第19話 人工の波も制御できんとは

 それから俺達は普通にビーチボールで遊んだり、泳いで遊んだり、玉藻と美咲ちゃんがウォータスライダーで遊んだり、なんだかんだ都営プールを満喫していた。


 しかし、ウォータースライダーだけは玉藻がなぜか無理くりオレを押しやろうとしてきたが俺は断固拒否。何を考えてるのかわからんが唇を尖らせていたのが印象的だった。


 昼食時に玉藻がぼそぼそとその件を何か言っていたが軽く聞き流し、美咲ちゃんが玉藻を窘めていた。意外と税金を投入しているだけあって気合いの入りようが凄い。エリート官僚さまも庶民へのご接待に本気という事であろう。

 

 それで選挙の結果が変わるのであれば、まぁ玉藻のじぃちゃんであれば選挙の必要などほとんどないに等しいのだが。それでも念には念をという事であろう。


 昼飯のイカ焼きそばなども旨かった。無論、美咲ちゃんに一口食べさせその味を吸収させる。いずれ『料理界のセル』と言われる我が妹。食べるだけで味の全てを盗んで吸収してしまう。


 そんな風に和気藹々と楽しい時間を過ごしていると、


「速やかに建物から避難してください!! 繰り返します!!」


 ――どうした?


「速やかに建物から避難してください!! 繰り返します!!」


 ぶち壊すように物騒な館内放送が流れ始める。いきなり物騒な流れである。


 突然、普通の休日に不穏な影が落ちてきた。


「みなさん館内に魔物が現れました! 魔物が現れました!!」

「魔物だぁ?」

「強ちゃん、早く外にいこう!!」

「いや……」


 アナウンスに従い逃げようとする玉藻が俺の手を握ってきた。仕方なく手を引かれ力なく俺は出口に向かって引っ張られていく。周りのお客さんたちも急ぎ足で我先にと砂浜を後にしていく。


 たかだか魔物ごときでと思わんことも無いのだが、


 ――しょうがない、このまま避難するか。


 ――しかし、何かを忘れているような……はて?


 めんどくさいので俺も避難する。おまけに玉藻がこうなっているのに俺の出る幕はないというか、コイツがいると色々と厄介極まりない。どうせ、オレがやろうとすると止められるのは眼に見えている。


「お兄ちゃんすぐに荷物もって集合だからね!!」

「きょうちゃん急いでね! 荷物なんてあとででもいいから!!」


 言われるがままに急いでロッカーから荷物を取り出しにかかる。周りの大人たちも子供を急かして慌ただしい。俺は何か引っかかっていることを思い出そうとしながら、荷物を取り出してロッカーを閉めた。


「強ちゃん! こっちだよ!!」

「お兄ちゃん、ハリーアップ!!」

「おう……」


 周りとの温度差が否めない。玉藻や美咲ちゃんは他の人間たちと同じように焦っているが俺はどうでもいいと思っている。これが俺の世間とのズレである。ただズレたままではいけないと思い、俺は周りに同調する。


「みなさん館内に魔物が現れました! 魔物が現れました!!」

「みなさん館内に魔物が現れました! 魔物が現れました!!」


 ――そんなに繰り返さんでも。


「速やかに非難を!! 速やかに至急非難を!!」

「速やかに非難を!! 速やかに至急非難を!!」


 廊下までいったところで、


「必ずお連れの方がいるかどうかご確認ください!!」

「あっ、やべぇ……」

「必ずお連れの方がいるかどうかご確認ください!!」


 ――いない……お連れが。


 忘れていた物を思い出し、俺は足を止めた。


 ――だ、アレをを忘れてたんだった……。


「スマン、忘れ物した」


 ――放置したまんまだった。存在すらも忘れていた。


 良くない忘れ物だ。早く取りに戻らねば。


「なにやってんの!? お兄ちゃんッッ!!」

「玉藻、美咲ちゃん先に行ってくれ。後からすぐ行くから」

「強ちゃん忘れ物なんていいよ~! 早く外にでよう!」

「いや、ごめん。大事なものなんだ」

「まったくお兄ちゃんは……」


 俺の学校生活を一変してしまうような忘れものなんだ。


 気絶したピエロをすっかり忘れて放置していたんだから。


「わかったよ、お兄ちゃん!」

「さすが美咲ちゃん!」


 美咲ちゃんがうなずいている。


 ――さすが美咲タン。おにいタンのやりたいことがわかるんだね!


「玉藻ちゃん行こう。お兄ちゃんも早く!!」


 ――これこそ家族の絆!


