第260話 それをお勧めしますよ、せんぱい
夜の闇に紛れていくつもの影が蠢く――。
「ちょっと、どこ触ってんのよ!? 岩井!!」
囁くようなこえで内輪もめをしている。
「ちょっと押さないで!」「三葉、ちょっとだけでいいから寄ってくれ!」「ごちゃごちゃうるせぇぞ、岩井!」「獣塚、お前が幅をとりすぎなんじゃ!」「武田くん、どうしたの……その顔?」「一葉、聞くな……」「皆、ちょっと静かにしないと!」
富田君が必死に静かにするように求めるがガヤガヤと騒がしく山の隅で人影が動いている。試験官たち総勢七名が木の陰で蠢ている。
一葉、三葉、武田、岩井、獣塚、富田、名も無き僧侶。
誰もが櫻井の試験を見届けようと帰宅時間が過ぎているにも関わらず高尾山に潜伏して遠くから実戦試験の校庭を眺めていた。だが武田の顔半分は異様に膨れあがって腫れている。
「武田くん……回復しようか?」
「富田、これはほっといてくれ……俺の自業自得だから」
思いっきり誰かに殴られたような痕が伺える。
それは最後の受験生を確保するために走り回っていた時のこと――。
『ご、ごめんなさい!』
『武田逃がすな!』
『ウィザード如きが疾風迅雷の剣士と言われた俺から逃げられると思うなよッ!』
『謝りますから、助けてください!』
最後の受験生である桜島マイを血走った眼で在校生の剣士とタンクが追いかけまわす。それには引っ込み思案でなくても恐怖を感じて逃げ出したくもなる。相手は本気の眼で興奮した様子。
もはや、戦闘態勢に近い興奮状態。
地獄絵図である。だが本人達はその光景を自覚していない。興奮状態が最高潮にキマってしまっているから。
『捕まえたぁあああ!』
そして、魔法使いを射程距離に近づき疾風迅雷の勇者は飛び掛かる。
『ヒイャァアアアアアアアアアア!』
脅える魔法使いの前に立ちはだかる一人の女。ポニーテールが風になびている。
『探したわよ……武田』
女は興奮状態の死角を突くように武田の横っ面を、
『一片死んどけェエエエエ!』
『ウボッポッテ!!』
蹴り込む。その強靭な脚力は武田という勇者を吹き飛ばして壁に叩きつけた。壁に打ち付けられた衝撃で興奮状態から解除された武田の前で拳を握って関節をならしながら近づいてくる女。
その女も在校生である。
『さっきはよくもやってくれたわね……タケダァ』
『あら……?』
岩井は終わったと思った。武田の命は終わったと。その女はどす黒い怒気を纏い武田に殺意を持って近づいていっている。仕留める気まんまんである。それもそのはず。その女は最終試験でいきなり腹部を武田に殴られ、首筋に手刀をかまされたままだったのだから。
『あれはな……違うんだ……』
男は言い訳する生き物である。何かと言い訳をしたがる生き物である。それは危機回避の為の生存本能による機能なのだろう。人間のオスは言い訳をしたがる。武田はアレは仕方ない状況だったと説明したいのだ。
『違うも何もないでしょ……アンタが私を殴ったんだから』
しかし、女に男の言い訳など効かないのだ。
『それは事実だからッ!』
人間の女とは怒ったら最後――落ち着くまでに時間を要するのだから。
『超痛かったんだからッ!』
『アギャァアアアアアアア!』
そして怒りが沸騰したら最後である。暴走する感情を抑える言い訳などこの世に存在しないのである。それは勇者であろうと同じこと。
「いってぇ……」
そして武田の顔面は半分だけボコボコにされたのである。それは壁際に丸まっているところをポニテJKにランボー怒りのサッカーボールキックをされていたからである。
故に半分だけが大ダメージを受け、半分だけ無事だった。
その光景に桜島マイが受験を辞退しようとしたことはいうまでもない。正義のマカダミアで一方的な暴力を目の当たりにしたのだから。岩井がなんとか優しく説得して実戦試験に挑むこととなったのは裏話である。
武田の顔面を無視して校庭を眺めながらも試験官たちはこくこくと頷きヒソヒソと会話を交わす。校庭の中央では櫻井を中心に作戦会議が開かれている。
