第9話 歩くはぐれATMだッ!

「へい、らっしゃい!」


 店に入った瞬間に元気よく声を上げる店員たちのお出迎え。


「あなたのハートに今日もしゃこパンチ!」


 シャドーボクシングのように拳を元気よく突き出す店員たち。


「寿司屋平八へ、ようこそー!」


 挨拶が意味不明に統一をされている。しゃこは海のボクサー。すさまじい高速パンチを打ち出し水槽を破ったり人間の指を折ることもあるらしいが、俺も楽勝で水槽ごときぶち壊せる。


 なんなら鼻クソひとつピーンとしたらで粉々である。


 鼻クソをデコピンするとコンクリに穴が空くっていうのを知るには俺ぐらいの力量が必要だ。鼻くそが兵器に近いものだと知るものは少ない。人間の体から出る異物が銃弾に早変わりすることをご存じでない?


 知ってます? 鼻クソで人は殺せますよ。


 そして、余談だがここの店主は元ボクサーでもなんでもない。


「では、こちらの席へどうぞ!」


 店内を案内されて愛する妹と案内されたカウンター席につく。


「楽しみだな~、ふふーん♪」


 ――ふふーんだって……きゃわい!!


 鼻歌を歌っているご機嫌な美咲ちゃんにこの時が永遠に続けばいいと


「でゅゅふ」


 ほっこり癒されていたところに、


「僕は貝が好きでしょ。けど、ミカタンのことはもっと好きでぶふふふ」

「いやだ~、田中さんったら。そんなこと言われると照れる」


 ――どこかで聞き覚えがあるやりとりだな……


 卑しい謎の豚語ぶたごが俺の鼓膜を刺激。貝と比べられる人間。それ照れるとかより罵倒されてないと思うが、どこかで聞き覚えがある。


 ――嫌らしい豚のような言葉……嫌な悪寒がする。


 見てはいけないと思っていても体が自然と動いていた。怖いもの見たさということか、見てはいけないと思えば思うほど見たくなるのが世の常。見ちゃダメだと葛藤する心の声と裏腹になぜか俺は声がする後ろのテーブル席を見てしまった。


 やめとけばよかった。


「あがっ、アガッ――」


 ――顎が外れかけた!


 癒しの休日に平日の悪夢が紛れ込んでくる。せっかくの美咲ちゃんとのお出かけなのに教室にあった風景が紛れ込んでいる。忌むべき存在の化身が俺の前に顕現してやがる。


「どうしたの、お兄ちゃん……?」


 ――豚ハーレムクソヤロウ共がなぜ平八に!?


「な、な、な」

「な??」


 テーブルの席に美女四名と豚一匹。教室でみたことがあるキモオタの姿に空いた口がふさがらない。休日デートなのかわからんが私服姿にもイラつきを覚える。


「な、な、な」


 ――けしからん!! あまりの怒りにお茶を握る閉じた拳が震えて、

 

 カタカタと湯飲み茶碗がカウンターテーブルを打ち付ける。


「な、な、な、ぁあ!!」

「なあ?」


 ――ひらかなィィイイイ!!


 俺が美咲ちゃんと最高の日を堪能しようとしているのに先程の魔王かぶれといい、俺の邪魔をするやからばかりが目に飛び込んでくる! おうガッデム!!


 ――抹殺ジェノサイド抹殺ジェノサイド抹殺ジェノサイド抹殺ジェノサイド抹殺ジェノサイド抹殺ジェノサイド、  


「おにいちゃん?」

「…………」


 ――ダメだ、今日は……


「な、な、ななな……」


 ――妹様感謝……デェイ……


「な、なんでもないよぅ……」


 ――こらえろ、こらえるんだ、俺。


 頭から殺意を消して必死に震える手を無理矢理に抑えつけた。オレを覗き込むように見上げる美咲ちゃんの顔を見て平常心を取り戻しつつ、感情を殺していく。今日は兄としての威厳を保つための重要イベント。


 ――忘れてはいけない。殺すのはいつでもできる。



 俺は一呼吸して美咲ちゃんに笑顔を向ける。安心してくれと、今日は君の為にある一日だと。お兄ちゃんだから、お兄ちゃんであることを全うすると。豚などに構っている暇などない。


 ――鼻くそでもヤツを殺せる。落ち着け。


 ――今じゃない、今じゃない、今じゃない。


 だが、口は違うことを吐き出した。


「ただね、とんがいたら、」


 ――貯金箱がちょうど空になったところだ。


「カツアゲしなきゃいけないかもしれないけども……」


 ――野郎をじっくり料理して金の亡者である豚さんを肥えさせるのも悪くはない。


「そんなにトンカツ食べたかった?」


 副業の時間が休日に割り込んできただけだ。


「じゃあ、今日の夕飯はトンカツにするね」


 癒しのオーラを打ち消すように俺の心はどす黒いもので満たされていく。


 ――美咲ちゃん、マジエンジェル!


