第238話 ピエロ過去編 —スギリオが28才で俺が25才―

 あれから俺とスギリオは年取った。スギリオが28才で俺が25才。関係は相も変らぬといった感じで俺はヤツの後を追うようにブラックユーモラスへと勤めている。


「隆弘、連絡のひとつも寄越しなさいよ!」

「こんなところで飲んだくれてるそっちと違って、大阪支部はそれなりに忙しいんだよ!」

「うわー、生意気ッ!?」


 俺の実家の居酒屋でバッタリ遭遇したスギリオは黒髪ロングになっていた。伊達メガネをかけてどこか真面目そうな雰囲気を出しているが、中身はスギリオだった。おまけに自然とカウンター席に移動して俺の横に座っている。


「ってか、隆弘が弱いから忙しんでしょ?」

「なッ!?」

「アンタが大阪支部に迷惑かけてるんじゃないの?」

「こっちだって必死にやってんだよ!」


 この女相変わらず可愛くねぇッ!


 ヤツは俺をからかうように暴言を吐きビールをくぃっと一気に飲み干した。そしてジョッキを置くと同時に酔った顔で俺を見てにやりと口角を緩める。


「まぁ大阪と東京じゃ違うからね。なんてたってあの銀翔衛がいるんだから!」


 何を自慢げに……。


 だが、こんな俺でも最強の銀髪の存在を知らないわけではない。ブラックユーモラス創設時からいる竜殺しと並ぶメンバーの一人。ブラックユーモラスの現リーダーであり、最古さいこにして最優さいゆうにして、最強。


 その戦闘能力は竜殺しすらも上回るという噂があるほどだ。


 今日初めて間近で見たが、会った印象としてはそんなに強そうに見えなかった。温和な印象の他ない。もっとギラついたようなイメージを持っていたが、仏と言われる通称通りの印象でしかない。


 俺の中では、あの人が一番だと思える。ほこを持ったあの糸目の勇敢なリーダー。


「こっちには草薙さんがいる」

「草薙総司さんじゃ、銀翔さんには敵いませんー」


 尊敬する人をガキみたいな言い方でバカにするのがイラっと来る。


「そんなのやってみなきゃわかんねぇだろ!」

「やってみたらハッキリわかるつうーの!」


 追加のビールが届きそれを一気に飲み干して杉崎莉緒は目力を強くした。


「あの人の戦いはそもそも次元が違うの! 目の前で見てみろってのー!」

「草薙さんだって先陣きって先頭で戦ってるつうっのー!」

「一緒に戦える時点で違うのよ……」


 杉崎莉緒の眼が何かを思い出したように細まる。


「ついてく事すら叶わない強さってのがあるのよ……」

「……」


 それが銀翔という男の戦闘を思い出してのことだろうということは俺でも分かった。その声に言葉に悔しさが滲み出ているから。


「レベルが違いすぎて何一つ介入できない戦闘ってもんを経験したことがある?」

「ねぇけど……」


 ブラックユーモラスに入れるぐらいの戦闘力を持ってればそんな戦場に出会うことはない。


「はぁ……一度でいいから隆弘に見してあげたいわよ。あの人の戦闘を――」


 どこか遠い目をしたスギリオに俺は言葉を失くした。スギリオが弱いなんてことはない。それでも言葉通り受け取るのなら何一つ手出し出来なかったのだろうことは分かる。草薙さんと一緒に戦えてる俺とは違うってことも。


「そんなヤツがいるなら、なおさら東京は楽じゃねぇか……」


 ただ悪態を返すことしかできない。


「そうね……確かに大阪より楽かも」


 ビールを飲み終えて焼酎の入った茶碗をゆらゆらと揺らしている。一緒に戦えないことがどこか切ないといった感じを受ける。そこで俺はなんとなく察してしまった。コイツの風貌の変化。


 そして、これだけ推すっていうことは――


「銀翔衛に惚れんてのかよ?」


 俺の問いにすぐに返さずにスギリオは焼酎をかぁーっと飲み干して机に突っ伏す。そして愚痴をこぼした。


「惚れてるわよ」


 よく知るメス顔の女。予想通りの結果に俺は酔いが少し冷める。


「付き合ってんの?」

「隆弘――」


 ヤツは身を起こし反動で椅子に寄りかかる、それは一瞬の事で。


「ホント、かわいくにゃい!」

「イテテッ!」


 俺の頭をヘッドロックしてきた。どうやら付き合ってないようだ。それを聞いてほっとしたような感覚で身がほぐれる。まぁスギリオは特殊だから。あの銀髪の好青年がコイツを選ぶわけもないか。


