5.『ずっと』じゃねぇだろう……
第14話 時報をお知らせいたします
夏が始まった。
「夏だ……夏……」
7月の気だるい暑さの中で俺はリビングでテレビを見ながらソファーに寝転がっていた。これは兄としての重要な役割であり唯一の役割でもある。我が家の大黒柱である美咲ちゃんがいないとあれば兄の腕の見せ所。
お留守番という大役。
「あつぃ……あつぃ……」
それに答えるように俺はここぞとばかりにソファーでゴロゴロ待機モードを貫く。ここにいれば電話が鳴ってもすぐ出れるしピンポン鳴らされてもすぐ動ける。盤石の態勢を取れる
ここから少しでも動こうものなら、
ダメになってしまう。俺はダメになってしまう。
「ふぁーあ……」
自室にいると俺の場合は無視を決め込んで、布団にくるまって
やり過ごすに決まっているからだ。
「だるぃ……」
お布団ちゃんと会話するのに真剣になりすぎて外部からの騒音を排除してしまいかねない。そのまま睡眠してしまうだろう。あぁ夜まで会えないのが寂しくて震える。
お布団は誠に恐ろしきかな。
だからこそ――
「ぬぉおおおお……!」
俺はソファーで横になって気合をいれて
「おおおぉぉ………ふぁ~~」
ゴロゴロして待機しているのである。
俺の留守番を邪魔するように外から夏特有のものがいっぱい侵入してくる。冷房が効いた部屋にもわっとした空気が入り込んだりカーテンの遮光を突き破ってこれでもかとお日様全開全力の明るさ。
これぞ日本の夏、蚊取り線香。
CMお待ちしております。
「みーん!!」
「うるせぇ……」
外壁の防音を打ち破りけたたましセミの鳴き声が
「みーん! みーん! みーん!!」
ミーンミーン聞こえてくる。
「元気だな……セミは」
俺は蝉をうらやましく思う。
「心の底から憧れるぜ、セミさん」
その生き方マジリスペクト。
セミさんは八年寝てて一週間働けばお役御免である。超羨ましい、俺もそうなりたい! 八年寝て一週間だけ働いて、また八年寝るを生活を繰り返したい!!
「みーん! みーん! みーん!!」「みーん! みーん! みーん!!」「みーん! みーん! みーん!!」「みーん! みーん! みーん!!」「みーん! みーん! みーん!!」「みーん! みーん! みーん!!」「みーん! みーん! みーん!!」「みーん! みーん! みーん!!」
しかしだ――
「鳴き声がうぜぇええええ!!」
「みーん! みーん! みーん!!」「みーん! みーん! みーん!!」「みーん! みーん! みーん!!」「みーん! みーん! みーん!!」「Prrrr....」
「??」
新しいセミの鳴き声、新種か?
世紀の大発見。
「まぁ、んなわけないか……ちくしょう」
どうやら、お留守番の当たりを引いてしまったようだ。Prrrr....と聞きなれた音はひとつしかない。俺も覚悟を決めなければいけない。これで碌でもないことなら容赦はしない。
「なんだよ……ったく」
俺の気だるさを増加させるように不快電波が舞い込んだのだ。
蝉に負けじと室内で電話が鳴いている。
早うしろと人間様をせかす。
人間に作られた分際で人間を使おうとするとはおこがましい。
黙って留守録にしてろや、使えない機械め!
数コールできれることを願いつつも様子を見ていたが、
それでもヤツは俺の気持ちを汲み取らずに鳴り続ける。
まことに騒がしいやつ。
「しょうがねぇ……いくか」
五月蠅い騒音に数分耐えるのも気だるく、
「ったく、どこのバカだ!」
仕方なく俺は電話へと向かいイラつきを抑え込み受話器を取り耳に近づける。この時点で俺の不快指数はだいぶ上がっている。もわっとする廊下にうるさい電話。コンビネーションにイラっと来るわ。
「どこのどちら様ですか?」
『はぁはぁ……美咲ちゃん、かい? はぁはぁ……みさきちゅわーん』
「……………っっ」
事案です。なんか中年オヤジのハァハァ興奮する息遣いが聞こえます。
この時点で大分やばい。女子高生の自宅に電話する不審者です。
おまわりさーん!!
この電話は出てはいけない電話だった。
――あー、最悪だ……
これならオレオレ詐欺とか先物取引とかの方がまだましだった。
この変態の様にハァハァした感じに聞き覚えがある。
俺と最悪に相性が悪い奴。
『美咲ちゃん、パパでちゅよ!』
――なぜ俺はこの電話に出てしまったんだ!?
