちんむすめ。絶対普通じゃないし……強ちゃんのエッチとか言ってる時点で分かっていない。というか、俺がエロ本を読んだらいかんのか、高校生二年生やぞ。


 コイツに何の口出しの権利があるのか分からん。


 相変らずの玉藻の天然発言に疲れを覚えたので向かいの席につく。


 テーブルに肘をつき重い頭を右手に乗せる。


 ――頭がいいから人より脳みそが大きくて重くてかなわんぜ。


「強ちゃん、最近ご機嫌わるいね」


 目の前の巨乳は俺の顔を不思議そうに覗き込むと、


「反抗期?」


 ――反抗期って……。


 いつも通り意味不明なことを聞いてきた。いちいち反応しててもしょうがない言葉のやりとり。それがオレと玉藻の会話だ。会話として成り立ってなどいないがあちらさんから一方的に言葉を浴びせられる、サンドバッグ状態。


 ――まじめに答えても何もなりゃしない。


「当たり前だ。第二次成長期真っ盛り」


 ――高校生になってんだから、もう16歳だぞ。


「俺は成長し続ける男、涼宮強だ。いつでも反抗期だ」

「昔はもっと優しかったのに……ぶぅー」


 ぷいっとそっぽを向く玉藻の顔に俺は頬杖をついたまま眉を顰める。何を怒ってばかりいるのかわからん。玉藻が怒ったところでなにか抜けているから恐怖も感じない。


 それにコイツのいう、


「いつの時代の話だ、それは?」


 優しさの意味がちっともわからない。


 ――優しいってのは自分にとって都合がいいってことだろう、きっと。


 自分勝手に意見を押し付けてくる無駄なやり取りばかり。


 ――は~、疲れるぜ。


 それに俺は喉が渇いたので麦茶を口にいったん休憩に入ろうとする。


「私がいない、一年ちょっとはどうだった?」


 ――麦茶飲もうとしてるんですが……。


「楽しかったよ。櫻井のおかげでな」

「仲いいよね、いつも一緒にいるし、体の友達だしね」


 だが、巨乳のマシンガントークは終わりを見せなかった。


「……体の関係はない」

「えっ? 二人ともカラダもあるでしょ?」

「ブホッ――!?」


 危うく麦茶を吹きかけた。


 この馬鹿の天然は突き抜けている。


 ――カラダあるとか……言い方。


 そもそもグラビア程度のエロスで発狂する小娘には何も分かっていないだろうことも容易に分かる。櫻井の客イジリとはレベルが違う。何も考えてない発言は芸ですらない。


 ――俺はゲイではない!!


「そういう意味ではない……二度と言うな」


 いちおう二度と言わないように釘を刺しておこう。


「そういう意味って?」

「説明が面倒だから二度と言うなということだけを覚えとけ」

「うん……わかった♪」


 ――こいつは絶対……わかってない。頭いたい。


「今日はあついね♪」

「……」


 巨乳も喋りつかれてさすがに喉が乾いたようで


 麦茶を飲み始めたと思ったら、


「そういえば、強ちゃん――」


 すぐさま内容が無いくだらない話題のマシンガンが間髪入れずに撃ち込まれる。


「この前同じクラスの高橋さんとね――♪」


 ――誰だよ、高橋って……。


 学校のことや制服の話。俺にとってはホントどうでもいい話ばかり。


 もう聞き流せばいいか。


「へー、そう」


 真に受けるから疲れるのだろう。


「そうか……そうか……ふんふん」


 俺はイヤイヤながらに頬杖を着いたままで適当に首を振って相槌を入れる。


「はいはい」


 ペチャクチャ喋る玉藻を前に俺は嫌々聞き流し続けるが、怒涛どとう口撃こうげきは終わりを見せない。燃費が良すぎる女子のマシンガントーク。ドリンクという燃料があれば止まることがなく、