「やさしい……っっ」


 思わず泣きそうになり口元を手で押さえた。


 お兄ちゃんがトンからカツアゲって言ったから豚カツ作ってくれるとかマジエンジェル。お兄ちゃんの為に家政婦してくれるなんて、


 美咲ちゃんはなんて出来た妹なんだ。


 美咲ちゃんかわいい。美咲ちゃんが愛おしい。


 美咲ちゃん、ちょー愛してる。


 うちの妹は、


 世界最高よぉーと叫びたくなる!


 今日が誰の為の日なのかを俺は忘れかけていた。今日は誰でもない、世界一愛する妹に感謝を伝える兄からの感謝祭。ここで豚に構ってる暇など俺にはない! いま全力で美咲ちゃんの為に俺の持てる財力すべてを!!


「愛してるよ、美咲ちゃん」

「なに……気持ち悪い、お兄ちゃん。やめて」


 ――まったくのツンデレさんだな♪


 天使な妹により俺の不快感は完全に無くなった。


 オークの呪いで闇落ちしそうな心が天使によって浄化されていく。


 ――ここからが本番だ!!


 俺たちは気を取り直して注文をおまかせにする。ネタの見極めは寿司屋にまかせるのが通の在り方。今日一番の魚などを選ぶのやはり目利きの仕事だろう。


「ヘイ! お待ち!!」


 次から次へと目の前に大将から寿司ネタが提供されてくる。


「これもおいしい~」


 それを嬉しそうに頬張る妹。


「よかったね、お兄ちゃんは幸せだよ……」


 この光景だけでもお金を出す価値がある。


「大将手を止めるな! ありったけ握れ、金ならくれてやる!」

「おう、まかしとけ!」

「ありがとう、お兄ちゃん♪」

「クッ!!」


 くそッ……ッ、高校二年生というこの年でキャバ嬢にお寿司を奢る中年の気持ちが分かってしまった。大好きな人の笑顔の為には多少の出費なんてなんのそのだ!! 


 近くにオークもいるから、倒せばお金を落としくれるし!


 歩くはぐれATM最高だぜぇ!!


 しかし、妹の笑顔が一番大事なのは本当だが、


 俺は只々美咲ちゃんに食べさせているわけでもない。


「ブリのここに切りこみを入れると醤油が沁み込みやすいのかな?」

「そうだね、お兄ちゃんそうだと思う」


 美咲ちゃんは食べることにより料理の脳内ディクショナリーを増やしていく。


 なぜなら復元という能力の持ち主らしく一度食べた味は忘れないのだそうだ。


 ――バカめ……訳も分からぬまま味を盗まれるがいい。


 貴様のすべてをうちの妹に盗まれるがいい。お前の修業した時間はこの一時間にも満たない間にむしり取られることだろう。いずれうちにも平八のお寿司が食卓に登場するであろう。


「どんどんイケイケ、大将!」

「おい、任して下さいよ! アニキ!!」


 ――先行投資にもなるご奉仕、最高だぜ!


 最高の気分に浸っていた俺は、


「はい、あ~ん♥」


 最低な気分に戻すものがあったことを一時忘れることに成功していた。


「でゅふふふ」「こっちもあ~ん」「でゅふふふ」「こっちも食べて」「でゅふふふ」「こっちもお願いします! あ~ん!!」「こちらもどうぞです、あ~ん」「でゅふふふふふふふふふ♪」


 ――あぁ……引き戻される。


 だが、それは長く続かなかった。


「そんなに食べれないよ~。ミキタン♥ ミカタン♥ サエタン♥ クロタン♥」


 ――ダメだ、タン、タンタン!!


