第296話 まさかの夢オチ!?

「ここは……?」


 俺が目をさますと白い天井が見えた。窓辺の白いカーテンが暖房の風圧で揺れている。日は昇って光が差し込んでいる。体感的に十時ぐらいなのだろうか。


「櫻井はじめくん……」


 横に立っている看護師が驚いた顔をしている。


「はい?」


 名前を呼ばれて応えると看護師は血相を変えて廊下を走っていった。廊下から先程のナースとは違う声で「院内の廊下は走るんじゃありません!」と注意する声が聞こえる。


「院内ってことは病院か……」


 そういえば入院なんてものをしたことがなかった。初めて病院のベッドというものを使った気がする。慣れない病院用の服。見慣れない景色。なんとなくぼんやりとする頭で現状を考える。寝ぼけているような感覚。


「試験が終わったのか……で、そのまま病院直行」


 あれだけの怪我をしていたのだからしょうがないが、不思議なことに体の痛みはない。折れていたアバラや腕の骨に違和感もなく右手の指も元通りだった。ただ、気が抜けていた。受験が終わったと。戦っていた記憶はある。


「俺は勝ったんだよな……」


 けど、それはどこか夢でも見ていたような感覚でふわふわしていた。体の痛みがないことも不思議だった。あれだけの怪我が半日で治るものだろうか。


「まさか……」


 嫌な予感がする。全ては夢の中での妄想で……俺はトレーニング中にぶっ倒れて運ばれてきただけかもしれない。本当はまだ受験など受けていなくて予知夢に近いものを見ていたのか。


「不幸な俺なら……十二分にあり得るのがコワイ……」

 

 俺は腕を組んで、ぼぉーとする頭を回転させようと躍起になった。


「本当に目が覚めているね、こりゃ」


 それを邪魔するように一人の爺様が声を掛けてきた。俺は不思議そうな目で見返す。聴診器をぶらさげているので医者っぽいのだが関口ではない。関口はこんなに年を取ってないし、こんなに医者らしくもない。


 貫禄がある本物の医者は自然にベッドに脇にある椅子に座って俺と向かい合う。


「ここが何処だかわかるかい?」

「病院としか……」

「今が何日だかわかるかい?」

「三月一日?」


 マカダミアの受験が二月の最終日であるなら、今日は三月一日のはず。それは祈りを込めた俺の回答でもあったが、不幸なやつが祈っても無駄だと言わんばかりに応えは返ってきた。


「違うねー、今日は三月一日ではないよ」

「はぁあ?」


 俺は顔を歪める。体から汗が吹き出す。


 三月一日じゃないだと……本当にアレは全部夢だったというオチだったのか……これでもかってぐらいに悲惨な目にあいながらも頑張っていたのに……。


 俺は今まで何をしていたッ!?


「いったいぜんたい、今は何年の何月何日だッ!?」


 俺は医者の胸倉に掴みかかった。


「おぉッ!?」


 声を荒げた俺に医者は驚いた表情を浮かべて顔を引きつらせる。ただ俺の眼には力が入りっぱなしだ。体がピンピン動くのも嫌な予感を助長させている。俺は早く答えろと殺気を放ち目をぎらつかせる。


「二〇一五年の三月五日だよ……」


 医者が震えて答えた。


 ……三月五日?


 俺の眉がピクリと動く。とんでもない答えが返ってきた。


 俺の生きる意味がなくなっている……?


「マカダミアの受験終ってんじゃねぇかッ!」

「終わってるとも終わったともよッ!」


 入院している間にマカダミアの受験が通り過ぎている!


「バッカ、ヤロウォオオオオオッ!」

「——ッ!?」


 俺は何も知らぬ医者の答えにブチギレて唾を吹きかけるほどに叫んだ。


 クソ、これはあの人の罠かッ!?


 俺の頭の中で幾度なく聞いたセリフが蘇る。俺を殴って悶絶させている時に聞こえた「やりすぎちゃったかな……?」と本人がビックリしている顔の畜生セット。


 アレのせいで俺は気を失ったまま今を迎えたに違いない。


 本当にやりすぎちゃったやつかッ!! あの人が同居を続ける為に受験前に俺を入院させるぐらいボコボコにやっちゃった系ッ!?


 銀翔さぁあああんんんんん!!


 身近に最大の敵がいたと俺は知る。医者の胸倉を掴んでいた手から力が抜けて俺はベッドにへたりこんだ。元通りに動く体が何よりの証拠。あんな死にかけったっていうのにピンピンしているはずはない。


「やっちまったぁ……」


 絶望には負けないッ!


 といき込んでも、やっぱり、


 絶望シャンすごしゅぎ……ダメ、負けちゃう……ダメ、ラッメナノォオオオオ!


 俺は敗北に帰するのか。押し寄せる後悔と絶望に俺は顔を両手で覆い隠した。涙が出そうだ。絶望さんが強すぎて泣いちゃう。絶望様に凌辱レイプされた気分。


 絶望ちゃんはどれだけ俺をレイプすれば気が済むのッ!?