『愛する我が娘に会えなくて……身が凍えて寂しくてぷるぷる震えて』
「……」
――なにを言ってるんだ、コイツは?
『パパ死んじゃいそうだぉ』
――いい年して何語を使ってやがるのだろう……だぉとか。
――そもそも、ぷるぷるってなんだよ!
――テメェの体は何で出来てやがるッ!!
『もう早く帰ってハグハグペロペロしたい!!』
――ハグハグペロペロってなんだよッ!!
――うわっ……サブイボたった……っっ。
受話器からサブイボや身の毛がよだつ中年のセリフ。いい歳した中年が無理やり声のトーンを上げて甘えるようなネコナデ声を出すキモさ。あまりの気持ち悪さに自然とこちらが嫌悪で小刻みに身震いする。
――耳が腐りかねないぐらい気分が悪い。
『どうしたの、美咲ちゃん?』
しかし、俺の世界一大切な美咲ちゃんを
『ねぇー、みさきちぃわーん』
おぞましい中年ボイスは鳴りやまない。
『その小っちゃいお口からでるハイパーキュートで』
――ダメだ……もう耐えられない。
『可愛い天使ようなの産声を』
――殺したい……殺したい……殺す!
『パパに聴かせてちょーだい♪』
――こんな気持ち悪い生き物がこの世にいることが耐えられない!!
『おぉうねがーい♪』
――さらにそれと俺の血が繋がってしまっていることが許せない!
『もしかしゅて具合悪りゅいの? ダイジョウブ、パパ心配だよ!!』
「っっ……っ」
――こっちはお前の脳みそが心配だ、今すぐ病院行ってこい! 気持ちわりぃ猫なで声で赤ちゃん言葉を喋りやがって、俺はお前という存在の危うさが心配だッ! 耳の穴にナメクジが入ってくるような気持ち悪さだぁあああ!!
『美咲ちゃん、一言も喋ってくれないけど大丈夫……』
「…………ッッ」
――死にそうだ……殺す前にやられる。
『今すぐ帰ろうか?』
――金輪際、一生、帰ってくんじゃねぇッ!!
俺はヤツが諦めて電話を切るまで待とうと思っていたから耐えていた。
ヤツが電話に出た俺を美咲ちゃんと勘違いして、
電話で一言も喋ってくれないくらい嫌われていると、
勘違いさせようとしていたのに……っっ。
『ホントにぃい!』
――無理だ、もう限界だ。もう無理だよ。
「……おかけになった電話は」
これ以上耐えていたら俺の頭がおかしくなる。
「大変不快な想いをしております。二度とかけてこないか」
自動音声を装った無感情の声を出した俺は
「もしくは貴様の心臓の電源をお切りください。ピーとなったら死亡の合図です」
力いっぱい願いを祈りを込めて、
「それでは死んでください――ッッ」
――頼む、死ねぇええええええええええええ!!
受話器に向かって体を倒し屈伸して不快感を腹の底から出す様に
「ピイィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」
『!?』
めいいっぱい受話器に叫んだ。可能であればヤツの鼓膜を破るぐらいのつもりだった。今年度最大に声を張り上げただろう。家の中が若干ミシミシと音を立てている。
――ダメージはあるよな……
息切れしながらヤツの死亡を確認するために受話器に耳をつけ直す。
『……なんだテメェか。ふざけんな、電話とんじゃねぇよ』
――この中年、あからさまに声のトーンを下げやがった……!?
『エジプトがただでさえ暑くてジメジメして気分わりぃのに』
――さっきまでと雲泥の差じゃねぇかッ!!
『さらに俺様の気分が悪くなるじゃねぇか……!!』
「テメェ!! さっき凍えるとか言ってただろうがァ!!」
俺は怒りの限り電話に恨み節を吐く。
「気持ちわりぃこと言ってんじぇねぞ、ゴミオヤジ!!」
『オマエこそ気持ちワリィよ。ピーとかなに叫んでんだよ、一人で……? 友達いなくて気でも触れたか? 頭おかしいのは元からだからしょうがねぇけど、基地外になったら手のつけようもねぇぞ。あっ、元から基地外か。なははは♪』
「このジジィ……っっ!?」
このゴミやろうが地球上に生きていることが許せない。
「危うく俺の鼓膜が腐り落ちるところだったわ!!」
――この放浪者は野垂れ死ねばいい!