 現代の最強兵器の一種かもしれない。


 聞いてる方は、ちょー疲れる。


「高校も一緒になれたね」


 ――一緒に……って


 そうして、次々と会話を聞き流していく中でなんとなく嫌な予感がした。先が読めていた。幼馴染であるが故に自然と出てしまう言葉だから。だけど、それをいま言われるのには。


「私と強ちゃんは昔から」


 ――やめろ……いうな。


 抵抗があった。それは事実とは違うし俺たち二人にとって、それはあまりに残酷な言葉だと思う。でも玉藻はいうのだろうと分かっていながらも俺は聞きたくないと思いつつも止める術がなにも思いつかなくて、




 たったそれだけの


一緒だったもんね♪」


「…………っ」


 たった一言だけが引っかかった。




 何百文字とぶつけられた言葉の中で、


 ——ずっと、って……


 それだけが強く違和感を感じる。


 ――ずっと、って……ちげぇだろ……っっ。


 その、たった三文字の事を――


 嬉しそうに話す玉藻に俺は


 ――玉藻おまえっ……


 思わず顔を上げて視線をぶつける。


「?」


 眉をしかめている俺に玉藻はきょとんとした表情を返してきた。


 ――なに、きょとんとして


 俺がなんで表情を変えたのかが分かっていない。


 ――不思議そうなツラしてんだよ……っっ。


 玉藻が何を言っているのかが俺にはわからない。

 

 ――なんだよ……


 なんで平然としてられるのかもわからない。


 ――『ずっと』って、チゲェだろ……ッッ。


 モヤモヤした何かが俺の胸にある。


 どういう表情を作ればいいのかもわからないように顔の筋肉が歪んでいく。


 ――なんで楽し気に迷いもなくそんな嘘を言えんだよ。


 平気で世迷言よまいごとを言う幼馴染に胸がムカムカする。


「きょうちゃん……?」


 ——だって……


 息が詰まる、不快感が心を支配していく。


 ――お前と俺は『ずっと』じゃねぇだろう。


 ムカムカする気持ちが溢れ出す。笑ってるような顔が信じられない。


 俺は分かっているけどコイツにはわからない。それも俺はわかってしまっているから表情がおかしくなる。怒りとどうせという諦めが入り混じりながらも、伝わらないことへの怒りに、何も感じずに平気にしている玉藻のせいで、


 ――お前は……ッ!


 不快感で胸が押しつぶされていく。


「お前が……っっ」


 俺は嫌な気持ちを吐き出す様に


「異世界に行く前は……な」


 玉藻に事実を告げる。怒りを抑えて諦めを吐き捨てた。もうどうにもならんことだし、どうにも出来ないことを理解させてもしょうがないと諦めて俺は怒りを押し殺す。


 でも、そんな俺の気持ちも知らずに前のバカは


「強ちゃん、私がいない間泣いてなかった?」


 ――なんだよッ!!


「ダレが泣くかァッ!!」

「っ!?」


 オレを怒らせる。俺が苛立って机を叩いたから玉藻がビックリした顔を浮かべた。


 それでも俺は表情を崩さなかった。


 俺は怒りを出さずになんでと顔を歪めてるだけにとどめる。


 ――いつもコイツはこうだ。


「強ちゃん……どうしたの??」


 俺の言葉を真に受けないで天然で無邪気に返してくる。


 ――いつものことだ……っっ。


 それに俺はいつも戸惑ってイラついてしょうがない。


 ――コイツには分からないんだ……。


「男がそう簡単に泣くわけねぇだろうが……」


 ――このバカは……どれだけ自分の存在価値を押し売りしてくるんだよ。


 一旦、冷静になろうと言葉を抑える。イライラしても意味がないことも分かっている。玉藻に伝わるわけもないとわかっている。能天気さに苛立ちを加速させ机の下で隠す様に拳を握りしめる。