「お財布とってきてね!」


 ――ピエロって財布だったっけ……まぁいいか。


「今月のおこづかいの追加は無しだからね!」


 ――どさくさ紛れにそんなー!?


 カツアゲ貯金も底をつきかけているのに厳しい経理。ただ従うしかないのが平社員の辛いところだ。過ぎ去っていく玉藻と美咲ちゃんを見届けて俺は気を引き締め直す。


「さてと、行きますか」


 美咲ちゃんが玉藻を連れて外に出て行くのを見送ったし、俺もささっと回収して外に出よう。ただ櫻井は不幸だから何が起こるのか心配だ。アイツの不幸のクラスによりけりだなと思いつつ建物の中へと戻っていく。


 ――アイツと魔物の組み合わせって、


 ――イヤな予感しかしないんだよな……。


 プールの中に戻ると案の定だった。


 いつもそうなのだ。櫻井がいるとそうなんだ。


「あぁーあ……」


 俺の忘れ物は大変なことになっていた。


 ――またか……


 予想通りの不幸が炸裂。白くてデカいイカだ。イカダではなくイカだ。人工海の水深では体が収まりきらずに足以外の上半身がほぼ地上に出てしまっている。東京ではめったにお目にかかることがないイカだ。


 ――大王イカって東京にも存在してたのか……。


 イカのデカすぎる体躯に呆けている俺の前で大きな白い悪魔にやられている被害者が意識を取り戻す。体に触手が亀甲縛りのように絡みつき、被害者はエロティックな声を出した。


「あっ……いや~ん……あかっ…あっ……アッカンーーってぇええ!!」


 ――やめろ!! 関西弁にしても二度目はギャグの鮮度が落ちるッ!!


「そこはアカンって、ほんまアカンから!」


 俺は笑うけど、他の客は笑わないかもしれない。一発ギャグというには発動時間が長いのも被害者の失態である。というか、アイツどんだけ触手でなぶられるんだよ!


「堪忍してえぇなぁああああああああ!!」


 ――コッチが堪忍して欲しいわぁあああああ!


 案の定、また海産物に触手プレイをされている親友。俺を笑わせる為だけに存在する親友、その男の名は櫻井。俺の学校生活のオアシスである。人工の砂浜でもオレを楽しませてくれる。


「イヒヒ」


 ひとしきり砂浜で腹を抱えて転げまわる。教室ではキャラを崩さぬために堪えていたがここならと解放感に俺は砂浜を転げまわって叩きつけながらも大笑いしていた。


「やめるでふよ! 櫻井を離すでふッッ!!」


 そこに響くドンッやバチッといった衝撃音。


「なにやってんだ……アイツ?」

「くっ……なかなかに強いデフ!!」


 砂浜から寝転んでみると近くで大王イカと槍を持った豚が戦っている。だが攻撃がうまく届いていない。相手は海の中心近くにいるのに砂浜にいたのではお前の豚足を使った攻撃は届かないだろう。


「サンダーボルト!! ファイアッボルト!!」


 手から魔法らしきものも飛ばしている。


 雷や火の玉が出ているが、


 ――うーん……クソ雑魚よの……。


 イカにはダメージ皆無かいむに見える。


「ごっつアカン゛って゛! もうアカ゛ン! ほん゛まアカンから゛!!」


 大王イカ様は櫻井をいじくりまわして無邪気に遊んでるように見える。っていうか、そろそろ助けなきゃ櫻井が危ない。もう長時間あえぎすぎて声がハスキーボイスになっている。


 ——しょうがねぇ……交代か。


 俺は砂浜から起き上がり動き回る豚のところまで歩いていく。背後から豚の足掻あがきをとめてやろうと肩をつかむ。しょうがねぇと目を瞑っていたのがいけなかった。


「なんでふ!?」

「イッテ……」


 その瞬間、ガンという音がした。頭に走る衝撃。顔が自然と横を向いた。声が出てしまうのは謎なのだが痛くなくてもイテと言ってしまうあの現象が起きた。




「デットエンドぅ!??」




 目玉が飛び出るくらいに驚いてる。肩を叩いて驚かせたせいか、豚の振り向きざまの槍が俺の顔面にあたった。そして、それを悟ってか豚が「あわわ」とひどく脅えている。


 ――まぁ大して痛くもないから別にいいのだけれど。


「もぅ……限界や゛……堪忍し゛てぇなぁ……ぁぁ゛ん゛」


 ――やばい声になってる……。


 コイツより今はあっちの方をなんとかしなきゃいけない、櫻井の為にも。ずっとあの掠れた声のままでもおもしろそうだけどと思いつつも助けなきゃいけない。


 ――怖がっているなら脅すしかない。


 俺はゆっくり首を戻す。


 ――近くでウロチョロされると殺しかねないからな。


 目を見開いて豚に話しかける。


「テメェはどいてろ。邪魔だ……去れ」

「ファ、ファイでふ!!」


 モヒカン軍団の調教が残っているのか敬礼する豚。


「すぐに消え失せますでふ!!」


 それを無視して、


 ――よし放牧完了。ではやりますかと。


 俺は首をコキコキして巨大な海洋生物に体を向ける。

 

