第6話 最上級に近い魔法
四人は樹で出来た天然のテーブルに着き、ミカクロスフォードは田中の隣に座った。ミカクロスフォードは洞窟に広がる緑の景色を見渡し一言呟く。
「意外と悪くないかもしれませんね……」
そう言ってられるのも今の内だということを彼女は知らない。
だが、一時それを忘れさせるような店内。
新宿という大都会の地下に広がる自然であり天然の空間。大きな洞窟にある休憩スポットのような場所。家具も天然の樹木。根っこがベンチの代わりになり、テーブルは不思議な形の木。頂上が四角形になりテーブルの役割をしている。
「とりあえず水でも飲むか」
強が席を立ちあがり景色の中にある樹木へと進んでいく。
枝にかけられている木のコップを四つ手に取り、そばに在る樹木の枝を掴んで目の前に降ろしてきた。そして、枝の端にコップを近づける。
「涼宮は何をしてますの?」
「トン次郎ではほぼ全てが天然素材なんでふよ。だから水もああやって汲むでふ」
「天然のろ過水ってところだな」
「天然……?」
強が力を入れて絞ると枝の先から水が零れ落ちてくる。枝の先が蛇口の代わりとなりそこから水を取っている光景に目を丸くする。ドリンクサーバーなどは無く、全てが成り行き任せのトン次郎仕様である。
「ほらよ」
「ありがとう……」
緑が広がり天然の樹木が洞穴を支えている自然の空間。コケの絨毯の踏み心地はフカフカしており何とな空気も澄んでいる。滝の音が遠くからかすかに聞こえる天然のBGM。貴族はツッコミ疲れて枯れた喉に水を運ぶ。
「これ、おいしいですわ!」
「当たり前だろ。天然水だぞ……」
「でも、単なる水なんですよね!」
「ミカクロスフォード、驚きすぎだって。けど、樹木の中を通っているから自然と不純物がカットされて水本来の甘さが引き立ってるのはあるかもしれないけどな。おまけに地下水だし」
「そうでふ、トン次郎はあらゆるものが天然素材でふからね」
あまりの水のおいしさに不思議そうにコップを眺める。これほど透き通った水を飲んだことがなかった。おまけに冬の寒さで冷えている水はどこまでも体に染み渡る。
——意外と悪くないです……こういうのも。
知らなかった世界に目を向けてミカクロスフォードは充足を得る。落ち着いた空間で身を任せる様に心を落ち着かせて一息ついた。最初は訳も分からないと思っていたが意外とこういうのも悪くないと思える。
——澄んだ空気においしい水。自然に囲まれたラーメン屋さん。いいかもしれませんわね。
穏やかな微笑みが零れる程に満足感を覚える。もはや嗅覚がマヒしていることす忘れている。人間は臭いに慣れてしまう。10分も過ごせば不思議と鼻が異臭に順応してカットしてしまうのである。
トイレで用を足している時に何も感じないが、戻ってくるとすごく臭い理論。
「なにか心地いい音が聞こえますわね……」
そうこう景色を楽しんでいると風鈴の音が遠くから強たちの元へと向かってくる。黄色の暖簾に赤文字で『トン次郎』と書いてある屋台が近づいて来る。赤い提灯で照らされた道を風景に溶け込むように一台の屋台。
ミカクロスフォードがうっとりしているが、強たちの顔が強張る。
戦場の始まり――その時が到来したのだと。
強たちの前に屋台が止まり暖簾から不気味な顔が顔を覗かせる。それは人の顔ではない。人面に近いようであるがフォルムが完全に豚である。屋台から突起してキタナイ豚鼻が姿を覗かせている。
「ヴェッヘッヘッ」
「魔物ッ!?」
薄汚い嗤い声にミカクロスフォードは慌てて席を立ち上がる。一瞬で飛び跳ねて距離を取り太ももからロッドを取り出し身構える。いきなりの襲来に備える。
——なんでここに、オークがッ!?
そこにいたのは完全に化け物。屋台に人間のフリをした魔物がいる。田中達に視線を映すがオークを睨みつけて固まっている。一触即発の空気を醸し出している。オークといえば女性の敵に近い。おまけに奴らはエルフや姫を好む性癖がある。
——その頭に風穴を開けてやりますわ!