「今は女の涙より男の涙の方が価値が高いんだよ、覚えとけ」


 そんな俺を前に、玉藻は空気を読まずに


「おかしいな……」


 笑顔でたどたどしく言葉をひねり出し語り始める。


「夢の中ではずっと泣いて叫んでたよ……」

「……っっ」

 

 ――何を言ってんだ、コイツは……


「声はうまく聞こえなかったんだけどね……強ちゃんが必死で泣き叫んでるの」


 ――お前がいないと俺は泣くほど悲しまなきゃいけないってことか。


「なんか瓦礫の中でいっぱいの数の人を前に必死に何かを伝えようとしててね、とても胸が苦しくなるぐらいに強ちゃんが泣いてて」


 ――お前が楽しく異世界に行ってる時に俺がお前がいなくて


「でね――」


 ――寂しくて泣いてるってことか。


「いいよ、そんな話聞きたくもねぇ」


 ――それって、俺がお前を


「お茶飲んだら適当に帰れよ、お前」


 ――好きでいなきゃいけないってことか。


 話を遮るように俺は立ち上がる。


「俺は疲れたから部屋に戻る」

「ちょっと、強ちゃ――!」


 頭のおかしい話を途中で遮り俺は席から離れる。


 ――頭のおかしい女の話に付き合ってると、俺まで頭がおかしくなりそうだ。


 苛立って苛立ってしょうがなくて、


 ――なんでアイツ……笑ってられんだよ……っっ。


 能天気な何も考えない顔を見ているのも嫌気がさす。


「だから無邪気は嫌いなんだ――」




◆ ◆ ◆ ◆



「ふふふーん♪」


 買い物袋を手に私は家に向かう。


 手に持つ戦利品の重さに勝ち取った愉悦に微笑みが生まれる。


 私は今日見事に特売の鶏肉100gあたり30円の品をゲット!


「一級の主婦たちを相手にタイムバーゲンセールという戦場に飛び込んで、美咲はその小さい体を生かして見事に鶏肉をゲットしたのであった!!」


 おまけに肉屋のおばさまから「若いのに偉いねぇー」とコロッケまで、

 

 タダで頂けて家計は大助かりです。


 買い物は好きです。


 色んな方とお話しできていつも優しくしていただけるので。よく頭を撫でてくれて使える豆知識など私にみんな教えてくれます。これも私が中学生からスーパーデビューしているからでしょう。


 若いというだけで色々得です、可愛がられます。


 私は容姿も相まってさらにお得です!


「美咲スーパーセール!! あれ?」


 私がご機嫌で家に入ると玄関に見慣れない靴がありました。


「女性用の靴……じゃあ」


 誰かいるのかとリビングにそろりと入る。


 ――アレは……やっぱり。


 麦茶のグラスを両手で握って下を向いているおねいちゃん。


 ――玉藻おねいちゃん?


