第13話 勇者 涼宮美咲

「いったい何をしでかしたの……っ」


 顔を必死に両手で覆い隠している私の体は嫌な汗がどっと噴き出してきました。白いワイシャツが汗で滲むほどに。全てがわかってしまった。


 このふざけた遊び方はアイツしかしないし、


「お兄ちゃん!?」


 これはうちの愚兄ぐけいの仕業だ。魔王と呼ばれるほどの凶悪さを持ってるのもヤツしかない!


 脆く崩れそうな気持ちを立て直し黙示録を元の場所に戻してから、図書館を勢いよく飛び出し大変な兄の元へ走っていく。


 ――いっこくも早く、アイツを


 一刻も早くどうにかしないとという思いが


 私の体を急かして動かして行く。


 ――殺したいッ!!


 直近で記憶のデリートをしたのにダメだった。


 記憶が復活してしまった。


 あの神輿に乗っていたのはアイツで間違い無いし、大切なことを失念していた。この一年間異世界に飛ばされていたということがどんな結果を生んでしまうのかを私は全然予想していなかった。


 ――私とおねいちゃんがいないと、


 ――アイツがどうなるのかをまったく考えていなかった!! 私の『人生のお荷物』はほぼ爆弾なんだ!


 異常な力を持っていて思考回路がバグっている。おまけに暴力的で口も悪くて、頭も救いようがないほど悪いのだ。神はなぜあんなヤツにあれほどのとんでもない力を与えたもうたのか。


 ――常識など一切ないし何をきっかけに暴発するかわからない危険人物なんですよ、神様! 家を廃墟にするだけでは飽き足らずにとんでもないことをしでかしてくれたな、あのくそ野郎ッ!!


 私が宿敵の教室につき扉を勢いよく開け、


「お兄ちゃん! ……っっ!?」


 怒鳴るように声をだしたのに、


 勢いが完全に殺された。


 目の前に見える景色が受け入れがたい。


 ――なにこれ……っ!


 異様すぎて面を喰らったからです。


 私は立ち尽くして目をパチクリする。


 そこには肩パッドの人たちに囲まれ片手に100%野菜ジュースを持った豪華な椅子に座るゴミ……孔雀の羽みたいな大きな扇子であおがれて気持ち良さそうにしている。


「もっと仰げ」「へへぇー」「飲み物のおかわりならなんなりと」「うむくるしゅうない」「王よ、次はどのクラスを?」「一年などどうでしょう?」「気が向いたら滅ぼす」


 奇妙な世界観に殺気が削がれていく――


 ――ここは現実なのだろうか? 学校でなぜこんなものが見えるのだろう?


 なぜか人はびっくりして現実を疑う時に上を向いてキョロキョロしてしまう。


 ――いきなり魔王城スタート? まさか……また異世界に飛ばされた!?


 それでもそこは学校のいち教室に過ぎない。


 ――二度目の異世界転生!!


 目を疑いたくなる光景。


 ――騙されるな、私!!


 消えろと念じまぶたを腕で力強く必死にこすりつけたが、幻は消えず、どう見ても学校の椅子ではない西洋貴族みたいな場違いな椅子が教室に存在を誇示しています。

 

「おー、美咲ちゃん。どうしたんだい?」


 ――こいつ……っっ


 それに座る人物はにこやかに手を振って、


 自分の犯している愚行にまったく気づいていない様子で声を掛けてきた。


「お兄ちゃん、ちょっと話があるんだけど!!」


 体に熱いものが流れる私の前へ


「散れ皆の衆、我が妹君いもうとぎみ御前ごぜんであるぞ」


 道を作るべく兄の掛け声を元に、


 ――この魔王……。


 ははーと肩パッドした人たちが両脇にそれてくれました。


 高校二年生から制服が肩パッド着用なんて生徒手帳には書いてありません!


 こんな学校もうイヤ……となりそうですが、


 そんな場合ではない。それより身内として、


 やらなきゃいけないことがある!


 ――魔王討伐だッ!


