第237話 ピエロ過去編 —子供扱いするように、ホント可愛くない!—
『隆弘……ちょー遅いし』
駅から出てしばらく歩いたところで、不貞腐れたスギリオが電柱に寄りかかって俺を待っていった。見るからに大泣きして目が充血して疲れている。頬が赤く染まっている。
『こっちだって、急いで来たんだつうの……』
『わかってるよ……わかってるけど、』
拗ねているように言いながらバッグを揺らしてヤツは
『遅いのぉおおお!』
怒りをぶつけてきた。俺は呆れるほかない。こっちだって横浜から渋谷まで急いで出てきたのだ。彼女を振ってこっちに来たというのにこの言い草と来たら、スギリオっぽい。
俺はスギリオには勝てない。だからお手上げといった感じで要求を飲み込む。
『わぁった、わぁった。どこでも何時でも付き合いますよ』
『そうだ、隆弘! わかったか!?』
『何がだよ……』
『アタシの偉大さだ!』
もうすでに酔っている。何が偉大なのか。振られて酔っている女に悲哀を感じても尊敬など抱くはずもないのに。もうこなってしまったらヤツのペースだ。そして、俺も俺のペースを貫くだけだ。
『振られた女のどこが偉大なんだ?』
クールぶって俺はスギリオを挑発する。それに酔っているスギリオは、
『ほんと、かわぁいくにゃい!』
怒る。俺達はそういう関係だ。だがそれが心地いいと感じてしまうのだからどうしようもない。サクヤといるよりこんなスギリオといる方が居心地がいいなんて、俺はサクヤの言う通りバカだ。
そこからは酷かった。はしご酒もいいところだ。飲んでは圭吾先輩の愚痴を聞き、次行くぞと言われて成すがままにへいへいと俺は付いていく。まるで出来の悪い親分と子分のような関係。
それが始発の時間まで続いた。その頃にはもうスギリオはべろんべろんだった。俺の肩に手を回して右に左に大きく揺れている。俺もほろ酔いと眠気で若干ふらふらしている。おまけに永久リピートで愚痴を聞いてれば退屈で眠くもなるってもんだ。
『タカヒィニョ、もう一軒いくにょ!』
『もうほとんど店しまってるだろう!』
さすがの俺も付き合いきれないといった言葉を返すが、ヤツは俺の反応などお構いなしに俺を指さした。
『じゃあ、お前の家だッ!』
『うちも閉まってる!』
とんでもないやつに目を付けられた。スギリオはくそーと漏らした。ただちらほらは店は開いている。朝から開いてる居酒屋というのもある。しかしもはや梯子に梯子を重ねてほぼ行きつくしていたので選択肢がないというのが現状だった。
それにはさすがのスギリオもなす術無し。
『隆弘、酔い覚ましに歩いて帰るから付いて参れ……』
『御意、
『なんつった?』
『御意と申しました!』
睨まれてすぐさま言葉を切り替える。俺も酔いが強い。呂律が段々とスギリオに近くなっている。普通に考えて電車で帰ればよかったのに酒で思考力も低下していた。酒に飲まれるとはこのことかと俺は思い知った。
そして、俺達はプラプラと家の方へと歩いていく。徒歩三十分はかかるであろう距離を酔っ払い二人の珍道中が始まる。スギリオは日差しを見て眉を顰めた。
『あー、朝日が憎い!』
『あー、スギリオに朝まで付き合ってる、俺が憎い!』
『なんつって?』
『憎いと言いました!』
『そうだ、憎いぞ、こんちきしょう!』
『あー、ホント憎いぞ、こんちきしょう!』
知能レベルはスギリオまで低下している俺。ただなんかわからんが楽しくなっていることは間違いない。もはや気持ち悪いとか疲れたとかではなく、朝を迎えるまでスギリオに付き合ったという達成感に酔いしれてる。
『何してるんすか、スギリオ姫?』
『ちょっと足が』
ヤツは急にしゃがみ込んで靴をいじりだした。足でもくじいたかと心配するが、そんなことあるわけがない。だってスギリオはブラックユーモラスの内定者。足が折れるくらいじゃないと痛みなど感じない体だ。
ヤツはヒールを脱いで裸足になった。両手にヒールをぶら下げて朝日を見つめている。
『ふぅー、』
一呼吸したスギリオ。その奇怪な行動を俺は首を傾げて見ている。ヤツはそのヒールを振りかぶって、
『朝日よ、消えろぉおおおおお!』
朝日に向かって投げる。酔っ払いが朝日を砕こうとでもしたのだろうか。それは
