第253話 彼の閉ざされた道に少しの光を

 校長室から幾人もの声が響く――『どうかお願いします!』と。


 にゃんこ校長は困っていた。集団で着た試験官たちが頭を力強く下げてお願いしてくる。三葉、一葉、武田、岩井、富田、獣塚、名無しの僧侶の一同。彼らの強い意思は伝わっている。


 だがそれは凡そ看過できないものだった。


「どれだけお願いされてもそれは無理なにゃんよ……」


 生徒の願いは極力叶えてあげたい。ただそれを許してしまえば線引きが曖昧になってしまう。その一人の受験生だけにチャンスを与えることは出来ない。


 それでも三葉は一歩前に出る。


「どうか……どうか、お願いします!」


 自然と涙が零れ落ちていた。誰の為でもない。それは確かにたった一人の愚かな受験生の為でしかない。それでも彼女は願いを乞うように頭を下げ続けた。


「櫻井はじめくんに……休息を取る時間をください……」


 それに続くように獣塚が前に出る。


「頼むよ、にゃんこ校長! 三日、いや一日でもいい!」


 岩井と武田も黙ってはいられないと前に出る。


「実戦試験を受けられる状態じゃないんだ、アイツは!」

「校長頼む、ヤツにチャンスを与えてやってくれ!」


 一葉も一歩前に出てその想いの丈をぶつける。


「わかっているんです……これがやっちゃいけないことだとは。それでもあの子は……」


 自分の胸元を掴み言葉を詰まらせる一葉の姿に誰もが口を噤んだ。わかっているけど、どうにかしたい。稚拙な判断だとも分かっている。櫻井だけが頑張っていたわけではない。他の生徒だって漏れなくそうだということも分かっている。


 それでもあの必死な姿を見過ごすことは出来ないから、彼女たちは校長を前に懇願する。せめてもと縋る浅ましさを見せている。


「校長先生、僕からもお願いします」


 誰もが感情に流されている中で唯一冷静な声がした。富田は優等生である。彼は間違った判断をあまりしない。教職者からの信頼もある。


 それを盾にするように彼は言葉にした。


「あの子をこのまま実戦試験に送り出すのは危険だと判断します。またの別の機会を設けてあの子だけ受けさせることはできないでしょうか?」


 それは確かに正常な判断に見えるが猫は違うと首を振る。


「どんなにお願いされても、櫻井君だけを特別扱いすることはできないにゃん……」


 校長とて彼らの願いを無下にしたくない。だからこそ悲しい顔を浮かべて返した。それをしてしまうことに躊躇いがあるのだ。たった一人の受験生。その為に学校側が動くということのリスク。


 それはマカダミアキャッツという学校の尊厳に関わる。


「校長」

「佐藤先生」


 猫の前にタブレットを置いてから佐藤は生徒達の前に立つ。校長がこれ以上悪役になるのを回避するためだ。それならばと、


「あなたたちがどれだけお願いしようと、それは無駄なことよ」


 悪役になること。佐藤とて彼らの意思や覚悟は分かっている。三葉が流した涙が胸を締め付けている。だが教師であるから彼女は毅然とした態度で接した。


「……無駄?」

「獣塚さん」


 わずかに獣塚の拳に力が入った。それに気づいた富田は彼女の手を握った。ここで暴れてしまえば台無しになる。だからこそ制止をかけた。思いは同じだとしても冷静に富田は獣塚をいさめた。


「最終番台の受験生である時点で彼の結果は見えてる」


 佐藤が喋る後ろで猫がタブレットに手を置いている。それは櫻井はじめという生徒の個人情報と試験結果の確認。佐藤は先にそれを見ていた。だからこそわかる。


「数日開けたところで結果は変わらない。この実力ではどう足掻いても無理なのが、貴方たちにもわかっているでしょ?」


 佐藤の発言はもっともだった。数日時間を置いたところで何かが変わるわけでもない。劇的に彼のステータスがあがることなどない。


 それは夢物語で絵空事でしかないのだ。


 鈍い音が床を叩きつけた。二つの音がなった。


「それでもさ……頼むよ」

「わかってはいるけど……頼むよ」

 