 頭痛と吐き気が同時に襲ってくるような感覚。片手で頭を押さえる。言語中枢に電動ドリルで攻撃を受けているような不快感。なによりも豚がウキウキしていることによるちょっと高めの声を出すあたりが鼓膜を卍固めされている気分。


 ――なんなんだ、この不快なBGMは。どこのラジオ局が流している。


「有線か……USENユーセンなのか……っっ」


 ――それとも違法電波による精神攻撃。 


「どうしたの、お兄ちゃん……手が震えてるよ」


 ――耐えるにも……限界が……


 不快感に俺のお茶を持つ手はカタカタと震えだし始めた。


「顔が真っ青でこわばってるし、こめかみの血管がピクンピクンしてるし、鼻血出しそうな感じもあるし、目は血走ってるし歯の音がうるさい」


 ――限界……限界……限界


 冷静に心配そうに俺の顔をのぞいてくれる、


「具合悪いの、大丈夫?」


 ――優しいけど……限界が……持たない


 美咲という名のマイエンジェル。


 ――エンジェル、そろそろ裁きの時間が近そうだ。




「トンカツはやめて、夕飯はお粥にする?」 

「えっ……」


 ――まじかよ……


 衝撃的だった。全身に稲妻が走る。楽しみの食事を病院食に変えられるほどに衝撃だった。元気は元気だが不快指数で気分が悪いだけなのに、なんでオレがこんな目に合わなければいけない。


 ――涼宮家うちの夕食をトンカツからお粥にグレードダウンさせた豚は


「お兄ちゃんは……限界だよ……」

「わかったよ」


 ――出荷せねばならん……ッ。


「食べ終わったし早くお店でようか……っと、その前に」

「…………」


 ――抹殺ジェノサイド抹殺ジェノサイド抹殺ジェノサイド抹殺ジェノサイド抹殺ジェノサイド抹殺ジェノサイド、  


 美咲ちゃんが口元を上品に拭いて席を立ちあがった。


「ちょっと、お手洗いにいってくるから待っててね」


 ――エンジェルタイム!


「なに?」

「いや……天使すぎる」


 ――美咲ちゃんはお兄ちゃんのやってほしいことが分かってるの?


「きもい」

「うふふ」

「こわい」

「いいよ、行ってらっしゃい! お兄ちゃん、おとなしく待ってるね!」

「………うん。まぁ、いっか」


 「おかしいのはいつものことだし」と言いながら、お花をみに向かう美咲ちゃんに俺は全力で手を振った。妹様感謝日にまさかの一時休憩があるとは。こんな幸運なことが合っていいのだろうか。


「ちょっと、私たちお手洗いにいってきますね。田中さん」「わかったでふ」「じゃあ、田中行ってくる」「田中さん、少しお待ちください!」


 同時に吉報が舞い込む。

 

 相手の女性陣も同じく席を立った。


 しかも、女特有の連れションというやつだ。四人いっぺんに蜘蛛の子を散らす様にいなくなりやがった。今頃女子トイレだけは缶詰状態、美咲ちゃんも時間がかかるであろう。


 ――ヤツを殺すなら、今しかない!


 俺と大将とオークだけの寿司屋。


「大将、あちらのテーブルに」


 ――千載一遇とはまさにこのことなり~!


「ワサビを限界いっぱいに入れた貝を」


 俺は急いで大将に注文をする。


「あと俺からのおごりだと伝えてくれ!!」

「へいよ!」


 時は一刻を争う。俺の熱気を感じ取り大将の瞳が光輝く。


 ――やるな、大将!

 

 ――まかせときな、ぼん!


 意思疎通に余念はなく、まるで長年連れ添った老夫婦のようにコミュニケーションが円滑だ。しかし、あとあと良く考えてみたらあちらは客商売なので迅速なのは当たり前。


「あとお勘定も素早くねッ!」

「かしこまり!!」


 お客さん粋だねーと言いながらも手際よく大将が動き出す。


 大将と俺のあざやかな連係プレーが


 美咲トイレタイムの間に軽やかに行われ、


「オイ、何やってんだッ! 新入り!!」


 その最中になぜか店の音楽が変わった。


「すいません、間違ってゲームミュージックチャンネルに変わっちゃいました!」「これはなかなかオツでふね……コイクエのラスボス戦BGMを和風アレンジとは燃えるでふよ!!」「どこのすし屋がこんなBGMかけてる!! すぐに直せ」「あれ……なんかうまく戻せない」

 

 何かわからんがキモオタの心にヒットするチューンナンバーだ。何か浮足立つような音楽の中で俺の心は乱れる。時間が無い中で大将の腕がこれでもかと動く。


 早く早くと心で俺は祈る。


「アツイBGMでふ!! これで燃えなきゃ男ではないでふよ!!」


 ――頼むよ、大将ぉおおおお!!


