第250話 報われる瞬間を待ちわびるように
「なんなのよ……獣塚のやつ」
ポニテJKは若干泣いてる。いきなり気迫満開に胸倉を掴まれたのが怖かったのだ。理解できないことで声は荒げるし謝罪の一言も無いまま取り残されたのだ。それに第三の試験会場から来たということは終わりの合図だと思って、帰ろうと思っていたのに待たされっぱなし。
それに分かっている。小石を蹴ってストレスを発散していた。
「もう来るわけないじゃん……受験生なんて」
明らかに時間がおかしい。最速の涼宮強をはじめ、もうすでに大量の実戦試験を終えた学生達が帰ってきたのを見ていた。
「いまさら来ても無駄だしッ!」
遠くに蹴った石ころが音を立てて転がっていく。ふぅーと怒りを紛らわす様に頬を膨らせていた。どこからか音が聞こえる。
「ん?」
何かをずるずると引きづる様な音が聞こえる。それも正規のルートではないところから。気配を感じた。人の気配を。ポニーテールが振り返ると靡いた。
「えっ……」
見えた光景に怒りが消えた。動きが固まった。
「な……な」
唇がわなわなと震えた。言葉が奪われていく。その目は悲し気に何かを見つめていた。唇を噛みしめてその様に耐えていた。
「何をやってる……の……よ」
足を引きずるようにして岩を背中に背負った男が一人歩いてくる。出血で顔が赤く染まっている。呼吸は荒々しく限界を告げている。まるで地獄にいる罪人のように終わらない苦痛でもがき続けている。
だからこそ信じられるわけもない。
明らかに場違い。ここまで来ていい人間ではない。ここまで辿り着けるはずもないのに、それは死と絶望を引き連れて近寄って来ている。驚愕と恐怖の入り混じった感情に怒りが湧く。
その男の後ろから大勢が歩いてくる。
「どういう状況なの……よ」
第一の試験官。第二の試験官。第三の試験官。
全員が櫻井を見守るように後ろから着いてきている。その絶望の終わりを探す様に何も言わずに着いてきている。堪らずにポニーテールは走り出す。
——何を見てるのよッ!
怒りだ。この惨状を前にして刮目するようにして歩いてくる同級生への苛立ち。一刻も早く止めなくてはと瀕死の櫻井へと駆け寄っていく。それと同時に走っていくものが一人。
「なん……で……」
腹部に衝撃が走った。悶絶するように動きを止めさせられた。
「わりぃな……」
武田が拳を第四の試験官の鳩尾へと打ち込んで制止した。そしてその首元へと手刀を振り下ろす。その意識を刈り取る為に。説明などいらない。これ以上ヤツの歩みを止めるわけにはいかない。
武田はポニテJKを抱えたまま振り返った。
後ろから歩いてくる狂気に向けて声を発する。
「あそこに岩を置け、それでお前の試験は終わる」
一台だけ残された測定器を指してそこまで行けと。櫻井は内輪もめに眉を顰めながらも真っすぐと測定器を目指して進んでいく。余計な思考を振り払うようにただただ前にと。
試験官たちは見守った。
第四の試験官も同様に櫻井の受験を止めようとしたことは分かっている。その結果も見えている、無駄だと。止まることなどない、ヤツは。死ぬまで止まるわけがない。
その歩みを見てきた。明らかにステータスが足りていない。攻撃力もスピードも反応も持久力も。それに何より防御力が足りていない。あれだけの負傷を追うのは防御力が弱いため。誰が見てもすでに致命傷に近い。
それでも止まらない狂気に出来ることなどない――。
それはヤツが終わることを願うことしかない。
歩き続けた。どこまでも遠くへと歩き続けてきた。誰よりも困難な道を選んできた。その姿に心が狂わされ乱される。誰よりも弱くて『最弱』なのに、実力は『最低』に近くとも、狂った衝動で体を動かす『最狂』の受験生。
この狂気の終わりを願っている。愚行が目に余る。愚鈍な癖に歩き続ける。
