【お受験戦争後編】さぁ始めようぜ、俺達のデスゲームを —真の英雄の条件—
第257話 駒沢の涼宮さんと鈴木さんは相変わらずである
私服に紙袋を持った黒髪の中学生がぼやく。
「それにしても……これどうすんだよ」
紙袋を上げるとがさっと音がした。もはや原形はとどめていない。激しい戦闘の末に見事に爆裂魔法で焼かれた。それは借り物。だからこそ、涼宮強はまいっている。
「まぁ正直に話すしかねぇか」
帰宅途中にあるデカい門の前で強はインタホーンを押す。出てくるのはもちろんあの人物である。
『強様、お帰りなさいませ』
「時さん……わりぃ。借りた玉藻の制服なんだけど……」
申し訳なさそうに時に事情を語りあかす。
強は美咲の代打を務めるために試験に向かう途中に鈴木家を訪問した。それは衣装を借りるためである。途中で美咲で行かなきゃいけないと気づいた強は急いで戻って制服の調達に走っていた。
それも本人のではダメだと判断を下した中でのこと。
美咲のサイズでは強の体には合わない。サイズが小さすぎるのである。それで考えた際に残された選択肢は一つ。知り合いの女子など一人しかいない一匹オオカミ。
困ったら鈴木家へ行きなさいと家訓でもある。
「スカート以外は焼け焦げてしまった……」
『お気になさらずに。制服のスペアなどいくらでもありますので』
そして時は言葉を続ける。
『それに強様がお着に召した制服であれば玉藻様にとってプレミアものでございます』
「ん、どういうこと?」
『それより強様、美咲様の体調は大丈夫なのでしょうか?』
「あっ、そうだった! わりぃ、時さんここに置いてくから!!」
時に言われ現状の状態を思い出した強は一目散に我が家へと帰宅する。そして門の前に紙袋が置かれたままだった。数分遅れて黒塗りの車が到着した。扉が開き若い女の子が下りてくる。
青がかった黒髪を揺らして、
「はぁ……疲れた……」
目の下にクマを作り栄養ドリンクにストローを刺している。そして学校の制服を着ている。フラフラとした足取りで門の前に立つと紙袋が落ちている。
「なに……これッ!?」
口にくわえた栄養ドリンクがカランと下に衝撃を加える。
「ふにゅぅ!」
少女は両手であたまを抑えて怯えるようにうずくまった。
ここは総理大臣の持ち家に当たる。そこに置かれた謎の紙袋。しかも若干焦げた匂いがする。だからこそ鈴木玉藻は爆弾の可能性に脅えて伏せた。転がっていく栄養ドリンクの空き瓶。少女は目を薄っすらと開け始める。
「爆発しない……」
「玉藻様、おかえりなさいませ」
「時じぃ?」
くたびれた白髪の老人が出迎えるのを少女は不思議そうに見つめた。疲れているのもあるせいで思考がうまく働いていない。彼女はここ数日徹夜を続けハードなスケジュールをこなしていたのだ。
「ちょっと、時じぃ――」
爆弾と思っている少女の前で紙袋を平気で持ち上げる老人。
「それ持っちゃダメだよッ!」
そして、老人は不思議そうな顔で慌てるお嬢様を見やる。酷く怯えている。紙袋を持っただけで尋常ではない震えようである。それは強からのプレゼントのようなもの。
持っちゃいけないほど大切なものなのかと老人は紙袋からすぐさま手を放す。それは抜き取ったに近かった。空中から落ちていく紙袋に玉藻の眼が見開く。爆弾が地面に落とされようとしている。
——なんで無為に衝撃を与えるのぉおおお!?
時の眼にはハッキリと何かに脅えている玉藻の姿が鮮明に映し出されている。そこで老人は気づく。いつもの如く専属しているお嬢様のアホな勘違いであると。その貫き手は神速の蛇。
落ちる紙袋の取っ手を絡めとるように間に腕を寸分の狂いも無く通す。
「玉藻様、爆弾でございませんのでご安心を」
「……それを先に教えてよッ!!」
疲れている玉藻ちゃんは錯乱状態で爺様を怒鳴りつける。時政宗に対してだけは鈴木玉藻は理不尽に当たる。そして時はそれを見事に受け流す。
「玉藻様、夕食の準備が出来ておりますので中にお入りください」
「紙袋も持っていくの!?」
「えぇ、これは玉藻様へのプレゼントでしたが……お預けさせていただきます」
「なんでプレゼントが玄関前の地べたに置かれてるの!?」
「昭和ではよくあったことでございます」
「いま平成だし!! 私、昭和生きたことないし!!」
二人は仲良く言い合いながら門の中の庭園を歩いてく。玉藻のテンションはいつもよりおかしく眼もギラギラして極限状態に近い。なお、門の前に転がっていた栄養ドリンクの空き瓶は運転手によって見事に回収されている。ポイ捨てなどするわけがないのでご安心下さい。
「玉藻様、本日の結果はどうでございました?」
「愚問だよ……愚問だよ、時じぃ!」
ぶっ壊れ気味の玉藻ちゃん。もはやキャラも崩壊しつつあるがこの女は強ちゃんの為に廃人的スケジュールを繰り広げているのである。
「もちろん合格に決まってるでしょ!」
「さすがでございます」
「明日は三つ試験があるから朝六時に起こして、それと送迎の車をお願いね!」
「あまり無茶をするのはよくありませんよ、玉藻様」
三つの試験を一日でこなすというのが人間業ではない。玉藻ちゃんだから出来る荒業に近い。そして鈴木家の使用人全面的バックアップがなくては成立しないし、常人の体力では普通に持たない。
「いくらでも無茶してやるわ……私に不可能という文字はない!」
「ナポレオンの名言であれば、吾輩の辞書が抜けておりますと減点になるやもしれません」
「ナポレオン・ボナパルト フランスの軍人であり革命家1769-1821」