「いい感じだね、かずねぇ」「うまく連携で来てるみたいだね、三葉」「やっぱりアタシの眼に狂いなし」「獣塚が期待すると……怪しいけどな」「なんか言ったか!?」「皆、しー、しー! 静かにしないと先生達に見つかっちゃうから!!」
富田が制止をかけると皆が眉を顰めて身を縮こまらせる。草葉の陰から櫻井という生徒の行く末を見守る為に全員が集結していた。そしてうかれる面々とは対照的に富田は険しい顔を浮かべる。
「出てきた……」
校庭に一つの黒い人影が歩いてくる。
作戦会議を終了してその影と対峙する受験生たち。
黒い鎧を身に纏いサラサラの黒髪を夜風になびかせている。まるで夜の時間を支配するような出で立ちに息を飲む。その黒は受験生たちにとって本日のラスボスに近いものだから。
「お前たちが最後の受験生か……」
何も言わずに試験官の言葉に耳を傾けているがその眼にはしっかりとした闘志を宿している。それをあざ笑うように試験官は笑みを浮かべる。
これは落験組の試験でしかないのだ。
それも落験の中でもこのパーティは底辺でしかない。
「本来は四対四の試験だけど、最後だから特別に俺一人で相手してやる。最後のボーナスステージだ」
それを聞いて受験生たちの顔が僅かに恐怖に歪む。その試験官は負けるはずがないと笑っているのだ。その者達がどれほどの覚悟を持とうともそれすらも無意味だと教えるように。
「全力で足掻いてみろよ、俺が蹴散らしてやるから」
見守る試験官たちの顔が歪む。獣塚が苦々しそうに口を開く。
「よりにもよって……アイツかよ」
誰もが理解した。この試験は絶望的状況に近いと。たった一人の試験官でも相手があれでは元も子もない。実力がそれは二年の中でも突出している。おまけに学園対抗戦に選ばれるほどの単純戦闘特化。
「岩井……どう見る?」
「武田……聞くな」
戦士の二人だからこそ気づく。その纏う強さが違いすぎる。櫻井たちと比べると虎とネズミのような感覚を受ける。モノが違いすぎる。だからこそ岩井は何も答えられない。
これは結果の見えている試験でしかない。
「たった一人で試験してくれるなんて、ホントボーナスステージですね」
「あん?」
その場に関わる中で一人だけが違う。へらへらと笑っている。実力の違いを肌で感じて相手の威圧感を感じながらも、それすらもはねのける様に愚かな男は挑発を送る。
「まだ相手の能力も分からないのに勝った気でいるなんて、高尾山にいる天狗ってお前の事だったんだな」
「なに……言ってやがる」
受験生たちは変わる風貌に驚く。さっきまでの友好的なキャラではなく相手をあざ笑うかのように様変わりしている。そして威圧に負けていない。その男は相手の風格に何一つひけを取らない態度で返す。
むしろ、勝ち誇るように相手を見下しているようにすら見える。
「気を付けろよ、俺の能力はアンタにとって最悪の相性だからな」
愚者は右手を差し出して見せつける。これは
威圧的に出た自分を食うように小ばかにする男。
「面白いこというな、お前」
それにケタケタと笑って返すが、
「特別にお前から蹴散らしてやるよ……」
その表情は一瞬で変わって殺気を一人の受験生へと向けられた。だがそんなものはその男には効かない。殺気を向けられるのは異世界で幾度となく経験してきた。
自分より強い大人達と戦いをしてきたのだが当たり前だった。
実力者からの威圧など関係ない。
「それをお勧めしますよ」
ピエロは笑って挑発を送り返す。
櫻井は知っている。試験が始まる前からもうすでに戦闘開始されていると。これも櫻井にとっては戦闘の一部でしかない。戦闘に於いて情報というものを重視する。
だからこそ、
「せんぱい」
奴は勝ち誇って言う。お前の殺気など屁でもないと。
敢えて自分に攻撃の的を絞らせるために目立つように挑発行為を重ねて戦闘を始めていた。
《つづく》
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