第239話 ピエロ過去編 —かがみん、めっちゃええやつ!—

 都庁のトレーニングルームに二人の男の激しい息遣いが響く。


 白一色だった床はところどころ鮮血に紅く染まりひび割れている。


 二人の息遣いしかない。戦闘の音は止んでいた。二人は中央で切り傷がある顔でにらみ合い動きを止めている。衣服も所々破れてその場所は血に染まって色を変えている。


 出せるものは全て出し切った戦闘に決着が着く瞬間だった。


「かがみん……終わりや」


 草薙の槍が火神の左胸に届いてる。あとひと押しすればそれは突き刺さる。


「草薙、お前の――」


 火神は戦闘の疲れから頭を下げる。戦いはもう終わりだと。これ以上は続行不可能だと告げるように眼を伏せて告げる。


「負けだ」


 草薙の口角が緩む。火神の左胸に当たっている槍が切っ先から凍っていく。凍った先から砕けて散っていく。武器がなければ草薙は戦えない。これ以上の続行は不可能だったが故にその結果を受け入れて草薙は後ろに倒れるように床に寝転んだ。


「かがみん強すぎやで……ホンマに……」


 お互い息を保てずに胸を大きく膨らませている。寝転ぶ草薙を前に火神も片膝をついて座り込んだ。辛勝だった。僅かばかりの差でしかない。少しでも雑念を出せば負けていたことはわかっている。


 それでも火神という男はいう。


「ちげぇだろ……草薙」


 火神の言葉に草薙の視線が向く。


「お前が弱くなったんだよ」


 弱くなった覚えなどない草薙は鼻で笑った。しかし火神らしい言葉だ。けして自身を持ち上げるのではなく、見下しているのでもなく、人を焚きつける。


 そういうことをする人物だと昔からよく知っている。


 二人はお互いを良く知っているから。


「かがみんの言葉はまじキツイ……応えるわ……」

「敗者にかける言葉なんて何言っても罵倒にしかならねぇだろ」

「勝者が吐く言葉なら尚更ってことやんな」

「嫌な思いしたくないんだったら勝つしかねぇってことだよ」

「せやな……かがみんは良い事いうわ……あとでメモちゃんしとこ」


 草薙のふざけた態度に火神はため息をつく。息を整え立ち上がりペットボトルを二本取ってきて、


「ほらよッ!」

「——ッ!」


 一本を草薙の顔面に投げつけた。草薙も敗者にまさかペットボトルが投げつけられる仕組みとは知らず無防備な顔面に甘んじて受け止めた。


 草薙は鼻血を出した勢いで上半身を起き上がらせ、

 

「かがみん! 飲み物投げたらあかん、めっちゃ痛いやん!」

「先に礼を言え」


 草薙は吠えたが火神は飄々と躱し草薙の近くに座る。ペットボトルに入ってるポーションを飲みながらただ何かを待ってるように。草薙は飲み終わると同時にまた床に寝そべって天井を見上げた。


 何かを懐かしむように火神に語りだす。


「昔は同じくらいの実力やったのに……わいちゃん、置いてかれてもうたわ」


 ブラックユーモラスに入ったばかりの頃二人の実力は同じくらいだった。時が経ち二人の間に差が開いていることを悲しむように草薙は言葉を繋げる。


「かがみんは強くなったんやな」


 炎という最大の攻撃を捨てた火神と特殊な武器を持てなかっただけの自分。火神は戦闘スタイルを変えることを余儀なくされていたのに比べて、自分はただ武器の持つ力を使わなかっただけ。


 その溝がどれほどのものか、草薙総司という男は良くわかっている。


 そして――


 隣にいる男が最強と言われる銀髪の男を追うようにどれほどの努力を積み上げてきたかも。


「お前は昔より弱くなったな」


 それは逆でもある。火神とて知っている。


「……まだ……いうんかい」


 草薙は弱くなったと火神はいう。それに草薙が天に向けて大きなため息をつく。ハンデを貰って、戦って負けて、それでも火神という男は許してはくれないのだと。


「俺の知る草薙総司って男はもっとギラギラしてた」

「……」

「俺の知る草薙総司って男はふざけているが重圧に負けるようなやつじゃなかった」

「……かがみん」


 俺はお前を良く知っていると鋭い眼つきが語り掛けてくる。そんなもんじゃねぇだろと言葉で問いかけてくる。こんなもんじゃなかったはずだと語り掛けてくる。


「俺の知ってる草薙総司ってのは、仲間の命すら背負うことが出来ないやつじゃなかったはずだ」

「……っ」


 草薙の糸目が微かに潤む。それが火神という男の不器用な気遣いであることもわかるから。このトレーニングルームでの戦闘はこれを言う為だけのものだとわかってしまったから。