 ヤツは一通り俺で憂さ晴らしをすると失恋の痛みに負け、机に涙を流して倒れ込んだ。もはや酔っ払いここに極まれり。


「うっさいし……」

「記念すべき十人目も惨敗か……可哀そうに」

「惨敗してないし……」

「振られたんじゃねぇーの?」

「振られてないし……」


 振られてねぇのかよ……。


「じゃあ、なんだよ?」

「相手に彼女が出来ただけだし」

「それはご愁傷さまだな」

「口わるいしッ! 死んでないしッ!」

「これで二桁突入ですね、おめでとう、スギリオ!」

「おめでとうじゃないし! 二桁じゃないし!」

「はぁ?」


 どう考えても二桁だろうと。俺が眉をひそめていると。


「まだ付き合ってないからノーカンだし」

「そうですか……」

「ちょっと悲しい言いかたやめろだし……泣きたくなるし……」


 もう泣いてるし……とツッコミたかったが止めておく。いつも通りのスギリオを見るのがちょっと懐かしくて俺はその姿を微笑んで見てたかったから。家に帰って来た時も、部屋に戻った時も、感じなかった、安心感ってやつが心を満たしていくから。


 俺の内側で帰ってきたという実感が湧き上がってきた。帰るべき場所というのか、居心地のいい景色がこれなんだと思うとやるせない。


 サクヤと別れてから俺は誰とも付き合っていない。


 何かを期待するように、俺は待っている。


 泣きながら愚痴をこぼすダメな女の横で俺は聞き役に徹する。


「あんなにいい人いないって思ったのに……どこの誰よ……私の銀翔さんに手を出したのは」

「いい男だから手を出されるんじゃねぇの?」

「仏って噂なのに……女に興味ないって」

「あっ!」


 それを聞いて俺は思い出した。あの銀髪が仏と呼ばれるもう一つの理由。


「あの人って、彼女いないんじゃなかったっけ?」


 生涯年齢イコール童貞歴。欲を全て捨てて悟りを開いたイケメン。だからこその解脱げだつした存在。仏なのだと。


「最近出来たのよ……」

「まじか……」

「ルンルンで定時にご帰宅よ……あのとか言ってるし……」

「あのってことは、若いのか……」

「私だってまだ若いし……」

「どうだろうな……」

「殺すわよ……」

「ごめん……」


 視線がぐさりとささり、殺気を感じて思わず謝った。何の気なしの会話。


「でも、あの人のどこが良かったんだよ?」

「なにが?」

「いや、毒にも薬にもならないタイプだから」

「そこがいいのよ、わかってないなー、隆弘は!」


 ヤツは泣き崩れてた体勢から身を起こして力説を始める。


「ゼッタイ一途だし、おまけに優しくてカッコよくて、誰よりも強いのよッ!」


 並べ立てるとスゴイな……。確かにスギリオのいうことはもっともだ。珍しく堅実なタイプを選んだのか。


「それなのに――」


 しかしスギリオの顔がまた好きと言わんばかりの表情に戻った。正確に言うとまだ好きという気持ちが残っているのだとわかるような女の顔だった。


「弱弱しくて……守ってあげたくなるの」


 言ってることはわからないわけじゃない。強さっていうのは戦闘だけのものではないと分かっているから。おそらく心のほうがってことだろう。


「あの人ね……一人で残業した部屋で泣いてるの。最初見た時はびっくりしたなー、だって男の人のあんな綺麗な泣き顔なんて見たことなかったから」


 それがスギリオが銀翔衛に恋をした瞬間だったのだろう。そう如実にわかる。言い草や仕草がまだあの男を忘れられないと伝えてくる。


「仲間が死んだ夜に……誰にも見られないように泣いてるの。多分、今日もあの人は泣いてると思う……」


 傍に駆け付けてあげたいと言わんばかりだ。それに俺は思わずため息をつく。この格好を維持している限りは心がぐらついてないってことかと。スギリオに未練が残ってるのだと。


 そして、俺が惚れている女のその言葉が語る人物は、


「それはいい男だな」


 魅力的な人物だと思えてしまうのだから、ため息もつきたくなる。



《つづく》

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