第259話 勝利を勝ち取る為に
辺りは暗闇に包まれた。騒がしかった校舎に静けさが漂う。もうすでに受験の大半は終えている。これはある男の為の実戦試験。
試験官も必要な人数しか残されていない。
そして、受験生も残りは四人。
一人の男がグラウンドに立ち残りの仲間を待ち望でいる。
「よろしくなッ!」
「おう、俺は櫻井はじめ。お前の名前は?」
「岩城和幸だ!」
試験場は学校のグラウンド。そこに時間より二十分も前に生徒達が到着している。やる気に満ち溢れた受験生たち。櫻井が最初から待機していた。
それは実戦試験というものを理解しているから。
好意的に熱意を伝えるために。櫻井はさりげなくやる気を確認する。
「一緒に試験に受かろうぜ、岩城」
「俺もそのつもりだぜッ!」
確認が終わって櫻井は流れるように本題に取り掛かろうとした。
「ならよかった、そこでお前と試験前に話がしたいんだがいいか?」
「いいぜ! 仲を深めておこうってことか!」
「……まぁ、そんなところだ」
やけにやる気に満ち溢れている眩しさにピエロは目を閉じそうになる。岩城は脅迫に近かった武田と岩井の行為を激励だと思いモチベーションを高く維持している。
その姿は現状を理解しているのかも怪しい。これは落験組の試験であって合格率など皆無だということを。だが櫻井はそうも言ってられない。
これから実戦試験で実力を存分に見せる必要がある。
「岩城、実戦試験はパーティ戦だってことは知ってるよな?」
「それはもちろん!」
「なら、お互いの能力や出来ることを把握しておきたい。それとだな……言いにくいんだが」
櫻井はわざとらしく鼻を掻いて気まずそうに伝える。
「俺は戦闘能力系じゃないんだ。俺のは触れて相手の心を読むだけだ」
本来なら仲間の信頼を得るために隠しておきたい事実。
それでも櫻井はあえて口にする。自分は役に立たないと。ここで嘘をつくことでリスクが生じるのを避けるため。下手に仲間の戦力に対してお互いの認識に齟齬が起きればパーティとして機能しなくなることを危惧してのこと。
「えっ……」
岩城もなんとなくは分かっている。試験時間が遅いことからこの試験のパーティはあまり使い物になるほうではないだろうということは。ただそれが戦闘力を皆無と言われればちょっと引き気味になる。
そこを見越して櫻井は次の言葉を用意していた。
「代わりと言っちゃなんだが俺が攻撃の的になる。攻撃をできるだけ俺に引き付けるから」
「盾役ってことか……」
岩城は少しだけ考え込んだが納得を示す。自ら攻撃を受ける役を引き受けるということは条件としては悪くない。その分、自分が活躍できる場面が増えるであろうことは分かっているから。
櫻井が情報と意気込みを開示したことで岩城も自分の力について語りだす。
「俺の能力は光だ」
「光?」
「握ったものを光らせることができる。こんな風に」
そういうと岩城はそこらへんにある小石をつかんだ。その小石に能力が集まっていくとそれは暗闇を照らす様に発光し始める。それは目を開いているのが苦痛になるほどまばゆく光っている。
「これと俺の武器は剣だ」
「目くらましと同時に攻撃が可能ってことか……剣と相性がよさそうだな」
「まぁ、そんなところかな」
「俺よりは強そうでなによりだ」
正直心もとない能力だがそれでも櫻井は歓迎し褒める。これはあくまで連携を取る為のもの。そして何より一人目が重要だと理解している。
「岩城二人目が来たぞ」
「よっ、こんばんわ」
「あっ……こんばんわ」
気さくな二人に追加で現れた一名はなんとなく少しだけ頭を低く下げた。その姿勢でわかる。後から現れる者達は強く出れなくなっていることに。だからこそ櫻井は一歩前と踏み出し要件を伝えていく。
「俺は櫻井はじめ。コイツは岩城和幸。よろしくな」
「よろしくお願いします……」
岩城と仲良くなることで自分の価値を上げる作戦。それはこの後に参加してくるメンバーとの交流に於いてアドバンテージとなることを知っているからこそ友好的に一人目と打ち解ける。
