第234話 ピエロ過去編 —スギリオ恐るべし—

 トリプルSランクとダブルSランクのハンデ戦は苛烈を極めていく――


 お互いに傷を手傷を負いながら白熱している。闘気と闘気がぶつかり合いはじける。己の限界を超える様に二人は死力を尽くす。無数の氷の刃が上空から草薙目掛けて降り注ぐ。


「甘々やんけぇえええ!」


 幾つも降り注ぐ氷の銃弾に向かって突進して槍で捌いていく。叩き落とす、砕き壊す、貫き通す、弾き飛ばす、火神との間合いを詰める様に加速していく。草薙は加速をそのままに跳躍し身を翻し、槍がしなるほどに振り回し火神に向けて叩きつける。


「お前もあめぇんだよッ!」


 止められる回転。氷の自動防御。渾身の一撃は数文狂わぬように微小な氷の障壁に阻まれ弾かれる。その間に火神が草薙の懐に潜り込む。


「甘いのそっちほうやてッ!」


 弾かれた反動を利用し逆回転で槍を火神のわき腹に叩きつける。草薙は笑みを浮かべ火神の顔が苦痛に歪む。だが、ダメージそのままにさらに一歩おく深くへと入り込む。


「勝った気になるは百年はえんだよッ!!」


 宙に浮く草薙の脇腹にお返しと言わんばかりの拳が突き刺さる。吹き飛ばされる体。地面に槍の穂先でガリガリ削り勢いを殺す。草薙の目の前で追撃は止まらない。呼吸すらする間も与えないともう距離を詰めてきている火神。

 

 相手の勢いを止めようと槍を下から上へと振り上げる。


 だが――槍の軌道が途中で止まる。


 ——ホンマ、コレはやりづらいわッ!?


 氷の障壁が行く手を阻み火神に道を作る。穂先を抑え込むように空中に浮かぶ氷が邪魔をする。必ず初手の一撃目を防いで来る。草薙の僅かのスキを見計らうように火神の体が片足を軸に急旋回する。背面を向く変則的攻撃。後方から的を目掛けて直進するような蹴り。


 直線軌道の後ろ回し蹴り。草薙は氷に止められた槍から握っていた手を離す。


「やらせるかぁあああ!」


 両腕をクロスして十字で火神の蹴りを上から下へと叩き落とす。叩きつけた反動を元に手離し宙に浮いていた槍に手を伸ばす。後ろ回しに失敗した火神のガラ空きの背面。そこへ槍突きを片腕で放つ。


 ――またかいなッ!?


 だが、その一撃すら氷の障壁に防がれる。自動防御。それは超高速戦闘中で行われる想像力。先の先を読むように攻撃の節目を潰してくる。ダブルSランク以上の戦闘の中で秒に見たないインターバルの中で行われる生成。


 草薙の糸目が歪む。追い打ちをかける氷の射出。微小な超高速の氷弾が顔面向けて放たれている。顔を咄嗟に横に動かし直撃を免れるが。舞い飛ぶ肉片。氷の魔弾に頬の肉がわずかにえぐり取られる。


 まともに呼吸することも許されない高速の戦闘。


 もうすでに火神は戦闘態勢を整えて頬が抉れた草薙に烈火の如く攻撃をしかけようとしている。負けじと草薙も意地でダメージ覚悟のうえで執念の攻撃を火神に打ち込む。

 

 拳と槍の相打ち。衝撃に弾け飛ぶ肉体。


 衝撃を殺すことが出来ず壁に二人とも叩きつけられた。頑強なトレーニングルーム全体が振動で揺れ壁が削れ、微小な粉が天井から降り注ぐ。


 お互いダメージに浸ることは許されない。


 手を緩めれば次の瞬間に相手は自分を殺す勢いで襲いに来る。だからこそ攻撃の主導権を奪い合うようにすぐさま動き出す。


 壁に叩きつけれて跳ね返る勢いそのままに火神は走り出す。


「草薙ィイイイイイイイイ!」


 それに呼応するように草薙も同じように走り出す。


「火神ィイイイイイイイイ!」


 お互いに怒りをぶつけながら名を叫び二人の激闘は続く。





 三嶋の実家もといい個人経営の居酒屋で杉崎はカウンターの横に座り馴れ馴れしく肩に手を回している。胸も当たっているが酔っているのでそんなのおかまいなしである。


「隆弘じゃん。こっち帰ってきてたんだ♪」

「酔っぱらいが肩に手を回すな……」


 それを鬱陶しいように三嶋は手を振り払って距離を開けさせた。振り払われた腕を驚いたように見つめて三嶋に小首をかしげる杉崎。


「なになに? 隆弘は遅めの反抗期?」

「俺はお前には反抗しかしたことねぇよ」

「えー、昔はいつもアタシの後を追いまわしてたじゃん?」

「小学校の時の話だろ」

「いいや、大学まで追ってきたくせに!」

「たまたまだッ!」


 この二人は幼少期より一緒に育った。ブラックユーモラスに入団する逸材の二人。それは幼少期から有名だった。


 三嶋が初めて杉崎に会ったのは小学校の頃。三嶋と杉崎の年齢には四の開きがある。学年にすれば高学年と低学年。小学一年生と小学四年生。遅れて入った小学校。


 その学校では既に『杉崎莉緒すぎさき りお』は有名人だった。


 異世界に行く前だったが喧嘩っぱやくて男子にも負けない女子。それがスギリオと呼ばれる存在だった。ショートカットの髪型に男っぽい性格で明るく元気いっぱいな女の子。正義感が強く勉強もそれなりに出来て運動では男子にも負けない。



