第8話 ドンブリに広がる漢たちの戦場

 漢たちの宴が始まる。割り箸に噛みつき半分に噛み砕く。匂いを楽しむことなどせずにスープへ直行される二本の剣。勢いそのままに上に持ち上げると油の雫が飛び跳ねるが、そんなものはお構いなし。


「ズルゥウウウウ!」「ズゾォズゾォ!」「プルゥウウウウウ!」「!?」


 止まらぬ快音。一口を楽しむことも無く次の獲物を探し油の海を箸で割る。肉にしゃぶり付き野菜を噛み砕く。スープを音を立ててバキュームの様に喉に運んでいく。呼吸一つもままならぬ勢い。

 

 ――どんだけ……飢えてるのよッ!


 もはやテーブルマナーなど存在しない。戦場に綺麗も汚いもない。これは本能の成せる技だ。驚きの眼で三人を眺めるが勢いは終わりを知らない。一分一秒とて目を逸らすことを許さない戦い。油ギトギトの麺が胃の粘膜をコーティングしていく。塩分で乾く喉をさらに塩分濃度が濃いスープで潤す。


 三人とも急ぎラーメンを食していく。


 その根底にジャンクラーメンの答えがある。


 ——早く食わないと麺がスープを吸っちまう!!

 

 だからこそ三人は焦っている。ジャンクラーメンは時間との闘い。その圧倒的なまでの物量と溢れんばかりの物資。しかし、その中に隠れている最大の兵器は至ってスタンダードである。


 麺とスープこそがラーメントン次郎の真骨頂。


 おまけに胃が膨れた後では味覚が鈍る。おいしくてもキツイ戦いを強いられる。短時間による独断先行突破がカギになる。


 その一杯のドンぶりに広がるのは漢達の戦場に他ならない。


 油と塩分は抜かるんだ大地。野菜は密林のようであり山のように漢たちの戦意を削ぐ。チャーシューという分厚い障壁を要し大量の麺という兵隊たち。その兵隊も背油を身にまとい暴力を発揮する。おまけに時間が経てばたつほど奴らは強固な集団となる。


 その圧倒的なまでな相手を倒さねばならない。


 だからこそ、漢たちは本気の食欲で迎え撃つ。それは生存欲求であり原始的な欲求。食べることで強くなる。食べることで生き抜いていく。漢の本能がその濁流にのみ込まれて呼び起こされる。


 生き延びたければ食えと、箸を止めれば死ぬと、そのドンブリは漢たちを振るいにかける。軟弱者などお呼びではない。これを食せるほどの気力と体力、闘争本能を持ち合わせたものだけが食せと。


「……………」


 マナーなんて糞喰らえだ。死にたくなきゃ汚くも駆け抜けろ。醜く汚れることを恐れるなど女子供のすることだ。戦えない兵士などいらぬ。殺すか殺されるかだ。食うか食われるかだ。原始の魂を呼び起こせとラーメンは詠うのだ!

 

「あっ、野菜おいしい!」


 強がパーコー麺のトンカツを相手にして箸が取られている。揚げ物という近代兵器による肉汁の攻撃に舌を痛める。その横で櫻井はノーマルな戦場を駆け抜けて手を上げた。


「替え玉、一丁!」

「チャーシューも見た目で思ったより柔らかいですわね。もぐもぐ……ん。よく煮込まれたスペアリブのような柔らかさで染み込んでるコクもありますわ♪」


 櫻井は普通の戦場では物足りず戦い終えてもなお新しい戦場を求める。この程度の戦場ではシルバーの名が廃る。次の戦場はどこだと探し求める様に手を上げて戦意を見せつける。


「はふぅー、はふぅー」

「スープもコクがあって濃厚ですのね。見た目よりも澄んでいて透明な味がしますわ」


 一番キツイ戦場を走破しようとしている田中の呼吸が荒くなる。野菜のチョモランマを行軍した影響は大きくその食欲という足を疲弊させられた。それでも戦場はまだ続く。山を越えて進軍しようとも本丸はまだ依然とガンと構える。


 トンカツ兵器を倒した強だが腹にその銃弾の痕が生々しく残っている。


「くっ……そ!」

「お肉と野菜を食べると野菜炒めですわね。それをスープに浸して食べるとまた違った味になりますわ」


 胃がもたれるように重い。体が油と塩分の過剰摂取に持っていかれそうになる。だが残すはスープを装備した重装兵の麺。横に味玉という爆弾も設置されている。止まっていればハチの巣に撃ち抜かれるかもしれない。