「ちょっと意識が錯乱しているみたいだから落ち着こうか……」

「ヤブ医者は黙っとけッ!!」

「ヤブッ!?」


 俺はそれどころではない。どうすればいいかを考えなければいけない。マカダミアに今から受かる方法とは何か。今年の受験合格者全員を闇討ちしていくか。


 合格者がいなければ再度試験を行うしかないはず。


 百人の猛者を四月二日までに全員と考えると一日……。


「四人ペースぐらいでやらなきゃダメだ……デスゲームを開催しなくては……」

「櫻井はじめくん……?」


 一日四人倒すには罠が必要だ。それもとびっきりの罠が。


「おい、やぶ医者……Cランク相当のヤツもマヒさせる筋弛緩剤はこの世にあるか?」

「…………」


 質問に答えないやぶ医者。ならばと、俺は手を伸ばす。触ればわかる。それが俺の能力だ。吐かないのなら触ればいい。


 泣かぬなら黙ってれろ、ホトトギス!


「やっと落ち着いたか……君はマカダミアの受験のあとにココに運ばれてきたんだ」

「……えっ?」


 俺の手は途中で止まった。受験のあとってことは、どういうことだ?


「一日から五日まで君は意識がなかったということだ」

「……」


 うーん……。


 これをどう捉えていいものかと俺は目を瞑る。四日も寝ていたということだろうか。あの受験自体は確かにあったのだろうか。それだとしたらこの体の傷は……あれ?


「ない……なくなってるッ!?」

「ちょっと……いい加減落ち着いてくれないかい……状況の説明が出来ない」


 医者が何度も落ち着けというが変なことばかりで落ち着けない。無数にあったはずの体の傷痕がキレイさっぱり消えている。まるで夢でも見ているかのような現象に俺は混乱を継続していた。デスゲームで受けた無数の傷が消えている。


 現代医学はここまで進歩しているのかッ!?


「俺に何をしたッ!?」

「治療だよッ!」

「それはアンタ、スゲェなッ! やぶ医者じゃねぇよッ!」

「それはありがとうよッ!」


 もはや、テンションはお互い意味不明な状態だった。医者も俺と同様に息遣いが荒い。看護婦たちが俺の病室に集まりだすほどに二人ではしゃいでいたようだ。周りがざわついてることで俺はいったん冷静さを取り戻しつつあった。


「すまん、教えてくれ……俺は一体どういう状況なんだ?」


 俺を前に医者は深呼吸をひとつして、呼吸を整えた。


「三月一日の深夜に君は重体で運び込まれてきた。ただ外見だけ見れば大したことはなかったけどね」

「……」

「回復魔法での応急処置は終わっていたが、内臓のところどころが損傷している状態で緊急手術をした」


 話を聞く限りでは基礎体力試験中の可能性も捨てきれない。あの時に地雷で損傷している可能性。いや、違う。俺は即座に考えを正す。深夜と医者は言った。時間帯で考えれば実戦試験の時間。


 ということは……。


「はぁぁ……」


 俺は長いため息をついた。夢ではなかったようだ。確かに黒崎嘉音とは闘っていたようだ。じゃあ、俺は勝ったのか……黒崎に。俺が長いため息をついている中で医者は話を続ける。


「いくらマカダミアの受験といっても回復魔法で出来ることは限りがある」

「限りがある?」


 俺は医者の真剣な表情に疑問の顔を返す。そもそも回復魔法の定義をそこまで知らないが治癒に於いて何か問題があるのだろうか。


 いや、待てよ……内臓の損傷って?


「回復魔法を使うものは人体の構造など把握していない。あれは見せかけの治療なんだ。外傷には確かに強いのだが、内部までは完全に治癒など出来ない」

「……」

「一歩間違えれば君は死んでいてもおかしくない状態だった」


 医者の言葉は本気だった。回復魔法に頼って無茶をしたと思われているようだ。そんなことを考えてもいなかったが医者の真剣な眼に俺はコクっと一回頷いて返した。


「助けて頂いてどうもありがとうございます……」

「無茶をするにも限度があることを分かって欲しい。回復魔法という力は確かに絶大に見えるが、知識ない者の不明瞭な力を過信しすぎないでくれ」

「は……い」

「何を治してるかも分からない者の治療で、おまけに本人もどこを治してるかも分かっていない力。そんなものは医者の私達から言わせれば治療ではない」

「……」


 医者のいう事実に俺は納得する。言ってることはもっともだ。医術の知識もないやつが行う回復行為でしかない。確かに回復魔法を受けても病院に行けとはよく言われる。あまり理由を深く考えてこなかったからこそ、俺は新しい知識として頭に入れた。


 賛同を示す、俺に医者は肩の力を抜いて椅子に寄りかかった。


「まぁ、君と一緒に同行したマカダミアの生徒さんはそこらへんは熟知していたみたいだけど、君は知っておくべきだ」


 一体、だれが……?


「回復魔法は万能ではない。けして、命は粗末に扱わないでくれ」

「わかりました……」


 俺はその場の空気に流されて静かに了解の意を返す。


「では、まずは君の状態について確認させてもらうよ、いいね」

「はい」


 医者は俺の腕を触診し体に聴診器をあてて状態を確認していった。俺は成すがままに言われるが通りに行動する。右手が動くかとか左手に違和感はないかといったような確認をされた。


「神経系にも骨にも異常は無そうそうだね、意識はハッキリしているかい?」

「はい、してます」

「よく四日でここまで回復したものだ……」

「先生の腕がいいからですかね♪」


 関口と違って。


 おちゃらける俺に先生は微笑みを返す。


「君は本当に恵まれている」

「えっ……?」


 不幸なんだけど……オレ?


「君が今こうしていられるのも君を助けようとした人たちがいたからだ」


 そして、俺は俺が眠っている間に何があったのかを医者の口から聞くことになる。



《つづく》

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