 佐藤に向けて岩井と武田が地に頭をつけて土下座をしている。叩きつけられた現実はわかっている。そうなる結末でしかないのだろうということも。それでも今の状態ではなくせめて万全に近い状態で彼を送り出してやりたい。


 その姿に僅かに佐藤は言葉を失う。それほどの願いなのだと。彼らをここまで動かす一人の受験生。その男が何をしたかは分からない。それでもここまで手を貸したくなるほどの何かがあったのだと。


 あのステータスを見ればわかる。残っている時点で不思議でしょうがない。


 それでも辿り着いた彼にどれだけの苦難があっただろうかと。


「佐藤先生、ありがとにゃん」

「校長……」

「下がっててくれるかにゃん」


 校長は佐藤にここからは自分が話すと交代を告げる。情報は確認できた。櫻井はじめという受験生がどういう生徒なのかもわかった。彼が及ぼした影響も分かった。


「櫻井はじめくんは確かにここまでよく頑張ったにゃんよ。このステータスでよくここまで辿り着いたと称賛したいくらいにゃん。相当な忍耐力がある子にゃん。諦めない心を持っていることは伝わったにゃん」


 櫻井を認める発言に僅かに全員の表情に変化が起きた。彼の頑張りが認められたのかと希望が湧いた証拠だった。猫がいうそれは自分たちが感じ取ったものに近い。


 だからこそ表情にほころびが生まれる。


 その笑顔を断ち切るように猫は告げた。


「それでもマカダミアにはふさわしくないにゃんよ」


 誰もが困惑した。発言の真意を求めるように猫を見つめていた。


「マカダミアキャッツに求められるのは英雄の資質を持つ者にゃん」


 ここは選び抜かれた異世界エリートたちの学校である。


「英雄の絶対条件は強いことにゃん」


 だからこそ受験で見るのは強さだ。英雄に求められる資質の第一は強さ。


「正しいことをするためにも力がいるにゃん。何かを勝ち取るためには強くなければいけないにゃん。英雄とは負けることが許されない者達のことにゃん」


 この条件は必須条件だ。だからこその上位百名。


 その条件に満たないものはこの学校にいる資格がない。


「君たちは彼がどんな異世界を経験した来たか知ってるのかにゃん?」


 猫は櫻井はじめの事をどこまで知っていると試験官たちに問う。誰もが眉をひそめた。知らない。この受験で見せた狂気の正体を彼らは何も知らない。それがどんなものから来ているかも。


「人と人が殺し合うデスゲームだけの異世界にゃんよ」


 猫はただ静かに事実を伝えた。それに試験官たちの顔が強張る。聞いた事実が何を示しているかはわかっている。櫻井はじめという人物についてそれは物語ってしまっている。


「彼は千人規模の異世界転移で殺し合いをさせられた、たった一人の生き残りにゃん」


 衝撃の事実に三葉と一葉口元を手で押さえた。武田と岩井は肩から力が抜けた。獣塚と富田たちは目を見開いた。わかってしまった。アイツが放つ殺気の鋭さの意味を。殺し合いを幾重にも繰り返してきた。


 櫻井はじめという人物は999人の死者の上に生きている。


 残酷な結末に誰もが重い空気を浮かべた。口を開こうにしても想像できていなかった。そんな壮絶な世界は自分たちとは違う別種の者。ただ人と人が殺し合うだけの異世界。それはこの世界の人間同士で殺し合った結果の一人。


「……」


 猫以外の誰もが言葉を失った。


 そう考えてしまうと試験官たちの胸に何かすとんと落ちた。あの異常なまでの狂気の執念の理由。普通ではない執着心。常軌を逸した愚行。鋭い殺気。そんな世界を生き抜いてしまったが故に彼は壊れているのだと納得してしまった。


