第255話 前例をぶっ壊してこい、主人公!!

 校舎いったいが騒がしくなる。


「二人目確保ホォオオオ!」

「逃がさんぞ、受験生!!」

「ヒィイイイイ!」


 ド迫力の剣士とタンクが受験生を襲っていく。そして試験官たちの待機場所である体育館に僧侶二人が紛れ込む。富田と名も無き僧侶。


「彼の試験官は……」

「富田、次に帰ってきたやつがそうなるってことだな」


 試験官たちの順番は決まっている。そして、もうすでに結果は出てしまっていた。富田の目に映る試験官たち。それは涼宮強と対戦した実戦試験の敗者達もいる。全員が心折られどんよりとした空気を出していた。


「私は聖職者ではなく……汚職者です」


 目が死んで色がない。


「神は死にました……悪魔が勝ちました」


 聖職者とは同じギルドなので知り合いの富田も眉を顰める。下はジャージに体操着を着ている。防具はどうしたのかを富田は知らない。お小水まみれのローブが川で洗濯されて干されていることを。


「奏者は……死んだ」


 魔法使いに至ってはもはや絶望と現実の区別がついていない。剣士は生きているが病院送り。壁にもたれ掛かって精神を喪失している。


「実家に帰ろうかな……」


 戦士に至っては体育座りで巨体を縮こまらせて肩を震わせている。泣きながらしくしくと震えている。恐怖で一時的に体がやせ細っている。


「オカマは……こえぇえよ」


 実戦試験で何があったかを知るのは当人たちだけ。強にやられたもの以外にも休憩している試験官たちがチラホラ見える。だがそれでわかってしまったことがある。


 富田は結果を察してしまった。


「もうすでに……」

「富田、どうした?」


 何も分からぬバカ僧侶は顔歪める富田に問いかけた。


「もう残りは落験おちけん組だけだ……合格の可能性がある組は終わってる」

「それはそうだろう……時間的に……って!」

「わかるだろう……」

「じゃあ……」


 その事実に二人は眉を下げた。校長の決断により浮かれていたが現実が見えてしまった。ここに落研組の試験官だけいないということがどういうことか。


 もうすでに扉は閉ざされていた。


 百枚の切符はもうすでに切られた後だった――。



「起きて」


 教室で寝ている櫻井の元に三葉と一葉が到着した。櫻井は不思議そうな目で二人を見る。服装の違いはあれど顔が似ている。あー、双子かと疲れながらも理解をした。


 納得する櫻井を前に三葉が小瓶を片手に身を乗り出した。


「君の実戦試験の時間が決まった」

「何時だ……」


 疲れ切った顔で櫻井は問いかけた。もうすでにボロボロ状態だが諦める気などない。今からだと言われれば行くぐらいの覚悟は出来ている。だからこそ、三葉は微笑んで返した。


「二十三時からだからしっかり休んでね」

「にじゅうさん……?」


 三葉の提示する時間に眉を顰める櫻井。どうなればそんな遅くなるのかも分からない。疑いの視線を向けるが後ろの一葉もこくこくと頷いている。櫻井から見た二人は嘘を言ってるようには見えない。


「わかった」


 だからこそ櫻井は言葉少なく返す。それに三葉と一葉悲しそうな目をして見つめた。受け入れてしまうことの意味を彼は分かっているのかと。その試験時間の意味が何を持っているのかと。


「俺から質問良いですか?」

「な……に?」


 フラフラとしながらも瀕死の受験生は問いかける。それは揺さぶりだった。情報を求めるが故に櫻井は問いかける。


「落験っていうのはなんですか……」


 ずっと気にかかっていた。受験の申し込み時に手に入れたフレーズ。その意味を彼はまだ知らない。だからこそ三葉たちも驚きを見せる。そんな言葉をどこで知りえたのかと。


 その二人をさらに揺さぶるように男は声を繋げる。


「言葉の意味からすると落ちるのが確定しているヤツってことですか?」


 正義の色が強いマカダミアにとって知られたくはない制度。それでも櫻井は踏み込んでくる。分かっててそれでいいのかと問いかけるように挑発してくる。


 これは櫻井に取っての駆け引き。


 もし何もせずに合格できないことが決まっているのだとしたら、それは彼にとっての望みが絶たれたことに等しい。それを覆すためにヤツは試験官を揺さぶっている。もうすでに裂傷は数え切れず骨折はゆうに十を超えて、意識が朦朧としてもヤツは戦うことを止めない。


