第4話 置いてけぼりの金髪貴族

 行列に並ぶ金髪貴族は明らかに場違いな空気に包まれていた。


 ——たかが……ラーメンですのに……。


 そして、若干むくれていた。その姿に常連たちが落胆を示している。


 ——他がよかった……なによ、このチョイス。


 彼女にとってこれはハーレム軍団から抜けるためのチャンス。ミカクロスフォードが想像していたのはファミレスなどの洋食形式。普通学生の帰り道といえばそれが定番である。彼女は何一つ間違ってなどいない。四人掛けの席で談話をしながら、好きな人を交えてワイワイしたかっただけだ。食事が終わっても、ダラダラと時間を過ごしてドリンクバーを飲んでおしゃべりしたかった。


 あわよくば、田中の隣の席に座り彼女的ポジションをミキフォリオ達に秘密で堪能しようと思っていたのに。二人掛けのソファーで一緒に座りたかったのに。


 それなのに連れてこられたのは、なぜか男臭いジャンクラーメン屋。


 ——これも全部……アイツらのせいですわッ!

 

 その視線が行く先で男達三人がスクラムを組んで準備運動をしている。


「プラチナ田中! 押しがよえぇぞ!」「くそ……シルバー涼宮は強いでふね!!」「強ちゃんと田中痛い! 押しつぶされるぅうう!」


 強と田中が組んでいる間に櫻井が押しつぶされている光景。男達は実にはしゃいで楽しそうだ。それを前にミカクロスフォードは夢と現実の違いを思い知る。こんなはずではなかった。


 高校生の女子が過ごす放課後としてはヘヴィー過ぎる疎外感。


 ——この二人に店を選ばせたことが間違いだった……ッ!


 悔しくて唇を噛みしめたくもなる。完全に女子として扱われていないし、男達は意気投合してバカ騒ぎ状態。完全に貴族一人だけが置いてけぼりである。平民の蚊帳の外。


 そして、行列がドンドンと進み暖簾の下をくぐり彼女は異世界を目にする。


「なんですの……ここは?」


 普通のラーメン屋とトン次郎を一緒にしてはいけない。ここはジャンクの王様といっても過言ではない。店内の仕組みを理解していない新参者には容赦のない洗礼を浴びせてくる。


 なぜか、目の前に立ち並ぶロッカーの列。


「ひゃっほー、オレ三番ゲット!」「涼宮ずるいでふ!」「空いてるの四と五と九か……」「じゃあ、僕は五番でふ」「残りは五と九か……」「五番は僕でふよッ!」


 男達のテンションは一人の金髪ドリルツインテールの美女をほったらかしにしてMAX。みんなでいるときの疎外感。それにミカクロスフォードはちょっとだけ泣きたくなった。こんなはずじゃなかったのにと心から思った。


「何してんだよ、ホルスタイン?」

「……」

「ミカたん?」

「田中さんの……バカ……」


 ミカクロスフォードの拗ねた口調でやっと気づく。


「……田中。お前ちゃんとエスコートしてやれよ!」


 あまりに可哀そうな状態のミカクロスフォードに気づいた櫻井がすかさず田中を叱咤。ここでようやく一人だけ置いてけぼりになっている状態に気づく無能な男達。


「ミカたん、ごめんでふよ!」

「……もう知りませんわ……私抜きで楽しめばいいじゃないですか……」


 プイっと明後日を向く。完全に姫様のご機嫌は損ねられていた。


「この五番のロッカーを使っていいでふからッ!」

「——ッ!?」


 田中の発言に櫻井の顔が歪む。強はコートとブレザーを脱いでロッカーにもう制服をしまいだしている状況。このロッカー選びは彼らにとって重要なものとなる。


「そもそもこのロッカーはなんですの……?」


 ミカクロスフォードの言葉にいつもの勢いはない。むしろいきなり五番とか言われても何も嬉しくもない。初見殺しと呼ばれるトン次郎には今のところ不快感しかない。


「ここは脂と臭いがスゴイでふから、ブレザーを来ていると翌日トン次郎バレしてしまんでふよ」

「……」


 目を細めて発言を受け止める。バレてどうなるのかも分からない。おまけにブレザーを脱ぐとかちょっと女子的にNGラインギリギリである。


「そうだ、ミカクロスフォード。田中の言う通りでトン次郎では洋服が背油で死ぬからワイシャツになったほうがいいぞ」

「……」


 ——それはなんの……嫌がらせですのよ……。


 もはや、フォローするがトン次郎の評価は駄々下がりである。帰らなかったことを後悔している金髪貴族を前にタンクトップ姿の強が前に出る。


「早く着替えないとトン次郎に失礼だぞ」

「誰よ……ソイツ」

「誰といわれると……店だな」


 強はワクワクしているせいかミカクロスフォードに強く絡んでいかない。


「それより五番とかいいポジション貰ってんだから、早く脱げよ」

「……ハァー……わかりましたわ」


 そして、五番のロッカーにコートとブレザーを脱いでミカクロスフォードがかけ始めるが、その横で醜い争いが生まれる。


「田中、お前は四番行けよ!」「あそこは死の四番でふよ、無理でふ!」「お前、曲がりなりにもプラチナ戦士だろうがッ!!」「櫻井とか四番が良く似合うでふよ!」「お前はッ……言うようになったな!!」「シルバーはプラチナに譲るのが道理でふよ!!」


 それを横目で見る金髪貴族。この店は一部始終がオカシイことだらけである。その光景に金髪貴族はぼやくことしか出来ない。


「なにやってますの……あれは?」

「トン次郎に於いてロッカーの番号は重要だからな」

「何がですの?」

「キタナイロッカーと綺麗なロッカーの差が激しいんだ。臭いロッカーと綺麗なロッカーの差が。消臭剤が置いてあるロッカーと無いロッカーでもある」

「………………」


 金髪貴族は思った。もう一層この世からこの店が無くなってしまえばいいのにと。店内及び店外が異臭な上に消臭剤が無いロッカーがあり、洋服が死ぬとか言われる店を女子は本気で嫌うことこの上ない。


 おまけにそれが貴族とあれば尚更である。


 そして、まだ続く醜い豚とピエロの争いをいさめる様に暴君が裁定を下す。


「もう櫻井が四番で決定」「なんで!?」「田中の言う通り、お前の顔が四番っぽいから」「やったでふッ!」「キタねぇぞ、田中! そこは俺のロッカーだ!!」

「違う、お前のロッカーはこっちのキタねぇロッカーだ」「強ちゃん、非道過ぎるわ!」「櫻井、早くしねぇと店追い出されるぞ!」「くっ……!」

 

 ミカクロスフォードは一人ため息をつく。


 こっちの世界のことをまだまだ自分は知らないことばかりなのだと。


 そして、金髪貴族はこの店でこの世が地獄であると理解することになる。



《つづく》

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