第243話 ピエロ過去編 ー第三の異世界記憶―

 銀翔の部屋にあるトレーニングルーム。


 リビングのように広い部屋。フローリングに鏡張りの空間。まるでダンススタジオのようだが陰陽術というもので強固にされているらしい。そこにシキが黒い糸を腰に巻き付けてトコトコと俺の前に現れて仁王立ちした。


 俺が深く頭を下げるとシキは偉そうにコクコクと頷いている。バリエーション豊かな紙人形。なんとなくシキには表情があるように思えてならない。のっぺらぼうな紙なのだが感情表現が非情にコミカル。


 式神かわいい。


 なんとなくシキには感情があるのではなかろうかと思い銀翔に聞いたが式神には感情などないよと否定された。彼らは呪術というもので命令通り動くだけで人格などあるはずがないと。


 それを聞いて俺は疑問に思った。


 俺の眼の前の式神は空手の師匠のように俺を見守っているように感じる。


「シキさん、お願いしまっす!」


 うむッ!といったように大きく一度頷く。


 式神アヤシイ。


 絶対人格ありそうな気がするんだけど……シキを作った銀翔とは違う別物を感じる。銀翔とは似ても似つかないユーモアの塊を感じるしペット的な可愛らしいさもある。


 何者なんでしょう……シキさん?


「いきます、シキさん!」


 そして、今から俺はシキと戦闘訓練を開始する真っ只中だった。


 ——ハッェエエエエ!!


 目の前から消える矮小な体。紙で出来ている弱弱しいボディから捉えきれないスピードを出す足腰。震える俺の顔面の肉。見事な飛び蹴りをかまして俺に実力を見せつけるシキさん。吹っ飛ぶ俺は思った。


 式神まじ強いッ!


 転倒して俺は鏡に頭を強打する。痛さに悶絶するが本当に固い。鏡は割れるどころかヒビすら入っていない。結構な速度でローリングヘットバッドを噛ましたのに無傷とは一体なんなんだ陰陽術とは!?


 それに自慢げに腕を組んでる式神マジパナイッ!


「シキさん、もう一本ッ!!」


 陰陽術の凄さに驚愕しながらも俺は痛みから立ち上がり、また向かっていく。


 紙の存在は神の存在に近い。


 俺の一撃は柳のごとき身に掠ることもなく打ち返される反撃の衝撃。


 どうやらシキさんクラスでDランクという戦闘ランクに当たるとか。おおまかに戦闘ランクはアルファベットで表現される。それでもE以下は評価するに値しないように扱われるが一般人レベルでOランクらしい。


 だから、Oより上であればそれなりに強いみたいなのだ。


 さらにDランクと言えばかの有名なマカダミアの入学条件に掠るほど。式神は強かった。トリプルSランクの遊びの式神。それですら人類を遥かに超越している。目の前にいる紙は文字通り神に近し存在。


 この式神のシキさんは人より遥か上にいる。


 漏れなく俺よりも。ボロボロに倒れる俺の頭に乗って胡坐を組んでる姿が鏡に映っている。もっと精進せいと頭をポンポンされる。


「頑張ります、シキさん……」


 桜が散る季節が到来してもトレーニングを続けていく。


 次第に体が出来上がっていって一日にこなせるメニューは増えていく。シキとの実践トレーニング。筋トレ三十三種。ランニングは10キロを超えた。毎日負荷を増やしていくのにも慣れた。


 痛みがどこか心地よくもあった。苦しみが強くしてくれる気がした。汗が落ち続けても体は動き続ける。どこかで痛みに慣れていた。もっと苦しい痛みを知っていたから。比べればどうってことなかった。


 それに早く強くなりたかったから、俺は昨日よりも今日を急いだ。


「三百……三百一」


 回数にはキリがない。どこまでも上に上がある。だからずっと進める。ゆっくりだとも分かってる。他のヤツらに比べたらヨチヨチ歩きなのかもしれない。それでも俺は歩き続ける。