 文字通り命を賭ける覚悟はとうに出来ている。


 諦めた様に双子は語る準備を整える。


「君の想像通りだよ」

「三葉……」

「かずねぇ、隠してもこの子には意味がないから」

「そうだね……言わなきゃいけないよね」


 それに櫻井は小首を傾げた。もっと高圧的な態度を取られるかと思っていたがそうでもないのにしっくり来ていない。挑発するように揺さぶりをかけたのに、二人の反応がまるで自分に手を貸してくれる状況のような雰囲気。


 ただ空気の流れに身を任せるように櫻井は耳を傾ける。


 双子は一呼吸置いてから一葉が口を開いた。


「マカダミアの受験に於いて合格者は百名って決められている」


 それに続くように三葉が口を開いた。


「それも上位百名。基礎体力試験と実戦試験の結果でそれはほぼ決まる」 


 二人は息を合わせた様に順番に櫻井へと事実を語る。


「時間から見るにもうすでに合格者百名は決まっている」

「だから君は落験組になる」

「なぜなら君が基礎体力試験の最終だから」

「君の実力は最下位として見られている」


 櫻井が出した結果。どう足掻いても上位百名に入るには足りていない事実。それでも双子は別に貶めるわけでもなく事実を淡々と告げる。


 その想いを隠しながらも。


「君が二十三時に受ける実戦試験の結果は無意味なものになる」

「君がどれだけ頑張ろうと無駄な努力として消費される」

「……」



 それは事実なのだ。


「君にはマカダミアに受かるほどの才能がない」

「君にはマカダミアに受かるほどの実力がない」

「……」


 だからこそ櫻井はただ話を聞く。この二人が何を言いたいのかと答えを待ちながら。分かっているから。二人が自分に向けているのは失望でもない落胆でもない。


 別の何かであることが空気からわかっているから聞きに徹する。


「落験は落第者を落とすための試験制度」

「落験に入ったものはどれだけ抗おうとも無理」


 二人は静かに目を閉じて言葉を合わせた。


【落験組に入ったもので今まで誰一人として合格した者はいない】


 それが現実だ。どうしようもなく残酷なシステムでしかない。


【この前例が未だかつて破られたことはない】


 だからこそ櫻井という男に問う。その現実とどう向き合うのかと。


【それでも君は実戦試験にまだ挑むというの?】


 二人の言葉と真剣な眼は櫻井に覚悟を問う。それに櫻井は目を閉じため息をついた。この二人に嘘はないと確信できる。ここで双子が嘘をついたり自分を動揺させる理由など何一つない。


 そして、この言葉に込められている答えも分かっている。


 だから、櫻井は口角を少し緩めて嗤う。


「普通に考えれば無理難題だな……」


 櫻井の答えに二人は心配そうに櫻井を見つめる。どういう答えを出すのか待ちわびている。それに櫻井はハッと笑って返す。


「だからどうした?」


 そんな理由など意味がないと笑い飛ばす様に。双子はきょとんとした。知ったことではない。受からない事実があろうが櫻井には関係ない。その切符が全て配られていようがどうでもいい。


