第7話 漢たちの賛歌の始まり

 ミカクロスフォードはまだそこで何をしでかしたのが分かっていない。


 周りの常連客達を見れば一目でわかったはずなのに。苦しそうに天を見上げて白い息を吐いている。ふくよかな腹が膨張してワイシャツのボタンが弾けそうになっている。額から汗が止まらない。それが油なのか純粋な汗なのかも判別は不可能。


 そもそも『ジャンク系ラーメン』というジャンルを知らないが故の愚行。


 それはオトコの食べ物。風貌など気にせずにこれでもかと油と塩分で装飾された雑多。見た目で勝負などしていない。それは豚の餌と称される時もあるほどに汚くなることもある。どんぶりなど油まみれで手が滑る。


 それでも漢たちを引き付けてやまないモノがソコにはある。


 幼子や女子などお呼びではないと言わんばかり。ここは漢たちの戦場に他ならない。生ぬるい思想など捨ておけ。『食』とは欲求。食べることは生きること。これは生存本能による戦いの場。


 『転生したら悲しいことにオークだった』という悲しい異世界転生者である、店主は想いを語る。


【本当に大事なのモノは見た目じゃない。味わってみないとわからない良さってもんがある。見た目や匂いで敬遠する奴はウチの店にはいらない。本物が分かるヤツだけで俺はいい。うちのラーメンを真に食いたいヤツだけ来ればいい】


 まさに漢のコメントである。店を始めた時は揶揄されることもあった。店主がオークであることからゲテモノ料理として扱われることもあった。臭すぎるから閉店しろと住民から抗議されることもあった。インスタなどのSNSで豚の餌といわれることもあった。


 それでも彼は信念を曲げなかった。 


 ひたすら味だけにこだわった。ひたすら漢だけが望む形をラーメンという食べ物に追及した。そこに使用されるものは天然素材。純粋な地下水を樹木でろ過した透明な天然水。オークの躯をこれでもかと煮込んだ豚骨スープ。鶏の卵は専属農家からの仕入れによる無農薬及びストレスフリーで育てたもの。ラードは鹿児島産の黒豚のみ。麺は朝一番で打った卵入りの自家製麺。


「へい、お待ち」 

 

 その彼の人生をかけた逸品が強たちの前に並んだ。強の前へパーコー麺が出され、櫻井の前にシンプルなラーメンが出されている。


 しかし、田中とミカクロスフォードに出されたモノは違う。


 『THE トン次郎』といわんばかりの景色。


 これでもかと野菜が天を貫く山の様にそびえ立つ。スープが見えない程に浮かんでいるラード。一センチを超えようかという厚みのチャーシュー。そしてアクセントに一本分のナルトとニンニク。細切れの炒めた豚肉もゴロゴロと転がっている。


 麺を完全に隠しどんぶりから零れ落ちそうになる具材。


「うわっ……これは……」


 何も知らぬ金髪は思ったことに言葉を零す。その瞬間に店主の目が光る。あぁ、コイツも分からぬ女に違いない。見た目からしてふざけている。高校生の癖に金髪ドリルツインテールなどチャラチャラしている。おまけに隠し切れない爆乳。


 けしからん奴だと店主は思った。


「盛り付けがきたないにも程がありますわ………」


 店主の胸がグサッと痛んだ。分かっていても直にお客様の声を聴くとキツイ。従業員もギリギリに近いなかで切り盛りしている。盛り付けなどやっている時間などない。ここの客が求めているのはそういうものではない。


 そう、心にいい聞かせながらも迷いはある。

 

 本当にこれでいいのかという葛藤は創作に付き物だ。それでもコレで俺はやってきたのだと信念を貫くように店主は負けじと首を横に振って、屋台を引いてその場をそそくさと後にしようとした。


