第232話 ピエロ過去編 —挑発しとんの?—

 新宿都庁の地下にあるブラックユーモラス専用のトレーニングルーム。そこは櫻井と銀翔が練習で使う施設でもある。


 白一面の四角い部屋。


 そこには能力の結界が張られている。


 最強の陰陽師による結界はどんな防壁より優れており物質を強化することもできる。学園対抗戦のリンクにも使用されていたもの。多少の衝撃ならビクともすることはない。


 そこへサングラスをかけたヤンキーがタオルを肩にかけトレーニングウェアで現れ眼つきを尖らせた。そこにいるのが珍しい人物が自分より先に来て体から白い湯気を発している。大量に流れ出る汗。高温の体温を下げるため彼の皮膚の上で気化し、蒸気となりここまでの運動量の多さを物語っている。


「何やってんだ、お前?」

「かがみん……」


 草薙総司はトレーニング用の槍を地面につけ火神に向き直る。向き合ったことで火神は眉を顰める。草薙らしくない雰囲気を纏っている。なにより大阪支部の人間がわざわざ東京まで来てトレーニングしていることがおかしい。


「ちょいと東京のトレーニング環境がどうなってるのかの確認しとこうと思うてな」

「確認だけのわりには随分気合入ってるみたいだな」


 火神はタオルを壁際に置きながら草薙の言葉に疑いをかける。おまえらしくないと。それに草薙は槍の先を足で蹴り上げ肩に担ぎながら火神に返す。


「いやー、かがみん何言うてん? ワイちゃんこう見えて結構くそ真面目なタイプなの知らんの?」

「俺はお前がふざけてるとこしか見たことねぇけどな」


 噛み合ってるようでどこかすれ違うような会話。草薙が火神に体を向けてるのに対して火神はマイペースにストレッチに入っている。


「かがみんはワイにふざけて欲しいん?」

「ふざけて欲しいってことは今ふざけてねぇってことだな。らしくねぇのに無理してんのが見え見えで俺はお前が気持ちわりぃっつってんだよ」


 草薙が何かを隠そうとしているのに対して火神が噛みついたことに草薙が小さくため息をつく。肩を槍で叩いてその苛立ちをあらわしながら、


「はあ? かがみん何言うてんはりますの? 挑発しとんの?」


 怒りをぶつける。だが火神はいつも通りの火神のまま。ストレッチを続けながら呆れた様に暴力的なその言葉で返す。


「逆だろ、俺に挑発して欲しいってことだろ。ハッキリ言えよ。さっきから無理して何してぇのかわかんなくて、お前は相変わらずめんどくせぇよ」

「ワイの何がわかんねん、おどれに――!」


 トレーニングルーム内に緊迫した雰囲気が充満する。空気がヒシヒシと音を立ててるように殺気が蔓延る。草薙が表情を崩し糸目を開けて火神を睨みつける。ストレッチを終えた火神は軽く首を回してそこでようやく草薙に初めて体を向けた。


「お前みたいな雑魚の気持ちなんか分かりたいとも思わねぇな」

「雑魚やと……!」


 火神の挑発に草薙の眼が開いて鋭く睨む。それに対して火神は手で挑発を送る。


「相手してやるから、とっととハヤカセ呼べよ。雑魚」

「何言うとるん……」


 火神の言う通り、草薙が呼べば確かにハヤカセは手元に飛んでくる。大阪に置いていたとしても相棒を心の底から欲すればそれは上空飛んでくるだろう。だがそれは、


「たかだかトレーニング如きでハヤカセ使う訳ないやろ……かがみん、頭のねじ一本飛んではりますの?」

「そんな根性でトレーニングしてるから、お前はダブルSランク止まりなんだろ?」


 火神の吐き捨てるような言葉に草薙の怒りに呼応してこめかみがひくつく。もはや、いつものおちゃらけた雰囲気はないと言わんばかりに草薙は槍の先を下に強く叩きつける。


「最近ギリギリトリプルSランクになったからって、調子乗り過ぎやないの……」


 キーンという金属音と草薙の低く抑えた声が怒りを伝えている。だが、火神にとってはお前の怒りなどどうでもいいといった感じで、ただただサングラス越しに悪い眼つきで見据えるだけ。


「調子乗ってるのって、お前だろ? トレーニングもマジでやれねぇ、ふざけて本心隠してピエロぶってる、お前のことだろ?」

「アカン……」


 草薙は目をゆっくり閉じてから、目を開いて闘志を込めて敵を見据える。


「さすがのワイちゃんもブちぎれたわ」

「俺に挑発して欲しかったんだろう、お前は。なに吹っ掛けられたみたいにしてんだよ」

「ええわ、ハヤカセなんていらん」


 草薙は手元の槍をクルクルと回して足を開き構えをとる。戦闘態勢を取り終えて槍の穂先を火神へと向けて言葉をぶつける。


「これで十分や」

「なら、俺は炎を使わねぇ。ハンデやるよ、クソ雑魚」


 侮辱に対して侮辱を返してくる。草薙にとってそれは屈辱以外の何ものでもない。火神の攻撃の主体は炎であると知っているからこそ、それは自分がハヤカセを使わないということより大きなハンデである。


 草薙のハヤカセは特殊武器として特化したもの。確かに血を使った能力を発動するがそれはあくまで槍術系の技量があった上で使われるものである。だからこそ槍さえあればそこまで攻撃のレベルが落ちることはない。


 それに比べて、


 多重アビリティの火神の戦闘スタイル――


 それは炎が攻撃の役割を果たしている。氷系の能力はあくまで防御とトラップに活用されることが多い。長年一緒に戦ってきたからこそそれがどんな意味を持つかがいやというほどわかる。火神は土台となる攻撃を捨ててでもお前に勝ってやると。


 負けた時の言い訳など許さないと言ってるようにすら取れる火神のハンデ。


「テメェはいつもくだらねぇ話が長すぎんだよ、草薙。とっととかかってこいよ」

「ええやんけ、吠え面かかしたるわッ!!」


 そしてトレーニングルームでの草薙と火神の戦闘が始まった。



≪つづく≫

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