「けど、補足しておくと彼が殺したわけではないにゃんよ」


 誰もが顔を少し上にあげた。


「そうしなければならない世界での結果にゃん。強制的にデスゲームを強いられたものによることだと記載されてるにゃん」


 希望に思えてあげた顔が歪む。確かに櫻井という人間に対する印象は悪い者でなくなるのかもしれない。それでもそれは逆にあまりにも。


「うぅ……」


 残酷で――。


 三葉が膝から崩れ落ちて嗚咽を漏らした。そっとその辛さを分かち合うように一葉が双子の妹の肩を抱いた。猫としてはその内容を知ったうえで肩入れしたのかと思っていたがそれが違うことがわかってしまった。櫻井という男の人生に感化され同情していたのかと予想していた。


「彼は殺人を好んでしてないことは明白だにゃん。その証拠に彼には空白の期間があるにゃん」


 ここまで話したが故に櫻井という人間を貶めることにならないように猫は情報を気の抜けた試験官たちに開示する。試験官の誰もが力が抜けていた。予想だにしない男の人生。


 確かに普通の生き方ではああはならないからこそ分かってしまう。


「彼は中学校に行ってないにゃん」


 それは櫻井の受験票に記載されている特記事項と医者の診断書。


「殺した罪悪感に精神を病んで二年もの闘病生活をしているにゃん。自傷行為や自殺未遂、精神喪失、強迫性障害、いろんなものと闘った過去が診断書に書いてあるにゃん」


 それを聞いて獣塚の眼から涙が落ちた。最後に笑った櫻井の裏の人生。それがここまで卑屈なものだとは見ぬけなかった自分が不甲斐ない。どれだけ苦しんだのかも想像ができない。富田に握られている手が小刻みに震えた。それを抑えるように富田は下を向きながらも手を強く握っていた。


「よく頑張ったにゃんよ。それでも彼はここまで立ち上がれるくらい回復して強くにゃった」

 

 にゃんこ校長も同情したくなる気持ちはある。櫻井はじめという生徒の壮絶な過去を知ってしまえばほっとけない。出来れば手を差し伸べてあげたい。頑張って歩いてきた道のりを否定したくはない。


「だけどにゃん」


 それでも――。


「彼以外の受験生が頑張っていないことにはならないにゃんよ」


 そんなことをしてしまえば、他の子たちはどうなると。


「マカダミアの受験は一日限りにゃん。限られた時間の中で決められた時期に向けて誰もが努力をしてきている。合格とはその結果にゃん」


 そこを変えてしまうことはできないと。


「だから無理にゃんよ……どんなにお願いされても」


 にゃんこ校長は出来るだけ優しく諭すように試験官たちに伝えた。変わることはないと。求められるのは実力であって悲惨な境遇でもないし受験で頑張る姿でもないと。


 誰もが静まり返るなかで一人の女の子が声を出した。

 

「能力推薦の特別枠……」


 三葉が声を上げた。校長の話していることは分かっている。それでもほっとけない。それが限られた希望だとしても。あの姿はそれを求めている。百枚の切符が配られていることも知って、なお扉の前に傷だらけで一人立ち尽くしている。


「彼の能力は……」


 誰もが敗北を認める中で諦めずに彼は戦っていた――。


「心読術と言って触れた対象の考えていることを読むことができる能力にゃんよ」


 浅ましくてもいい。屁理屈でもいい。何かしてあげたいのだ。彼の為に何か自分が出来ることは残されているのではなかろうかと三葉は立ち上がった。


「それって、スゴイ能力じゃないですか!」


 必死に縋るように詭弁を並べ立てる。それが認められれば彼は扉の先へと進める。


「触って本当のことが分かるのであれば裁判や刑事事件に使えます! 彼がいればどんな事件だって解決できるかもしれない!!」


 試験官の誰もが三葉に乗っかるように「そうだよな」と声を出し始めた。櫻井はじめという生徒の可能性を広げるために。マカダミアの受験には実力ではないルートも存在する。


 それは涼宮美咲の入学と同じルートである。


『能力推薦の特別枠』


 特殊なケースの能力。そしてそれが有用であると認められた場合、マカダミアの受験を免除される。だからこそ三葉たちは櫻井の能力の有用性を説こうと詭弁を思いつく限り並べ立てる。


