第297話 一夜限りの彼ら彼女らの共演

 試験終わりに櫻井は文字通り死にかける。


 それは一刻を争う戦いへと発展するほどだった――。


『富田……』

『どうしたの……獣塚さん?』


 櫻井を抱きかかえている獣塚の表情が悲愴を映す。櫻井の外傷は回復して穏やかな寝顔を浮かべている。それでも獣塚には分かる。触った感触がおかしいことが。


『櫻井が冷たい……ままなんだ……』

『えっ……』


 泣きそうになっている獣塚の表情を前に富田はすぐさま櫻井の容態を確認に移った。どこかやりきった顔をしているが体温が上がってこない。触った手からこちらの体温が奪われいく。


『獣塚さん! 回復を続けて!!』


 富田はすぐさまに獣塚へと指示を告げた。


『うん……ッ!』


 獣塚はパニックになりながらも力強く回復魔法で櫻井の体を包み込む。富田はその間に櫻井状態の確認を続ける。外から見ている分には穏やかに見える櫻井の顔。だが血の巡りが上手くいっていない。富田の顔に焦りが生まれる。櫻井を横に寝かせて二人で回復魔法をかけてみるが、


 ——ダメだ……体温が戻ってこない……。


 損傷部位の判断が難しく治すところが見つけられない。二人に出来ることは最大限に櫻井の生命維持に取り掛かることだけ。現状を維持することしかできない。もし死んだら出来ない。それだけは、この世界で唯一見つからない能力。


 《蘇生》という行為。


『富田……』

『救急車は呼んであるから、それまで全力で行くよッ!』


 獣塚の不安を打ち消す様に富田が指揮を執る。富田に焦りがないわけではない。今の状態を判別する手段が回復魔法にはないのだ。痛みや故障の箇所が浮き彫りになる訳ではない。治癒といっても万能ではない。


 櫻井の状態から富田がすでに救急車を手配していたのが不幸中の幸い。


 岩城達は不安な顔でその行為を見守るしかなかった。


 誰もが勘違いをしていた。櫻井だから大丈夫なのだと。そんなはずもない。幾度となく限界を超えるダメージを受けた。瀕死の状態で立ち上がっていたのは精神力だけだ。彼の体はとうに限界を超えた先にあった。


『どういう状況なの……』


 遅れてきた三葉が不思議な光景に唖然とした。獣塚の顔が似つかわしくない程にパニックになっている。そして富田の顔が険しい。なのに、櫻井の顔は穏やかに眠ったまま。その状況に三葉達は異常を悟る。


 回復魔法をかけても目覚めてこないという異常を。


『三葉さん、一分間の脈拍を確認して! 一葉さんはありったけの回復薬を!』


 富田の指示に二人は『はい!』とすぐに従う。名も無き僧侶も一緒に回復に関わる。マカダミアの僧侶は優秀である。その中でも飛びぬけていたのは富田だった。その富田の焦りが周りに伝わるからこそ緊迫した雰囲気が流れる。


 三葉は神経を集中して櫻井の脈拍を数える。


『四十ッ!』


 その数字に富田が舌打ちした。一般成人で60~100が正常値であるのに対して四十は危険域に近い。おまけにあれだけの消耗戦をした後では低すぎる。その呼吸は浅く、肌は蒼白へと近づいていっている。


 回復の兆候が見られない。立っていることしか出来ない武田が声を上げて身を乗り出した。


『俺が担いで病院まで運んでいく!』

『バカ止めろ!』


 だが、それを止めるように富田が睨みつける。確かに病院まで移動すればまだ治療の余地はある。高尾山の山中という場所に車両が到着するまで時間がかかる。だとしても、それでも負荷に今の櫻井が耐えられる保証はない。


 人間が担いで走る衝撃に瀕死の体が持つ可能性は低い。


『じゃあ、どうすりゃいんだよッ!』

『逆に救急車の方を運んで来い!』

『へっ……』


 富田の答えに武田は虚をつかれる。逆転の発想。負荷に耐えられる方を早く運んで来いと。マカダミアの生徒なら車両一台くらい運ぶのは朝飯前である。


 それならと武田は足に力を入れる。


『了解、行ってくるッ!』


 疾風迅雷の勇者と呼ばれた脚力を発揮し瞬足で山中へと姿を消していく。


『岩井は山中に搬送用の道路を作ってきて欲しい!』

『よしきた、まかせろッ!』


 その大柄の体を活かしに山へと一本道を作りへと駆け出す。


 富田の迷いなき指示とマカダミアの在校生の動きに岩城達は呆気に取られた。あたかもそれが簡単なことであるように彼らは動き出す。英雄と呼ばれる者達。その力はいくつもの不可能を可能にする。