 私は肩パッド軍団が開けた道の真ん中をずんずんと歩いていく。


 私が兄の椅子の前につくと、


「よくきたね~、美咲ちゃん」


 兄は睨みつける私を前にうれしそうな顔を浮かべていた。


「お兄ちゃんとても嬉しいよ♪」

「お兄ちゃん……学校で悪さしてるでしょ」

「するわけないじゃない。これでも根暗な男子高校生だよ♪」

「みなさんゴミが何かしてませんか? してますよね?」


 肩パッドした人たちの反応を伺うと無言で目をそらされます。


「ねぇ、みなさん? うちの者が何か迷惑かけてますよね?」

「…………」「…………」「…………」「…………」


 ――そういうことか――この駄兄だにいちゃんは。


 大体これで現状が掴めました。ここにいる先輩たちはヤツに口封じをされているのだと。コイツが危険な遊びをかました恐怖でみな脅えているのだと。これが魔王に蹂躙された村人たちの正体。


 心を折られ逆らえない状態。恐怖政治による絶対統制。


「ねぇ、お兄ちゃん」


 私は兄に視線を戻し、


「悪いことしてないなんてどの口がいうのかなあー。いくつも見えてるけど」


 刺さるような冷たい声色で罪状をよみ上げることにしました。


「まずはその椅子が校則違反だよね。それに肩パッドの着用の強要も校則違反だよね、これお兄ちゃんがやらせてるんでしょ。おまけで暴力は校則違反じゃなくて犯罪に当たるよねぇッ!」


 私は取り調べをする威圧的な刑事の様に罪状を述べ挙げる。


「本当に心当たりないの、お兄ちゃんッッ!!」


 嘘をつく兄の目をまっすぐ見つめる。


「何もしてないよ……何も………」


 ――何もだと?


 兄の顔から汗が吹き出している。頭から頬にかけてタラリと流れ落ちる。そして、私の視線から逃げる様に顔を右に90度反らされた。態度や言葉に誠意がないのを感じとり、私は反らされた顔を逃がすものかと追いかけて回り込み訝し気に睨みつける。


「ほんとに?」

「……ほん」


 兄は私に対して強く出れない。なぜなら私を大好きだということもあるのだが、一番には私がいないとコイツはまともに生活の一つも出来ないダメ男なのである。


「ほん? なに? えっ、なに?」


 その状況を逆手に取り追い詰めていく。周りの雑兵どもが狼狽えている。何が起きたか状況を把握できずにオロオロと魔王側につくか悩んでいるが動けない。意思を失くした民衆の末路である。


 それよりもだ。怒鳴るような口調で私は、


「お兄ちゃん、ワタシ良く聞こえないんだけど!!」


 ヤツに問いかけ畳みかける。


「ハッキリしゃべってくれる! ちゃんと質問に答えてください!!」


 兄は母親に嘘がばれて怒られている子供みたいに口をゴニョゴニョして


「あっ……ん……そ……」

「何か言ってください。ぜんぜん聞き取れません!」


 まごまごしている。言葉にならない音をモニョモニョ発している。


「何も言わないってことは……何もしてないってことでいいのね?」

「い……や……あっ、の」

「OKってことね? YESってことね? していないってことね?」

「…………」


 呆れて私は怒り顔で顔を傾ける。


「ファイナルアンサー?」


 逃げる『人生のお荷物あに』に対して、


 私の怒りは徐々に増幅されていく。


「私に嘘ついたらどうなるか……」


 もはや呆れを通り越して殺しても構わんと思っている。これだけ私の人生に損害を与えているのだ。いい度胸をしている。私をここまで馬鹿にした態度をとるとはでかくなったものです。


「わかって言ってるんだ………よねッッ!!」


 全力で脚を振り上げ、ダン!と足を一回地面に叩きつけてから、


 目を見開いて覚悟を兄に問う。


兄貴アニキ


 口調を荒くしてどすが聞いた声で吐き捨てるような詰問。それには周りのモヒカン軍団もぶるっと体を震わせた。しかし、そんなことはどうでもいい。


「す……す……すみ」


 兄は観念し始めたのか潤んだ目で捨てないでと私に縋っている。


「ほんの続きは、どうした? あん?」


 もう決着が近い。


「日本語忘れちゃったの? 小学校からいっぺんやり直す? 国語の先生じゃないんだけど、ワタシ。それとも人生いっぺんやり直す?」

「…………っっ」


 私は視線に侮蔑ぶべつと殺意を込めて


「なんならお兄ちゃんより年下なんですけど、私。成績も頭もいいけど、貴方より下の妹なんですけど、わたくし! しゃべってる時間も私の方が多いんですけど、どうなってるんでしょう、ワタシ!!」