 彼の力になりに来たのだと。諦めない愚直なあの姿に心を打たれた。壮絶な過去を知ってしまったが故に勢いを取り戻す。切符を手にすることが出来ない少年にせめても進む道をと。


「その話はもうすんでるのにゃん……」


 だが、猫は生徒達の盛り上がりを制止する。それは終わった話だ。能力推薦の審査はもうすでに終えている。


「その議論は職員の会議で終わってるにゃん」

「えっ……」


 三葉の表情が曇る。どこまでも彼の行く手は塞がれている。


 その扉は実力がなきものをふるい落としにかかる。


「君たちに聞きたいにゃん。どこまで彼を信じられるにゃん」


 その校長の発言を受けて分かってしまったが故に富田の表情が一気に曇った。誰もが猫の問いに答えを返さなかった。理解が追いつていない詭弁に対する反撃に迂闊に踏み込めずにいた。


「彼の能力は確かに素晴らしいにゃん。それでもその発信をできるのは彼だけにゃん」


 猫は試験官たちの浅ましき行い制するように少し強い口調で伝えている。詭弁ではどうにもならない事実があると。勢いだけで何かを変えようとしてはいけないと。


「もし彼が有罪と言えば誰もが有罪だと思うなら、それは神の裁きにゃん」


 誰もが分かってしまった。詭弁は詭弁でしかなかったと。浅ましい考えで自分たちは踊っていたのだと。思い付きで動いて痛い目を見ているのだと。


「彼の証言が百パーセントということはありえないにゃんよ。彼は聖人君主でもなければ、彼が思い付きで誰かを貶める可能性がないとも限らないにゃん。彼を絶対の正義と証明するものもなく、彼はただ一人の人間でしかないにゃん」


 職員だって結論を出していた。出来ればと願いは合ったのかもしれない。それでも手を差し伸べるに足る資格が櫻井になかっただけのことでしかない。


「おまけにデスゲームの過去もあるにゃん。そんな彼の発言が正しいと誰が証明するにゃんよ……」

 

 どう足掻いても手詰まりでしかない。櫻井という生徒には可能性が無い。彼を救う術などない。誰もが受け止めかけた。猫だって救いたかった。櫻井という生徒の未来を。


 だから悔しくて口から諦めるような言葉が出てしまった。


「これは英雄になれなかった少年の悪足掻きでしかないにゃんよ……」


 その言葉に反応したのは僧侶だった。わずかにぴくっと体が震えた。それは他人に委ねる感覚が少ないからこそ分かっていた。


「英雄になりそこなったか……」


 獣塚はゆっくりと校長が座っている方向へと富田の手を振り払って歩き出した。


「英雄の条件から漏れているからか……」


 そこには怒りが込められているのがわかる。感情的になりやすい彼女だからこそ許せかった、その校長の発言が。ローブからメイスを取り出して近づいてく。


「アンタが認めなくてもいい、けどなッ!」


 そのメイスは彼女の怒りを伝えるように校長室の机を真っ二つに引き裂いた。


「アイツはアタシが認めた」


 その眼光はお前と私の結論は違うという。英雄を求めているのならと。


「強いことが英雄の条件っていう、アンタの考えは間違っている」


 その睨みつけるような眼光は校長を突き刺す。馬鹿にされて怒らないわけがない。櫻井という受験生を認めたからこそ彼女は怒っているのだ。


 怒りを抑えられないのだ。


「イカレてるアイツはいずれこのマカダミア背負って立つ奴になるッ!」


 自分が認めた男はその程度ではないと。今は英雄ではないかもしれない。だがヤツはここに居る誰よりもいかれている。そう認めたのだ。櫻井の過去を知った今だからなお認めている。