『おい資源ゴミ。テメェと喋ると通話料をドブに捨ててる気分になるからよ……美咲ちゃん出せよ。お前は用なしで俺は美咲ちゃんに電話してんだよ。受話器を置いて走って呼んで来いよ、ポチ』
「いま、お買い物中でいない。そして二度と俺の妹に近づくな、変態」
『へ、変態だと……それに二度と近づくなだぁ?』
――なにを驚いてやがる空前絶後の変態め。
もう付き合うのもいささか疲れてきた俺は、
「あばよ」
『て、てめぇ!?』
別れの言葉をささやき、
『ま、待てぇ――きょ!?』
受話器を元に戻す。切ったのではない元に戻しただけ。
あるべき形に戻したのだ。二度とこんな悲劇が起こらないように。
パンドラの箱に絶望を入れて閉じ込めた神様の気持ちがわかったぜ。
見たくも聞きたくないものには蓋しろってことだな。
臭いものと汚いものにも蓋だ。何事も蓋が解決してくれる。
それに万が一美咲ちゃんが出てた場合、
変態中年の汚染能力は高く純度もヒジョーに濃いので、
天使が穢れてしまう恐れあり。
「正しい判断だ、おれ」
裏を返せば俺の耳は
「あぁ……穢れてしまった」
穢れた身に救いを求めるように電話機の前で片膝をついた。
「どうかファラオ様」
あの史上最悪の変態が死ぬことを切に願う。俺は両手をがっちり組み懇願するようにエジプトの神に願いが届くように綺麗な声で心からの願いを告げる。
「エジプトにいる変態を呪い殺してください。出来るだけ
「ピンポーン」
祈りを捧げていたら玄関のチャイムが鳴った。
――癒しの女神、
「美咲ちゃん!?」
——美咲ちゃんがご帰還された。ファラオなどどうでもいい!
さっきまでの暗い気持ちがかっ消えた。笑顔の俺は玄関に急いで向かう。
「美咲ちゃーん!!」
――あぁ女神様、どうかこの不快な想いをお聞きください!!
「ちょっと聞いて――よぉ、お、おう?」
俺が勢いよくドアを開けたら、笑顔が吸いとられる。
カンカン照りの日差しが目に入り込む。
セミの鳴き声と夏の熱気で何か陽炎のように揺らめいている。
俺の額からじわっと汗が出る。
「強ちゃーん、遊びに来たよ♪」
太陽のように眩しい無邪気な笑顔のお出まし。そこには夏らしい私服の白いワンピースと麦藁帽をかぶった巨乳が俺の笑顔を奪うように輝き立っていた。白い服が風にひらひらと揺られさらに反射板のように光を跳ね返してくる。
――なんかビールのCMっぽい。ではなくてでな……
「今日うちで遊ぶなんて約束してねぇぞ……そもそも会う約束もしとらんが」
――今日は休日なのになぜいるのだろう?
「ヒマだからきちゃった♪」
――来ちゃったとか笑顔でふざけたことをぬかしよる!?
相変わらずな玉藻さんである。天真爛漫に笑って全てをごまかそうとする。笑顔ならなに言っても許されると思ってる無邪気である。悪気はない。人の予定を確認もせずに唐突に突撃してきた挙句に来ちゃったとか何事だ。
他人事である。コイツにとって何の関係もないと思ってる。人の予定など。
――玉藻にこんなことを言っても伝わらんだろうし……
しかし、暑い中ドアを開けてると電気代を使ってまで動かしている冷房の空気が
「電気代がもったいないから、とりあえず中にあがれよ」
外に放出されていくのでしょうがない。
「おじゃましま~す」
――本当に邪魔だ、コイツ。
――俺はお留守番という大役を美咲様から
――やれやれ。
「ほぇ~……この置物まだある!」
――キョロキョロしすぎだ……この女。人の家を物色してやがる。
俺の後ろで人の家を
「花瓶にひまわりが♪」
「へぇー……綺麗に掃除してるね」
「…………」
うちの美咲ちゃんに減点要素など皆無なのでほっとく。というか、玄関からリビングまで歩く間にようそこまで見る。見世物でもないし観光案内など我が家は出してもいないのに、何をそんなに見るの?
そうだった、玉藻はヒマなんだった、納得。
「変わってないね。強ちゃんのおうち♪」
「美咲ちゃんがいるからな。なんでも元通りだ」
老朽化が原因で廃墟だった我が家も元通りだ。
むしろ以前より綺麗になってる説まである。
美咲ちゃんはスゴイのである。
ちょちょいと能力を使えば壊れた外壁から窓、跡形もない家具までもが元通り。
世界中どこを探しても、うちの妹に勝てる
家政婦などこの世にいるわけない!