 また容姿もいいと来たもんだから、


 必然的に人気者だった。


 学校中で『スギリオ』という存在を知らぬ方がおかしいと言われるレベル。活発的であり学級委員長やまとめ役にも選ばれることもおおく、月初朝礼で何かの度に表彰されるスギリオ。


 否が応でもそれは日常的に三嶋の目に入ってくる。


 学校という狭い空間だからこそその存在がひと際輝いて見えた。スギリオが動けば学校中の視線が動く。誰もが昼休み放課後の校庭でスギリオを視線で探す。どこか元気な笑い声か歓声が聞こえればそこに必ず彼女がいる。


 小学校という狭い世界は彼女を中心に回っていた。


 そして、


 その世界のごく一部に三嶋隆弘も含まれていた。

 

 家が近所ということもあり集団下校時にはスギリオと一緒になる三嶋。


『君のお名前は?』


 学校の人気者から話しかけられ三嶋は少し緊張した。低学年から見える高学年の輝く少女はとても眩しく頼れる女神に見えていた。


『みしまたかひろ……です』

『じゃあ、たかひろだね♪』


 一瞬で三嶋が惚れたことはいうまでもない。上級生のおねいさんの小悪魔的スマイルに防御力の低かった三嶋は一瞬で心を奪われた。高鳴る心臓が初めての感覚。それに戸惑う三嶋に


『一緒に帰ろうね~』


 下級生を可愛がるような笑顔で手を握る杉崎。三嶋はただうつ向いて赤くなった顔でうんとうなづくことしかできなかったのは淡い思い出である。


 それがいつしか三嶋の黒歴史となっていく――


 年を重ねる三嶋も容姿が良く何事もこなせる才の持ち主だった。運動も人一倍できたし勉学でも上位陣に入っている。そしてクールに見える言葉遣いが同級生女子の間で人気に拍車をかける。


 中学校に入学する頃には十を超える女子に告白される。それでもどこかでスギリオへの想いが消えずに断り続けていた。スギリオと同じ中学校。もうすでに卒業しているがその名前は歴史に名を残す様に残っていた。


 どこの小学校出身かと答えれば『スギリオと一緒だね』と言われるぐらいにヤツは超有名人になっていた。そして、三嶋を超える勢いで杉崎もまた恐ろしくもモテていたようだ。全部活の部長がこぞってスギリオを陥落すべく告白したことから、『部活聖戦クラブジハード』という謎の単語が残るぐらいに。


 三嶋はそれを風の噂で聞く――


 高校に入ったスギリオが異世界召喚されハーレムの一員になったとか。そのハーレム争いに負けたスギリオがとっかえひっかえ男子と交際しているとか。


 日増しにろくでもない噂になっていく。


 ただ、中学時代の三嶋もいつまでも引きずることをしているわけではなかった。その噂を聞き彼女を作ってみたりもした。別にそこに恋愛感情はなかった。男子の間で可愛いと評判の女子から告白されたから付き合ってみた程度の軽いもの。


 スギリオがバンドマンと付き合っていると聞いて、


 三嶋はなんとなくギターを初めて見た。


 ビジュアル的にもギターが似合っていたせいか三嶋に近づく女は増えた。バンドもうまく行きかけメジャーデビュー目前となったころに『スギリオ』が大学で剣道のインハイ優勝者と付き合っている噂を耳にした。なんとなく気が乗らなくてギターを止めた。


 高校一年の冬から剣道部に三嶋は通う。そこから高校二年の夏には全国で優勝には届かなかったが三位に入賞した。そこで三嶋は異世界へと飛ばされる。江戸時代に似たような異世界。ヒロインもちゃんと用意されていた。同じ現代から飛ばされたお淑やかな和風美人だった。


 三嶋は異世界から帰ってきてヒロインと交際をしばらく続ける。


 大学進学の時期に差し掛かる。三嶋はなんとなく大学は『スギリオ』がいる学校を選んでしまった。特別意識をしているわけではないがなぜか『スギリオ』の後を追いかける様に高校も同じ大学も同じとなる。


『あれ、隆弘じゃん♪』

『あっ、どうも杉崎さん』


 不愛想なクール大学一年生ともうすでに大人の女子し始めている大学四年生。二人は二度目の再会を果たす。同じサークルの元サークル長と新人という立ち位置。


 だが四年生でありもう引退している身でありながらスギリオはサークルにいた。


『あっ、ケイゴ!』

『リオ、お前まだサークルきてんのか?』

『圭吾に会いたいから』


 なぜならそこに年下の彼氏がいたからだ。


 その時に三嶋の胸はじくっと痛んだ。


 無意識化にしまっていたものが感覚として表れたのだろう。それから二人は同じような経歴ということもあり、後輩と先輩として弟と姉のような関係になってしまった。


 そしてもうすでに酒癖の悪さが開花していた。


『隆弘も飲め飲め!!』

『いや、俺未成年なんで酒は飲まないっす……』

『うわ!? 付き合いわるっ!! 昔はあんなに純朴そうだったのに……いつからよごれちゃったの、おねいちゃん悲しい……』

『俺、スギリオ先輩ほどケガれてないんで』

『くぁわいくないー!』


 酒を飲むとコロコロ変わる表情。人懐っこいような性格。おまけに暴力的で力が女と思えない程に強かった。三嶋は多摩川に気を失った状態で何回か浮かぶこともあった。それもそのはず。


 この女狂戦士、この時点でブラックユーモラスへの内定が決まっていたのだ。


 たった小学校二年間と大学一年間の付き合いが大きく三嶋の人生を狂わすこととなる。


 スギリオ恐るべし。


《つづく》

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