「そういう男だ」


 幾度なく絶望を乗り越えてきた櫻井アイツが弱いわけがないと。あの歩みと止めることのないやつはどこまでも先へ行くと。見てしまったから、認めしまったから、譲れない。


 櫻井はじめという人間はそういう奴なのだと。


「獣――」


 一人の生徒の愚行が教師に火をつけた。佐藤の足が一歩前にである。校長への蛮行を静観するほどおとなしくはない。


「塚ッ!」 


 その拍子にけたたましい音が校長室に響き渡った。激しい息遣いが聞こえる。


「ハァハァ……」


 女性の息遣い。扉があいた。校長室の扉が力強く誰かによってこじ開ければ。緊迫した雰囲気の中での蛮行。それににゃんこ校長は眉を顰めて登場した人物に目を向ける。


「扉は静かに……」


 怒ろうとしたのだ。だがそれの勢いは止められてしまった。白衣を着た一人の教師の姿に。扉を強く開けて息を切らして答案用紙を片手に突き出した。その表情に何も言えなかった。


「校長聞いてください……」


 高畑先生は大粒の涙を流しがらも無理やり笑顔を作っていた。声を保とうとしているが震えてしまっている。だがその声は弱弱しいわけではなく力強い意思を込めている。


「高畑……」


 それに佐藤先生も止まってしまった。後輩の見せたことがない姿に何も言えなかった。高畑の突き出している答案に何の意味も無い。それでも彼女の手は震えながらもそれを誇るように見せつけてくる。


「マカダミアの受験で初の出来後が起きましたぁ……」


 試験官たちも黙ってそれを見ていた。その答案が誰のものかは分かっている。ヤツしかいない。だがその答案に何があるのかが分からない。櫻井という男が何をしでかすかが分からないから見守るしかなかった。


「マカダミアの学力試験では初ですよぉ……」


 高畑の眼からボロボロと零れ落ちる涙の意味。それは意味の無いものとして扱われてきた。実力だけが求められる世界でギミックでしかなかった。それでも櫻井という男は魅せてきた。


「学力試験でぇ……え」


 高畑にその答案用紙は嫌といういうほど見せつけてきた。そういう人間なのだと。諦めることはないのだと。可能性を何一つ零すことははないのだと。無理だと分かっていても諦める理由にはならないと。


「初の全教科満点が出ましたぁ……」

 

 その答案用紙に描かれた丸い赤の軌跡は彼の道が間違っていないかのように語る。無駄な努力であってもそこにちゃんと形として残っている。それが高畑という教師を動かしていた。


 高畑は自分の心を揺さぶった受験生の名を告げる。


「櫻井はじめくんです!」


 獣塚は震えた。


「アイツ……」


『マカダミアの受験に於いて学力試験は何の意味も持たない』


『だから、回答など埋める必要ない。速攻で終わらせて構わない』


 ちゃんと伝えといたのに。それを無視するようにヤツはやった。だからこそ涙が流れた。それでもヤツは戦い続けていた。無駄だとしても。無駄だと言われても。可能性が僅かでもあるならと。


 精一杯やりきっていた。


 試験官たちの諦めムードに逆風が吹く。自分たちが諦めかけているのに彼は諦めていない。どこまでも愚かに真っすぐに持てる全力を持って戦い続けている。櫻井はじめは戦い続けているという事実がどこまでも嬉しかった。


「どうか校長先生彼に一日でいいので時間を上げてください!」


 高畑が泣きながら勢いよく頭を下げたのと同時に試験官たちも再度力強く頭を下げる。ここが勝負どころだと。



『どうかお願いします!!』と。



 校長と佐藤は言葉を失った。最悪のタイミングでの援軍の到着。タイミングが悪すぎる。どうも心がかき乱される。櫻井はじめという受験生には。


「一日は無理にゃんよ……」


 その声に獣塚の下げていた頭が上がった。ぶちぎれた。融通の利かない猫の発言に怒髪冠を衝く。もはや考えるよりも早く体が動いていた。一番近くにいたからこそそのメイスは猫目掛けて力いっぱい水平に振られる。


「待てても、今日のまでにゃん」

「えっ……」


 直前の猫の発言に獣塚のメイスが寸前で止まる。その風圧で猫の髭が横に揺れた。間一髪だったが猫は動揺の色を見せない。猫が出した最大の譲歩。


「高尾山を借りられるのも一日の契約にゃん。それ以上は待てないにゃん」


 猫は熱意に負けたと言わんばかりにため息をついた。



《つづく》


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る