「えっ? どういうこと?」
しかし、知らない巨乳は後ろで首を傾げている。
――そうか、知らんのか。あんなに仲良く話してるくせに。
「美咲ちゃんは≪
――仕方ない。聞かれたならば答えてやるのが世の情けというものよ。
「異能力の持ち主なんだ。レアスキルだろう?」
「すごぃいいい!!」
まぁ異世界に行けば何らかの能力を貰えるお決まりだ。
それでも統計的に偏りは出てくる。魔法なのか剣なのか、とか。能力というのもあるが火を出したり氷を出したり。中国雑技団の方がすごいんじゃないか説が俺の中にあるが、まぁそこらへんはどうでもいいだろう。
「いいな~、私もそういうのがよかったな……」
「そういえば、玉藻は何ができるようになったんだ?」
――私もというか……そういえば、コイツ無邪気以外に何が出来るんだ?
「回復系魔法だよ、えっへん!」
「ありきたりだな……」
――癒しというよりも、お邪魔虫。
大きなおっぱいを前に突き出してえばっているが魔法などはこの世にあふれている。むしろ、そのオッパイの方が世にも珍しい。魔法など全然めずらしくもなんともない。
そこらかしこで使われている魔法。
だが、玉藻だけには回復を任せたくない。
『あっ?! あっ……死んじゃった……まだいける! あっ!? あれれれ……?』
死んだあとで慌てて回復してそうだし。
手遅れになりかねん。とろすぎてコワイ。
まぁ手遅れになるといったのは、
回復魔法でも絶対できないことがある。
ソレは――≪
死んだ人間を生き返らせることはだけはできない。
この魔法だけは世界でまだ発見されていない。どれだけ便利になろうとこればかりはどうにもならないらしい。命の重みってやつが無くなるのが神様は非常に怖いようだ。
人間死ぬときは死ぬってことだ。
誰にでも等しく訪れるものが『死』という概念。
まぁどうやっても、死からは逃れられないとも言い切れないが……たまにトラックに
俺も試しに異世界にいけるかなと思い
トラックに突っ込んでみたが、
全然異世界にはいけなかった。
現実世界から微動だに動かなかった。
首都高速でぶつかったが車体が凹んだだけで何も――本当に何も起きなかった。
トラック運転手がひどく怯えただけだった。
あれで死ねるやつはどんだけ貧弱なんだろうか。
やってみたけど傷ひとつつかねぇぞ。
虚弱体質のくせに異世界でよく生き残れたなと感心する。
まぁ、異世界行った奴らはどいつもこいつも大したことないので納得はするが。
「おっこいしょっと」
リビングまで案内し終えると、
――カチンとくるわ……っ。
夏の暑さと勝手に人の家の椅子に座る巨乳に少しイラッと来た。さも当然のように人の家にあがり、椅子に座るっていうのはどういうことなのだろう。遠慮というものはどこに捨ててきた……異世界か?
普通はどうぞとか、待つだろう。
いきなり、おっこいしょっとって。
近所のおばあちゃんとかぐらいだ。しかも、それもおばあちゃん同士だからこそ許される範疇であって我々にはまだ早いと思うのだが。
「美咲ちゃんは?」
「いま、お買い物中だ」
「しょ、そうなんだ……そうなんだぁ」
――なに、その反応?
なぜか頬を赤くしてモジモジしている。人の家に来て物色しまくり、椅子には勝手に案内もしてないのに座りこみ、美咲ちゃんがいないと言ったら困ったようにもじもじと。暇だからきちゃったじゃねぇぞ。
「二人っきりだ……ね」
「とりあえず麦茶でも出すから……」
――わけがわからんのでほっておこう。
「そこに座ってろ。というか、いきなり来るな」
――それでも注意はしこう。
麦茶をご馳走するという俺の
「いいじゃん、昔はしょっちゅう来てたし!」
頬をさっきまで赤らめていた玉藻は唇を尖らせて不満を吐き出した。
「異世界からやっと帰ってきたんだしー!」
――なぜ、お前がイラついてる。
「暇だったんだし―」!
――人んちに勝手に上がり込んで俺の留守番を邪魔しているのに。
「一年以上も来てなかったしー!」
――まぁ、俺までイライラしてもしょうがない。麦茶を入れなければ。
「…………会いたかっ……たし」
≪つづく≫
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