第261話 弱者の浅知恵でもタチが悪い部類の攻撃

 櫻井の挑発により緊迫した雰囲気が漂う中で鐘の音が鳴り響く。


 それは時を告げる鐘――正確に時を告げる音。


「それじゃあ、時間だ」


 誰もが試験官の言葉に武器を強く握りしめる。作戦は決まっている。頭に叩き込んである。鐘の音が何度も二十三時という時間を告げる。その鐘が次になる時は終わりの合図となることを見守る三葉達は知っている。


 だが、そんなことを受験生も黒皇帝ブラックエンペラーも知らない。


 だからこそ試験官は宣戦布告する。


「すぐに終わらせてやる」


 戦闘態勢に入ったのは確認した瞬間に櫻井が声を張り上げる。


「一斉攻撃!」

 

 声を全員に向けて張り上げる。魔法使いはマナを集中する。他のメンバーは武器を振りかぶる。櫻井もポケットから小石を取り出し振りかぶる。


 魔法使い以外は武器を投げつけようすると態勢を取っている。


「おいおい……そんなんで大丈夫かよ」


 試験開始と同時の一斉攻撃という名の武器を捨てるような行為にため息をつきたくなる。さすがは底辺の考えることと納得ぎみに呆れる。これがこいつ等の作戦かと。


「投げろ!」


 武器を振りかぶった全員が一斉に下に叩きつけるようにして振りかぶる。その横で魔法使いは詠唱を告げる。一斉攻撃の主軸なとなる呪文を。


「 土 壁 《ストーンウォール》!」


 それは合図だ。地面から盛り上がるように立ち上る壁。


「攻撃……?」


 呆ける試験官との視界を塞ぐように櫻井たちの前に出来上がる横一列の巨大な土壁。それは防壁のようにしか見えない。


 おまけに武器を投げる行為とは間となって障害物となっている。


 だが、その壁の後ろで声がする。指揮を執るように大声を張り上げている。


「岩城、富島! 散開さんかい!」


 壁の後ろで二人は櫻井の作戦に頷く。そして櫻井は視線を桜島に移して声を張り上げる。わざと試験官にも聞こえるように。


「俺が分身を作るから桜島さんは後方でチャンスを伺ってくれ! 合図は俺が出すから!!」

「わかりました!」


 山で見ている試験官たちがざわつく。富田君が首を傾げるようにして覗き込むように受験生たちを見ている。


「これって……攻撃じゃなくて視覚妨害?」


 武田と岩井がほっと一息ついたようにして答えを語る。


「ブラフか……」

「あんな一斉攻撃あるわきゃないよな。開始早々武器を放り投げるなんて」


 獣塚は考え込むようにして口を開く。


「どちらにしろ正攻法では突破できるわけもない。時間を稼げ、櫻井」


 そして、三葉と一葉の眼が見開く。


「何あれ……」

「人数が増えてる?」


 土壁を前に試験官は能力を発動する。手に何も持っていなかったはずの場所に漆黒の剣が浮かび上がり握られる。


「アイツの相手は俺がするからみんな援護を頼む!」


 櫻井たちの声は聞こえている。この壁はカモフラージュでしかないということ。


「くだらねぇ、」


 握られた剣が水平に向けられて、


「こんなん目くらましにもなりゃしねよ」


 横一線に振られる。闇夜に紛れる剣が黒く光り一線を引くような軌跡を残す。それは櫻井たちの土壁をいともたやすく切り裂く剣戟一閃。たった一振りで防壁の役割を果たすことを止める土壁から正面に見える男の姿。


 それに剣を構える黒剣士。


「どうやら弱者は弱者らしく小細工が得意らしい」


 斬られた土壁を乗り越えるように現れる櫻井の姿。


「ウォオオオオオオ!」

 

 だがその無防備な姿は声を張りげようとも些か策に欠ける。単独突破を試みるにしてもスピードが足りていない。試験官から見ればなんということはないスピードでしかない。


 迫りくる前に対処はいくらでもできる。


「まずはお前からだったな」


 剣が振り下ろされる。それは剣圧だけで周囲の空気を押しのける。吹き付ける剣戟に上乗せするようにして櫻井目掛けて攻撃が繰り出される。


 黒い波動が目に見えて櫻井を狙う。


「クッ――!?」


 櫻井の体が黒い剣圧に押しのけられて噴き上げられる。その体は宙を舞うとともに空で消えた。その光景に試験官の声が上がる。


「なっ……」


 それは富島の作った分身体でしかない。本体ではない。櫻井の本体は用心深く物陰に隠れ相手を伺っている。


「初めに黒い剣は持ってなかった……」


 そして相手の攻撃を分析していく。


「あれは能力で作られたものか。色は黒……中距離攻撃の剣閃けんせんが使えるってところ。だが見えるのであれば対処しようもある!」


 壁から這い出るようにして新しい櫻井が出てくる。それに眉を顰める試験官。


「さっき分身とか言ってたな……」

 

『俺が分身を作るから桜島さんは後方でチャンスを伺ってくれ!』 


 壁の残りのせいで何があるのかが見えていない障害となっている。それを踏まえて試験官は初撃より足腰に胆力を込める。櫻井もろとも全てを破壊するように能力で剣に力を込めていく。


「ちょこざいな……」


 漆黒の剣は燃え上がるように黒いオーラを纏いだす。


「全部まとめてかッ消してやるよ!」

 