 ——イカか……


 イカからしたら俺ら人間など遊び道具程度にしか見えていないようだ。櫻井を弄びながらも豚の攻撃を受けて、なおこちらをガン無視状態。相手にすらならんと思っているようだ。


 ――食料品ごときが……調子に乗りおってからに


 俺は海辺に足を入れて上半身を曲げる。片手が海面に届くように腰を曲げた状態でイカを見上げる。標的は巨大だから狙いやすいが難点がある。


 ――触手で上に浮かせられている櫻井を救出するには


 櫻井を避けなければいけない。誤爆してフレンドリーファイアをしてしまっては助けたことにならない。俺はアンダースローの構えから手の平を仰向けにしてを素早く水平に動かし振り抜く。


 ――これかな。


 水を横一文字にして弾き飛ばす。


 死亡遊戯のひとつ『水斬みずきり』。


「ホイッと、ホイ、ホイっよ」


 櫻井の位置に注意しながらすぐさま何発も放つ。


 それは、


「き、切れたでふ!! み、水のカッターやで!!」


 先に豚に解説されてしまった……。


 まぁ水というのは超高圧縮すれば大概のものは斬れる。鼻くそよりも攻撃力が高い。俺は水の刃をいくつもの角度で作り格子状にする。その水の刃は櫻井を絡めとっていた触手を狙い通り切り刻む。


 櫻井に当てないことだけには気を付けた。


 ――当たれば、ピエロの首ちょんぱしかねない。


 イカの悲鳴と共に水しぶきが上がる。ボトボトと海に落ちていく触手が波を起こす。その中でも一点を確認する。切れた触手に絡みついた櫻井が


「よしっと」


 ――櫻井の位置が遠いなー。


 宙に舞い上がっている。


 ――とりあえず忘れ物を回収しなきゃいけないし、


 取りに行くのもめんどい、あとは――


「おらっよ!」


 右足で思いっきり水を蹴っ飛ばす。


 蹴りあげた水はうねりを生み高く水の塊を作った。


 これは死亡遊戯のひとつ『水蹴みずけり』。


「つ、津波でふ!! これは津波デフ!!」


 ――豚彦摩呂ひこまろ


「海は武器の宝物庫やで。ホンマにぃいいい!!」


 ――解説に熱が入ってますよ、豚摩呂ぶたまろさん。


 補足すると大きな力で波を作っただけ。それが勝手に勢いを増して津波となるのである。異常な力のあるよい子は海で遊ぶ場合に細心の注意が必要だぞっ! 涼宮強くんからの良い子へのお願いである。 


 津波は危険だからね!


「これでいいだろう」


 その塊がイカに襲い掛かった。


 そして、櫻井にも同じく襲いかかる。


 水というものには圧力がある。それもスピードによって硬さを増す。豆腐の角で殴るに似ている。超高速で豆腐を投げつけると凶器になる。おまけにソレが大量の水となれば、その圧力は計り知れない。


 おまけに体が大きければその圧力の影響をモロに受ける。


 天井にまで届きそうな津波を喰らいイカが水に飲まれて姿を消す。


 ——やりすぎた……か?


 ドーム型市営プールの壁に津波が激突し天井がミシミシと悲鳴上げて崩落していく。


「ギャアアアア!」


 ――明後日の方から悲鳴が……。


 豚が馬鹿でかい照明の下敷きになって悲鳴をあげていた。曲線を描いた建物は強度計算があいまいなのかもしれない。それでも地震大国日本では大地震に耐えるように設計されてるはずだろうに。


 ――この程度でダメなの?