「実戦試験前にパーティの役割と分担を決めたいんだが、アンタの名前と能力を教えて欲しい」
櫻井は全て狙って考えてやっている。
この実戦試験で一番初めにやらければならないことは何かを。
そして、自分がどう振る舞えばいいかを全て考えている。
実戦試験はあくまでもパーティ戦。であるならば、お互いの能力を把握し適切な配置と役割分担を決めることが重要である。指揮を間違えなければそれは一人での力より遥かに発揮できる。
だからこそ櫻井は指揮を執りたかった。
ここが一番の肝なのだ。頭を使うことも相手を出し抜くことにもたけている。試験官の能力は分からないが、試験官もこちらの能力は分からない。だからこそ警戒をしてかかってくる可能性もある。
そのために何をすべきかを櫻井はじめは考えた。
初対面同志が集まる中でどうやったら主導権を握れるのかを。
数だ――この世は多数決で出来ている。
だから、一番早くグラウンドで立って待っていた。岩城和幸が登場することを。二番目の人物が来るのを。それを取り入れて友好的な空気を作ってしまえばよほどな堅物以外は飲み込める。
そして、実力の無い自分を対等に持っていくこともできると。
これが順番も選べないような状況であれば櫻井の発言権は無くなっている可能性もあった。何もできない役に立たたない能力。戦闘に特化していないステータス。そんなものに指揮を任せる者はいないだろう。
その為に欺くように友好的な態度を取り岩城と仲を深めた。
「そうか、
そして、いま会話の主導権を握っている。
「まぁ僕の能力は分身を作るものだけれど」
「それは自分以外のヤツにも可能か?」
「できるよ」
「あと分身について、一つ質問なんだが」
「なに?」
櫻井は頭を働かせる。あらゆる可能性を模索するように。
「分身系によくある弱点で影ができないとかはあるか」
「……ある」
「わかった」
グランドの上に指で線を引いて戦場を書き出し、丸に名前を書き込み配置を描き出す。そして矢印を描き各自の分担をその横に追随するように明記する。
「富島は俺が攻撃を引き付ける盾役だから俺に分身をかけてくれ。何より影が弱点であれば岩城との相性が悪い。光の能力で出来るはずの影がないことで見破られる可能性が高い」
考え付く限りの作戦を立てていく。この先に挑む無謀な戦いの為に。
「だから富島と岩城は逆の配置で挟み込むように攻撃をすることを基本としてくれ。俺は正面から相手の注意を分身と俺で引き付けていく」
それを仲間の二人はこくこくと頷き受け入れていたが――
「あと言葉で攪乱させる」
「「言葉?」」
櫻井の言葉に不思議そうにする二人を前に櫻井は一回だけ力強く頷く。
「アホらしいかもしれないが、古来より使われてる戦術の流布ってやつだ」
「流布……?」
「俺ら仲間内がわかっている情報とは別の情報を流して相手を騙しながら注意を引き付ける。例えば分身は俺の能力だと思わせるとかな」
「あぁ!」
「そうすれば、富島の分身は富島自身が勝負所で使える」
「あの……」
気弱そうな女性が三人の話し合いに声を掛けた。
三人の視線が新しい受験生に向くと同時に、
「ごめんなさい!」
見るからにロッドを持っている。魔法系の能力者ということはわかる。試験時間まで残り十分を切っている。それでも櫻井は爽やかな笑顔を作る。
そして脅えている少女の手を自然ととった。
「いまちょうど作戦会議してたところだから、いいところに来てくれた!」
「あっ……ハイ!」
君を待ち望んでいたというようなイケメンスマイルのピエロに胸がときめく魔法使い。先程まで恐がっていたのが嘘のように親し気に頬を染めて櫻井が書いている図に目を送る。
「俺は櫻井。で、岩城と富島だ。お互いの能力を把握してパーティ戦を乗り切りたい。君の名前を教えて欲しい」
「
「桜島さん、名前が俺と似てるね」
「は……い」
櫻井の声にうっとりと耳を傾ける魔法使い。ピエロは分かっていて女心を揺さぶっている。それは今後の方針を説明しやすくするため。打算でしかない。それは純然たる行為ではない。
