第233話 ピエロ過去編 —戦闘と居酒屋とスギリオと—
もはや語りあう言葉はない。
お互いに戦闘態勢を整え、火神は拳を草薙は穂先を相手へと向けて腰を落とす。張り詰めた空気を打開するべく草薙はじりじりと少しずつ円を描くように移動をする。止まってたままではいけないと思考が働かせている。
——止まったら餌食になる。
動かずに構えることは火神の氷系能力にとって有利になってしまうことを草薙は知っている。
火神の氷は炎と比べて発動が悟られにくい。
気づかぬうちに用意をされている。三嶋が不意を突くようにいきなり切りかかった時ですら間に合っている。櫻井戦では氷のトラップがあると理解していても応用され足を射抜かれた。
その氷は薄く見えずらい。
それに比べて、やはり炎の方が注意を引きやすい。目に見えて攻撃の意思を熱と色が伝えてくる。逆に氷は気配が薄い。
敢えてでもある。
炎だけでも十分な攻撃的火力を有しているし、何より風貌にマッチしている。
しかし火神という男、
その実は非常にクレーバーでもある。
氷は防御とトラップに使う。相手の攻撃を捌く為の盾であり同時に心理戦を用いる。本来であれば炎で敵に攻撃をしかけ、見えないところで氷の罠を張り巡らしている。相手を炎で押し込みながら無理やり自分の氷のフィールドに誘導していく。
それが火神の戦い方なのだ。
けど、今回は違う。
——かがみんから仕掛けてくる気配がないねんな……
攻撃主体の炎を封じるハンデを用いている火神はその場から動く気配がない。
本来であれば飛び込んで激しい攻防をしかけてくる。そしてその荒々しさで隠す様に冷たく冷静に相手を追い込むことを考える。だが今は攻撃ではなく受けに回る様な気配。
——なら、コッチから行かせて貰うわッ!
草薙は足裏に力を込めて地面を蹴りつけ一気に加速する。そして、距離が近づいたところで左方向へ飛び跳ねる。それはトレーニングルームというフィールドを狭いと言わんばかりの跳躍。壁に足がつくと同時に斜め下へ移動をするように蹴り飛ばす。
壁、床、天井、全てを蹴り飛ばしながら不規則かつ無軌道な動きで続けるフェイント。正面からの真っ向勝負でなく、相手のスキを変則的攻撃。
——1発行くでッ!
火神の後ろに回り込みその殺気を漲らせた槍の一撃を背後から見舞う。それは確かに貫いた感触を伝える。火神の肩口を穂先が貫通している。
だが、そこにあるものがない。
——なん……やてッ!
血が流れ出ていない。草薙が気づいたときに火神の像は弾けて砕け散る。
氷で作られた虚像。草薙の視界にバラバラと映る砕けた氷の破片。そこに反射するように映り込む火神の像。
——いつの間にッ!?
草薙がずっと見ていた火神は氷で作られた彫像。どの時点でそのトラップが発動していたのかはわからない。だが、本体は狙いすましたように草薙の背後から迫っている。
——ただでやらせるわけないやろッ!!
草薙は咄嗟に身を翻し旋回して槍の穂先を視界に捉えた後方へと振り回す。髪の切れ端が宙を舞う。身を屈める様にしてダッキングで草薙の咄嗟の一撃を回避。
火神は力を拳に込める。
「爪があめぇんだよ、草薙――」
草薙は咄嗟の攻撃を見切り懐に潜り込まれている。火神が打ち上げる様に右拳を振り上げる。それに草薙は遅れて槍の
火神は能力だけではない。肉体的近接戦闘を武器としている。その威力は草薙が槍を使うのとさして変わらないが故に高い攻撃力を有する。
あの圧力に流される草薙を前に火神は左腕を振り上げる。それに呼応するように氷が波のように侵食していき草薙を追いかける。眼前に能力で生成され広がっていく氷山の
草薙総司の糸目が歪む。
「やるやんけッ!!」
体を流されているところから防御態勢をとき、槍で目の前の氷を突き返す。その衝撃に身を預ける様に後方に距離を開け、壁際まで飛びのき、身を屈折させる。斜め上に飛び天井から氷の波を飛び越し、火神に向かって槍を縦に勢いよく振り下ろす。
「モロオタァアアアアアアアア!!」
そして、草薙は叩きつけた衝撃を利用するに、棒高跳びの態勢から勢いをつけ宙で体を捻り、火神の後ろに着地する。そこで追い打ちをかけずに立ち止まった。確かに叩いた感触はあった。
その衝撃を利用して後ろに回り込めるほど硬いものを叩いた。
草薙の頬に汗が流れる。
「どんな速度してんねん……かがみん」
確かに叩いたのだ。頭上から狙いすましたように槍を叩きつけた。だがすんでのところで阻まれた。小さい氷の膜。穂先の軌道上に突如として表れた小さな氷の防壁。だが小さくても、頑強。
しかし驚くべきはその硬さではない。
その作り上げる速度。
火神は後ろで冷や汗をかいてる草薙の方に体を向けてサングラスを外す。わずか数手のやり取りでもそれをつけたまま戦える相手ではないとわかった。
「腕が鈍ってるわけじゃなさそうだな、草薙」
だが、それでも火神には草薙という男の今の状態が許せなかった。何か見え透いたものを隠そうとしているへらへらとした態度が許せない。似合わないトレーニングを隠れてしているのが許せない。