「ご名答でございます」
「どんな科目が来ても万全な体制だよ……私は」
眼が血走ってクマが酷い。総理の孫娘とは思えない狂気を演じる玉藻ちゃん。まぁたまにぶっ壊れるのは持病なようなものなので執事は扱いにたけたものである。いつもと変わらず接し方は変わらない。
確信をつく一言を恋する少女にぶちこむだけ。
「そこまで努力なさる気概があるのであれば、強様に直接どこの高校に通われるのか聞かれた方が早いのではないのですか?」
「時じぃはわかってないよ……」
それは少女にとっての禁句に近い。出来るものならやっている。聞けるものなら聞いている。バレるのが恥ずかしくて隠し通している乙女心を昭和のじじぃは容易く一線を越えてくる。
「出来たらやってるからッ!」
「……」
睡眠不足によりテンションの波長が激しく波打つ少女に爺様は言葉を失った。ちゃんと言葉で言っている。その無理が出来るのであれば強に聞いたほうがいいと。犯罪スレスレのそこまで出来るのであれば直接聞いたほうがいいと申し上げたのだ。
この女の行動は常軌を逸していた。
この女、好きな男の子がどこの高校へ行くか分からないから受けれるだけでの高校を全て受験しているのである。関東圏全てをマークするように一日三校は楽勝で受けている。
しかも、テスト中に他校への移動をしている。
各試験科目ごとにトイレ休憩で抜け出して外に待機させてある使用人の車で公共道路をぶっ飛ばす。その間に仮眠を取り、試験に遅刻したテイで受験を受けている。その体調不良のクマがある顔に試験官たちは言葉を失うのは云うまでも無い。
さらに爺様からちゃんと事前にフォローの連絡をしている。
ウィルス性胃腸炎で下痢が止まならい可能性があると。
使用人たちの頑張りもありなんとかハードスケジュールをこなしている。ただ鈴木玉藻も異常である。一つの科目にかけられる時間は五分程度。鈴木玉藻の知能はオカシイ。その五分で全ての回答を埋めてくる。高IQによる特攻。雑魚問題など暗算で終了である。その為の勉強もかかしていない。
全ては強と一緒の学校に通うために高校受験をコンプリートしようとしている。
だからこそ爺様は真実を伝える。
「玉藻様、強様はマカダミアキャッツ高校の受験を本日受けておりました」
「なにいっちゃんてんのー、時じぃ?」
真実に対して少女は鼻で笑う。
「強ちゃんだよ、あの強ちゃんが! マカダミア? 強ちゃんが受けるわけない! ちゃんちゃらおかしいよー♪」
幼馴染は弱い存在だと思っている彼女からしたら笑い話である。
「時じぃはボケが始まってるから明日病院に行ってきなさい!」
「……」
聞く耳持たぬ主人に爺様もちょいとカチンときたが嘆息をつくだけにとどめた。この玉藻という少女は思い込みが激しいと知っているから無理だと。時は強がマカダミアに受かることを知っている。
受からないわけがないことを知っている。
美咲の策略により強が高校受験を受けさせられていることも調べがついている。それでも目の前のお嬢様にはそれを伝えるすべもない。おまけに教えたところで、この時の玉藻ではマカダミアに受かるわけもないので時政宗はほっておくことにした。
「食事は自室で勉強しながらとるから運んでおいて、時じぃ」
「かしこまりました」
恋する乙女の野望は果てしない。すべての高校に合格判定を貰いに行こうとする官僚一族の超絶IQ娘。眼に本気の決意とクマがたゆまぬ努力を宿している。
「……」
だが、爺様は知っている。
それを無駄な努力ということを。伊達に長年生きていない。
「美咲ちゃん、具合は大丈夫!!」
「病院行ってきたけど、なんともないって言われたから大丈夫」
美咲は病院に行っていた。仮病ではあったが不治の病が気になってしょうがなかった。花粉症でないと診断が下されてほっと一息ついたところである。
「お兄ちゃん、試験はうまくいった?」
「全国一斉模試は止めた方がいい!」
「どうして?」
兄が必死に訴える様に美咲は首を傾げる。
「高尾山には山賊がいるし、地雷もいっぱいだから!」
「……地雷……山賊?」
「そういきなり殴りかかってきたんだよ!」
受験内容を搔い摘んで強が話すと大体こんな感じである。相変わらず話し方が下手くそな主人公である。語彙力より文法が怪しい。必要な情報が抜け落ちている。
だが嘘は言っていないのが玉に
だが、美咲は頭がいいので山賊という下りから実戦試験のことと理解した。
「で、山賊はどうしたの?」
「いきなり来たからぶっとばしてきた!」
「さすが、お兄ちゃん! よくやった!!」
「お兄ちゃん、世の為、人の為、美咲ちゃんの為に完膚なきまで山賊をギッタンギッタンにしてきたよ!」
褒められていらん情報を口添えするのが涼宮強。褒められるのに弱い。よいしょに超弱い。そして美咲はそれを聞いて安心した。実戦試験の試験官たちを無双してきたのだと。
この兄である。ひとたまりもないことは理解している。
「ありがとう、お兄ちゃん♪」
「美咲ちゃんの為にお兄ちゃん頑張ったよ!」
「今日は好きなものを作ってあげる、何食べたい?」
「焼きそば!」
完全に妹に手籠めにされるのが涼宮強である。妹は兄の扱い方を熟知している。そして高校合格の前祝いも兼ねた食卓の準備に取り掛かるのであった。
駒沢の涼宮さんと鈴木さんは相変わらずである――。
《つづく》
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