櫻井の頭の中には試験に受かることしかない。
「桜島さんは魔法使いでいいのかな?」
「ハイ!」
「じゃあ、配置としては一番最後尾だ」
「ハイ!」
「魔法の詠唱には時間がかかるから、富島は桜島さんにも分身をかけられるか?」
「一度に十体が限界なんだ。二人だと……五体ずつになる」
「いや、七で三いこう。俺に七体、桜島さんに三体。それは出来るか?」
「それなら出来るけど……」
不安そうに富島は桜島を見た。櫻井はその視線から相手の不安を感じ取る。富島が何を言いたのかを。何を思っているのか。
見透かすようにしてコントロールしていく。
「富島が桜島さんに攻撃がいく心配をしているのはわかる。魔法使いは長文詠唱中は無防備になりやすいからだろ?」
「そう……」
自信なさげな俯いた表情に笑顔を返す。相手の不安を払拭するように気づかれないように作り笑いを浮かべて。
「そのために俺の分身体を大目にしたいんだ。桜島さんに攻撃が及ぶ前に俺の方で引き付けるために。それに一番まずいのは桜島さんのいる後方エリアで暴れられることだ。これをやられたら何体分身があっても足りなくなる」
「そうか……」
「そのためにも俺が相手の前面で注意を引く。あと富島の分身体は出来るだけ離れた距離に設置して欲しい。これは相手に広範囲攻撃をしかけられた時の保険でもある、それに――」
ピエロは考え付く限りの作戦を皆に間髪いれずに伝えていく。図に起こし視覚からもわかるように、やさしく教えるように語り掛ける聴力にも届くように。会話と仕草でその場を完全に牛耳っていく。
「離れている位置の方が視線でのフェイクをいれやすい。あたかも桜島さんの実体がココにあるように俺達は扱う。それを相手に演技だと悟らせないようにすることが重要だけどな」
次第に櫻井が真剣に語る姿勢に皆が触発されていく。それは勝つための作戦である。試験官を倒そうとこの男は本気で取り組んでいるのだと熱が伝わっていく。
「けど……マナでバレる可能性はないのでしょうか!」
それに引っ込み思案な魔法使いも我と声を上げる。
「それなら僕の分身体はマナの偽造もできるから安心して」
それに答えるのは櫻井ではなく分身使いの受験生。そしてその話に納得して自分の役割を把握するもの。
「じゃあ、俺のやることはフェイクをいれながら時間をかせぐことか」
「岩城は能力の使いどころに気を付けてくれ。分身が見破られるからな」
「わかってる」
「出来れば試験官の能力を確認出来てからだからな」
「……えっ?」
「岩城は相手の能力が何かも分からないのにいきなり光をぶっ放したらいかんだろう。それこそ利用される可能性すらある行為だぞ」
「そうだよ、岩城君。さっき櫻井君が言ってただろう、能力を使うのは勝負所だって」
「あー、そうだった!」
全員が一丸となって目標に取り組む姿勢を見せる。パーティ戦でもっとも必要とされるものが四人で共有できている。お互いを信じ役割を全うするための作戦というものが出来上がっていく。
「最初は俺が盾となって分身と一緒に試験官に向かっていくからそこで能力を把握してくれ。その間に岩城と富島は両方向へ展開して挟み撃ちで剣戟を打ち込んでやれ」
「「了解!」」
「桜島さんは後衛に移動しながら分身体とクロスするようにして攪乱して広がって欲しい。的を絞らせないために。動き出すタイミングは試験官が俺に注目したらだ」
「わかりました!」
櫻井ひとりではどうすることも出来ないことは櫻井自身が一番理解している。
だからこそ自分がすべきことを何かと周りを動かして行く。絶望を打ち砕くために出来ることは何かとプライドも捨てて、社交的にピエロは僅かな時間で出来る限りの最善の策を立てていく。
勝利を勝ち取る為に一人の男が指揮を振るう――。
その風景を見ている者達がいた。
遠くの山の隅で視力を凝らしている多くの人影が連なっていた。
《つづく》
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