第3話 いいパーティだったよな、俺たち

 俺たち一行はラーメンを食べるべく新宿までくり出した。そこは俺と強が一時期通い詰めていたラーメン屋。黄色いに赤い文字でシンプルさが男心をくすぐる暖簾。


 その店の行列を前にして、なぜか田中の眼つきが鋭くなっている。


「二人とも……新宿のトン次郎一号店を知っているとは中々やるでふね……」


 俺と強は鼻でふっと笑って当然だろと返す。


 トン次郎は一元さんお断りのような店。知る人ぞ知る注文の仕方があるからこそ素人では痛い目を見る。もはやアレは呪文に匹敵する。事前に知らないで単独で望もうなどとすれば、殺気を乗せた冷たい視線を店員と常連、店中から浴びさせられるハードルの高いラーメン店。


「ちょっと……スゴイ臭いがするんですけど……何の臭いよ?」


 ミカクロスフォードが鼻をつまんでいる。俺たちはその姿にやれやれと一息つく。この豚骨のベースのジャンクな香りは貴族様にはキツかったかと。このオトコ臭さは高貴な者に理解できまい。そして、この臭いすら楽しめないとはまだ異世界が抜けきっていない証拠だ。


「この匂いを嗅いで食欲がわかないとはマダマダこっちを知らないな、ミカクロスフォードも」

「家畜に食わせるにはトン次郎は上等すぎてまだ早かったな……」

「ちょっと涼宮言い過ぎよ! くっ……くさ!」


 強のあまりのキツイ毒舌に反論をかまそうとしたが、トン次郎臭にミカクロスフォードの言葉は勢いを失くしている。俺はそんな臭く感じない。むしろ内なる男が目覚める感覚がある。そう、貪りつきたくなるような欲求を起こさせるジャンクな香りとでも表現したほうがいいだろう。


「本当にこれは人が食べる食べ物の臭いなんですの……」

「ミカたん、ここは戦場でふよ。気を抜いたら死ぬでふ」

「田中さん……死ぬって?」


 田中のつぶらな瞳がいつになく鋭い。トン次郎を戦場と分かっているということは、多分こいつは出来る。俺と強の視線が田中を試す様に向けられる。俺と強もここで何度も死にかけながら成長してきた。俺たちは財布からそっと勲章を取り出す。


「強、先に出しておいた方がいいな」

「そうだな、櫻井」

「それはシルバーカードでふかッ!」


 銀色のカードを手に持ち俺たちは勝ち誇る。並んでいる常連客共からも「やるな」といった声が上がっている。これはトン次郎で幾度となく戦い抜いたライセンスカード。その色だけでどれだけのトン次郎通かを誇示することができる。異世界でのギルドカードにも似た証明書。


「まぁ、二人ともそこそこやるようで安心したでふ……けど、まだまだでふね」


 田中が俺たちのシルバカードをあざ笑うように分厚い財布に手を伸ばした。その瞬間に俺と強にイヤな寒気が走る。


「「なに……ッ!」」


 全国のトン次郎で発行されているシルバカードの枚数は200枚に届いていない。本当に死に物狂いで通い詰めなければここまで届くはずもない。それを超えてきそうな気配が田中にはある。この自信に満ち溢れたトン次郎ボディが何よりの証に見えてしまっている。


 田中は自慢げにトン次郎のカードを俺たちへと見せつけた。


「「それはプラチナカードッ!」」


 俺と強の目がこれでもかと見開く。並んでいる客たちもプラチナという言葉に反応して「えっ!!」とギョッとした反応で田中のカードに目を向けた。正直負けることはないと思っていたが……田中がここまでやるとは予想外だった! 度肝を抜かれたぜ!!


 俺と強はその神々しさに負けそうになりながらも額の汗を拭きとって田中に強がりを返すのが精いっぱいだった。


「まさか田中がプラチナ戦士だったとは……やられたぜ」

「やるな……田中。さすが俺が認めた男だッ!」

「二人とも高校二年生でシルバーも中々でふよ……まぁ精進することでふ」

 

 圧倒的な実力者からの賛辞に俺と強はやられたと思った。俺たちを超えてくる奴がいるなんて思いもしなかった。やはり見た目はあれだが実力は確かだ。この世に十枚存在するかどうかのトン次郎プラチナカードを持っているとは。


「いったい……何をやってますの? いい年してカードゲームですの?」


 迂闊な発言に俺たち含め行列の常連たちの殺気が一人の鼻をつまんでいる貴族に放たれる。仲間である俺達すら呆れてしまう発言だ。常連からすれば追い返したい想いでいっぱいだろう。


 常連たちの想いを代表するように強が前に出て口にする。


「お前、そんな覚悟も無しでトン次郎に来て恥ずかしくないのかッ!」

「アンタ、さっきから何よ! たかがラーメンで一つで死ぬとか覚悟ってなんですのッ!?」

「ミカクロスフォード、悪いことは言わない……帰るなら今しかタイミングはねぇからな」

「ラーメン食いに行こうって食事に誘ったのはアンタでしょ、サークライッ!」

「ミカたん……あの暖簾を潜ったらもう戻れないでふよ!」

「いくら田中さんでもテンションについていけませんわ!! なんなのよ、この店!?」


 トン次郎の暖簾を金髪ドリルツインテール貴族は忌々しそうに睨みつける。


 そして、その姿とこの会話の流れで俺たちは確信してしまった。


 この暖簾を潜った先で一人死人がでる確信。ミカクロスフォードは――トン次郎で確実に死ぬことになる。


 とんだ思い違いをしていた。トン次郎という男の戦場に連れてくる仲間を完全に俺たちは間違えてしまった。さらば、ミカクロスフォード。


 いいパーティだったよな、俺たち。


 トン次郎さえこの世に無ければそんなことにはならずに済んだのにッ!


「何を泣いてますのッ!? サークライ!!」

 


《つづく》

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