 向かいに飲みかけのグラスが汗をかいてる。


「…………………」


 眼に入ったのは物悲しい光景だった。


「怒らせっちゃった……なにしてんるだろう、わたし」


 おねいちゃんは帰ってきた私に気づかずうつむき、無心でテーブルの模様をじっと見つめている。いや見ているというより、何かを考え込んでいる様な感じに近い。


 悲しそうにグラスに添えてる両手の人差し指を


 落ち着かない様子でつつくように微かに動かしている。


 ――というか、あのゴミはどこに行ったのだろう……。


「……玉藻ちゃん?」


 私は深刻そうな顔をしている玉藻ちゃんに近づいて声をかけました。


「へぇっ!」


 声を掛けられびっくりしたようだった。


「ごめんなさい、気づかなくて!!」


 すぐさま、おねいちゃんはいつもの様に


「美咲ちゃんおかえり。お邪魔してるよ~」


 笑顔を作って私に返す。


 ――ぼぉーとしていたとはちょっと違う反応。


 ――何かがおかしかった。


 ――いつもの玉藻ちゃんのように振る舞っているけどどこか違うのが分かる。


 それでも玉藻ちゃんが何もないフリをするなら、


「玉藻ちゃんならいつでも来ていいよ、大歓迎だよ♪」


 そうしてあげるべきだと私は考えた。


「それより、うちのゴミはどこに?」


 兄の事を聞くと寂しそうにはにかんだ笑顔になった。


「強ちゃんはね――」


 困ったようにおねぇちゃんの眼が潤んでいく。何かがあったのが伝わってくる。兄と喧嘩でもしたのか、辛そうなのを隠して、それでも何事もなかったかのように


「私が怒らせちゃって、」


 笑顔でそれを見えなくして、


「部屋に戻っちゃった……なんかごめんね。エヘヘ」


 私に悟らせないように気を使っている。


 ――またか……あの駄兄だにいちゃんは……。


 ワタシは呆れるほかない。兄はすぐ不貞腐れるし被害妄想が強い。


 おそらく勝手に怒って部屋に戻っていったのだろうと予想し、


「気にしないでいいよ玉藻ちゃん、どうせお兄ちゃんが悪いんだから!」


 私は玉藻ちゃんに気にしないでと


「あの社会不適合者のダメ兄は嫌なことがちょっとでもあると」


 声をかけました。


「すーぐ不機嫌になるんだから……まったく、も~」


 私が兄を罵倒すると


「違うの! 違うの……」


 おねいちゃんは首を小さく横に振るった。


「美咲ちゃん私が悪いんだよ……私が悪くて、強ちゃんは」


 ――玉藻ちゃん……?


「ぜんぜん悪くないの」


 そういわれて、私は何も言えなくなりました。胸がきゅーと苦しくなる。


 ――玉藻ちゃんの悲しそうな顔を見るのは私は嫌いだ。


「ダメだね、わたし……アハハ」


 ――だから、私はいつもおねいちゃんには笑顔でいて欲しい……。


 ――見ているこっちまで嬉しくなるような素敵ないつもの笑顔がスキだ。


 ――なのに、なんでそんなに寂しそうな顔をするの……。


 ずっと小さい頃から一緒にいて友達で、


 血のつながりが無くとも姉のような存在の


 玉藻ちゃん。


 いつも本当のお姉ちゃんのように優しく接してくれる玉藻ちゃんが私は大好きだ。


「玉藻ちゃん、そういえば私達の学校にね、大きい図書館があるんだよ!」


 だから頑張って元気づけようと私は話しかける。


 けど、


「そうなんだ、今度いってみようかな」


 おねいちゃんはどこか上の空といった感じで、


「玉藻ちゃん、駅前に新しいケーキ屋がオープンしたんだよ」


 作った笑顔で無理してハニカムだけで、


「今度一緒にいこうよ!」


 昔から一緒にいたからこそ


「いこうね、うん」


 無理して笑顔を作ってるのが分かってしまうのが尚更辛い。


 それでも諦めずに何度か頑張って、


「玉藻ちゃん……もうすぐ花火大会だね!」


 頑張って、話題を振ってみたものの、


「今年もぜったいに行こうね! 一緒に!!」


 話が続かない。


 次第にうまく声をかけられなくなり――


 時間だけが無意味に過ぎていった。





「美咲ちゃん……ありがとう」




 おねいちゃんは自分が上手く話に集中できないことも分かっていて気にしないでと言うようにお礼を返す。多分、気を使わせてごめんねということも含まれているのだろう。


「そろそろ……帰るね」

「う……ん……」


 玄関まで見送ると玉藻ちゃんのいつものセリフが聞こえてきた。


「また遊びにくるね」


 扉が閉まっていく。


「うん、また来てね!」


 玉藻ちゃんの姿が見えなくなっていく。取り繕った笑顔が隠れていく。


 この扉の向こうの玉藻ちゃんが笑顔でなくなるような気配を感じた。


 一人になって、きっと落ち込んでいくに違いない。


 ――おねいちゃん……。


 去っていくお姉ちゃんの姿が私を突き動かす。


「おねいちゃんの為に……っっ」


 ――私がやらなきゃ!