 調子に乗るオークにイラっと来る。


「いそげ……速く……急げっ」


 カウンターの下の足を焦りで貧乏ゆすりしてしまう。


 ――エンジェルタイムが終わってしまうかもしれない!!


 俺はカウンターを急げ急げと拳で素早くノックする。







「なんでふ、これは?」


 その願いに答える様にヤツの声がした。


 間一髪間に合ったようだ。ハグレATMが逃げることを阻止することに成功。


 まぁ、逃げようとした瞬間に回り込む予定だったがな。


 テーブルに貝が届いた。


「あちらのお客さんからプレゼントだそうです」


 瞬間、俺の死亡遊戯が発動。ヤツの心の声が聞こえる。


「あっち様でふ……か?」


 ――なんでふ? この感じは? 気になるでふ……この重たい気は!?


 先程までの呑気さは無くしっかり俺の出すオーラを感じ取っているようだ。何か得体の知れないような者に脅えるように。まぁ、あとあとよく考えたら知らん奴からワサビてんこ盛りの貝が届いたら誰でも不気味である。

 

 俺とヤツの視線がぴたりと合致した。


「ふふ」

「あっ、あ!」


 瞳があった瞬間に豚が寒気を覚える様に体を揺らした。今度はお前が脅える番だと俺は眼に力を籠める。いままでとは逆転した関係。どちらが強者かをはっきりと教えてやる。


 俺はキザな男がバーでグラスをあげるような挨拶を


「俺からだ、受け取れよ」


 湯飲み茶碗でかます。


 俺は微笑みを返しただけだ。


「――でふぃッ!」


 デブシッ!! と考えているようだ。微笑んで見つめるだけである。随分楽しそうだったな、テメェは……と視線に込めただけ。俺の眼中に入ってしまったことの意味は分かっているだろうなと。


 俺が使った死亡遊戯は、


『こ~の~気、何の気!? 気になる殺気!』


 元は『この~木、何の木?』である。確か……バオバブの木とかそんなんだったような。まぁそんなことなど今はどうでもいい。豚にお仕置きをせねば。これから豚野郎の調教ショーの開幕である。


「こりゃ、また奇遇だな……豚野郎ブタヤロウ


 俺は席を立ちあがりやれやれと歩き出す。お互いよく見知った顔だ。忘れることなどできまい。平日のみならず休日まで顔を合わせるなどとは。


「随分と楽しそうだったな……おい」


 これまでの鬱憤が晴れていく。


 店内の重苦しいBGMと相まって効果は絶大なようだ。


 相手が勝手にプレッシャーを感じてくれている。俺という人間を知っていれば。


 俺と一回でも遊んだことがある奴は


「アガ、ガガァ、ガガ――」


 イヤというほどに体に刻み込まれているから。


「へへへ……へへへ」


 俺が『最恐サイキョウ』と恐れられる理由を魂に刻み込んだから。顎が外れかけている豚のいる席へと近づいていく。楽しそうだな、オイと。時間をかけて歩幅を大きくせず、早くもせず、ゆっくりこの時間を楽しむように。


 相手の領土を一歩一歩侵略していく行軍。


 しかし――最初に俺の領域を汚染したのはお前だ。


 世界一可愛い妹との休日ランチという楽しいイベントを


 穢して許されると思うなよ。


 この行軍はサッカーでいえばハーフラインから前にディフェンダーが一人もおらず、独走してゴールに向かう選手のような気分。バスケでいえばリバウンドをとってからの逆速攻。


