第254話 試験官たちが動き出す!
櫻井の実戦試験は二十三時開始と猫が告げた。
道を閉ざされていた少年に僅かばかりの猶予が出来た。それは蚊ほども意味を成さないかもしれない。それでも櫻井という受験生の力にはなれる。残された時間を回復に当てられる。
試験官たちの眼に希望が見える。みんなで目を合わせて輝かせている。開始時間をギリギリまで待つということの意味を諭すように猫が説明を入れようとした。
「変更をするに当たって一つ条件がある……」
だが、聞く態度を整えない試験官たちはもうすでに動き出していた。
「岩井! 俺らは残った受験生に説明に行くぞ!!」
「武田、了解だ! 一人残さずとっつ構えてやる!!」
「お願い、武田、岩井!」
武田と岩井が走って出ていく姿に猫は呆気に取られた。
「「まかせとけ、三葉!!」」
もうすでに指示を出す前に団結して動き出している。各々で何をすればいいのかを考えだしている。止まってはいけないと。このチャンスを逃してはいけないと間を与えないかの如く彼女らはやる気にみち溢れていた。
「富田君たちは実戦試験の試験官に時間変更を伝えてくれる!」
「三葉さん分かった。了解だよ!」
「いくぞ、富田!」
「ちょっと、富田、獣塚、俺も行くって!!」
僧侶組が駆け出すと同時に入り口は封鎖された。佐藤が足を扉にかけて出口を塞いでいる。顔には怒りが伺える。
「どこへ行く気だ?」
どこへも行かさないと足をかけているのに獣塚はイラついた。
「今は実戦試験の担当に時間変更を伝えにいかなきゃいけないんだ! そこをどいてくれ佐藤先生!」
時間がないのに手間を取らせないでくれと獣塚は声を荒げるが佐藤はピクリとも動かない。そして真意を告げた。
「獣塚、お前はダメだ」
「えっ……」
言い方に違和感がある。富田は納得した。
「そういうことなら、獣塚さんは置いときますので煮るなり焼くなり好きにしてください!」
「獣塚だけ置いてきます!」
「富田ぁああ!!」
別れを告げて僧侶二人は走り去っていく。その背中を寂しそうに見つめて獣塚は佐藤を見上げた。顔がメチャクチャ怖い。怒っているのだ。獣塚に対してだけ。
だからこそ取り残されてしまった。
仕出かしたこともわかっているからこそ
「あの……お説教なら手短にお願いします……」
「とりあえず机を直すのが先だろう、獣塚?」
壊した机はどうすると説いている。お前が壊したんだから責任取れよと。他の者達が追い風ムードに乗るなかで獣塚だけは取り残されることになる。泣きながらも獣塚は校長室の机の修理に取り掛かることとなった。
それを他所に双子の姉妹は首を縦に振る。
「行こう、かずねぇ!」
「わかってるよ、三葉!」
校長室を後にして走り出した。その後を遅れて高畑が追いかけていく。
三人が残された校長室で猫は佐藤先生を見やった。
「佐藤先生、高尾山の管理者に遅くなる旨を連絡頼むにゃん」
「わかりました」
生徒だけではどうにもならない部分もある。だからこその渡し船。猫の指示を聞いて佐藤は鼻でため息をついた。
「これで何か変わるのかはわかりませんがね」
佐藤からすれば理解など出来ない。ただの数時間の確保であんなにはしゃぐほど喜んでいるが結果は変わらない。何一つ未来は変わってなどいないのだから。
「本当にゃんよ……まったく」
そう思いながらも猫はどこか微笑んでいた。
彼らの熱意に負けた結果でしかなくともその全員の表情が生き生きとしていから。生徒達の喜びは彼にとっての喜びでもあるから。
その根源が何なのかには気づいていなかった。
「ふふふ……」
だからこそ獣塚はほくそ笑む。
「獣塚、手が止まってるよ!」
「は、ハイ!」
机をトンカチと釘で直しながらも獣塚は高揚していた。校長が提示した条件が突破口になる可能性があるからだ。トンカチを打ちながらも確信を強めていく。
——今日一日限りと校長は言った。
それは校長が提示した条件。待てても今日一に限り。それを最大限譲歩しての二十三時スタート。この意味を試験官たちは理解していた。
——ようは一時間。
二十四時には高尾山との契約上無理を言いづらい時間帯に入る。
——ようは一時間だけ耐えることが出来ればいい。
そこがタイムリミットであることは間違いないと確信している。実戦試験でも苦戦は予想される。勝てる見込みなどないことは分かっている。だが、櫻井という受験生なら倒れることはない可能性がある。
——それでヤツは合格する!
櫻井という男の異常なまでのタフさは見た。倒れないことにかけては天下一品。ならば、その特性を最大に発揮できる条件とは何か。それは校長が提示した条件と偶然にもマッチする。
櫻井にとっての最高の条件。
——あとはお前次第だ、櫻井はじめ!