『富田くん、回復薬持ってきたよ!』

『じゃあ、そこに置いて岩井の搬送用道路の補助に向かって!』

『わかった!』


 言葉少なくも意味はお互いに通じている。回復薬をのみ袋に担いでいる一葉の罠を使って障害物を破壊しつくしてきてくれとお願いをしているのだ。


 呆然とする岩城達の方に富田が視線を向けた。


『魔法使いの君は回復薬を飲んで、一葉と一緒に向かってくれ! 土魔法で道路の舗装をお願い!』

『は、はい!』


 突然の指示に慌てて桜島は回復薬に手を掛ける。だが、その回復薬を持った瞬間に体がひょいと持ち上げられた。


『ごめん、移動しながら飲んでね。時間がないからッ!』


 一葉は罠師であっても基礎体力試験を突破してマカダミアに受かったもの。そのステータスは常人とは比べ物にもならない。細い体で桜島を持ち上げてひとっ飛び。桜島の悲鳴だけが鳴り響く。


『そこの君は回復薬をありったけ櫻井君に飲ませてくれ!』


 富島に指示が飛んだ。桜島と同様に焦りながらも富田の指示に従う。分身を使ってのみ袋から回復薬を取り出し、バケツリレーのように回復薬を運んで櫻井の口へと運んでいく。


 取り残された岩城は俺はと待ち構える。


『君は光を出すのが得意だったよね』

『は……い!』

『救急車を迎えにいった武田が場所がすぐに分かるように、目印となる光の柱でも作れる?』

『わかりました!』

『気合を入れて全力出さないでよ、出来るだけ長い時間出せるようにね!』

『ハイ!』


 富田の指示で次々と動いていく。岩城は天空へと細く光の線を出す。遠くにいる武田に見えるようにと。ここに来てくれてと。富田の指示に従い全力ではない。そんなことをすれば長い時間持たない。武田が来るまで持たせなくていけないのだから。


 連れてかれた桜島は岩井の力を目の当たりにする。

 

『すごい……』


 ブルドーザーなど目ではない勢いで地面が抉れ大木がなぎ倒されていく。力技の次元が違いすぎる。さっきまでの戦闘とは違う意味でその強さを前に見つめて、感動していた。


『桜島ちゃん、休んでる暇はないよ。時間がないからね!』

『は、はい、一葉さん!』


 呆けている桜島に一葉は優しく微笑みかけて状況を理解させる。「さてと」と声を出した一葉が地面に触れると爆発が起こる。岩井がならしきれていない障害物の岩などを瞬く間に破壊する。


 桜島の前にあっという間に何もない道が出来上がっていく。それを前に彼女は胸を高鳴らせる。それは富島も岩城も一緒だった。


 櫻井の危機的状況を頼もしくも支える上級生たち。


 さらに、それが自分達が憧れている学校の生徒。


 その景色に自分達も一時的ではあるが、染まることが出来ている一体感。


 自分たちの仲間の死に立ち向かうには頼もしすぎる仲間であり、頼りになる先輩たち。


『三葉さん、脈拍は!』

『以前、四十のまま!』


 富田は状況を整理しつつ、最善の策を打ち出していく。


『外傷ではなく内部だ! 僕等三人は生命維持を優先だよ!』

『『了解!』』


 誰もが櫻井を助ける為に全力を尽くしたところに空からそれは現れた。


『待たせたな、富田! 連れて来たぜ!』


 武田が救急車を下から持ちあげた状態でその場に到着した。中の救急員たちは目を丸くして窓から顔をのぞかせている。いきなり訳の分からない男が現れて車両ごと攫われてココに来て状況を理解出来ていない。


 その姿に富田は手を振ってこっちに来いと合図する。そのするどい眼光に促されるように慌てて救急隊員たちが車から降りてきた。


『対象の患者の容体は……』

『意識無し、外傷はないことから恐らく内臓をやられてる。試験中に腕と指の骨折は確認。出血性ショックの可能性は回復薬の投与で効果が薄いことから可能性はなし。脈拍は現状四十で固定!』