 ただ一つを胸に――。


 この世界が一人のせいで狂っているのなら。この俺が苦しんだ全てがソイツが原因だとしたら。俺から全てを奪ったのが一人の人間だとしたら。

 

 俺はソイツを許すことはできない――。


 これは復讐だ。


 絶望に叩き落された俺の愚かな復讐だ。


 復讐など何も生まないことは分かっている。それでも俺が生きている意味が欲しかった。失われた命の逃げ場を求めていた。全てがこの為なのだと納得したかった。


 大きな罪を犯した俺への罰なのだと――。


「涼宮……強……」


 疲れ切った体を起こして次のトレーニングに移る。それだけが俺の目標だった。それは俺の光だ。絶望の中で見た唯一の願いだ。この世界に救いなどないことを俺は知っている。


「三百一……三百二」


 どれだけ抗おうとも俺は堕ちていく。暗闇に掴まれる。それでも見える光がある。あの光を追う為なら死んでもいい。道連れに出来なくともいい。届かなくてもいい。


 ただ、そこに在ってくれればそれでよかった。


 それだけで追い求められるから。


 言葉に出さなかったが聞こえた。銀翔と戦っている時に流れ込んできた。


【戦いの才能センスがない】


 実戦での見せた無様な俺。異世界で闘ったことなどない。人間を超えた戦闘などしたことはない。戦い方の感覚など何も分からない。身体能力も足りない。センスもない。


 突出した能力も無い。


 けど、この能力はイヤというほど俺に現実を思い知らしめる。


 俺は弱いのだと。俺は愚かなのだと。それでも失ってはいけないモノがある。希望だけは捨ててはいけないのだと。それが体を動かすのだと。幾度となく打ち付けられる痛みがあろうが耐えられる。


 俺には目的があるから。


「能力系統……第三の螺旋」

 

 風呂に入ってる間、わずかな時間に学習を進める。体が弱いなら頭を使えばいい。少しでも強くなるヒントを探った。


「極限状態による能力の覚醒……暴走……」


 淡い期待だと知りながらも縋った。幾重にもページを捲って頭に叩き込む。


「第三の螺旋の可能性……異世界経験に基づく観測が帰依している可能性が考慮される。行った異世界での戦闘レベルに合わせた遺伝子の再形成が成されている説が有力であり、第三の螺旋に刻まれるのは星の記憶に近い。異世界という世界の記憶でありそれが能力に起因することと仮説される」


 俺は身体能力について探っていく。


「身体能力による限界値の適正は魔物との戦闘経験で蓄積されている。それは経験値というゲームカテゴリに似た要素を持つがその実違う。異世界での生命記憶の取り込みによる魂の構造構築並びに第一の螺旋との共鳴により――」

 

 難しい言葉を噛み砕きながら目を瞑って考える。遺伝子というのは紡がれた記憶情報。母と父から受け継ぐ半々の遺伝子情報。だがそれは幾重にも繰り返され何十という祖先から受け継がれし星の記憶。


 俺という生命体に辿り着くまでの道のり。


 そして異世界というものに行くことより新たに存在する第三の螺旋。異世界の記憶。それがステータスという情報を記録する媒体でもありレベルという成長をする細胞。


「クラウントイボックスの記憶……」


 あの世界での戦闘は魔物ではなく人との戦いだった。《人狼じんろう》と呼ばれる役割を持ったやつだけが異常な力を有した。そう考えた時、その記憶が残っているのなら俺が強くなる可能性がないわけではないか。


 あの力があれば――。


「いや……」


 俺は進むべき道のりを願いに託すにはまだ何もしていない。


「一つの情報に過ぎないか」


 そんな万が一だけを狙ってもしょうがない。あくまで情報は情報で手段を選ぶとっかかりに過ぎないから振り回されてはいけない。


「とりあえず!」


 俺は関口の言葉を思い出し気合を入れる。


「気合と根性だッ!」


 むやみやたらに求めるように俺はひたすらトレーニングの日々を続けていく。



《つづく》

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