第290話 覚醒の時、神は現れた
——アツイ……。
闇に飲み込まれた櫻井の体の内側から何かが刺激を与えてくる。それは絶望に抗い続けた体の痛みとは違う別の何かだった。それはすでに目覚め始めていた。
目覚めるための変化を始めていた。
能力は『覚醒』を始める。
——アツイ……アツイ……アツイ!
それはずっと少年の中にあった眠れる記憶。体の細胞一つずつが激しく目覚めていく。細胞が変わっていくような、生まれ変わりの痛み。
螺旋が加速しその力を開放していく――。
「アァアアアアアアア!!」
それは螺旋に刻み込まれた星の記憶が、
光を帯びて少年の叫びに呼応した反応。
——体が灼けるようにアチィ………アチィィイイイイイ!
それは忘れ去られた能力――
それは異世界の、
第三の螺旋の記憶ではない。
少年のすぐ近くにそれはあった。銀髪の男との生活で在った。それは星の記憶。この日本という島国にあった
それは本来、災いや魔といった人に降りかかる絶望と戦うための力だった。
——
櫻井の眼に映る。何かが闇の中で輝いている。その闇を払うように。
——光?
櫻井の体から、闇にかざした手から、
淡く輝きが湧き出ている。
それは闇の中で眠れる力は呼び起こされた。
少年はもうすでに条件を満たしていた。そして、認識をしていた。
人が人を騙し合い殺し合うのが当たり前だった世界で彼は絶望をみた。
人間の闇となる
それでも彼は絶望から立ち上がって、譲れない生きる意味を見つけた。
生という
その愚かに生き続けようとした少年の願いに、道を指し示す様に、
——体から……力が湧いてくるッ!
ある
《
櫻井は、その能力を、
本能で、細胞で、理解した。
これは絶望に抗う為の力だと。全身から湧きでる淡い光はこの闇を切り裂く力になると。だからこそ、眼に力を込める。足で大地を掴む。闇の圧力に負けていたその腕は闇を払いのけるように前へと出される。
「ガァアアアアアアアア……ッ」
Aランク相当の能力の暴走を前に、その最弱の腕は敗北を覆す為に前へと出される。右腕だけでは絶望に持ってかれそうになるのを必死に左手で補助する。その眼は輝きを失わない。
眼前にある絶望に負けないと意志を込めた眼は闇の先にある光を見る。
——邪魔をするな……それを遮るな……。
少年は前にある闇より深い絶望の色を知っている。どこまでも深く虚無にもっとも近い絶望の色を。そこで確かに見たのだ。小さく消えそうなほどに弱く輝る光を。その光は絶望のトンネルの先にあった。
——それは俺の光ダァアアア!
肉が割け、骨が砕け、血しぶきが上がる激痛も置き去りにして絶望の先へと手を伸ばす。それは少年にとっての生きる意味だった。そこに少年は確かに見たのだ。その絶望の先に。
希望という光を――。
「クッ……ゥウウウ……」
それでも絶望は彼の行く手を阻む。前に進もうとする力を抑え込むように闇が勢いを増す。目覚めたばかりの弱い力を殺しにかかる。お前には絶望しかないのだと。お前には無理なのだと。お前が希望を見るなどおこがましいのだと。
櫻井の体が闇に圧されていく。
——くれてやる……あるもの全部くれてやる……。
彼の目覚め力は能力系統のそれに当たる。それは術だ。術には媒介が必要だ。それは直感に近かったのかもしれない。その力の名を知らぬはずなのに少年は光に願った。
——救いも、希望も、幸せも、俺にあるもの全てをくれてやる……。
捧げられるものは何でも捧げてやると狂気を見せつける。その光を追い続けられるなら自分が持てる未来は全てくれてやると。その光を追えなくなるのなら死んでもいいと。
——血でも、体でも、肉でも、命でも、
少年はずっと命を賭けてきた。その為だけに生きることを決めた。その体が強くなったのは全てそのためだ。涼宮強という男を追う為だ。だから、願った。だから、捧げた。
その男は、この前にある絶望よりも強いと知っているから――。
——なんでも持っていっていいから。
だからこそ、願った。
少年はずっと強く願った。
『強くなりたい』と……。
——俺に力をヨコセェエエエエエエエエエエッ!
力はそれに応えるように輝きを増す。彼の全てを貪りつくす様に成長していく。光の粒は大きくなり、次第に色を変える。金色の光は目の前にある暴走した闇より深く黒いものへと変貌を遂げようとした。
【ダメだよ……そんな力の使い方をしちゃ】
だが、それは寸前で止められた。
「えっ……」
少年の黒を遮るように金色の光が目の前に降り注いだ。自分が出す光よりもそれは大きく神々しかった。それは少年を襲う闇を防ぐように少年の前に出た。櫻井は闇の力を身代わりに防いでくれるその物体に目を取られた。
その声は夢の世界で聞いたものと同じものだった。
それは確かに受験中いつでも、すぐ彼の近くにあった。
『これ――だから持って行って』
それは朝に受験へ向かう前に銀髪の男から渡されたもの。
【まったく……君ってヤツは……】
「お守り……」
ずっと彼のポケットにしまってあったお守り。その袋は闇の力で剥がされていった。そして、その中にいた者が姿を露わにした。その姿を櫻井は良く知っていた。ずっと傍にいたから分かっている。
その白い小さな体で彼の前に神は現れた。
「シキ……ッ!」
【君は銀翔と無茶や無理は決してしないと約束したはずなのに】
その紙はずっと少年を守るように傍に居た存在。
《つづく》
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