 震える声で、


「ほんま……かがみん」


 返しながらも、


「きっついわ――」


 涙を落として感謝することしかなできなかった。胸の内を見透かされていた。東京のトレーニングルームにどうして草薙がいるのかも分かってて、火神は望んだ形を作り上げたのだと。


 仲間を見殺しにしてしまった情けない自分を叩き直すために。


 草薙は鼻をすすり涙を堪えて、声を整える。


「全部お見通しってことやんかー、かがみんエスパーなん?」

「お前が……」


 火神はふと思い出す。草薙を気にしたきっかけを。出会い頭から足にふざけて縋りつかれたところに湿った箇所が出来ていたのを。いつもお茶らけて笑っている草薙が残したその涙のあとが気になって、様子を見に来たとは言いづらいが故に言葉を詰まらせた。


「お前が?」

「らしくねぇからだッ!」


 草薙の問いに恥ずかしさを隠す様に声を荒げる。


「お前みたいなヤツが落ち込んでると他に影響が出んだよッ! ちょっとくらいの事でウジウジしてんじゃねぇ、草薙ッ!」

「かがみん……」


 照れ隠しが故に吐き出す火神の本音に近い内容に草薙はまたうるっときた。それは草薙の心に一迅の風の如く舞い響く。


 ——……めっちゃええやつ!


 その草薙を前に火神は舌打ちを一回入れて、恥ずかしそうに吐き捨てるようにして問いかける。


「で、少しは暴れてスッキリしたのかよ……?」

「——ッ!」


 草薙のハートは撃ち抜かれた。全てが全部自分を思いやってのことだったと理解したが故に心に突き刺さった。


 トレーニングルームに来て自分を挑発したのは、草薙自身が仲間の死を受け止めきれずにモヤモヤしていたことによるもの。そのせいで自分らしくない自分を演じようとしていたことも見透かされて、それを吐き出させるために敢えて喧嘩を吹っ掛けてきてくれたことが――弱っている草薙の心を見事に射抜いた。


「恭弥くん、アタイ一生着いてくさかい! 以後よろしゅうに!」

「いつも通りだな……」


 火神は草薙に背を向けて歩き出す。見られていないところでいつもの草薙総司の姿に僅かばかり口が緩む。その背を追いかけるように草薙は動きだす。


「アタイを置いてかないでー、恭弥君! 見捨てんとんていなー!」

「うるせぇ……」

「どこ行くのー、恭弥くん!? ワイちゃんも一緒に着いていく!」

「じゃかましいッ! 着替えに行くんだよ!」

「恭弥くんとお着替えなんてドキドキしてしまう……恭弥くんって見かけによらず大胆なんやね」


 手を頬に当て朱色に染まる草薙に火神はイラっと来た。


「おい、草薙。離さねぇから動くんじゃねぇぞ……」

「アイタッ! 恭弥くーん、髪は乙女の命やさかい! そんなに乱暴に掴まんといてなー!」

「大丈夫だ、お前は乙女じゃなくておとこだ」


 手に炎が揺らめている。そして火神はめずらしく微笑みを浮かべている。焦る草薙。徐々に徐々にそれは顔面を照らしていく。草薙の顔面を。


「恭弥くーん! 今日は火は使わん約束やったんやんかー!!」

「それはさっきまでだ、今は違う」

「恭弥くーん!!」

「死ね」

「あぎゃぱぁああああ!」


 顔面にパックするかのように纏わりつく灼熱。顔面フレームパック。


 そして、二人は着替え終わり都庁の外へと出た。並んで立つ草薙と火神。周りはもう暗くなっているが人通りは眠らない街と呼ばれるだけに多い。


「恭弥くん、今夜は寂しいから一緒にいて♪」

「そのキャラ止めねぇと火葬すんぞ……草薙」


 脅された草薙はすぐさまキャラ変更した。


「火神、飲みに行こうぜッ!」

「しょうがねぇから、今晩は付き合ってやる」

「恭弥くーん、今日は寝かさんへんで―!」

「店に着いたらとりあえずウォッカだな」

「なんでウォッカなん?」

「ぶっかけて燃やしてやるから、覚悟しとけ草薙」

「かがみん、こわっ! 飲み物は武器ちゃうんよ!」

「ささっといくぞ!」


 なんだかんだ騒がしい二人は仲良く新宿の飲み屋街に消えていった。



《つづく》

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