第5話 下々を感じさせる荒くれ者たちの憩いの場
「この廊下はどこまで続きますの?」
「ホルスタイン、これはまだまだ続くぞー」
「なんでこんなに廊下が長いのよ……」
「ミカクロスフォード、それはだな。トン次郎の異臭があまりにきつ過ぎる為にだ」
「異臭って……そういえば長時間嗅いだせいか、いつの間にかこの臭いにも慣れてしまいしたわ」
更衣室を抜けて四人は長い廊下を歩いていく。店内から地下に潜りさらに五分ほど歩いている状態。それにワイシャツ姿のミカクロスフォードは辺りをキョロキョロしながら歩く。常連である三人は肌着に近い服装である。
トン次郎の臭いは強烈過ぎるが為に地下での営業を余儀なくされている。
店先ですら普通の人間では鼻が曲がりそうなほどに獣臭い。
だからこその地下食堂なのである。ダンジョン風な廊下を抜けていけばその店内に辿り着くことが出来る。三人の食をつかさどる内臓が反応しだす。過去に味わった記憶が男達の気配を変えていく。胃と腸が動き出し唾液が口から零れ落ちそうになっている。
「久々のトン次郎で……俺はもうヤバい……禁断症状が出ちまいそうだ!」「あとちょっとだな、強ちゃん! 俺も胃がグルグル鳴ってやがる!」「さっきのスクラムでお腹は空いてるから、状態は万全でふよ!」「………」
横で見ているミカクロスフォードからすれば薬物依存症のような男ども。
『うめぇ! 堪らねぇ!!』『アッアラ、トン次郎!』『ベリデリ、アゲリシャス!』『アブ、アブ!』
呆れている金髪貴族の耳にやがて騒がしい音が聞こえ始める。出口の先からハッキリと聞こえてくる男達の歓喜。スープ―を汚くすする音。激しい息遣い。合間で大きく呼吸するように響く吐息。ガチャガチャと食器が当たる様な音。
どれもこれも貴族の耳に堪えないものばかり。
——どうなってんのよ……この店?
これでもかと下品な雰囲気を感じ取りながらも、ここまで来たのであればと腹をくくり進む。廊下を抜けた先にミカクロスフォードの視界が開けた。口から出た言葉は想像とは逆の言葉だった。
「……すごい」
地下空洞のように広がる空間。床はコケで出来た絨毯。樹木の椅子とテーブル。中にはごった返すような人。天然で出来ている飲食店。赤い提灯が幻想的に灯っている。その空間の真ん中にポツンと屋台が佇んでいる。
「まるで異世界食堂ですわ……」
想像を超えることばかりのラーメン店。貴族はもっと小汚いものをイメージしていたがファンタジーな景色。想像と違うことに目を奪われていた。
その時だった、
——なんですの!?
ミカクロスフォードの体がプレッシャーを感じとる。
「なに、今の……なんなのよ……」
身の毛もよだつような戦場の空気だった。それはほんの一瞬だった。
ミカクロスフォードに気づかれずに常連たちの見極めが行われた。場違いな貴族が入店したことによる品定め。ビールを片手にしたスーツをきたサラリーマン。作業着を着ているドワーフ。ロックミュージシャンのような格好の獣人。
それら全ての視線が一瞬だけ自分に向いていた。
謎の洗礼に挙動を大きくする貴族の横で強が気合を漲らせる。
「どいつもこいつも、トン次郎な顔をしてやがるぜ!」「まぁプラチナの僕に比べれば大したことないでふよ」「ミカクロスフォードのことを見てたんだろうぜ。トン次郎に似つかわしくねぇからな」
相変わらずの謎テンションを貫く男達にミカクロスフォードは眉を顰める。何かがオカシイことは以前変わらない。どうにもトン次郎は今までいった飲食店の範疇を超えている。終始なにが起きてるのかを理解するのには持っている情報が少なすぎる。
「じゃあ、みんな僕に離れず着いてくるでふよ!」
その中を颯爽と田中が先陣をきって歩いていく。強と櫻井も郷に入っては郷に従えと言わんばかりにプラチナである田中のあとを出来の悪い子分のようについていく。
ミカクロスフォードはもうなすがままに身を預ける様にコケの絨毯の上を歩いていく。テーブルを通り過ぎるとちらりと視線が自分に向けられるのを感じるのが居心地が悪い。そして、店内の状況に気づいた。
——このお店……
入った瞬間に気づいてもおかしくなかったが、やたらに見られていることでようやく気付く。
——店内に女性の姿がありませんわ……。
「あの田中さん……」
「ミカたん、離れずに着いてくるでふよ!」
「は、はい……」
不安を消す様にそそくさと田中の横に連れ添うように強たちを追い抜いてついていく。どうにも向けられている視線に淫猥なものを感じざるえない。おまけに今はワイシャツであり、ご自慢のHカップ爆乳が強調されている状況。
くたびれた中年共の視線が集まらないわけがない。
ここにいるは
新宿トン次郎一号店である。
《つづく》
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