『何やってんすか……姫?』
『アイツから貰った靴なぞ、太陽に投げて燃やしてくれるわ!』
ワッハッハーと笑う姫に俺はちゃんと燃やすごみに出せよとツッコんで歩き出す。ゴミはゴミ箱に捨てろと。先に歩く俺を追い越す様にスギリオは早足で俺の前にでて両手を伸ばした。
『あー、スッキリした』
『不法投棄して清々しましたか?』
『綺麗さっぱりだ』
失恋の痛みを酒の勢いを借りてるだけなのかもしれない。それでもスギリオは笑って俺の方を向く。
『もう忘れた』
ありがとうと言わんばかりの笑顔に酔ってる俺の鼓動が跳ねる。なんて言えばわからずに俺はうんと頷く。なんとなくスギリオのこの結末は見えていた。圭吾先輩とは破局するだろうと。
だって、笑顔のコイツは無理して合わせていた。
服装も態度もキャラも全部があの人好みにしようとしていた。無理くりな関係だった。それに失恋の原因となったのは圭吾先輩の三股だった。それを知ったスギリオが圭吾先輩に問い詰め半殺しにしてきたらしい。あの人見るからにチャラそうだったし、大学でいい噂も聞かなかったから気づくのは時間の問題だった。
その、おかげでスギリオがお水のような格好になっているのだから、純愛が向く相手じゃないことは一目瞭然だった。なにしろスギリオの愛はメンヘラに近いくらい重いから。
『公園じゃーん』
『公園だな』
『いくぞ、隆弘!』
『まじかよ……』
帰りがけに公園を見つけてスギリオは迷い込んでいく。俺は早く帰りたくてしょうがないなか無理やりふらふらの体を動かしてついていく。公園の真ん中に噴水があって走って消えていくスギリオを他所に俺は近くのベンチに座った。
『あー、きちぃ……』
もはやいつでも寝れる状態だった。目を閉じてベンチに頭をつけるとそのまま意識が落ちそうなくらいだ。酒の酔いは大分抜けてきている分だけ逆に疲労の蓄積っぷりが露呈する。
『隆弘、水じゃ』
俺が声に反応して目を開くとペットボトルが宙を舞っていた。
『おっ、と、と』
俺は慌てて反応してそれをお手玉しながらキャッチする。にししと笑っているスギリオにどうもと返すと裸足のヤツは噴水の水場に足を入れた。まだ酔ってるのかと想いながらも疲れて動く気もしない俺は水を飲んで、ただスギリオの動きを傍観するだけ。
水と戯れるようにクルクルとその場で綺麗にターンをしている。身体能力の高さがあるせいかそれは美しくも見える。朝日を浴びながら一人の女が微笑みながら水と戯れるようにダンスを踊っている。妖精のようにも見える。まるで一連の動作が決まっているのを練習していたかのように動きに無駄がなくキレがある。
しなやかでありどこか力強さを秘めた感じで、
俺は呆けて一部始終を見ていた、踊るスギリオに目を釘付けにして。
踊りが終わる。何か余韻のようなものを感じながら俺はゆっくり拍手を送った。ヤツは微笑み、俺の横にあるペットボトルを指さす。踊り疲れたからそれを寄越せということだろう。俺はそれをスギリオに投げる。
瑞々しい唇が俺の飲んでいた箇所と重なる。それはヤツにとっては特別な意味はないのだろう。ごく自然で当たり前の様に俺の眼の前で堂々と飲まれたのだから。
飲み終わり、寂しそうに拗ねた言い方。
『あー、圭吾とは結婚まで考えてたのに』
『違うっしょ、二桁行く前に結婚したかっただけだろ、アンタは』
と思ったらヘラヘラと笑っている。
『そうだった、そうだった』
コロコロと変わる表情はスギリオそのものだ。俺が知っているスギリオ。偶像の産物のような存在で不確かで、どれがホンモノのスギリオなのか分からなくなる。
『どうして私は選ばれないんだろう……』
どこか遠い目をしていた。ハーレムで負けてからスギリオの人生設計は狂った。ハーレムってやつの負けヒロインが幸せそうに諦めてくれるのは、漫画やアニメの中だけだ。実際はどこまでも深い傷を作るものなのかもしれない。
それは一番輝いて恋してたものだから、
より深い心の部分で残ってしまうものなのだろうか……。
一番に選ばれなかったって記憶があるとどうしても憶病になるものなのか。なら、スギリオが一番になれるのであれば、昔のスギリオに戻るのだろうかと。
それなら、俺にしとけばいいんじゃね……