詠唱の準備に取り掛かろうとした時だった。
「やめるでふよ、ミカたん!」
「えっ……田中さん……」
田中が店主を睨みつけながらもミカクロスフォードを声で制止する。何やら強達も早く席に着けと手でジェスチャーをしている。訳も分からずに元いた席へ戻るしかない状況にミカクロスフォードしぶしぶと従った。
「ふごッ! ふごッ!」
席に着くと何やらキタナイ体液を飛び散らせながらオークは餌付いている。気持ちが悪いことこの上ない。ミカクロスフォード、イヤそうに瞳を歪ませる。そして、テーブルの空気は以前変わらない。
妙な緊張感を保っている。わずかに強と櫻井は呼吸を荒げている。田中に至っては目がキリっとしている。そしてミカクロスフォードは思い出す。ここは何が起きてもおかしくない店、トン次郎だということを。
田中の口が僅かに震えながらも動き出す。ミカクロスフォードは警戒を最大限にあげる。何かが始まる予感がする。
「チャーチャーメンでメンカタバリバリロックンロール、油マシマシギッチョンギッチョン、しとぴっちゃんしとぴっちゃん!」
「へっ……?」
謎の詠唱が始まったがミカクロスフォードは聞いたことも無い。謎の呪文が高速で詠唱されている。
「野菜マシュマロマシマロチョモランマ、ヤキヤキのミソヤキ、シバヤキ、トウバンヤキ!! セアブラカタブラ、コテコテ、イマハン、コルステロール!!」
「………………」
ミカクロスフォードが言葉を失っている横で強と櫻井の表情が強張る。田中の高速詠唱が凄すぎる。何を言っているのかシルバーレベルでは聞き取れない。
「ニンニク、ニクニク、ガーリック! おまけにニンニク、ニクニク、コガシコガシ!! カラメマシマシ、コイマシマシ! ナルトはロールン、ロールン、イッポンローリング!!」
呪文が長い。ミカクロスフォードは何が起きたかも分からない。だが強たちは「クッ!」と何かダメージを受けている。汗をかきはじめた田中がひと呼吸間を置いた。
そして、気合を入れて終わりの呪文を唱える。
「ラミレス、ラミレス、クロルゥルルルゥー!」
「………………」
貴族には一体何が起きてるのかも分からない。
横で好きな人が謎の魔法を唱え終えた。要約すると『チャーシュー麺バリ固、油超絶多め、野菜は最大級山盛りで良く焼いてね。コレステロール値とか気にしないので背油はこれでもかってぐらいで。ニンニクは二種類。焦がしと普通の両方で。カラメも入れてください、ナルトは一本』ということである。
どちらにせよ長い注文である。
「これを頼むでふよ……」
「アブ」
田中のプラチナカードに目を通したオークは静かにカードを返却。次はと強張っている強たちへ目線を向けるオーク。強が鼻で呼吸を大きく吸い込んだ。
「ハイー、メン。パーコートピーコーデ、ハヤシヤマンタン!」
何かとてつもなく緊張している様子。ミカクロスフォードはただ黙って静かに見守る。
「アブラマシ、カラメアリ。ニンニクイノキ!」
田中に比べると呪文の量が少ない。おまけにキレも足りていない。
「ナルトカイキョウウミビラキ……」
そして、強は目を閉じて呼吸をした。
「ラミレス、ラミレス、クロルゥルルルゥー!」
謎の巻き舌で注文を終えた。そして恥ずかしそうにシルバーカードを提示する。オークは小さく頷き分かったというように強へカードを返した。続いて櫻井だ。ピエロは自信満々な顔を亭主に送る。
「メン、ニンニク、油ナシ、野菜まし」
何か他の二人とは呪文が違う。ミカクロスフォードはもうすでに注文システムの崩壊を悟って呆れている。
「ラミレス、ラミレス、クロルゥルルルゥー」
そして、カードを店主に差し出すが店主は横に首を振った。
「なに……ッ!?」「注文に気持ちが籠ってないでふよッ!」「店主に失礼だろうがッ!!」「ワンモア―でふよ!」「クッ……」
櫻井は悔しそうに唇を噛む。もう一度呪文を言う苦痛は計り知れない。
「メーン、ニンニク、油ナシ、ヤサイマシ……ラミレス、ラミレス、クロルゥルルルゥー」
優しくゆっくりと発音するが店主は頑なに首を縦に振らない。呪文が間違っているのだ。これは譲れないと言わんばかりに店主は首を振らない。プラチナ田中が助け舟を出す。
「ニンニク、油なしではダメでふ! ニンニクナイ、油ナシナシ、ナイチンゲールさんでふ!」
「くそっ……」
「うわー、恥ずかしい。シルバーの癖に知ったかぶりかよ」
「ネットにこう書いてあったんだ!」
「ネットを信じたらダメでふよ! そこらへんの認識が櫻井は甘いからシルバーなんでふ!」
「…………」
なにやら、また男達は白熱している。ミカクロスフォードはやはりトン次郎だったと小さくため息をついた。櫻井が田中にネットの嘘の書き込みもあることを解かれ再チャレンジしてやっとのことで注文が通る。
そして、いよいよミカクロスフォードの番がきた。
店主の目が一人の金髪ワイシャツ爆乳に向いた。
「
「………ブブッ」
店主は首を横に振った。それは注文ではないと。言わせる気だ。呪文を唱えねば許されない。ここは頑固な店主がいる店、トン次郎一号店である。
「ハァー……」
ミカクロスフォードは気だるそうに首を鳴らした。何が悲しくて意味不明な言葉を唱えるのかと。覚えているものを唱えるしかない。
「チャーチャーメンでメンカタバリバリロックンロール、油マシマシギッチョンギッチョン、しとぴっちゃんしとぴっちゃん。野菜マシュマロマシマロチョモランマ、ヤキヤキのミソヤキ、シバヤキ、トウバンヤキ。セアブラカタブラ、コテコテ、イマハン、コルステロール。ニンニク、ニクニク、ガーリック。おまけにニンニク、ニクニク、コガシコガシ。カラメマシマシ、コイマシマシ。ナルトはロールン、ロールン、イッポンローリング」
一言一句間違えずに金髪貴族はドリルツインテールを弾き、ドヤと見せつけて終える。
「ラミレス、ラミレス、クロルゥルルルゥー」
店主は静かに縦に頷いてその場を離れていった。
「ミカクロスフォード……お前」「ホルスタイン………」
嫌気がさしている状態に驚愕の二人の顔が映る。ウザイ。せっかくイイ気分だったのに台無しにされた気分だ。
「何よ?」
二人の男は強気な女を前に「終わった………」と彼女の終わりを告げた。
彼女はやってしまった。
トン次郎初見でありながら最上級に近い魔法を唱えたことをミカクロスフォードはまだ知らない。
《つづく》
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