第12話 地獄の学園黙示録

 入学式の放課後、俺は夕日の色に染まる教室に残っていた。


『聞いてくれ……』


 地縛霊を除霊するために現世での心残りを聞いてやっている。


 俺ってホントに優しい。


『俺のヒロインは死んじまったんだ……』


 霊はとても絶望した暗い表情のまま低い声で語りかけてくる。


『マジかッ!?』


 ――ヒロインが死ぬことなんてあるのか、初耳だぞ!?


『もう二度と戻ってこない最悪だ……』


 ――そりゃ死んだら終わりだからな……。


『もう誰も信じられない。あの絶望のゲームのせいで……っっ』


 さすが地縛霊だけはある。強い未練があるのだろう。ジメジメした雰囲気がスゴイ、表情が暗い。ヒロインが死んだことも驚きだがコイツの出す負のオーラの量が驚愕だ。


『なにがあったんだ、汚物おぶつ?』

『おぶ? なんだって?』

『スマン、いい間違えた!』


 ――アブねぇな、本音が口から洩れて出そうだ。汚物みたいな顔しやがって、


 ――釣られて言いそうになっちまったじゃねぇか。油断も隙もねぇな、汚物。


『ヒロインはお陀仏だぶつだったな』


 慌ててそれっぽい言葉を取り繕って


 俺は引き続き除霊を試みる。


『もっと、ゆっくりお前の話を聞かしてくれ』


 そうして、


 俺と櫻井は一緒の時を過ごすことになった。


 来る日も来る日も、


 櫻井の冒険譚ぼうけんたんを聞いていた。


 外の桜がピンクから緑になっても、ワイシャツが長袖から半袖に変わっても、飽きる日などはなかった。低いテンションでホラーみたいな話をたくさん聞かされた。


 俺の家にも呼んだこともある。


 夜通し話し合ったこともある。


 あぁ、忘れることは一生ないだろう、


 櫻井のお話を。


 あの『絶望人狼王様ぜつぼうじんろうおうさまデスゲーム』のことは。


 『絶望人狼王様デスゲーム』を簡単にまとめると、身内によって夜な夜な仲間が一人ずつ消されていく。毎度王様を決めてそいつの判断を元に最後の一人まで裏切り者をさばいてくというゲーム。


 登場人物も豊かで謎の占い師や騎士など出てくる。


 全ての登場人物が嘘をつき、


 あざむき、裏切り、だまし、


 殺し合う。


 そして、最後ヒロインと櫻井だけが残り


 恐怖のデスゲームをするという。


 悲劇の主人公である櫻井が能力に覚醒し、


 ヒロインを裁くことになってしまう異世界譚。


 思い出すだけで震えが――


 震えて書けないこれ以上は……。


『そうだったんだな……櫻井』


 俺が櫻井の全ての話を聞き終えたときには、高校一年の夏休みが終わりに近づいてた。あまりに壮絶で過酷な不幸絶頂の話を聞いて、さすがの俺でも同情を覚える。


『もう俺は誰も信じない。俺のこの能力があれば俺をだませるやつはいない』


 悲しいお話だった。悲劇というにはあまりに酷かった。


『許せない……許せない、許せない!!』


 櫻井の表情が悲しみから怒りに変わるまでは。


 ――どうして、コイツは怒っているのだろう?


『あの教室にいるやつらは――』


 絶望から一変して、


 櫻井の嫉妬に狂った狂気の色が濃くなっていく。




『幸せそうで憎い!』


 ――あっ……そういうことな。


『他の奴はチートでハーレムで楽しそうにしている!!』


 通例であれば才能を貰ってハーレムロードまっしぐららしい。さすご主、さすご主のオンパレードのようだ。脳みそ空っぽの異世界人を騙すのは相当楽らしい。それがコイツの場合は殺し合いの騙し合いも現実世界の連中とだから手に負えん。


 それが超絶に気に食わないらしい。


 確かに櫻井の場合は……


 あいつらとは全然毛並みが違う。


『なぜ俺だけ……』


 どれぐらいかというと、


 猫と熊猫パンダぐらい違う。


『なぜ俺だけ、デスゲームなんだぁああ!!』


 そのせいか、櫻井は嫉妬の炎を燃やし続けている。


 ゼェーゼェーと呼吸が乱れてままならないほどに。


『アイツゥらァも、仲間が死んだはずなんダァァ………』


 身が焦がれるほどに、


『その仲間の死をっっ、呑気のんきに笑って』


 全身を使ってその怒りと復讐心を吐き出す。


『話してやがぅルゥウ始末ッ!』


 しかも、ちょっと巻き舌を入れてくる始末。


『手に負えん……やつらには制裁が必要なんだ、今の世界にも、アイツらにも!!』


 人はこうも


『全員だ……もれなく全員だ』


 容易くいとも簡単に


『全人類だ! 全てを』


 ダークサイドに落ちるものなのか。



粛清しゅくせいしてやるぅううう!!』


『――ッッ!』


 ——この男……只者じゃない!