「……たちつてとのです……」

「との続きは?」


 長時間じっと見つめ続けました。時折こちらを見て怯える兄。視界には般若のように怒っている私が映っているはずです。


 ――本当は殺してやりたいが強すぎるコイツを殺すことは私に出来ない。


はどうした?」


 ――だから、コイツの


「本当のことなら、それが真実で、嘘いつわりが無いのなら、私の目を見て、口を大きく動かして、はっきりした声で、ちゃんと言えるよねええええええええええええええ!」


 ――殺すしかないのです!!


 詰問に近い内容で怒りを込めて脅していきます。


 もう証拠は挙がっているのだ。いい加減、往生際が悪いにも程がある。


「う……じゃないです……」


 ――往生せい!


「えっ? なんっつって??」


 かすれて消え入りそうな声に


「なんだよ……モゴモゴしてないで早く言えよ……イラついてんの、ワタシ」


 威圧をぶつけてかき消し睨みつける。


「何もし……ないよ……これからは……ほんとだよ」


 しどろもどろしながら目を泳がせ兄はモゴモゴしゃべります。


「もう……しません……ほんとです……神に誓います」


ハッキリしない言葉の数々に怒髪冠どはつかんむりく。


 さすがにブチギレた私は兄の両頬を右手で強く鷲掴み、


「男だったら!!」


 相手の黒目と私の黒目を近づけ吠える。


「ハッキリと人の目を見て言えや!」



「これきゃらは悪いこひょは何もしましぇんッ!!」


 兄は私に押さえつけられ尖った唇でハッキリ宣言しました。


 ついに言質げんちを取りました。あとは追い詰めるだけです。


「言い切ったね」

「はい!! 美咲ちゃん!!」


 手を放してため息をついていつもの私に戻る。


「約束だよ! お兄ちゃん、ぜーったいー約束破っちゃダメだよ!!」

「わかりました………お兄ちゃん、美咲ちゃんとの約束は破ったことないから!!」


 私がびしっと指をさして確認すると兄は敬礼を返してくる。


「もし約束破ったら、もう二度とご飯作ってあげないからね!!」

「ハイ!! 美咲ちゃん!!」


 その姿を確認し安心しました。


 確かに今まで兄は私との約束は破ったことがありません。念には念推しで指切りげんまんをして、私が教室から出ていこうとすると、


「どうぞお通りください……」


 肩パッドの人たちが泣きながら両手でアーチを作っていました。


「どうぞお通りください……」


 アーチが震えて揺れています。


「あの……言いにくいのですけど」


「どうぞお通りください……!!」


 ここを通るとか、女子高生的に、


「ものすごくイヤなんですけど」



「「「そこをどうか!!」」」



 あまりに強いお願いだったので、腕で作られたアーチをもぐって歩きました。中を通ると左右の人たちが「ありがとう」と順番にむせび泣いているような小さな声を私に贈ってきます。


「やっと解放される……っっ」「ありがたや、ありがたや」「奇跡でふ」「あぁ、神様」「感謝しかございません」「救世主さま」「この世に救いはあった」「生きててよがっだ!」「普通の生活が送れる……うぅ」「あぁ終わった」「終わった」「何もかもが」「苦しみが」「世界が輝いて見える」「あぁああ、いいい」


 どちらかというとこちらの者が迷惑かけてスミマセンなのが居た堪れない。


 ――我が家の……問題で………すみません。


 この日をさかいに肩パッドはマカダミアキャッツ高校から絶滅。


 マカダミアの地獄の黙示録は幕を閉じたのです。


 これを機にデットエンド=お兄ちゃんということが判明。


 おそらくは学級日誌に書かれていない部分も何かしらあるのでしょう。


 私がいない間にどれだけの悪事を働いたのか。


 世界に一人の妹として心配です。


 ヤツの愚行を本気で止められるのは


 私しかいないのだから。



≪つづく≫

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