その悪足掻きの結果をただ見つめることしかできない。手をかせばヤツの努力は無駄になる。だからこそただ諦める姿を待つしかない。ただどこかでそれでも終わらないことを祈っていた。
この男が報われる瞬間を待ちわびるように――。
「ハァハァ……」
測定器の前に着いてフラフラと背中に背負った岩をゆっくりと外して行く。彼にとっての地獄の終わり。それに全員が目を瞑って声を出した。
『置きなさい――』と。
もうここまででいいだろうと。十分だと願うように。よくやったという感情がないわけでもない。それでも感動的光景ではない。どこまでも地獄にしか見えない。届かない太陽に手を伸ばしたイカロスのように。どこかで彼は折れて堕ちてしまうと。
だが櫻井は血だらけの顔で試験官たちの方へと振り返った。
「次はどこだ……」
何かを探す様に。行先が分からぬ男はただフラフラした視界で問いかけてくる。それに動き出したのは獣塚だった。
「着いてこい――」
その男の視界に入り背中でついて来いと告げている。
「基礎体力試験は終わりだ、次は学力試験だ」
獣塚の声に反応して片足を引きづりながら校舎の中にと消えていった。三葉のいつのまにか泣いていた。どこまでも愚かで止めることの出来ない受験生。その生き様は酷く歪で哀れだと思えた。
どうして彼ではなかったのだろうと――。
「あんまりだ……」
どうして彼は選ばれなかったのだろうと――。
悔しくて涙が落ちた。他の誰よりも命がけで頑張っているのに。彼の結果は見えている。残酷までに必要な才能がない。頑張る者をあざ笑う様な結末でしかない。血だらけの岩は彼の残した証だ。
それに歯を食いしばることしかできない。
「こんなの……」
『俺に才能がねぇなんてことも、実力がないなんてことも……とっくの昔にわかってる』
一番軽い重量であろうとその岩だけは違う。実力を認めたうえで選んだ物だとしてもこの岩だけは他の受験生たちのものとは違う。櫻井という男が背負っている岩だけは物語っている。
「最低だ……」
『今、自分が最低な位置にいることなんてイヤだってほどわかってんだよ……』
櫻井だって分かっていた。この結末になることは。それでもヤツは言ったのだ。
『それでもな……』
結末を塗り替えてやると。こんな終わり方を俺は認めないと。どれだけ自分という犠牲を払おうとも歩き続けてやると。
『わかってて諦められねぇことだってあんだよ……邪魔をするな』
「――ッ!」
三葉は鼻をすすって涙をふき取った。その岩が見せた彼の答え。どれだけ形を変えてボロボロになろうとも、泥にまみれて血にまみれていたとしても、三葉にとってこれほど感情を揺さぶる岩は他にはない。
三葉は覚悟を決めた眼に揺らぎない意思を宿す。その肩に二人の手が乗った。
「ほっとけねぇよな……」
「武田……」
「ここまでされたら無視するわけにもいかんな……」
「岩井……」
そして三葉と同じ思いを共有するようにそれは広がっていた。思っていることは一緒だと笑顔で告げている。手に温かい感覚が伝わる。
「三葉」
双子の姉が手を握ってきた。そして自分と似た瞳に意志を込めている。
「かずねぇ」
四人は意思を固めて歩き出す。だが声が上がった。
「僕等も混ぜてよ」
「富田くん……」
「わしもおるぞ」
「……」
一人誰か分からない。名前がまだ出ていない僧侶。同級生といえども全員を知っているわけではない。たまに片方は知っているのに片方は全然知らない悲しいそんな状況。
だが、そんなことは今はどうでもいい。
「行こう、みんな!」
三葉はこの結末を変えるために動き出す。
自分たちに出来ることを果たすために。
《つづく》
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