『ストレッチャー持ってきました』

『僕たち三人は回復行為を続行しつつ病院まで同伴します!』

『了解いたしました!』


 富田は三葉の方を向く。


『三葉さんは道路の方を!』

『あいあいさー!』


 三葉は急いで道路組へと合流に向かう。そのスピードは双子の一葉とひけをとらない。瞬く間に山中へと消えていく。呆ける岩城の横に武田が並び立つ。


『お前の目印すげぇ助かったぜ、サンキューな』

『は、ハイ!』


 武田に褒められムズかゆくも嬉しい想いが岩城を襲った。どこまでも信じがたい実力を持つ者に認められたことが嬉しくてしょうがない。規格外の英雄たちを前に興奮を隠し切れない。この人達がいれば櫻井は大丈夫だと安堵すら感じる。


『おまたせ、かずねぇ!』

『あとはまかせたよ、三葉!』

『任された!』


 そして、道路組の方へと合流した三葉。


『頑張ったね、お疲れ』

『は……い』


 魔法を使い果たしかけ息を切らした桜島の肩を軽く叩いて、バトンタッチだと言わんばかりに三葉が赤い宝玉がついた杖を取り出す。


『じゃあ、一丁やりますか!』


 気合を入れる三葉の前で道路の舗装は大分進んでいる。数キロメートルは出来ているだろう。だが市街地の道路までまだ十キロは残っている。岩井は先行してドンドンと奥まで進んでいる。一葉は岩井のあとを追いかけるように道を作っている。桜島だけが遅れていた事実。


 それもしょうがないこと。


 しかし、そんな遅れなど三葉にとってはハンデにもならない。


『築きし礎の先に夢を見るか』


 彼女の詠唱が始まるとマナが急速に彼女へ従い三葉の髪を噴き上げる。桜島は力の違いに息を飲んで見守る。そのなか櫻井の救急車への搬入を終えた。


 救急車に乗った富田は富島に手を振る。


『ありがと。君がいてくれて助かったよ』

『あとはお願いします!』

『あぁ、彼の事はまかされた!』


 頼もしい言葉を残して救急車の扉が閉められ車が発車する。岩井達が作った道路の方へと。そして、救急車の運転手が声をあげる。


『えっ……』


 目の前に見える道は先が見える。言われるがままに来た道は聞いたこともないルート。おまけにその先がない。まだ途中までしか出来上がっていない。


『道がありません!』

『大丈夫です、そのまま直進してください!』


 慌てる運転手の声に富田が声で押し返す。そのまま進んで大丈夫だと。彼女らがいるのだから問題はないと。その願いに答えるように三葉は詠唱を続ける。


『砕くは夢を邪魔する壁だ』


 彼女の杖に輝きが生まれていく。赤い光が山中を照らして彼女を灯す。


『砕けし壁の先、ここに我が道を切り開かん』


 そして、詠唱を終え、その杖を地中へと突き刺す様に強く振り落とす。三葉を追い抜かし救急車が駆け抜けていく、だがまだ道が出来ていない。


『衝撃来ます! 捕まって!』


 舗装されていない地面に突っ込みそうになる救急車。障害物はないがオフロードに近い道。そこへと突入する。救急車の運転手が怯えながらもハンドルを強く握ったまま走っていく。恐怖に目を瞑った。


 だが、それをマカダミアの魔法使いは許さない。


大地創生バースクリエイト 我が夢想の道ロードオブアースロッド!』


 その杖から広がる光は地中に描き魔法陣は大地の形を変える。瞑っていた目が開かれる。衝撃などない。そんなものを三葉は許さない。それは繋がっている。市街地への道路へと。


 ただなだらかな一本の道へと。


『夢か……これは』


 救急車の運転手は信じられない光景を前にぼやいた。


 その横で岩井と一葉が救急車に向かって手を振る。


 運転手はただ茫然とそれを横目で見て通り過ぎた。


 救急車が持ち運ばれるわ、地図にない道が市街地に出来上がるわで、信じられない現実の連続。ただ運転手はそれを受け止めるしかない。


 これはマカダミアという関東随一の異世界エリート学園の実力なのだと。


 これは一夜限りの彼ら彼女らの共演――、


 この櫻井の受験に関わった生徒達の共演。


 運転手カレに出来ることはその舞台にただ考えることを止めて、


 病院を目指すだけだった。



《つづく》

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