「まさか耐震偽装たいしんぎそう……っ?」


 俺は怪訝な視線で壊れる建物を眺める。崩壊する建物。巨額の税金を投入したと思われるのだが蓋を開けてみれば中抜き工事。大量の血税がどこぞの議員の懐にポストイン。


 これが世の中の恐ろしさと垣間見える瞬間。


「ん……?」


 上を見上げる俺の足に何かがぶつかった。身動き一つしていないピエロ。


 波打ち際に津波で戻ってきたイカの足と櫻井だった。


 ――死んでいるのか……。


 ヤツの青ざめた唇を見る。首を振る。


 ――人工呼吸はいらないな。


 ――だって、俺がイヤだから。気持ち悪い。


 ――ならば、とりあえず心臓マッサージだ。


「どりゃせいっ!」


 胸を思いっきりボゴッと殴ると


「かっは!!」


 ぴゅーと水を噴出して「かはっ」と声をあげた。


 ――ピエロ生きてる! 意識はないけど!


 無事を確認出来て安心した俺はピエロを両肩に抱え上げ


「回収完了ッと」


 ダイオウイカの討伐も終わり、忘れ物を回収して外を目指すのであった。







「二人ともどこにいるんだ?」


 俺が外に出ると会場から溢れかえる避難民たちのせいで二人の姿を見つけられなかった。崩れ落ちる建物を前に皆が不安な顔をしている。それは耐震偽装ですよと叫ぶことも出来たが血税とかどうでもいい。


「田中さぁん!」「まだ中に人がいるんです!」「魔物と戦ってるはずだよ!」


 どこもかしこも人が狼狽えて騒いでいる。豚の取り巻きが必死に係員に掴みかかっているが魔物はもういないのよ。豚がどこにいるのかも知らないがな。照明の下敷きになったところまでしか俺は知らない。


 建物が崩れているから大騒ぎになっているようだ。


 そんなことより二人を探さねば。


 背伸びしてひたすら首を回して見渡す。


 二人はどこにいったんだろう?


「お兄ちゃん、そのゴミ拾ってきちゃったのッッ!?」


 そんな俺の元に美咲ちゃんが慌てて駆け寄ってきた。


「ゴミじゃないよ。獲れたてのイカげそだよ。今日は海藻サラダとイカ焼きだね。またイカ焼きそばでもお兄ちゃんはいいよ♪」

「イカ焼きそばでもいいけど……海藻サラダは材料ないから出来ないよ」

「あれ?」


 ――さっき、海のもずくとか言ってなかったっけ……? 


 美咲ちゃんの視線はゲソより櫻井に向いていた気がしたが、まぁいいか。


 櫻井はそこらへんのゴミ箱に捨てて俺たちは帰路に着く。


 たまのプールもなかなかいいもんだ、悪くはなかった。


 そう思っていた、後日――


 この都営プールは封鎖された。


 どうも津波がおこり建物が半壊したらしい。


 人工の波も制御できんとは、


 情けない現代科学だ。


 波の出るプールも考えもんだなと俺は思う。




◆ ◆ ◆ ◆




「あいてて……アイツ。信じられん」


 俺はゴミ箱のカゴから身を這い出す。胸がズキズキと痛む。恋の痛みとか失恋とかの嬉恥ずかしの痛みとかではない。激痛に近い。不慮の事故とはいえ、バカ力の一発を撃ち込まれたのが効いてやがる。


 相変わらず俺は不幸だ。


「ねぇ、ママあの人」「見ちゃだめよ!」


「……」


「ゴミ箱から生まれてきたよ!!」「やめなさい!!」


 ゴミ箱から出たところを子供に指さされて、その小さな子の眼を塞ぐようにして親がどこかへ連れていく。見せんもんじゃねぇぞと思いながらも小さい子に手を振ると、俺に小さく振り返してくれた。


 ピエロだよと、


 心の中で届かない声を出しつつ見送る。


 そして俺はさっきまで居た場所を見つめる。


「これは……」


 立ち入り禁止のテープがそこら中に張り巡らされている状況だ。


 倒壊の恐れがあるから出来るだけ人払いをしてるってことか。


「都営プールはもう使いもんになんねぇな」


 それにしても魔物にやられて死んだふりをしてたら……あの野郎はいきなり心臓殴るとか頭オカシイ。臓器を真上から叩かれ心の臓が止められていたかもしれない。


 まさか心臓マッサージとかじゃなくて、


 殺しにくるとは……。


 極悪なひき逃げ犯みたいな心理だ。


 半死してるからとりあえず全殺ししておくかみたいな。


「俺じゃなきゃ死んでるぞ、アイツ……」


 いつも通りだが予想できない行動の数々に


 振り回されっぱなしだ。


 おまけに都営プールぶっ壊すし。


「とりあえず、報告入れておくか……」



≪つづく≫

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