 扉が閉まると同時に後ろを振り返り、私は階段を見上げる。


「アイツ!」


 ――今回の原因を突き止める!


 その想いが私を突き動かし歩かせる。


 ――ぜったいにアイツが悪い!


 階段を上がり二階にある兄の部屋に向かいました。


 止まらぬ勢いそのままに部屋に乗り込み。


「玉藻ちゃんに何したのッッ!?」


 怒った声でベットで横になっている堕落した兄に問いかけた。


「してないよ。何も」


 ――だったら、


「噓でしょ! 玉藻ちゃんがあんな顔してるのに!!」


 ――玉藻ちゃんがあんな顔をするはずがない!


「お兄ちゃんがなんかしたんでしょ!!」


 ――ぜったい何かしたんでしょ!!


 怒っている私に、


 ――なんなの……その顔……っっ。


 寂しそうな表情で兄はまっすぐ私の目を見つめて言いました。


「ホントに」


 声色にどこか元気がない。


 玉藻ちゃんと同じように何か手を出させないような空気がある。


「俺は何もしてない……」


 長年一緒に過ごしてきたので声のトーンで大体わかる。


 ――今回は……本当みたい。


 いつも兄ならここでふざけた言い訳の一つもしてくるはずだ。しょんぼりしている兄を前に私もこれ以上は何もできない。それでもどうにかしなくてはと頭が動く。


 ――兄が嘘を言ってないの……だったら。


 怒りの矛先を失ったことでため息をひとつ付いて、


 私は怒りを鞘に納め腕を組んで壁に寄りかかる。


 ――二人に何かがあったのは間違いない。


 ――ただ何があったのかは私じゃ教えて貰えない。


 ——二人とも……傷ついたってことだけは分かる。


「最近ちょっと、というか」


 最近、思うところがあったので声に出して見る。


 それはあからさまに何か感じていた。


「玉藻ちゃん帰って来てから」


 離れていた間に何かが変わったのだと。


「冷たいんじゃないの、お兄ちゃん……」


 登下校する時もそうだ。なぜか出来るだけ玉藻ちゃんに反応しないように兄はしている。昔はもっと玉藻ちゃんの話に付き合ってあげてたように思う。敢えて反応しない様にしている節を感じていた。


「……反抗期だから」


 布団にいる兄がプイっと拗ねた様に答えた。


 兄は玉藻ちゃんに優しかった。


 ここ最近はどこか突き放すようなことをしているように見受けられる。


 不器用な兄が意識的にやってるとは思えないし出来るとも思えない。


「こまった、こまった」


 だからこそ、無意識で何かをしているのかもしれない。


「うちのお兄ちゃんは」


 どうも、私がいない間の一年に兄を変えてしまうようなことが


 あったのかもしれない。


「ひねくれてるから……困りもんだ」


 考えても答えがでないことにため息をついて諦める。


「……真っすぐな部類だって、結構言われるよ」

「どこで?」

「地上で。足二本で立ってるし」


 くだらないことを話す兄はいつも通り。昔からこうだ。


「そういえば!!」


 突然、兄が何かを思いついたように布団から起き上がり。


「どうしたの……急に? こわいよ」


 私を見て心配そうな顔をして見てくる。


 ――なんだろう……?


「美咲ちゃん、電話にはなるべく出ない方がいい! お留守番してたら、変態がハァハァいいながらハグハグペロペロとか怖いこと言ってきた!!」


 ――ハグハグペロペロ……??


「なんか怖いね……ここ最近の変態は」


 いたずら電話か何かがかかってきたのか?


「ド変態だから、気を付けて!」


 不幸の手紙なるものが流行っているというのは、


 聞いたことがありますが――


 何か悪いことが起こる前触れの様に感じてしまいます。



《つづく》

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