 もはやオレを止めるモノはない。


 手に白い紙をもってひらひら揺らし敵陣へと攻め込んでいき、


「これは俺からのサービスだ」


 宣戦布告を告げながら。


「大将が丹精込めて握ったんだ、しっかり食えよー」


 食わないとどうなるかわかってるよなということを遠回しにいう。まぁ、拒否権などは存在しない。オレが食えと言ったのだから食うしかない。


「食べ物を粗末にしちゃいけないよな~……」


 そこに重ねる様に遠回しから直線で斬り込む。精一杯ゴールに叩き込んでやる。


「食べ物を粗末にするやつにはもったいないッ!」


 ネットを突き破るくらいの気持ちで机にバンと掌を叩きつけた。


「デットエンドが」


 出せるだけ低く低温のドスの利いた声で睨みを利かす。


 逃がさねぇぞ、コラと視線で投げかける。


「お仕置きしちゃうから……ねッ!」


 逃げられると思うなよ、コラと表情で示す。


「優良プレイヤーには」


 俺の威圧に言葉を失くした豚。仕事はやりきった。あとはフィナーレだ。


 はぐれメタルは固いから二回攻撃は必須。


「このホワイトカードもプレゼントだ。受け取れよ、MVP」


 机にダンと叩きつけ、俺はそれを数秒間を置き楽しんで手を離した。


「おまけ付きで、でゅふふふふふふふふふふふふふふふ!!」


 俺は笑顔でホワイトカードレシートを渡し、名誉の証で感激に震える豚を見終わる。戻って静かにカウンターに戻りあがりを頂くことにしよう。


 それを貴族がバーで酒を嗜むように緑茶を転がし匂いを楽しみながら、


「う~、マンダム……」


 勝利の一杯を飲み込む。


 心地よい空間だ、あと足りないのは音楽ぐらいだ。 




「ツゥウウウウウウウウウンンンンンンンン!!」



「ふふ……いいBGMだ、最高じゃないか……」


 デスメタルのような叫びのBGMに酔いしれていると、


「お兄ちゃん、お待たせ」


 美咲ちゃんがテトテトと戻ってきた。


「美咲ちゃん、お店をでようか。お会計はもう済ましてあるよ」

「お兄ちゃん……」


 笑顔で会話を交わす。お会計を払うのは豚野郎だがな。


「できる男になったんだね!」


 俺の言葉に美咲ちゃんは感激を受けていた。


「まかせてきらーん


 店を出ていく俺の視界に汚物が見える。テーブルで唾液を垂れ流し倒れ込んでいる豚が映ったが問題なく素通り。口からは吐しゃ物が零れ殺人事件みたいな現場になっていたな。豚足の間には食べかけの貝があったような気がする。


 犯人は大将だ、間違いない。


 俺は指紋ひとつとして残してなどいない。




「「「「田中さぁあああああああんんんんんんんん!!」」」」




 俺が店を出ると同時に甲高い騒々しい声が聞こえた。


 たまの休日も悪くない。


「また来ようね、お兄ちゃん!」

「そうだね」

「お兄ちゃんのおごりでね♪」

「………」


 意外と我が家の経理はしっかりしている。美咲ちゃんにお金の管理を任せて正解だ。俺だと散財するのが目に見えている。美咲ちゃんに貢いでしまってすっからかんになるに違いない。


「また来ようね!」


 ――だって、またとか言われたら、


「うん! また来よう!!」


 ――お兄ちゃん嬉しくてどうでも良くなる!


 美咲ちゃんがもしキャバ嬢になったら多分借金地獄になってもいいから、金を工面しまくることだろう。妹と楽しい会話をする為だったら臓器売買してもお兄ちゃん一向に構わないッ!





「お兄ちゃん……」

「みんな不幸になれ……」

「あの人、何やってるの?」


 寿司を食べ終えた、我が家までの帰り道の途中、


 黙々とポストへハガキ大の不幸の郵便物を


「全員不幸に……なれ……」


 大量にせっせと入れている者がいた。


「世界中に」


 赤いポストを前にぶつぶつ呪文を唱え目を血走ちばしらせている。


「不幸を……っ」


 狂気を纏うソイツは一般人ではない。


「―――届けてやる」


 脇にかけた鞄から郵便物を気が狂ったようにポストに押し込んでいる。


「警察に通報する?」

「見ちゃダメだよ。あれは美咲ちゃんにはまだ早い」


 明らかな不審者。かわいい美咲ちゃんの眼が汚れてしまう。


 あの汚物の正体を俺は知っている。


 投函物アレはきっと教室で作成されていたものに違いない。


「あれはピエロっていうんだ。もう少し大人になったら教えてあげるね」

「ピエロ?」


 狂気のピエロを素通りして俺たち兄妹は家路についた。


 こうして妹様感謝デェイは終わりを迎えたのである。



≪つづく≫

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