 その時だった――。


「おい、ホルスタイン言っていいことと悪いことがあるぞ……」


 タンクトップの漢が怒りを露わにしている。曲がりなりにも一流の料理を味わい尽くしてきた強だからこそ、その発言を良しとしない。料理を作っているのは美咲ちゃんである。


「そうでふよ、ミカたん。取り消して欲しでふ」

「えっ……」


 店主は振り返る。そこにいる高校生たちは思っていたのと違った。高貴な女子に見せびらかす様にこのラーメン屋に来たのだと。そして、店主は思い出す。


 彼らが出したカードのことを。


 その中に一枚だけあったプラチナカード。


「ミカクロスフォード、俺もお前に問おう。お前は田中を外見で好きになったのか?」

「な、なんですの!? 急に!!」

「いいから答えろ!」

 

 漢たちは真剣な眼で金髪貴族の罪を罰す。忘れてはいけない。この物語は普通に男女がキャッキャッと戯れるような薄味のラブコメではない。女であろうが容赦なく罵倒するハートフルボッコラブコメ。好感度なんて糞喰らえだ。


 相手が貴族であろうが爆乳優等生であろうが関係ねぇッ!


「いや……そうではありませんわ。優しい所とか意外と頼りになるところとか……時折見せる男らしさとか色々ありますわ………」


 本人が横にいることで金髪貴族は照れくさそうにモジモジしながら田中への想いを吐露する。だが恋愛なぞどこぞ犬に出も食わせとけの最強と最狂は逃がさない。


「そうだ。それが無くして料理とは呼べないんだ!!」

「ホルスタイン、本当に大事なモンは見た目じゃなくて味だろ! 見た目で選ぶなんて尻軽も尻軽だ! お前は底抜けな尻軽女だ!」

「強ちゃん言いすぎだ! しかし、相手のことを思い込みで決めつけるのは最低な行為だぞ!」

「…………なッ!」


 店主の瞳が潤む。そこまで熱く自分のラーメンを愛してくれているのかと。騒がしさに常連たちも耳を傾ける。場違いない金髪貴族を正す常連たちの想いを言葉にしている仲間の元に。


「そうでふよ、ミカたん。涼宮と櫻井の言う通りでふ。この一杯には店主の想いが、かけてきた人生が、この小さなドンぶりという世界に全て込められているんでふ!」

「………」

「それをしょくしもせずに罵倒するなんて無礼にもほどがあるデフ! おまけに店長が前にいる状況にもかかわらずあの台詞はないでふ!!」

「……ごめんなさい」


 いつも優しい田中があまりに強く怒るものだから、ミカクロスフォードは涙目になった。店主は頭につけていた手ぬぐいを外しそっと眼に近づけた。ああ、進んできた道は間違いでなかったと。


 ネットで叩かれた辛い時を経験してようやっと二号店まで出すことができた。

 

 それもこれもトン次郎を愛してくれる常連たちのおかげである。他の常連たちも横でコクコクと頷いて賛同する。謎の空気に包まれている店内で田中がそっとミカクロスフォードの前のドンブリを彼女の近くに運んだ。


「食べてから文句をいうでふ」

「………わかりましたわ!」


 その場の空気に流されてミカクロスフォードはやる気に満ちた。常連たちもふっとキザに笑って自分の食事に戻る。そして強たちも自分の前のドンぶりに意識を集中し始めた。


「では、ミカたん。僕の動きと言葉に合わせるでふ」

「へっ……わかりました」

 

 そして、本当の戦いが始まるのこれからだ。田中は親指と人差し指の間に割りばしを挟んで合掌する。その動きに合わせて強たちも同じ動作をする。いきなり始まった儀式に貴族は慌てながらもついていく。


「いざ尋常に……」

「「いざ尋常に!」」

「いざっ!? 尋常に??」


 謎の儀式に困惑するが田中達の精神はかつてない程に集中されている。戦場に望む漢たちの目は険しい。またもや貴族は置いてけぼりである。それゆえの初見殺し。


「「「頂きます!」」」


 三人の号令に遅れてミカクロスフォードは慌てて「い、ただきます!」と続くが、その瞬間に戦闘が始まる。それは金髪貴族を置いてけぼりにした漢たちの賛歌の始まり。


《つづく》

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