獣塚のトンカチは期待の音を鳴らしていることに佐藤と校長は気づいていなかった。
「待って、三葉さん、一葉さん!」
廊下で二人を呼びとめる声がして双子は振り返る。
「「高畑先生?」」
双子の後ろから高畑が白衣を揺らしながらも合流した。息を一呼吸して整え白衣のポケットからガラスの小瓶を取り出して三葉の手に置いた。
「これを保健室まで運んで欲しいの」
「先生、私達急いでて!!」
「いいからよく聞いてッ!!」
慌てる三葉の声を打ち消す様に高畑は声を上げた。想いは三葉たちと変わらない。少しでも櫻井という男の道を切り開いて上げたい。
だからこそ高畑は託す。
「これは貴重な回復薬です。けして間違って落としたりしないようにね」
「えっ……」
「私はこれから学力試験の後片付けをしてきます。だから櫻井くんに試験時間を伝えた後で保健室の戸棚に戻しておいて下さい」
「……」
なんとなく言葉の裏にある意味を感じ取り三葉たちは呆けながらも、高畑の指示にしっかりと耳を傾ける。
「間違っても無くしたり落としたりしないでね……」
念を押す様に云う言葉に意味がある。なぜそんなことを今自分たちに頼んでくるのか。これにはどんな意味があるのか。三葉たちの手に握られたものにどんな意味があるのか。
「そうなったら、私が始末書をかかなきゃいけないから」
それだけのことで済むからと。貴方達に面倒はいかないと。彼女が言ってるように思えた。だから三葉は笑って返す。
「先生――」
高畑と同じようにそれは裏の意味合いを含んだ言い回し。
「私、こう見えて結構おっちょこちょいなんですよ……」
その三葉の笑顔に高田は微笑んで頷いて返す。
「知ってるから、お願いしているの」
お互いに意味は繋がった。お互いの想いはわかった。
だからこそ高畑は回復薬を託して手を振って別れる。
「じゃあ、あとはお願いね! 三葉さん、一葉さん!」
二人は元気に先生に返事を返す。
「「わかりました、高畑先生!!」」
そして櫻井が待っている学力試験の教室へと急いで向かっていく。
高畑の想いを握りながら。
「どこにいる、受験生ぇえええ!」
「一匹も逃がさんぞぉおおおお!!」
廊下に怒号が響き渡る。剣士とタンクの声。必死に残りの受験生を探している。実戦試験は受験生は通常四人一組である。だからこそ残りの最下位から三人を探さなければいけない。
先程の件もあり二人のテンションはマックスに近い。目を血走らせて興奮状態の闘牛の様に校舎をタブレット片手に駆け巡る。
「岩井、あれかッ!?」
「待て、いま確認する!」
走りながらもタブレットを操作してタンクは確認をする。木の木陰で休んでいる受験生。どこか表情が暗い。それもそのはず普通であればそうなるのだ。
「あぁ……多分無理だろうな」
受かるはずも無いと思っている。だからこそ実戦試験に力を入れなければいけないが気合が乗ってこない。他の受験生と比べても自分は見劣りしている。
その受験生目掛けて激しい足音が近づてきている。
「ん――んッ!?」
第二の試験官だった二人が猛牛の様に全速力でこっちに向かってきている。そして体のデカいタンクが声を張り上げて自分を指さした。
「武田、ソイツダァアアアアアアアアアア!」
何事かと脅える受験生。自分の周りを見るが木陰には自分しかない。おまけに明らかに自分を指さしている。何もしていないはずなのに。
「ここであったが百年目ェエエエエ!!」
飛び掛かる剣士。現マカダミアの三年生が受験生に襲い掛かる。
「うわぁあああああ!」
恐怖で叫ぶ受験生。何もしていないのに怖い。あっちの状態など知る由もない。その興奮している理由も何も分からないがそのスピードはスゴイということだけはわかる。死を覚悟するような戦慄に怯えた。
おまけに剣士に飛び乗られ殺意のような剣幕で胸倉を掴んでくる。
「おい、お前は
「は、ハイ!」
「岩井、一人目確保ォオオオ!」
「でかした、武田ッ!!」
「へっ……ご、ごめんなさい!!」
テンション爆上げ中の試験官に訳も分からずに受験生は謝罪する。何かしたわけではないがエリート校にいる高校三年生の威圧感が半端ない。中学三年生にはちょいとキツイ。
「お前の実戦試験だが……」
「は、はい、どうせ受からないので中止でも構いません!!」
二人の男に囲まれ正直な気持ちを吐露したが、
「「中止じゃねぇぇえええ!!」」
二人の目がぎらついている。
「二十三時からになったからなッ!」
「ちゃんと休んで気合をいれろよッ!!」
「えっ……」
背中を力強く二人に叩かれ受験生は呆けた。それを他所に二人は次の奴を探しに行くぞと全速力で駆けていく。叩かれた背中がじんわりする。
「そうか……」
一人取り残された受験生は納得した。
「これは先輩からのエールだ!!」
やる気を取り戻した。それは勘違いである。櫻井の為にやる気を出せということで背中を叩かれていたが自分を応援しにわざわざ来てくれたのだと勘違いした。だからこそ受験生にやる気が漲っていく。
もうすでにマカダミアの受験は終わりを迎えつつ静かになるなかで、対照的に校舎は騒がしくなっていく。ピエロの愚行が騒ぎを大きくしていく。
《つづく》
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