 それは横一文字に鋭く世界を切り裂くように振られる。それと同時に残っていた土壁全てが衝撃波で宙に霧散していく。新しく出てきた櫻井もそれに巻き来れるように空へと舞い上がり。


 上空で消える――。


「どこにいきやがった……」


 土壁が全部取り除かれて見えるのは魔法使いの背中。しかも四人の魔法使いが後方へと離れていくように散り散りに移動をしている。その視界に映るものより他が気掛かりでしょうがない。見えない姿が動揺を誘う。


「他の三人はどこにッ!?」


 大分距離が離れた位置まで移動している魔法使いは攻撃に移る姿勢を見せていないからこそ警戒から外している。それよりも生意気なアイツの姿が無い。それ以外の剣士の姿も。


 土壁は目くらましに使われただけではない。


「やるな、岩井」

「あぁ、これは上から見てなきゃ完全に騙されるな」


 能力の発動を悟らせないように使われたもの。


 それは分身体の能力ではない。桜島マイの『魔法』を隠すための防壁。


 校庭のわずかに土が捲れ上がっていく。そこに伏せるようにして配置されている受験生と分身体。もうすでに櫻井たちの配置は完了している。


 この行動は全てが仕組まれていた。


 なぜ声を出したのか。


 『一斉攻撃』といったのも土壁を出すための合図でしかない。武器を投げる行為を見せつけたのも桜島の詠唱から気を逸らすための囮。そして土壁の後ろで声で隠していたのは桜島の次なる魔法。


 桜島の詠唱を隠すために櫻井は土壁の後ろで声を張り上げ続けた。


 土中どちゅうに潜る潜伏魔法を隠すために。


 土壁の下を通り気づかれないように試験官を取り囲むように配置は完了している。そして櫻井の分身は五体、本体を入れて六体が残っている。


 その一体が地中より飛び上がり姿を現す。


「ここだよ、バカが」


 土中から現れた櫻井に小ばかにされ苛立ちが募る試験官。受験生、それも最底辺の連中に小ばかにされているような状況に怒りが募る。全てを力で圧倒しようとその剣は振るわれる。


 一体の櫻井に向かっていく黒い剣圧。それを前に櫻井が口角を緩める。


「今だ、後ろからやっちまえ!」


 新しい櫻井がもう一体がどこからともなく出現して声を上げる。


 言葉を張り上げ情報を流す。気配がないのになぜと考える暇を試験官に与えない。気配がない状態で現れてくる受験生。そして櫻井以外の姿が見えないのが気にかかっている。


「チッ、後ろか!」


 試験官は剣を後ろに向けて振るう。何もない状態のところの空を切る。


「——ッ!」


 多すぎる情報量。分身というのはわかっている。それでも数が把握できていない。櫻井が何体いるのかもわからない。全体を見渡す様に頭を振って異常を確認する。


 完全に櫻井の術中に嵌っている。


 冷静を失わせるような行為の連続。戦闘経験から頭を回転させるが分身が他のヤツに使えるという情報までしか取れていない。桜島マイの分身がいたことしかわからない。


 だからこそ、これが魔法なのか能力なのか判別が出来ずに顔を歪める。


「こっちにもいるぜ」「ここだつっただろう」「さて問題です」「あと俺は何体いるでしょう?」「そして味方は何人に増えてるでしょか?」「おバカなお前にわかるかな?」


「チィイイイ!」


 櫻井の残された全六体が姿を現して声を上げてくるのが苛立ちを加速させる。挑発するような笑みを浮かべて、心の内を見透かす様に動揺を誘う。


 そして六体が色んな方向から一斉に走り出す。


 一撃加えれば分身は消えるが一度に全滅しない様にうまく分散して距離を取っている。それに警戒心が上がっている。何をしてくるかが分からないという状況が能力を生み出す冷静さをかき乱している。


「今だ、援護を頼む、岩城、富島!」


 誰かに合図するように声を張り上げて黒い剣士の右横に視線を向ける。


「俺が触れば俺の能力でテメェは終わりだ!」


 ——分身が能力じゃないのかッ!? ってことは、この分身は魔法!?


 その声が耳障りで仕方がない。だが種を植え付けられていたが故に意識が働く。


『まだ相手の能力も分からないのに勝った気でいるなんて、高尾山にいる天狗ってお前の事だったんだな』


 まだ未知数の能力。マカダミアを受けるもので無能力な存在など皆無。いても、あの涼宮強ぐらいである。だからこそ意識が取られる。櫻井の出す指示が嘘だと分かりつつも何かの合図になっていると。


 姿を見せない二人の存在がどこまでも意識から外れない。


「どこまでもウザイ……」


 苛立ちが募る。弱者の浅知恵でもタチが悪い部類の攻撃。


『あと言葉で攪乱させる』


 それは人の猜疑心さいぎしんをくすぐるように言葉巧みに試験官の反応を見て行われている。それが櫻井にとっての特異な攻撃。


 騙し合いの中で磨き上げた観察眼とブラフ


「野郎だァアアアアアアア!!」


 そして、わざと相手を苛立たせ冷静を失わせる挑発行為。すべては櫻井の手のひらの上で感情を躍らせているに過ぎない。


 そして、その怒りが頂点に達したところを見極めたピエロは嗤う。


「触れたら最後だぜ、試験官様! 俺のとっておきの猛毒を見せてやるよ!」


 その猛毒の嘘を武器に試験官へと向かっていく。



《つづく》

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