 表情をコロコロ変え身振り手振りを激しく入れた櫻井の意気込みに俺ですら恐怖を覚えた。体を打ち付けるような気迫で肉体がピリピリした空気を感じる。コイツの憎悪の凄まじさ。


 これがバイタリティーってやつなのか。


 ――しかし、お前の気持ちはよくわかる。


 俺も大事なやつがいなくなった身。


 人が最愛の家政婦がいなくて俺の周りをうろちょろする幼馴染がいなくて寂しいのに……空気を読まずに教室でカップルは見せつけるようにイチャイチャしてくる。


 こっちが落ち込んでいるというのに櫻井の言うとおり仲間うちで大笑いしてる始末。人が葬式やってる最中に横でコントを繰り広げてるようなもの。


 それだけでも死罪に等しいというのに、


 あまつさえ、俺と櫻井は腫れ物の様に扱われクラス中から無視をされている。


 まるで俺達の周りに特殊なバリアでもあるかの様に近づかず、こっちをみて何かひそひそと話して嗤っているようにすら見えるクズ野郎ども。


 櫻井の言う通り、全員粛清対象にしても問題はない。俺は立ち上がりお前に協力してやると強く念じ、櫻井の手のひらと俺の手のひらを合わせる様にガシっと強く握った。


『涼宮……?』


 男の誓いに櫻井の表情が変わっていった。


 心で念じることはひとつ。


 強く強く俺は心から願った。





【――アイツらの粛清を始めよう――】




『お前本気でッ!?』



 驚く櫻井に俺は本気の意思を伝える。


『やろうぜ……櫻井』

『涼宮……いや、キョウとこれからは呼ばしてもらう!』


 俺を呼び捨てにするなんてヤツはお前が初めてだ、櫻井!


『いいぜ櫻井、本気も本気だ!』

『俺は下の名前で呼んでるのに合わせろよ』


 俺が強く握れる手からコイツには伝わるはず。


 俺の覚悟と意気込みを親友となった櫻井なら感じ取ってくれるはず。


『心の底から願っている……教室でイチャコラする彼奴きゃつらを』


 そう想い俺は目に力を込める。


『俺たちの手で血祭りにしてやろうぜ!!』


 俺は続けて拳を高く上げ誓いの言葉を述べる。


『始めようぜ、俺たちのデスゲームを!!』

『あぁ……俺たちのデスゲームを!!』


 夏休みの終わりに俺たちは結束を固くしてボッチ同盟を設立した。



 こうして、2学期から俺と櫻井の死亡遊戯しぼうゆうぎが始まる。


『第一問、俺が異世界童貞で無能力なのをどう思ってるでしょうか?』


 放課後に次々と同級生(男子限定)を呼び出し一人ずつにクイズを出してもてあそぶ事にした。


『えっ? なんとも思ってないけど……』

『櫻井くん、答えを確認して♪』

『了解です!』


 意気揚々と櫻井は相手の肩に手をそっと触れる。


 櫻井の能力は――『心読術しんどくじゅつ』。


 触れた対象の考えてることが筒抜けになるという恐ろしい能力。触れた瞬間に発動するため俺は櫻井に触られるときは心を『無』にしている。


 ウソ発見器と書いて親友と呼んでいる。


『あぁ……やっちまってますね』

『彼はなんだって?』


 櫻井の確認が終わったようでこちらを振り返って櫻井が眉を上げる。


『こいつダセェ。のクセになんでこのエリート学園にこんなヤツがいるんだと答えました。終わりですね』

『ほぅ、ほぅ』


 なんとも興味深い答えだ。ださい、とな。


『な、な、なに言ってるんだ!? こんなの出まかせだ!! 俺は、何も、一言も、言ってないだろう!?』

『残念だ、まことに残念だ』


 動揺するのも仕方がない。本心を暴かれているのだから。しかし、わかるまい。このクイズにうそ発見器親友が仕掛けられていることを。


『私は深く傷つきました』


 何も言わずとも答えてるんだ、お前は。


『しかし、チャンスです』


 しかし、わかるわけがあるまい。


『誤解は解けばいい』


 櫻井の能力は目に見えて何が起こるわけでもないので何をされているかもわからない。


 櫻井なんて恐ろしい子!