 この男の狂気はそんなもので止まるほどおとなしいわけがない。


「前例なんて言葉は破られるためにあるもんだ」


 櫻井は笑い飛ばす。今までないことがどうしたと。それはこれから先もそうであるというわけではないと。そして俺がそれをやって見せると言葉に意志を込めている。


「才能がない、実力がない。一度アンタに言ったはずだ」


 櫻井は三葉を指さした。それは第二試験にもうすでに問われている。二度目の問いなど櫻井にとって愚問でしかない。


「それでも諦めねぇと。前例がなきゃ作ればいい。覆せばいい」


 男は覚悟を持って答える。やりたいことがあるから止まれないのだと。そんなものは自分を止める理由にならないのだと。


「死ぬ気で挑む覚悟は出来てる。俺はそういう世界で生きてきた」


 何度も越えてきた。あの世界で理不尽なことは味わいつくした。元からそういうルールでしか勝負をしたことがなかった。デスゲームという世界ではそれが当たり前だった。


「死ぬか勝つかでしかないなら死ぬまで諦めねぇよ」


 二人の期待を見透かすように櫻井は皮肉に笑って返す。それを聞いて双子は見つめ合った。そういやつだと。コイツはそういうやつなんだと。


 ボロボロで今にも倒れそうで限界も近い癖に強がる。


 だからこそ期待をしてしまう。二人の眼は意思を繋げた。


 ——そうだ。それでいい、君は。


 それは期待に応えた少年に対するさらなる期待。


 ——前例ってものを破る奴は君の言う通り普通じゃだめなんだ。


 そして二人の視線は一人の男に重なる。


 ——君みたいなヤツじゃなきゃ!


 三葉が小瓶の蓋を開けて櫻井の頭の上に掲げた。

 

「本当生意気だよ、君は」

「うわっぷ!」


 その雫は櫻井の頭から全身に降り注ぐ。とめどなく溢れる。頭から水をぶっかけてくる試験官たちに櫻井は困惑する。突然の暴行。


「生意気だよ、かずねぇ」

「生意気だと私も思うよ、三葉」

「何しやがんだッ!」


 二人に怒りの視線をぶつける櫻井。だが双子はそれを前に嗤う。狂気が伝染してしまった。三葉はいたずらに一葉に視線を合わせる。


「あー、あまりに生意気な受験生だったから水をぶっかけたくなっちゃった」

「三葉、それ水じゃないし。貴重な物なんだから」

「あー、あとで先生に謝らなきゃ」

「もう、三葉はおっちょこっちょいなんだから」

「テメェら――っ?」


 目の前で繰り広げられる三文芝居。それに櫻井は怒りを露わにしたがすぐに異変に気付いた。体が軽くなっている。頭を触ってみると傷がふさがっている。骨折の痛みも引いている。


 不思議そうな顔で双子を見上げる櫻井。それを前に二人は櫻井の顔をまじまじと見つめた。水が滴る髪がへたり落ちて血だらけの顔は綺麗になって、血色も良くなった。


「やっぱりムカつくほどイケメンだよ、かずねぇ」

「本当に顔立ちが整ってる。嫉妬しちゃいそうになるよ、三葉」

「はぁーあ?」


 どこからどう見ても端正な顔立ちをしている。


 だからこそは二人は笑って教室を後にする。


「さぁいこう、かずねぇ」

「ムカツクからいこうか、三葉」


 櫻井という男にエールを投げかけるように。


「君は主役の顔をしている」

「君は主役になれる器を持っている」


 何とも言えぬ双子の言葉と奇行を前に櫻井は何もペースを奪えずに佇む。だが双子は実に楽しそうに期待に胸を膨らませていた。きっと櫻井ならと思ってしまえるから。


「「前例をぶっ壊してこい、主人公!!」」


 双子にとって今日の受験生で間違いなく一番は櫻井という男なのだから。




 だが、この男はどこまでも不幸なのだ。


「富田……」

「なんで……」


 二人の前に現れた実戦試験の試験官。実戦試験と基礎体力試験では試験官の学年が違う。さらに言えば実戦試験の中でも落験組の試験官だけは違う。それは選ばれたものである。


 田中という男が選ばれてしまったように――


「よりにもよって……」

「アイツか……」


 その男は黒光する鎧に身を包み最終試験の時間を確認する。


「二十三時……遅すぎるだろ……」


 富田も名も無き僧侶もその男がどういった男かは知っている。その男は昨年の実力者に選ばれていた。学園対抗戦のマカダミア代表だった男。二年生に於いて実力は折り紙付きとなっている。


 その男は黒の能力と鎧を持つことからこう呼ばれた。


黒皇帝ブラックエンペラー』と。


 どこまでも櫻井という男には絶望が付きまとう――。



《つづく》

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