全てを一人で抱え込もうと勘違いしている草薙の姿勢が火神には許せなかった。
「じゃあ、問題はその性根の部分だろうなぁッ!!」
火神は逃がさないと草薙に怒りを込めた言葉をぶつけた。
「ただいまー」
時間は六時。とある個人経営の居酒屋の暖簾をくぐりスーツ姿の三嶋が現れた。ただ客ではなく、『ただいま』と言うようにそこが三嶋にとっての実家なのだ。都内にある二十席あるかどうかのしがない和食居酒屋。まだ店を開けたばかりなのかお客は一人もいなく閑散としていた。
「あれ……
大阪勤務となっている息子の突然の帰宅に母は目を丸めた。それに三嶋は鼻を掻きながら答えを返す。
「いや、ちょっと出張で東京に来たから」
「そうかい」
息子の少ない言葉に母は困ったように眉をしかめる。嬉しいことは嬉しいのだが。
「帰ってくるんだったら連絡のひとつでも事前に寄越しなさいよ」
「まぁ急に出張が決まったから」
呆れた様子で鼻から大きくため息を着くは母に三嶋は肩を少し上げて仕事の事情だからしょうがないだろうと返す。実際問題、三嶋も突然草薙に同行してくれと頼まれて一緒に来ただけで、それもつい先日の夜のことである。それに元より実家によるつもりなどなかった経緯もあり、連絡しようもなかった。
「明日の朝には帰るから、今日だけ泊ってくだけだから」
「いや……全部が急すぎるよ、隆弘。二階のお前の部屋はそのままにしてあるからいいものの」
「母ちゃん、わりぃ。とりあえず上あがって着替えてくるわ」
「夕飯食べるなら店に降りてきなさいよ」
「わかった」
三嶋は木造の階段を上がりながら母の言葉に返す。二階の昔住んでた自分の部屋で着替えをすませる。母が言った通り大阪に配属する前のままに取り残された部屋の風景。それが何か懐かしいような寂しい感じで取り残されている。
三嶋は本棚から自分のアルバム手に取りベッドに座りそれを捲っていく。
感傷に浸るように。
「ちっちぇな……俺……」
子供時代の自分。今の大人になった時とは違い幼く無邪気に笑っている姿。そこに映るのは自分の記憶と人生なのだろう。主人がいなかった部屋もそうだ。自分がいた形跡だけが如実に形を変えずに残っていた。学校の文集、好きだったアーティストのCD。好きな作家の歴史小説。弾かなくったギターと壊れて鳴らないアンプ。
ただそれを見渡す様にして頭を動かす。
自分がいなくなってもこの部屋はこのままなのだろうかと考えながら。
死というものが近くにある。今回は違っただけでいつか自分もそちら側に回る日がくるかもしれない。だからこそ草薙は実家に顔を出してこいと言った。だからこそ、考えてしまう。
感じてしまう。この自分がいなかった部屋というものが取り残された風景がそういうものを思わせると。
雑念をかき消す様に頭をポリポリ書いてアルバムを本棚に戻す。
「らしくねぇな」
そんなことは当たり前にわかっていたはずなのに。ブラックユーモラスに入隊することがどういうことかも理解していたはずなのに。どうしようもなく感傷に浸ってしまっている自分がやるせない。
気分を切り替える様に店へと階段を降りていくと母が出迎えた。
「隆弘、何食べるの?」
変わらぬように接してくる母。どこか変わっている自分を連れ戻すような声。それに照れくささを感じながらも顔に出さず三嶋はカウンターの席についた。客もちらほらと入り始めた店で父は寡黙に厨房で包丁を振るっている。
昔から見ていた景色の中に自分が戻ってきたような感覚に身を預け口を開く。
「うんじゃあ、厚焼き出汁巻き玉子とほっけ。あと最後にしめで梅茶漬け」
「酒は飲むの?」
「うんじゃ、ビールで」
「随分ませたこというようになったわね。うちの坊ちゃんは」
三嶋がにやけながら言うと母も呆れているように見えながらも、どこか嬉しいような感じで父の元へと注文を告げに行く。厨房から寡黙な親父がちらっと息子を見る。それに三嶋は手を上げて微笑みを返す。
父は何も返さずに玉子焼きの準備に取り掛かる。だが、その口元はわずかに緩んでいる。成長した息子の姿を喜ぶように。
三嶋はその郷愁に体と心を預ける。それが自分にとって当たり前の世界だったのはブラックユーモラスに入る前までのこと。長く過ごしてきた場所は変わらずに残っていた。自分の帰るべき場所はそこに残っていると思える景色。
「はい、玉子焼きとビール」
「いただきまーす」
店も賑わい始める中でその賑わいをBGMにして三嶋は客に混じって夕飯につく。その後ろで母と父がせせっと働く姿を目に焼き付けながら。店内に聞こえるいつもの声。
「ちょっと、おばちゃん! こっちきて私の愚痴を聞いてよー!!」
「はいはい、杉崎ちゃん。今日はどうしたの?」
その名前を聞き三嶋は眉をしかめた。恐る恐る飲んでいたビールを置きその声のする方に体を向けて見てぎょっとした。
「なっ……スギリオ!?」
「あん……隆弘?」
そこに居たのは
《つづく》
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