『いっしょに遊んで誤解を解かなきゃな♪』


 俺は相手の肩に手を軽く乗せた。


『何する気だ……!?』

『では、仲直りするためにお遊戯ゆうぎを一緒にしよう』

『遊戯?』


 この流れでやる遊びが普通なわけがない。


『警察と泥棒にわかれるやつだよ。昔やったろ?』

『ドロケイ……か?』


 確かに元は『泥警ドロケイ』だ。


『ちょっと違うな、だ』


 しかし、俺がやろうとしていることは違う。


『ゲロ?』

『お前は嘘をついたよな~。嘘つきは泥棒の始まりだ』


 泥棒を捕らえた警官がすること。


『よって、お前は泥棒だ。本官がこれより取り調べを行う……ゲロするまで逃がさないからな。ひたすら腹を殴って真実をゲロしたくなるように体に刻み込んでやるよォオオオオオオ』

『離せ!! 何しやがる!?』


 男の肩を逃げられないように左手で力強く掴み、


『嘘を二度とつけないよう体になるようになァッ!!』

『ダメだ、引きはがせない!? なんだこの力は!?』 


 右の拳に力を込めてから、


『さぁ、ゲロケイ開始だぁあああッ!!』

『体が持ってかれる!? 死ぬ!!』


 内臓を抉るように下から角度をつけて打ち上げる!! 


『オラ! 吐けよ吐けよ! 吐けよ吐けよ! 吐けよ吐けよ!』


 何度も何度も無抵抗になる人間の腹部を殴りつける。


『オブッ――ロロロロロロオッォロオ!』

『ゲロッちまえよおおおおおおおお!』


 何度も何度打ち上げるッ!!


 全ての憎しみを込めて相手の腹筋に叩き込む!


『オラ! オラ! オラオラオラオラァ!!』


『―――――――ーーーァァァァ!』


 教室に響く断末魔にも似たような叫び。


 俺は遊びの達人。達人とのあまりに激しい遊戯の楽しさに絶叫している同級生。夕暮れの教室には楽しそうな叫び声が良く似合う。ヤツは漏れなく胃から内臓物を教室にぶちまけた。


 もちろん掃除も自己責任で行わせた。


 これは死亡遊戯のひとつ『ゲロケイ』である。




◆ ◆ ◆ ◆




 私は地獄の学園黙示録のページを一つ一つ


 丁寧に捲っていく――


 最初は楽しそうな学園生活が書かれていました。


 櫻井という、ひと以外。


 櫻井という人は『失望した絶望した』これをひたすら繰り返し書いていました。白紙が余らないくらいいっぱいに。黒で塗りつぶすくらいいっぱいに。


 余白に何か恨みでもあるのでしょうか、


 この異常者は?


 どちらにしろ危ないやつです……櫻井は。


 ページを捲っていくと二学期から様子が変わりました。


 楽しい学園生活に


 ノイズが混じり始め地獄の黙示録が始まったのです。



【2015年9月15日】


 今日、涼宮君とゲロケイで遊びました。

 全て吐き出しました……。


 ――お兄ちゃんと同じ苗字が……



【2015年10月15日】


 涼宮さんと遊びました。

 不思議な歌が耳について離れません。


 グーチョキパーで♪

 グーチョキパーで♪

 グーチョキパーで♪

 何しちゃおう? 何しちゃおう!!


 ギャアウウウウウウウ!!

 

 ――い、一体、な、ななにがあったのですか、怖いです!?


 ――グー、チョキ―、パーで何をされたのですか!?


 ※死亡遊戯のひとつ、『グー、チョキ、パーで何しちゃおう?』



【2015年11月30日】


 竜騎士のジャンプを見たいと言われ何度も飛びました。硬貨がこすれる音が聞こえる限り、何度も飛ばされました。ポケットの中身が全てなくなりました。この生活はいつまで続くのかな……ワロリンヌ。


 ――ワロリンヌ……なんです?



【2015年12月25日】


 聖なる日に勇者連合が魔王へ挑みました。魔王様との戦いで『ポコペン』というフレーズでみな恐怖を植え付けられました。2つしかない男の大事なものが……デットエンドしかけました。


 ――ポコペン……どこかで聞いたことがあります。2つしかない大事なものとは……いったい。っていうかクリスマスにどうして魔王退治などしているのでしょう。


 ※死亡遊戯のひとつ、『金蹴きんけり』



【2015年12月26日】


 今日は人生観が変わる一日でした。


 心読術しんどくじゅつによる神経衰弱しんけいすいじゃく。クイズで心の中身が揃った二人の男子は無理矢理……あん。あんな激しいの初めて……ネズミとネズミが舌だしてチュー。


 ――どういうことです? 心読術? 神経衰弱?


 ——ネズミ……マウス? マウス トゥ マウス?


 ※死亡遊戯のひとつ、『神経衰弱』


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【2016月3月31日】


 涼宮王に逆らうものには死を抹殺を! 反逆者の魂より安寧あんねいを奪い、蹂躙じゅうりんし焼き殺せ焼き殺せ! 絶対的独裁王政をこの絶望学園にとどろかせよ! いつか世界全土は我らの元に!! 涼宮王に命を捧げ、絶望と混沌をこの世に広めるんだああああ!!


 ――段々敬称が上がってきているです!?


 ――しかも王? 王様だと!?


 ――世界征服!? どこの魔王様だ、コイツは!?

 



「御免なさいぃいいいいいいいいい!!」



 ――わたし知ってます、多分うちの家族の者です!!



《つづく》

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