 そういった思考が強に働く。その間に櫻井は次の戦場へと辿り着く。


「替え玉お待ち!」

「待ってたぜ……!」


 パラシュート部隊のように麺が残ったスープへと降下される。それが不時着し増援部隊が櫻井と対峙する。意気揚々と第一の戦場を生き残った櫻井は箸という武器を構える。だが、男は気づいていなかった。


「うぐッ……!」

「レンゲにスープとチャーシュー、麺を入れてミニラーメン風ですわ♪」


 インターバルを置いたことにより第一の戦場で受けた傷跡が大きく開いていることに。体が拒絶反応を示す。死の予兆を感じ取る。体に入った油と塩分が体内に残った銃弾の様に破裂して内臓が悲鳴を上げている。


「クッ……コロッ!」

「ごちそうさまでした」


 金髪貴族ではなく、ピエロが「くっ、殺せ!」状態である。瀕死のピエロの体を痛めつける様に油の銃を持った麺という兵士たちが襲い掛かってくる。それでもピエロは箸を片手に戦場を闘争本能で駆け抜ける。


「ここからでふね………」


 田中がようやく麺を半分まで減らすことに成功した。強も限界ギリギリながらもなんとかあと少し迄来ている。櫻井に至っては完全に分量を見積間違えて悪戦苦闘。その間にミカクロスフォードは戦場から帰還し水を口にしている。


「いくでふよぉおおお!」「しゃんぬろぉおおおおお!」「殺せるものなら殺してみろォオオオ!」


 漢たちは叫びながらも戦場に身を投じる。もうここから先は食欲を超えた何かで戦うしかない。勢いが落ちている箸で苦しそうに麺とスープと戦う。残存兵を傷ついた状態で探し続け殺し続ける。一本たりとも逃がすかと。


 だが、櫻井の箸が止まった。傷口は思ったより深く息の音が止まりそうになる。


「くそっ……もう俺はダメかもしれない……」

「何言ってんだよ、ピエロッ!?」

「そうでふ、あとちょっとでふよ! 頑張るでふッ!!」

「強……田中……」


 死にそうになるお互いを鼓舞するように声を掛け合う。櫻井を鼓舞するのは同じ戦場を駆け抜ける友の声。二人が諦めずに戦っているのであればと、武器を持つ手に力が入る。震える指でもしっかりと箸はスープという相手の装備を貫く。


「ぐぁあらぁあああああああああ!」


 櫻井は叫び声と共に捨て身の行軍を開始する。明日は何も食べられないかもしれない。それでも構わない。いまこの瞬間に全てを賭けて食事に没頭するだけだ。肌着が飛び散った背油で汚れようともお構いなし。それは戦場を駆け抜けた勲章だ。


「田中……ッ!?」


 強が目玉をひん剥いた。田中が一番苛烈な戦場を駆けていたはずなのに、その戦場は静かになっている。田中は箸を静かにテーブルに置く。その姿に強は戦慄を覚えた。


 ——田中……お前……あの軍勢を……


 目の前で見ていたからこそわかる。力量の違いを嫌というほど思い知らされる。自分が戦った戦場が生ぬるく見える。ヤツの戦場は生還不可能だったはず。


 ——アレを全軍掃討したっていうのかッ!


 だが、戦場はもぬけの殻だ。どんぶりにはスープしか残っていない。プラチナとシルバーの戦闘能力の差は歴然だった。強や櫻井が挑めばチョモランマとチャーシュー城門で殺されていたであろう。


「なにッ!?」


 だが、強の予想を遥かに田中は超えてくる。


 ヤツはどんぶりを両手で掴み戦場に残る大地すらも消失させるつもりらしい。そのふくよかな体は原子爆弾のようにFATだ。滝の様に流れ出る汗と流れ込むスープ。敵軍の戦力を根絶やしにするような暴挙。終戦宣言などさせるつもりはない。完膚なきまでに叩き潰す。草の根ひとつ残さずこの世から抹消してやると強い意志が見える。


「げぇっぷ……」

「……トン次郎相手に……か、完全勝利しやがった……」


 驚愕の光景。トン次郎でドンブリの底が見えるなどありえない。起きていることが信じられない。そんなことを出来るのは人間ではなく死神だ。戦場を掛ける一騎当千の豚神様ぶたがみさまのみ。


 ドンブリを覗いてる強に強気な視線が送られる。それはプラチナからの招待状ともとれる。


「涼宮、箸を止めてると死ぬでふよ?」

「い、イエッサー!」


 動きを止めると死ぬ。人の戦場に見とれている様ではまだまだだと。強と櫻井は戦い続ける。己が全霊をかけて漢を示すために。


「はい、田中さん。お水ですわ」

「ありがとうでふ」



《つづく》

 

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