と思い口を開けるが、
『ただ、私にはまだ十が残ってる!!』
『はぁ?』
スギリオの決意に何を言ってるのかと俺の言葉は奪われた。いやいや、そもそも二桁入る前にって言ってたのに十が一桁みたいな扱いの言い方だ。十って完全に二桁だからなと思って呆れる他ない。
『十って二桁でしょうが……』
『いや! 違うぞ、隆弘! 十は二桁にもっとも近い一桁だ!』
『なんで……』
『0人目というのがないから、その代わりが10人目!』
スギリオ理論にかかれば十も一桁。酔ってる頭が混乱してくる。確かに数え方で0を数えるかで1個ずれるわ、ずれるが……どうなのだろう。二桁に突入してるよな。もうどうでもいいか。
『スギリオ先輩は、じゃあ次でラストってことですね』
『ぐっ……』
何がぐっ……だ。さっきまで強気だったくせにいきなり弱気になってやがる。まぁ俺の予想では次も敗戦濃厚。だってスギリオだから。
『スギリオ先輩が記念すべき十回目でどんな振られ方するのか楽しみにしてますよ。そん時はまた朝まで付き合いますから』
『ほんとくわぃくない!』
俺はベンチを立ち上がる。これ以上話していてもしょうがないと諦めながらもどこか充足感があった。まだ恋愛に生きるつもりでいるらしい。それになんとなくわかっちまった。
スギリオにとって俺は恋愛対象とは違うのだと。
『早くいきますよ』
『待ちなさいよ、隆弘!』
それでも別にいいかと思えちまう。こうやってコイツを見てるだけでどこか満足してしまってる自分。バカだとは思うがこれでいいのだと思えてしまった。
だって、このスギリオを見られるのは俺だけなんだと優越感に浸れるのだから。それにコイツを好きになったとしてもそれは違う猫を被ったスギリオで、こんな中身が露呈すれば嫌でも振られることは目に見えてるスギリオではない。
『隆弘こそ、どうなのよ……サクヤちゃんとは?』
『別れましたよ』
『えっ……』
お前のせいでなとは言わない。俺がそっけなく言ってスギリオが横から消えた。おそらく立ち止まったのだろう。だがそれも一瞬だった。
『なぁーにが、失恋姫だ! 隆弘は失恋王子じゃん!』
嬉しそうに俺の背中をバシバシ叩く。イテェよ……しかもコイツ何笑ってんだよ、お前。サクヤごめん……俺ほんとバカだわ。こんなやつ選ぶなんて。
スギリオはまた俺の歩く前に出る。そして後ろを振り返りながら器用に歩き出した。とても嬉しそうに姉のような顔をしてヤツは言った。
『じゃあ、隆弘がずっと独身だったら私が三十で結婚してあげるよ♪』
『はっ……?』
突然の言葉に俺の心臓がバクンと跳ねる。動揺が顔に出ないように取り繕う。冷静さを失いかける。頭がゴチャゴチャしてて言葉をよく考えられていない。何て言ったかわからないと思い、言葉を重い返す。
『んっ……?』
何か……おかしくねぇか。俺を救済するように消えこえているが、言葉がおかしい。そこで俺は冷静さを取り戻した。
『それって、俺が独身じゃなかったら三十超えて独り身なのはスギリオ先輩ですよ』
『ちょっと怖いこと言うなー!!』
コイツは俺がじゃなくて、自分が独身の場合だったらを考えていやがった。
『どさくさ紛れに俺をキープしようとしたな?』
『いいじゃん! あたしが三十になったら隆弘は二十八で結婚適齢きじゃん!!』
お前が三十の年なのかッ! 確かにそう言ってたなッ!!
『はぁー、まぁそこで俺が独身だったら考えます』
『私が三十までに結婚してることも考えなさいよ、隆弘!』
三十で独身と言う未来に慌てるスギリオに俺は鼻で笑って返す。
『残りの一人は慎重に言った方がいいですよ、スギリオ先輩』
『むきぃー、』
スギリオは猿のような声を出して、
『隆弘はホント可愛くないッ!』
怒りを俺にぶつける。俺を子供扱いするように。
『可愛いとか、俺目指してませんから』
そして俺は鼻で笑って返す。アホな先輩をからかうように。
《つづく》
*****
すいません、しばらく私生活が忙しいために更新が不定期になります。おそらく五月末過ぎれば更新ペースを幾分戻せると思います。
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